なんとなく見ていた深夜番組で、「あなたが幸福だと思う時はどんな時？」というアンケートをしていた。
そんな事聞いてどうするというんだろう。あたしにはよくわからない。
アイスティを口に含んで見るともなく見ていると、一位はダントツで、
「愛する人が、自分を愛してくれた時」
なんていうクサイ答えだった。
『彼がぁ、アタシのことぉ、好きって言ってくれた時〜。ちょー幸せだった〜』
ブラウン菅の中では、あたしと同じくらいの女が男の腕にぶら下がるようにしてマイクに向かって答えている。
「なんだっていいけど、そのしゃべり方を何とかしなさいよ」
あたしはウンザリと呟いて、テレビのリモコンを引き寄せるとスイッチを切った。
――― カ ナ ワ ヌ コ イ ヲ シ テ イ マ ス ――――
幸福の条件
あたしは、昔から空を見上げる事が好きだった。
夜の黒から段々と紫色に、そして白く変化していく朝の空も好きだし、昼間のぬけるような青い空も、夕方の燃えるような赤い空も、月と星が優しく光る夜の空も。
空を見上げているとまるで吸い込まれていきそうで、その空の広さと透明さに自分が浄化されるような気がして、だからあたしは飽きもせずに空を見上げるのかもしれない。
今日も学校が終わってやる事もないあたしは―――テニス部は期末テスト前で休みだ―――真直ぐ屋上に向かった。
テスト前に呑気に遊んでる奴もいないだろうという思惑通り、屋上には誰もいない。初夏の風が通り過ぎているだけだ。
あたしはその屋上の真中で寝転がると、空を見上げる。
今日の空は、ずいぶん青が濃く深いように思える。―――夏が近いせいだろう。夏の、心が浮き立つあの空の青。
ぼーっと空を見ていたせいか、あたしは屋上に人が来たことを全く気がつかなかった。
「ちづるちゃん、何してるの？」
やわらかな声に、あたしは一瞬びくりとして、次いで声の方向へ視線を向けた。まあ、向ける前から誰の声かはわかっていたけれど。
「……もうちょっと近付いてくれないかなあ。そしたらスカートの中見えるんだけど」
「スカートの中？何も入ってないよ？」
「な、何も穿いてないの！？見せてっ！！」
「ちがうよー、ちゃんと穿いてるってば、白いの」
「まあ、清楚でヒメらしくっていいわー。益々見たくなっちゃったｖ」
「あははは、ちづるちゃんってばー」
冗談と取ったのか、ヒメはお腹を抱えて笑っている。ヒメは結構ベタな行動が多い。そこもまた可愛いんだけど。
「何だかすごく気持良さそうだね。あたしもやってみようっと」
そう言うと、ヒメはあたしの横でごろんと横になった。大の字に寝転がるのはお約束。本当にベタで可愛い。
「ふふふ、あたしの隣で横たわるって事は、襲っちゃってもいいってことよね？」
あたしはテニス部で鍛えた身のこなしで、ヒメの上に覆いかぶさった。ヒメの顔を挟む様に、地面に手をついて上からヒメの顔を覗き込む。
あたしの影が、ヒメの顔に落ちている。あたしを見上げるヒメの顔。
なんて可愛いのっ！
抵抗もせずに、あたしを見上げているヒメの頬にあたしは自分の唇を近づける。
「だめだよ、ちづるちゃん」
「どうして？あたしの事キライ？」
「好きだよ？」
「じゃあ、何の問題もないじゃない？黒崎なんてやめときなさいよ、あたしが優しく教えてあげるから。色々と、ね？」
「うーん、でもやっぱりダメだよ」
「どうして？」
「だって、ちづるちゃんはたつきちゃんが好きなんでしょう？」
思わず動きが止まった。
「……何？」
無邪気に見つめるヒメに、あたしは絶句する。まさかこの子がこんな事を言い出すとは想像もしてなくて、あたしは瞬間、素の顔を見せてしまった。
「違うの？」
否定する事は簡単だ。いつものあたしのように、明るく軽く言えばいい事だ―――『何言ってんのよ、ヒメ！すごい勘違いよ、それって！』。
でも、言えなかった。
それは、その想いは、あたしには茶化す事は出来ない。
あたしという存在、その全ての中で、それは一番大事な、何より神聖なものだったから。
「―――まいったな」
そう言って苦笑いするしかなかった。
「いつから気付いてたの？」
「えと、ついこないだだったんだけど。その、なんとなく」
「ヒメって結構鋭いのねぇ。……誰にも気付かれない自信、あったんだけどな」
「……ごめんね」
「あははは、謝る事じゃないよ、ヒメ」
ヒメの上から退くと、今度はあたしがヒメの隣で横になった。
途端に目に青い空が飛び込んでくる。
出会って３ヶ月。恋に落ちて３ヶ月。
あの日から、あたしは空を見上げるようになったんだろう。
最初は特に何とも思っていなかった。黒崎一護と彼女のやりとりの中で、騒がしい娘がいるな、ぐらいにしか思っていなかった。ただそれだけしか印象にない。
実際、あたしが可愛いな、と思う女の子のタイプは（言っておくけどあたしはレズじゃない。男だって好きになる、と思う。―――今まで好きになれる男がいなかっただけで）ほわん、としていて明るくて、なんにでも一生懸命で、でもどこか抜けている娘―――つまりは井上織姫の方が断然タイプだったのだ。だから、ヒメを目で追い、ヒメと言葉を交わすうちに、自然とヒメといつも一緒にいるたつきとも付き合うようになっていた。
たつきは一言で言えば、さっぱりした性格の持ち主だ。少年のような、と言ってもいいかもしれない。友達として持つには最高の人間だろう。正義感が強く、弱い者に優しく、力も強い。
そのたつきはヒメを護っているようだった。ヒメはどう言った訳か、「ものすごく保護欲をかきたてられる」人間と、「めちゃくちゃにしてやりたいという破壊欲をかきたてられる」人間、そういったものを引き寄せてしまうようだ。恐らくそれは、ヒメの純粋さのせいだとあたしは思う。
その日あたしは、入部したばかりのテニス部での練習を終えて、ラケットと鞄を手に一人帰るところだった。
人影のない校舎裏を歩いていたあたしの前方に、空手の道着を来たたつきが、一人ぽつんと立っていた。
普段のたつきとはあまりにも違う雰囲気に、何となく声を掛けそびれたあたしの視線の先で、たつきはひどく暗い顔をしていた。肩を落とし、俯いて。じっと、ただ地面の一点を見つめている瞳。
―――泣き出しそうな、顔。
けれども次の瞬間、たつきはぐっと唇を噛むと空を見上げた。しばらくそのまま空を見続け、そして視線を下ろした時には、もういつものたつきだった。
そしてその瞬間、あたしは恋に落ちていた。
あたしはそれまで自分の事を、理性の人間だと思っていた。
物事が雑然としていると気分が悪かったし、何事も筋道立てて考えるのが好きだった。感情だけで動く人間、自分の感情すらコントロールできない人間というものを、あたしは心底軽蔑していた。
けれど、あたしのたつきへの想いは、とても理路整然と説明できる物ではない。
あの時、たつきがどんな理由で涙をこらえていたかはわからないままだ。
いつも強いたつき。
いつでも真直ぐに前を見据えるたつき。
弱い者を護るたつき。
それならば、一体誰がたつきを護ると言うのだろう？
たつきが傷ついた時、たつきが涙を見せる事が出来るように。
校舎の裏でたった一人、それでも泣く事をしなかったたつきを、あたしはあの瞬間、護りたいと思ったのだ。
「……この想いは、誰にも伝える気はないんだ。だから、ヒメ。この事は忘れてくれる？」
「でも、ちづるちゃん…」
「それにね、ヒメ。あたしがヒメの事好きなのも本当よ？」
「そうなの？」
「そう。だからね、ヒメの気持ちいいところを二人で探すってのはどうかなあ？これなら怖くないで……がふっ」
突然背中に強烈な衝撃が走って、あたしは危うく舌を噛み切るところだった。
「何も知らない娘をたぶらかす中年親父みたいな事言ってんじゃないわよ、エロ女！」
「あ、たつきちゃん」
「ヒメもこんな万年発情女と二人きりでいちゃダメでしょ？少しは身の危険も省みなよ」
あたしはやっと、たつきの蹴りのダメージから立ち直って、「万年発情女とは失礼ね」と反論した。
「誰彼構わず発情している訳じゃないわよ。たつきと二人きりだったらあたしは随分と清い毎日を送れるとは思うけどね」
「ああ、あたしがあんたを発情させる類の人間じゃなくてホントに良かったわ」
目の隅で、ヒメが何か言いたそうにしている姿が目に入った。
いいんだって、ヒメ。
この想いを伝えても、たつきは困惑するだけだろう。
たつきの負担になるだけのこの想いは、絶対に知られてはいけないんだから。
だからあたしは、一際大きな声で笑ってみせる。
「ホントよねー。お互いが幸せでよかったわ」
―――幸福の条件は人それぞれ。
愛する人に愛されるのが幸せだという人は多いだろう。
でもあたしの幸福の条件は、たつきが幸せであるという事。
それが全てだ。
――――叶わぬ恋をしています。
けれども私は幸福なのです。
千鶴女史、好きだ―――っ！！
私の中の千鶴女史は、クールで大人。経験豊富な１５歳。
千鶴の話が書きたくてー。相手がたつきというの、私のうがちすぎでしょう（笑）
でもそう見えたんだもーん。
ヒメはカモフラージュなのです（笑）
これも他サイトでアップしたものです。
これでやっと千鶴女史の続きが書けるー！（笑）
２００４・９・７ （２００４．８．７） 司城さくら