「あたしの事キライ?」
 
 上から見下ろす千鶴ちゃんの声は、女の私が聞いても色っぽい。
 眼鏡の奥の瞳が悪戯そうに瞬いている。

「でもやっぱりだめだよ」
「どうして?」

 重ねるように問いかける千鶴ちゃんの唇が近付く。
 そんな風にしなくていいのに。
 こんな風に、誰の前でも演技をして。
 本当の心は見せないんだね、千鶴ちゃん。

「だって」

 でも私は知ってるから。
 千鶴ちゃんの心を知ってるんだよ。

「ちづるちゃんはたつきちゃんが好きなんでしょう?」

 千鶴ちゃんの顔から、笑みが消えた。
 替わって浮かぶ驚愕の表情……停止する動き。
 どうして、とその瞳が言っている。
 ああ、千鶴ちゃんはもう覚えてないから……。
 
 ―――でも、私は覚えてる。
 私がそのことに気付いたのは、本当に偶然で……ううん、偶然というのとはちょっと違うんだけど。
 それは、私が初めて自分の力を認識したその日。
 黒崎君の影響で目覚めたという私の力。
 その私の能力とは別にもう一つ、知らずにいたその事実を知って、つまり、それは―――



幸福のかたち




「―――たつき!!」
 悲鳴のような―――実際それは悲鳴だったのだけど、千鶴ちゃんは傷付いた左手を庇うことはせずに、真直ぐ私の腕の中のたつきちゃんに這うように近付いた。
 何もわからないまま白いおばけに襲われ、何もわからないまま舜桜くんたちの力でおばけを倒すことが出来て。
 倒れたままのたつきちゃんの傷を見ようと、抱き上げたその時に、千鶴ちゃんの悲痛な声を聞いた。
「たつき、たつき……」
「大丈夫だよ、千鶴ちゃん、私が……」
 治療できるから、と言うよりも早く、千鶴ちゃんは私の手からたつきちゃんを抱き上げた。ぐったりと目を閉じているたつきちゃんの顔に震える手を伸ばして、千鶴ちゃんはそっと血で汚れたたつきちゃんの頬に触れた。
「あたしが……あたしの所為で……」
 手ばかりでなく声まで震わせ、千鶴ちゃんは―――泣いていた。

 いつも強い千鶴ちゃん。
 どんなことにも決して負けない、弱さを誰にも見せたことのない千鶴ちゃん。

 その千鶴ちゃんが……子供のように泣いていた。
 たつきちゃんの名前を何度も呼びながら、ごめん、と何度も謝った。

 ―――あたしがあんたを傷つけるなんて。

 噛み締める唇から漏れ聞こえた声は悲痛で、聞いてる私の胸が痛くなるほど―――。
 ばん、と加減を無視して痛みを無視して、千鶴ちゃんは地面に手を叩きつけた。何度も何度も。
「千鶴ちゃん!」
 必死に引き止める私を千鶴ちゃんは睨みつけた。何で止めるの、とその眼鏡の奥の瞳が叫んでる。
「たつきちゃんは大丈夫だよ、私が治せる」
「―――治せる?」
 私が舜桜くんとあやめちゃんの力を借りてたつきちゃんの傷を治している間、千鶴ちゃんはただじっとたつきちゃんを見ていた―――この私の力も、さっきの不可思議な現象も、何も気を止めずに。
 ただただ―――たつきちゃんだけを、見ていた。




 その後―――私にはよくわからない力、多分浦原さんが何かをしたんだろう、あのおばけ(虚、というらしい)の事やその一連の件について、覚えている人は誰も居なかった。たつきちゃんも千鶴ちゃんも例外ではなく、全く何も覚えてはいなかった。
 ただ―――私だけが覚えている。
 いつだって、どんな事にも動じない千鶴ちゃんが、たつきちゃんの怪我に平静を失った事。
 泣かない千鶴ちゃんがあんなに泣いていた事。
 たつきちゃんの名前を呼ぶ、千鶴ちゃんの悲痛な声を。


 千鶴ちゃんは―――たつきちゃんが好きなんだ。


 そう気付いて千鶴ちゃんを眼で追えば―――千鶴ちゃんはいつもたつきちゃんを見ている……見守っている。
 たつきちゃんが気付かないよう、細心の注意で、密やかに。
 私に対する態度はカムフラージュで……千鶴ちゃんの心は、たつきちゃんにある。
 それは強く、真摯で純粋なもの。
 どんな想いよりも強く激しく―――
 そう、あの虚の種子を打ち込まれた人たちは全員意識がなくなったのに、千鶴ちゃんだけは意識を保っていた。
 必死に虚の支配に抵抗しながら―――たつきちゃんを助けようと。
 
 ―――逃げて、たつき。
 
 たつきちゃんを掴む自分の左手に絶望しながら、必死で。
 懇願した。
 
 ―――逃げて、たつき……!
 
 そうして自分の所為で傷付いたたつきちゃんを見て、千鶴ちゃんは自分を見失った。
 左腕を壊すほど、自ら地に叩きつけて。
 血を吐くような叫び声を上げ。
 純粋故に、想いは深く強い。

 私はそれを知っているから―――。





「―――まいったな」
 苦笑する千鶴ちゃんは、私の上から退いて、ころんと横になって空を見上げた。
 優しく見上げる空に、どんな想いを投影しているのかわからないけれど―――千鶴ちゃんはとても優しい顔をしていた。




 ―――この想いは誰にも伝える気はないから。
 ―――だから、この事は忘れてくれる?
 多分、千鶴ちゃんは何も望んでいないんだろう……ただ、たつきちゃんが幸せならばそれでいい、と。
 それは何て透明で―――切ない想いなんだろう。
 私には出来ない。見守るだけ、見返りを求めずただ相手の幸せだけを願い、思い続けるなんて。
 好きになれば、好きになって欲しいと願う。
 それは当然のことなのに、千鶴ちゃんは「別にいいんだ」と笑う。
 千鶴ちゃんは強い。
 どんなことにも負けない、決して誰にも弱さを見せない。
 胸を張って自身を込めて、千鶴ちゃんは自分に言い切れるのだろう。


 それで私は幸せなんだ、と。










 初心に帰れー、という訳で千鶴話。ええええ、私しか需要が無いのはわかっていてよ、読む人は殆どいないってこともねおほほほほ!いいの、私が好きなんだから本匠千鶴が。

で、この話は「幸福の条件」にリンクしておりますので。
いや原作では虚を倒した後、織姫は気絶していますがまあそこはそれ!!(え)

私が唐突に千鶴にたつきをくっつけたと思われているでしょうが、いえいえ、私は5巻P150の千鶴の「逃げて、たつき」と泣いているシーンでもうズキューン!だったのです。織姫の首を絞めているときよりも明らかに泣いています、千鶴。いや、他にご意見があるとは思いますが聞きません(笑)私はこの頁を見た瞬間「千鶴はたつきが好きなんだ!!!」と確信したのですから!!!

この話はサイト開設時から書こう書こうと思っていたものです。1年半かけてようやく書けました。あーすっきりした。

2006.4.25  司城 さくら