僕が護廷十三隊に入隊したとき、必死で願ったのは十一番隊に配属されないでくれ、ということだった。
 元々僕は、本来ならこんな職場ではなくてもっとのんびりとした職に就きたかった。実は文章を書くのが好きなので、出来るならば小説家、才能がないと自分でわかったのなら、それでも文字に関連した職がいいと、恐らく僕は書店に就職しただろう。
 ところが何の呪いか災いか、僕には人並み以上の霊圧があった――小心者な僕には不釣り合いな程、並外れた大きな霊圧が。
 そして否応なしに僕は真央霊術院に入学させられ、否応なく護廷十三隊に入隊させられた。
 そんな荒々しい雰囲気は心の底から苦手な僕が、全身全霊を込めて十一番隊以外の隊の入隊を願ったのは当然のことだろう――そしてそれは叶い、僕は六番隊に配属となった。
 ところが――




 僕は目の前に立つ六番隊副隊長をバカみたいに口を開けて仰ぎ見た。男の中では小柄な僕は、180を軽く超えている副隊長を前にすると、自分が子供に戻ったような気持ちになる。
 そう、十一番隊に配属されなかった喜びに浸っていた僕を待っていたのは、そんじょそこらの十一番隊隊員よりも十一番隊の隊員らしい、正に十一番隊の見本のような人だった。
「あ? 誰だお前」
 ぶっきらぼうな低い声。不機嫌そのもの、そんな感じの聞いただけで回れ右をしたくなるような声。
 ぎろりと視線を向けたその視線の凶悪さ。赤い目の三白眼と目が合っただけで僕は気が遠くなった。 
 そして何より――その顔に彫られた刺青。これでもかと彫り込まれた黒い幾何学模様。
 真っ当な人間なら入れる筈もないその場所に、これ見よがしに彫られた完璧な刺青!
「新人ですよ」
 口もきけずに真青になって立っているだけの僕に変わって、隊舎内を案内してくれている先輩隊員が言った。この人は僕と同じような雰囲気の、とても荒事が出来そうにない、小柄で華奢な人で、僕は内心親近感を持っている。
「今年度の新人です。君、知ってると思うけど、こちらがうちの副隊長の阿散井恋次さん」
 僕は震えながら、小さな声で自分の所属班と名前を名乗った。すると瞬時に副隊長は眉を跳ねあげさせた。只でさえ凶悪な表情が更に悪相となる。
「なんだその声はァッ! もっと腹から声出せ腹から!」
「ひいっ!」
 思わずへたり込みそうになる程の声だった。ああ、何でこんな人がここに。怖い、近付きたくない、見たくない!
 そんな僕に気を使ってくれたのか、先輩は「ほらまあ恋次さん、なにぶん入隊してまだ三日目ですし。緊張してるんですよ、きっと」と助け船を出してくれる。
「まあいいけどよ。手前、気合い入れねえとあっさり死ぬぞ? 腑抜けたことしてんじゃねえぞコラ」
 紅い目でぎろりと睨まれて僕は失神しそうになった。
 腑抜けた事をしたらきっとこの人に殺される。既に僕はこの人の記憶に「腑抜け」として記憶されているだろうし、きっと目を付けられた。
 もう嫌だ。辞める。こんな人がいる隊で働きたくない。
 頭の中でぐるぐると考えている僕を無視して、副隊長は「それはそうと理吉!」と先輩に向かって話しかけた。
「ルキアの事なんだけどよお」
「ルキアさん? 何かあったんですか?」
 突然女性の名前が出てきて僕は辟易した。こういった粗雑な男が女性の名前を口にする場合は、間違いなく下品な話になるのが常だ。
 中央霊術院でもそうだった。その前の中等部の時もそうだった。
 こういった粗野な男は女性を物のように扱う。やれ誰と関係を持っただの、やれ誰それを力尽くで乱暴しただの、耳を覆いたくなるような酷い話を得意げに話す。関係を持った女性の数の自慢や、行った行為の披露、下品で下世話で破廉恥な話。女性を乱暴に扱うことが男の醍醐味のように勘違いしている最低の男たち。だから僕はこの副隊長のような、十一番隊の隊員のような男たちは大嫌いだ。
「そういえば昨日、ルキアさんと出掛けるって言ってましたね」
「ふふん、昨日俺はなあ、ルキアと出掛けてな。一区の西地区で飯食ってよ」
 得意げに副隊長が話している。西区なんて、ちょっと歩けばいかがわしい宿場街が並んでいる所じゃないか。
「散々酒飲んだ後、あいつを人通りがない道にわざと引き込んでよぉ」
 ああ、嫌だ。またこういう男が近くにいるのが嫌だ。力尽くで女性を征服するような男なんて最低だ、最悪だ。
「でもよお、あいつ逃げようとするんだぜ? で、俺も酒飲んでたしよお、今日こそヤってやるって決めてたからよお」
「ヤったんですか!」
「当然だろーが! 俺はなあ、」
 
「とうとうルキアと手ぇ繋いだぜ!!!」

「……は?」
 聞き間違いですか?
 呆ける僕の前で、副隊長と先輩は異常に盛り上がっている。異常すぎるくらい盛り上がっている。
「やったじゃないですか! すごいじゃないですか恋次さん!! おめでとうございます!!」
「俺だってやるときゃやるんだよ!」
「ここまで長かったですね、本当におめでとうございます!! ああもう何て言ったらいいのか!!」
「お前の応援のおかげだぜ! ありがとうな理吉!」
「いえ、恋次さんの努力の賜ですよ!」
「こう、手を握ったらよお、あいつ、下向いてさ……顔赤くなってるのが見えてよお。『恥ずかしいから見るな、莫迦者』ってよ……逃げたのも、恥ずかしくて思わず逃げ出したらしいんだけどよ、勇気出して手え握って良かったぜ……!」
 ちょっと待って下さい、それ、涙ですか。
 マジですか。
 
マジ泣きですか!?
「恋次さん……!」
「悪いな、つい感激してよ」
「当然ですよ! 恋次さんの今までの苦労は解ってます! 恋次さんがこの一年間、どれだけルキアさんと手を繋ごうとしては挫折していたか、僕は、僕は知ってますから!!」
 って、手を繋ぐまでに
 一 年 で す か 。
「でもあれですね恋次さん、手を繋いだらもう次はいよいよ恋人繋ぎじゃないですか!」
「ば……っ! そんな大胆なこと出来る訳ないだろうが!! そ、そんな、指を絡ませて手を繋ぐなんてそんな」
「何言ってるんですか恋次さん!! 恋人同士なら超えなくちゃいけない壁ですよ!? 勇気を出して下さい!! きっとルキアさんも恋次さんの勇気を待ってます!!」
「そ、そうか? ……いや! まだ早すぎる!! いくらなんでも恋人つなぎはまだ早過ぎる!! そんな破廉恥で大胆なこと俺には出来ねえ!!」
 僕はきっと今、ものすごく生温かい目で副隊長を見ている。
 ちょっと遠くを見るような、そんな瞳で副隊長を見ている筈だ。


「俺は……! より深くルキアを知るように……! ルキアと、交換日記しようかと思ってるっ!」




 ……ああ、僕、きっとこの隊でやっていける。