たたたた、と急いで駆けてくる音を耳にして、俺の顔は自然ににやけてきた。そんなに一生懸命走ってくる程俺に早く会いたいのかと、ついつい頬が緩くなる。それに気付いて、俺は慌てて顔を引き締めた。
「待ったか?」
 肩で小さく息をつくルキアのなんと可愛い事か。俺は引き締めた顔が再び緩むのを感じた。
「……恋次?」
「いや、待ってねぇよ、大丈夫だ」
 不審がられて慌てて俺は答える。
 場所は真央霊術院の裏手、周りは木立に囲まれて、あまり人の来ない静かな場所だ。ルキアは木々が気に入っているようだが、俺が気に入ってるのは人が滅多に来ないということ、ただそれだけだ。学院内でルキアと二人で会う時は、ほぼここを使っている。
「どうしたのだ、今日は?」
「いや、お前に渡したい物があってよ」
 俺は包みを取り出した。それは、長さ15cmほどの細長い包みだ。実は俺自身もこれが何かは知らない。
 ひょんなことで知り合った―――ひょんって事もねーや、1組の実習、現世での魂送の実習で知り合ったのに、「檜佐木修兵」という先輩がいる。この人はまあ、何と言うか―――酒好きの女ったらしの、色事師みてえな人なんだが、その先輩と昨日酒呑んだ時に、一角の奴が「恋次は未だに手も繋いだ事のない女がいる」と言い出したのだ。そしたら先輩が大笑いして、「純真な後輩に俺がプレゼントをやろう」と言って渡されたのが、今俺の手の中に在るこの包みだ。先輩は、「これを彼女にお前からのプレゼントだと言ってやれ。結構レアなんだぜ、俺もこないだ現世でやっと手に入れたんだからよ。女は皆大好きなもんだから彼女もきっと喜ぶぜ」と言っていた。
 女との噂の絶えない先輩がくれた「女性へのプレゼント」だ。外れる訳がねえ。これでルキアの中の俺の株も上がるってもんだろう。
「何だ、これは?」
「開けてみろよ。珍しいんだぜ、中々手に入らねえんだ」
 ルキアは興味深々で、かさかさと包みを開けていく。俺も何が入っているんだろうとさり気なく覗き込んだ。
「――――何だ?」
 ルキアは首を傾げてそれを掲げる。
 俺は驚愕した。
「―――飴?これが珍しいのか?―――味が珍しいのだろうか」
 ルキアの手の内にある、じっと眺めているソレ。
 確かに飴だ。飴だろう。それは何の問題もない。ルキアは甘い物が好きだ。
 問題は―――
「形は確かに珍しいな」
 汚れない心のルキアはそう無邪気に言った。知ってたらそれはそれで驚きだが、今はルキアが知らなかった事に感謝だ。
 そう、問題は形なのだ。
 「ソレ」は、男にしかない器官をリアルに模した形で―――しかも、普段の形ではなく、ある一定の状況になった時の形状になった、形も大きさも色も(ミルク味らしい。俺たちの肌の色に似てるのがもう泣きそうになるほどリアルさを醸し出している)実にリアルな―――現世では俗に「子宝飴」と言われている物だった。
 ―――あんの、エロ河童!!
 心の中に思いつく限りの罵詈雑言を檜佐木修平という悪人に投げつける。何考えてんだ、あのセクハラ野郎!!
 そんな大パニックの俺に気付かず、ルキアは包みを全て取り去ると、ぺろっと舐めた。……な、舐めた!!!
「ふむ、なかなか美味い」
 にこっと笑うと、ルキアは棒を持ったまま無邪気に舐めている。
 下から上へ。
 舌を小さく出して、なぞる様に味わう。
 小さなルキアの口が開き、可愛らしい舌がたどたどしく舐めている。
 俺はもう、ただただ目を奪われていた。
 エロ河童なんて言ってごめんなさい。
 なんていい先輩を俺は持ったのだろうっ!!
 ありがとう、ありがとう先輩っ!!!
「正しい食べ方?そんな物あるのか?」
 舐めながら飴の包みに記載された文章を読んで、ルキアは。
 ジーザス!!
 ルキアは、ぱくっとそれを……ソレを咥えたのだっ!!!
 生きててよかった……っ!!(号泣)
 ん、と息を吐きながら一生懸命飴を舐めているルキア。
 お宝映像……。
 ビデオ、ビデオが今ここにあったのならばッ!!!
 ルキアの目が俺を捕らえた。
「れ、恋次!?どうした!?」
「あ?」
「血、血が!!お前、血が……!!」
 確かに俺の顔の下半分は血まみれだ。俺も今気付いたが。
「いや、なんでも……」
「なんでもじゃない、だ、大丈夫か!?」
 吹き出た血のあまりの勢いのよさに、ルキアはそれが鼻血と気付かなかったようだ。喀血したとでも思ったのだろうか、真青になっている。
「今、人を呼んでくるからな!横になっていろ!」
 俺の手に飴を押し付けると、ルキアは俺の言葉を聞かず物凄い勢いで走って行ってしまった。
 ………俺はじっと手の中のソレを見る。
 ルキアの口が触れたもの。
 ルキアの舌が辿ったもの。
 形はアレだが、そんなものは目を瞑ればわからねえ。
 重要なのは、これを俺が口にしたら。
 ルキアと間接キスになるということだ!!!
 俺は躊躇いなく目を瞑ると、それを口に入れた。
 甘い。
 これがルキアとのキスの味。
 たまらない幸福感に俺は恍惚とする。
 これでルキアとの距離が一歩近付いた。
 俺とルキアはキスした仲だぜ!!(間接だけどよ) 
 幸せに浸る俺の耳に、「れ、恋次!?」という声が聞こえて俺は目を開いた。
「一角じゃねえか、こんな所で何してんだよ」
 幸せ気分を壊されて、俺は内心ムッとしつつ一角を見た。一角は何故か俺を驚愕の面持ちで見ている。
 なんだよ、一体。
 そこで俺ははたと気がついた。
 一角の眼に映っていたのは、鼻血を出しながら恍惚とした表情であろう事かコレを舐めている俺の姿。
「……おい待て、誤解すんなよ?」
「く、来るな!!俺にその気はねえっ!!」
「俺にだってねえよ、そんなもん!!いいから黙って聞け!!」
「おかしいとは思ってたんだ、あの女に手を出さないのをよ!!そーゆう事だったのか!!」
「だから違うって言ってんだろ、誤解するなよ!!」
 俺が一歩踏み出した途端、一角は青くなって飛び上がった。
「やめろ、俺は初めては女の子とするんだっ!いや最初も何も、ずっと女の子としかしないんだ!!他をあたってくれ、恋次!!」
 そう言うが否や一角は脱兎の如くこの場から立ち去った。 
 ……まずい。
 妙な噂でも流されないうちに、あいつを始末した方がいいかもしれん。
「恋次?大丈夫か?」
 先程とは比じゃない大急ぎな足音と泣きそうなルキアの声に、俺は「大丈夫だ」と笑顔を向ける。
 ルキアには連れがあった。そういえば人を連れてくるって言ってたよな。
「先に一角に行ってもらってたんだけど……おかしいな」
 弓親が訝しげに辺りを見回すと、俺の手にしているソレを見て、冷静に言った。
「そりゃまた随分リアルな男性器だね」
 ―――訪れる沈黙。
 凍る空気。(俺とルキアの間だけ)
 場の空気に気付きながらも、全くいつもと変わらない弓親。
 長い長い沈黙の後、能面のように表情の無いルキアが静かに口を開いた。
「――――恋次」
「は、はいっ!」
「お前は一度、その腐った血を全て吐き出した方がいいようだな」
 という言葉の後に、ルキアの高速の拳が俺に叩きつけられ―――
 赤い血を撒き散らしながら、俺の身体は宙を舞い―――
 落ちた。
「で、大丈夫?」
 あくまで落ち着き払った弓親の声を頭上に聞きながら、俺の意識は白く遠くなって行った。




 ルキアはそれから一週間、口をきいてくれなかった。
 しかしお宝映像はきっちり俺の脳に焼き付いている。
 ルキアが口をきいてくれない寂しさを、俺は夜な夜なそれで紛らわせていた。
 ―――なんて事をルキアが知ったら今度こそ殺されるので、勿論それは秘密である。





 



……すみません(笑)

壁紙がさくらんぼなのは、チェリー(童貞)な恋次だから。

子宝飴、ってご存知でしょうか。まあ私は舐めた事ないですけど、存在は知っております。
でもこの話みたいにリアルじゃないみたいですよ?形がソレってだけで。
それじゃつまらないのでここでは超リアルな造形となっておりますv(ハートをつけるな!)
なんだかとってもお下品になってきたぞ、自分…。


2004.10.30   司城さくら