時の砂






『……時計は嫌いだ』


 足元の玉砂利を蹴飛ばすように、ルキアは不機嫌さを隠さずに歩いている。


『そりゃまた、妙な物を嫌ってんだな』


 そのルキアの後ろを、ルキアとは逆にのんびりとした足取りでついて行く恋次がいる。


『……いや、時計が嫌いなのではない。時が経つのが厭なのだ』


 ルキアは恋次を振り返らず、真直ぐ前を睨みつけてひたすら歩を進める。小柄なルキアがどんなに先を急ごうと、長身の恋次は苦もなくルキアの後をついてくる。ルキアの二歩が恋次の一歩なのだ。それもルキアの癪に障る。


『そりゃまた何でだよ』
    

 呑気な問いに、ルキアは固く唇を閉ざして先を急ぐ。勿論急ぐ理由など何もないのだが、恋次の余裕さが気に入らず、自然ルキアの歩調は怒りのままに速くなる。
 ルキアに答える気はなかったが、その後数十メートルを歩く間中、何故だどうしてだと問われ続けていい加減頭にきた。


『お前との差が開くだけだからだ!』


 振り返って言葉を叩きつけると、思いがけず正面に恋次がいて、ルキアは息を呑んだ。恋次はルキアを覗き込むようにその長身をかがめていたので、かなりの至近距離に恋次の精悍な顔がある。ルキアの頬は一瞬で赤く染まった。


『差ァ?』


 なんだそりゃ、という呆れたような口振りに、ルキアの頭に血が上る。


『子供の頃は何でも同じだったのに!力も背も霊力も、お前と私は同じだった!それが時が経つにつれ、お前は馬鹿みたいにでかくなりおって、今じゃ力ではお前に勝てないし、お前は私をチビ扱いするし、お前はエリートの一組で私は二組だ!!』


 一息に怒鳴りつけ、せいせいと肩で息をしているルキアに、恋次は思案顔で『うーん』と唸った。
 一方、胸のうちのもやもやを吐き出したルキアは、既に理由を口にしてしまった事を激しく後悔していた。傍から見ればまるきりただの八つ当たりだし、当のルキアもそれは承知していた。
 自分の器の小ささに自己嫌悪に陥りつつ、恋次と向き合っている事が辛くて、ルキアは恋次に背中を向けた。
 逃げ出そうと一歩を踏み出した瞬間、身体が重力に逆らって、ふわりと景色が下から上へと流れた。普段見た事のない高さで、ルキアは周りを見渡している。


『な、何をするっ!!』


 ばたばたと足を動かしても、恋次は全く平気な様子でルキアを抱き上げていた。父親が幼子をあやすように、両脇に手を差し入れ、高く持ち上げる。


『莫迦、やめろ、下ろせ!』


 真っ赤になっているのは怒りのためではない。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。涙が滲んだ目で、背後の恋次を、首を捻って睨みつける。


『これが俺の見てる景色と同じもんだ。こんなんいつでも見させてやる。力の差はしょうがねえ、男と女の身体の造りの違いだ。霊力は……まあいいじゃねえか。お前は充分強いって。俺が特別強すぎるんだよ』


 ふっと心の中のこわばりが解けたのは、恋次の言葉に悪意はなく、ただ事実を述べているにすぎないと気がついたからだ。
 それでもまだ少し悔しくて、ルキアは恋次から視線をそらす。


『ま、お前に何かあったら俺がこの自慢の霊力で助けてやるよ。そん時ゃ俺を呼べよ。幼馴染のよしみで真先に駆けつけてやる』


『誰が呼ぶかっ!大体私は誰かに助けを求めるような、そんな事態には陥らぬ!』


『お前は結構不器用だからな、何かドジ踏みそうなんだよな』


『うるさい!それはともかく、いい加減下ろせ、莫迦者!!』




―――― 怒鳴り声と笑い声は螺旋となって青い空へと吸い込まれ、
     時の砂は静かにさらさらと、無機質にただ流れ続け。




「―――お前に何かあったら、真先に駆けつけてやる」


 声を出したつもりだったが、その声は自らの耳には入らなかった。
 声を出す力が残っていないのか、耳の機能が壊れたか。
 とりあえず目の機能はまだ残っているようだ。恋次の目には、血塗れた自分の手が映っている。


「俺が助けてやるから――――」


 ぴくり、と手が動いた。何かを引き寄せるように、受け止めるように。
 すぐ傍に感じるこの霊気。幼い頃から知っている、それはかけがえのない―――

 けれどもその身体はいたる所を切り刻まれ、無事な箇所はただひとつとてない。
 自らが創った赤い血溜まりの中で、恋次は身体を起こす事が出来ない。
 求めるものはすぐ傍に。
 しかし、その距離は果てしなく遠く。


「―――畜生ッ―――」


 またこの手からすり抜けていくのか。
 一度違えた道は、もう二度と一つにはならないというのか。
 どう足掻いても無理なのだろうか。
 このまま、諦めるしかないと―――


『莫迦者』


 閉じた瞼に映るのは、泣きそうな顔の―――愛しい、女。


「……ルキ、ア」


 恋次は意識がなくなるその瞬間まで、愛しい名前を呼び続けた。










「―――恋・次?」
 懐かしい気。別れた時とは比べ物にならないほどの巨大な霊圧に、今まで確信する事が出来なかったその気が、今は恋次のものだとはっきり解る。
 その気が消えてゆく、その瞬間に。


「何故だ、何故お前が―――!!」


 乗り出した身体を、四方から絡め取られ、押さえつけられながら、ルキアは絶叫した。


「――――恋次!――――」


 その叫びに答える者はなく、変わらず時は唯さらさらと、途切れることなく流れ続ける。









     『 時計は嫌いだ。
 
       お前が私の手の届かない所へ、
 
       いつかひとりで行ってしまうような気がして―――― 』










はじめましてー、の創作がのっけから暗いのはどうして(笑)
こちらは8月9日発売のジャンプの、恋次が白哉兄さまに一時(一時、ですっ!)敗れてしまい、倒れているシーンです。
恋次は間違いなく生きていると管理人は信じておりますのでっ!!
ね?生きてますよね??

2004.8.20       司城さくら