ルキアは部屋をそっと抜け出すと、誰にも見咎められる事の無い様、細心の注意を払って地下へと降りた。
 そこは、ルキアは初めて足を踏み入れる場所だった。屋敷の者からその存在は聞いていたが、好んで足を踏み入れたいとは思わないその場所―――朽木家の邪魔になる存在を繋ぎ、その口から情報を引き出すための部屋。……拷問の為の部屋と言っていいかもしれない。
 恐らく恋次はそこにいる。
 無理矢理引き離され、暴れる身体に薬を打たれた。だから恋次と離れてどれだけの時が経っているかはわからない。けれど、恋次は間違いなく生きている。
 恋次に何かあったとしたら、私の身も普通ではいられないはずだ。
 そうルキアは確信していた。
 息を潜めて廊下を歩く。時刻は真夜中を過ぎ、屋敷の中はしんと静まり返っていた。阿散井家との抗争のために家人が出払っている事を眠り続けたルキアは知る由もなく、その目指す部屋へと向かう。
 暗い、どこか湿った感のある階段を下りる。灯りは細く頼りなく、ルキアの足元に影を落とし揺れ動く。その、恐らくここに繋がれた男、若しくは女達の呪詛の念を感じる余裕もなく、ルキアはただ最深の部屋を目指す。
 重い鋼鉄の扉を、全力で開ける。ようやく開いた僅かの隙間に身を滑り込ませ、ルキアは部屋へと入り込んだ。
「―――恋次!」
 思わず悲鳴が零れた。
 部屋の奥、壁に寄りかかった恋次の身体は、いたる所が傷つき血を流し、その両手は鎖に繋がれ、高く持ち上げられている。がくりと項垂れた頭が、ルキアの声を聞いてかすかに動いた。
 かすんだ視界に、駆け寄るルキアが見える。「恋次、恋次!」と、泣きながら名前を呼ぶ愛しい女に、恋次は笑って見せる。
「泣くなよ、莫迦」
「酷い、こんな……」
「何でもねーよ、大丈夫だから心配すんな」
 安心させるように微笑む恋次の目は、まだ諦めていなかった。変わらない恋次のその目に、ルキアはようやく自分を落ち着かせる。
 自分が何とかしなければ。
 手錠の鍵、それをどうにか手に入れて―――誰が持っているのだろう、爺だろうか?兎に角、なんとしてもそれを手に入れて。
「少し待っていてくれ、私が絶対お前を助けるから―――」
「どう助けるというのだ?」
 不意に掛けられた声に、ルキアは背後を振り返った。その目が驚愕に見開かれる。
「……に、兄様……お出かけの筈では……」
「お前は誰を助けようというのだ?」
 一歩、白哉がルキアへ近づく度、ルキアは後ろへ一歩下がる。
 普段とあまりに違う白哉の雰囲気に、ルキアは怯えていた。
 いつもと変わらない静かな口調。けれど、その奥の、激しい感情―――それはまるで、狂気、と言えるような。
「兄様……?」
「お前をずっと見続けてきた。お前を初めて目にしたとき、私はもう一度やり直せると思った。お前は私の為に、私の前に現れたのだと。これは運命だ、と。お前は私の為に存在していると」
「兄様……」
 白哉の呟く言葉は、記憶を消されたルキアには意味不明な言葉としてしか捉えられない。ただ白哉の狂気は感じ取れる。ルキアは白哉から身を遠ざけるように、恋次の傍らへ身を寄せる。
「お前は私の物だ。過去も現在も未来も、永遠に永劫に私だけの」
「―――ルキア、逃げろ」
 白哉を見据えたまま、恋次はルキアに告げる。
「でも、お前が……」
「俺のことはいい、はやく逃げろ」
 切羽詰った恋次の声に、ルキアは困惑して白哉を見る。確かに普段とは違う雰囲気だが、この人は間違いなく白哉、兄なのだ。長の年月、両親の早世したルキアの親代わりとなり、愛を注いでくれた人。話せば解ってくれると、ルキアは信じていた。
「大丈夫だ、恋次。話せば解ってくれる……私の、唯一人の兄様だ。必ず解ってくれる」
 ルキアは恋次の傍から一歩前に出ると、白哉に向き合った。何故か怯える心を隠すために、拳に力を入れた。
「兄様、私は恋次を……愛しています。心から。朽木も阿散井も、私達には関係ないのです。どうか、私達を認めて下さい。それが出来ぬというのならば、私は家を出ます。恋次も阿散井の名を捨てると言いました。私たちは二人で……兄様?」
 自分の顔に影を落とす白哉の、闇色の瞳に、ルキアは思わず息をのんだ。暗い暗い、底の見えない深い闇。その目はルキアだけを映して、ルキアだけを求めていた。狂ったように―――否。
 狂っていた。
「……っ!」
「お前は私の物だ、ルキア。他の誰にも渡さない」
 白い手が自分の首に伸ばされるのを、ルキアは凍りついて動けない身体で、ただ凝視していた。
「ルキア!逃げろ!」
「うるさいぞ、犬」
 首に回された白哉の手は、そのままルキアの頬へと伝い動く。その、なぞるように辿る白哉のその手に、紛れもなく性的なものを感じてルキアは愕然とした。
「兄様……?」
 白い、秀麗な顔が、ルキアに近づく。呆然とするルキアの唇に、白哉のそれが重なる。反射的に突き飛ばそうとするルキアの腕を掴んで、白哉は更に舌を奥へと差し込んだ。
 ルキアの抗う力は、すべて白哉の腕に封じ込まれる。呼吸ができなくなるのも構わずに、白哉はルキアの唇を舌を唾液を求める。
「……いやっ!」
 白哉がルキアを開放した時、そこに見たのは明らかな嫌悪感に身を振るわせるルキアの姿だった。唇を拭うルキアを見たとき、白哉の中で何かが壊れた。
 ルキアを引き寄せ冷たい床に押し倒した。今度はルキアも、全力で抵抗し始める。
「いや!触らないで!」
「……ルキア」
 今までルキアから向けられた事の無い、拒絶の瞳。怒り、憎しみ、嫌悪、拒絶。
「手前、ルキアから離れろ!下衆野郎、ルキアからその汚え手を離せっつってんだよ!」
 じゃら、と鎖を鳴らして叫ぶ恋次に、ルキアは「恋次!」と助けを求める。
 白哉は熱くなっていた頭が、すう、と冷えた。
 その目に、理性が戻る―――いつもと変わらない、冷静な、―――冷酷な。
「お前の目の前でルキアを抱こう」
 感情の読み取れない、いつもの声で白哉は言う。
「ルキアが誰の物か、お前にもルキアにも―――解らせた方が良いようだ」
 白哉の右手が、ルキアの左足を肩へ抱え上げた。そのままルキアの下着を引き千切る。
「や、止めて……兄様、何を……」
「貴様……止めろ!ルキアを放せ!」
「犬、お前はそこで見ていろ」
「いや、厭あ!恋次、恋次!」
 必死で抵抗するルキアを氷のような目で見下ろして、氷のような声で白哉は言う。
「…何故あいつの名を呼ぶ?お前を愛しているのは私だ、お前の全ては私のものだというのに」
「やめて、兄様、止めて……」
 恋次しか触れた事の無いその場所に、恋次以外の熱を感じてルキアの身は強張った。必死に身を捩って逃れようとした肩を掴まれて、引き寄せられる。
「いや、兄様……あ、ああああああ!!!」
 一気に貫かれ、ルキアは絶叫した。迎い入れる準備もない、乾いたその場所に暴力的に入れられたソレに、ルキアは苦痛で身を仰け反らせる。浮いた腰を掴まれ、更に奥へと突き入れられ、再びルキアは悲鳴を上げた。
「ルキア……私の、ルキア」
 無理矢理挿入した白哉自身も痛みは感じているはずだが、白哉はただルキアの中に己を沈める。ルキアの中が傷付き、赤い血が足を伝っても、白哉は躊躇しなかった。ルキアの身体を犯し、ルキアの内部を侵し、ルキアの人格を冒す。ただルキアを求めて、ルキアを自分で埋めて、想いを叩きつけるように自身を出入りさせる。
「あああ……!いや、厭あっ!恋次、助けて恋次……っ!!」
 恋次の目の前で、兄に犯される。
 ルキアの唇から、絶え間なく悲鳴が漏れる。
 夢だ、悪い夢だ。
 目が覚めればきっとそこは恋次と二人だけの、あの硝子の温室のような秘密の部屋で。
 怖い夢を見たと言えば、恋次はきっと抱き締めてくれる筈。
 起きなくちゃ、はやく、この悪い夢から覚めなくちゃ。
 目を開ける。
 目の前にある、自分を見下ろす暗い瞳。
 自分の中に感じる、恋次以外の、男の……。
「お前は、私の物だ」
 暗い瞳がそう告げて、ルキアの意識は絶望に白く薄れていった。

「殺してやる、白哉!貴様を殺してやる……!」
 意識を失ったルキアの身体から己を引き出し、白哉は何事もなかったように身を起こす。その白哉へ、視線が人を殺せたのならば間違いなく殺していただろうその強さで、恋次は白哉を凝視する。
「見ていろとは言ったが、お前の騒音には耐えかねる」
 白哉はテーブルの上にあった無粋なテープを引き千切ると、無造作に恋次の口へと貼りつけ、言葉の自由を奪う。
 憤怒の目で睨みつける恋次へ、白哉は淡々と告げる。
「お前を屈辱で打ちのめしてやる。見ているがいい、ルキアが私に抱かれる様を」
 意識の失ったルキアの身体に再び手を触れ、白哉はその身体に舌を這わせる。
 黒いワンピースの肩紐がしどけなく解け、そこから現れた胸の頂を口に含み、白い胸に赤い烙印を刻み付ける。
 びくん、と反応するルキアの目が見開かれ、悲鳴が零れる。
 再び暴れる身体を押さえつけ、白哉は抑え続けた欲望の全てを、一気に開放していく。
 
 

 長い夜は、まだ始まったばかりだった……。