いつもと違う待ち合わせ場所―――そこは白道門に近い、周りに何もない場所だった。
流魂街に近いせいだろう、居住地区でもないそこは人も通らない。
その何もない、野原と言っていい緑の絨毯の上、一際目立つ色彩がルキアの目に入った。歩調を少し速めてその赤い色に近づくと、向こうもルキアに気がついたのだろう、ルキアに向かって手を上げる。
「どうしたのだ、今日は」
いつもならば待ち合わせは恋次の家だ。待ち合わせ、と言ってもあまり人目につきたくない事情のあるルキアは、大抵恋次の家から出る事はない。それは少し寂しい事だったけれど、ルキアは恋次に逢えれば充分満足できた。
それが、今日恋次が指定した場所はこの人気のない場所。舗装された道のない、芝の続く緑の地面、頭上には青い空。季節は冬と呼ばれる頃になってはいたが、今日の気温はそうとは思えないほど暖かかった。
こんな日に外に出ないともったいないと恋次は思ったのだろうか。
ルキアはそう考えて恋次を見る。確かにここならば人目にはつかないが……その代わり、本当に周りは何もない。
「今日はいつもと趣向を変えようと思ってよ」
「趣向?」
「いつも俺の部屋じゃつまらねえだろ。―――という訳で着ている物、脱げ」
「……………………は?」
「今着ている物を脱げっての」
ルキアは頭上を見上げた。
青い、抜けるような爽やかな空。
吹き抜ける心地好い風。
足元をくすぐる、柔らかい草の感触、どこか懐かしい土の匂い。
「どうしたよ?早く脱げって……」
ばっちいいいいいん。
甲高い音が、恋次の右頬とルキアの掌の間で発生した。
Secret Love
「す、すまん恋次」
「…………」
「お前だって悪いんだぞ、あんな言い方をするから、つい……」
「つい、俺が外でお前とヤろうとしてるって思ったわけか?」
「……お前ならやりかねんと思ったのだっ!」
「そーか、俺はお前に平気で青姦出来る奴だと見られてるって訳か、あーあー、そーですかー」
「……大体前科があるではないか、お前はっ!」
話がまずい方向へ行きだしたので―――実際、恋次はルキアに以前外で襲い掛かっているのだ。その時はルキアとの想いに行き違いがあり、恋次が誤解してそのような事になったのだが―――恋次はルキアを苛める事をさっさと止めると、足元に置いてあった袋を渡した。
「とにかくこれに着替えろって。これから行く所は死覇装じゃ目立つんだよ」
「因みにこれは誰が選んだのだ?」
「俺」
「―――著しく不安が生じるのだが」
「あ?」
「お前の趣味は悪いからな」
「んだとコラ」
眉を顰めて取り出した着物は、ルキアの不安に相違して至極まともな―――というよりもとてもセンスが良かった。薄紫の地に濃紫色で蝶の絵が描いてあり、所々白や黒の線が飾りで入っている。
「……50メートル下がって後ろを向いてろ」
「何もそんな念入りに……」
「煩い、お前はここまでしないと絶対に見る!」
流石に十数年の付き合いという実績のなせる技で、ルキアは恋次の行動を見抜いていた。ぶつぶつ言いながら離れていく恋次の姿を見て、ルキアは急いで死覇装から手渡された着物へ着替えた。
寸法もぴったりで、ルキアの趣味にも合っていた。とてもあの悪趣味の権化、阿散井恋次が選んだものとは思えない。
「……驚きだ」
感心したように呟くルキアのすぐ背後で「莫迦にしてもらっちゃあ困るぜ」と声がして、ルキアは勢いよく振り返った。そこには顎に手をあてルキアの上から下までじっくりと検分している恋次が居る。
「ん、バッチリだな。よく似合うぞ?」
「…………」
「どうした?寒いのか?震えてるぞ、お前」
「…………離れていろと言っただろうがっ!」
再び甲高い音が、今度は恋次の左の頬から鳴り響いた。
頬を怒りで染めながら、ルキアは恋次の前をすごい勢いで歩いていく。
怒ると歩くスピードが速くなる癖は、子供の頃から変わっていない。
前を行く小さな背中を見つめながら、恋次は笑った。子供の頃から何度も見続けていた光景だ。
ルキアが歩を進めるたび、裾に描かれた蝶も揺れる。まるで本物の蝶がルキアに纏いついているようだ。
その薄紫の着物は決して派手ではないが、上品でルキアにとてもよく似合った。恋次は満足気に首を縦に振る。
―――雛森に礼を言わなくちゃな。
ルキアへの着物を買いに行ったとき、そこに偶々雛森桃がいたのだ。桃は恋次の手にしている、明らかに女性用の着物のその柄を見て、『阿散井君、それはあんまり贈り物には向かないと思うよ……』とやわらかく、けれど断固としてそう言った。
そうして選んでくれたのが、現在ルキアが身に纏っている着物だった。恋次は桃に、誰に贈る着物かは言わなかったが、桃は誰に贈るか察していたに違いない。ルキアに一番合う柄を選んでくれたのだから。
「おい、そっちじゃねえよ」
目的地を通り過ぎそうになったルキアを引き止めて、今度は恋次が先に立つ。辿り着いた先は、白道門だった。
「こんちは、慈丹坊さん」
「恋次でねえか、どうした?」
小山のように大きな男が、その風貌に似合わない気さくな声で恋次に声を掛けた。恋次はこの大男と知り合いらしく、親しげに話しかける。
「ちょっと流魂街に行こうかと思ってよ」
「流魂街?」
「今日、1区で祭りがあるんだろ?」
「んな事そういえば言ってたなあ。―――ん?そこの女子は?」
人見知りの激しいルキアは恋次の陰に隠れるように立っていたが、慈丹坊の声を聞いてびくっと身を竦ませた。恋次はこれ見よがしにルキアの肩に手をまわす。
「ふっふっふっ」
「そっが、おめ、恋次の『彼女』だな?」
「は、はあ」
慈丹坊の身体の大きさに、ルキアは驚いて見上げている。そんなルキアに気分を害する様子もなく、慈丹坊は顔全体で笑うと、大きな手をルキアの頭に乗せた。
「恋次はいい奴だ、よろしぐ頼む」
「は、はい」
「気いつけてなー!仲良くやんだぞー!!」
身体に見合う大きな声で見送られ、ルキアの顔は赤くなった。
通りは人で溢れかえっていた。元々娯楽が少ないせいだろう、流魂街の住人たちはこぞって祭りの行われている場所へ、笑いさざめきながら進んでいく。
小柄なルキアは、人の波に飲まれ易い。何度となく人にぶつかっていると、目の前に手が差し出された。
「ほら」
「…………」
そっと、触れる。ルキアの小さな手は、恋次の大きな手にしっかりと包まれた。
手を繋いで歩く。こんな事は初めての事だ。何となく気恥ずかしくて、恋次はあらぬ方を見、ルキアは視線を下に落とす。どちらも僅かに頬を染めながら。
ここでは誰も二人を知らない。ここでは貴族も朽木も関係ない。二人はただの、何の肩書きもない「恋次」と「ルキア」だ。
今まで出来なかった事、二人並んで歩く事が当たり前のように出来る。周りの目を気にせずに。
心が弾む。
自然に笑みがこぼれる。
「恋次、あれはなんだ?」
「……水飴だな」
「あれは?」
「綿菓子」
「あれは?」
「金魚すくい」
「あれは?」
「輪投げ」
子供のようにはしゃぐルキアを見て、恋次は笑った。
二人で杏の入った水飴を買った。
綿菓子を作る過程に目を丸くするルキアを見て、店の親父は笑って、ルキアの頭よりも大きい、特大の綿菓子をくれた。
金魚すくいは初めてだというルキアに恋次はとくとくとその極意やコツなどを伝授し、いざ二人で金魚をすくったら恋次は一匹もすくえず、ルキアは3匹もすくい、憮然とする恋次を見てルキアは笑い転げた。
汚名返上とばかりに放り投げた恋次の輪投げの輪は、ルキアの欲しがったうさぎの小さなぬいぐるみに見事引っ掛かった。
今までの時を取り戻すように、二人は笑い合う。
繋いだ手は離さずに。
「……楽しかったな」
眼下に川の流れる様を見ながら、ルキアは呟いた。
二人の座る土手は、祭りの場所から遠く離れている。微かに風が祭囃子を乗せて運んできていた。
普通の恋人同士のように過ごした時間、それももう終わりだ。もうすぐ日は落ち、ふたりは―――ルキアは精霊廷に、朽木ルキアに戻らなければならない。
「また来ればいいだろ」
恋次の言葉にルキアは「そうだな」と呟く。
けれど、今日はもう過ぎてしまった。
精霊廷に戻れば、今日のように自然に会うことも出来ない。今日が楽しかった分、その事実がルキアの心に寂しさという影を落とした。
ぼんやりと川の向こうの白道門に目を向けていると、恋次が立ち上がってルキアの背後へと移動した。振り返ろうとするルキアを留めて恋次は腰を下ろす。
「どうしたのだ?」
それに返事はなく、恋次の腕がルキアの視界に入った。しかしそれは一瞬で、すぐに消える。
代わりに、首筋に触れる冷たい感触。
「……安物だけど、よ」
そっと視線を落とす。自分の首に触れる、細い鎖と……リング。
「恋次……」
「指にしてると目立つだろ?これなら着物で隠せるだろうと思ってよ」
しゃら、と澄んだ音を立てて鎖は胸元に落ちる。リングは襟元に入って見えなくなった。
「俺は絶対隊長になってやる。誰からも何も文句のつけようがねえ力を手にして隊長になる。そしたら……」
恋次はルキアを包み込むように背後から抱きしめた。そのままそっとルキアの肩口に顔を埋める。
「―――お前を迎えに行く」
「恋次……」
「ずっと一緒に……いような」
「恋次っ……!」
それは、幼い時に交わした約束。
振り返るルキアを、今度は恋次も止めなかった。ルキアは恋次の胸に顔を埋めて涙を溢す。嬉しくて、幸せで。子供のように泣きじゃくるルキアを、恋次はしっかりと抱きしめた。
涙も引いて落ち着いた頃、ルキアは「ありがとう」と照れくさそうに囁いた。恋次の胸から身を離し、きゅ、と掴んでいた恋次の襟元からも手を離す。その手を掴まれてルキアは恋次を見上げた。
―――嫌な予感が、した。
「恋―――」
呼びきる前に一気に押し倒されて、恋次の唇がルキアの唇を覆い隠した。慌てて引き離そうとするルキアの手を押さえつけて、恋次はもう一度唇を重ねる。その情熱的な深いキスに頬を染めながら、ルキアはやっと恋次を?ぎ離すと「こら!」と怒鳴りつけた。そのルキアの叱責を気にせずに、恋次の左手はルキアの胸に、右手は裾から入り込み、不謹慎な動きを始めている。
「ば、莫迦!ここは外だぞ、何を考えているっ!」
「いや、たまには外で開放的にしてみるのもいいんじゃねえかと」
「やっぱりそう考えるではないか、お前はっ!!」
出掛けに私に言ってたのは何だったんだ、とルキアは頭に血が上る。
「何が『あーあー、そーですか』、だっ!思いっきり私の考えたとおりじゃないかっ!」
「こら、そんなに暴れ―――」
二人は土手に腰掛けていた。そしてその斜めになった不安定な場所で恋次がルキアを押し倒し、そこでルキアが暴れたということは、必然的に。
「―――っ!」
「うわっ―――」
ごろごろごろ、と。
土煙をたてながら、一気に二人は落ちて行った。
抱き合ったまま、上になり下になり、見事に回転しながら、最後は恋次が下になってようやく止まった。
「………………」
二人は顔を見合わせる。
どちらも草まみれだ。恋次が下に、ルキアが上に。髪にも草、着物にも草。
しばらく呆然と見詰めあった後―――二人は笑い転げた。
「な、何だお前の顔っ!」
「お前だって草と泥まみれじゃねえか、ひでえ!」
ひとしきり笑うと、笑いすぎて涙の滲んだ目で、ルキアを庇って転がり落ち下敷きになっている恋次の頬に手を添え。
今度はルキアから唇を重ねた。
「―――好きだよ、恋次」
甘く、蕩けるようなその声に。
恋次はルキアの頭を抱えよせ、愛しそうに髪をすく。
そして囁いた。
「―――ここでヤっていいか?」
「駄目に決まってるだろう、莫迦者」
予想していた質問に即答して。「ちっ」と舌を鳴らす恋次に、ルキアはくすくすと笑い続けた。
コンセプトは「明るく仲良く幸せに」!(笑)
色々言い訳させてください(笑)
まず、流魂街で食べ物屋の屋台があること。
霊力がないとお腹の減らないのに変、と思われたかもしれませんが。
お腹減らなくても食べられるよ!少なくとも私はお腹へってなくても食べられる!!(笑)
住民の方々は、お腹減らないけど生前の記憶のままに、時々食す、と言う事で。
だって食べる事って、なくなったら絶対つまらないよっ!!(笑)
そして、ジ丹坊。
「ジ」の字がないです…(涙)
とりあえず当て字を使ってしまいました。すみません。
奥様劇場番外編なので、本編のシーンや台詞がちょこちょこ出てきてます。
本年はあと3話、もしくは4話で終わります。
書き終わったらつまらなく思いそうです、むむ。
恋次が流魂街デートを思いついたのは、「女郎蜘蛛」でルキアが流魂街へ出て行ったことから思いついたようです。
人目を気にしなくていいからね。
1区なら治安もいいし。
あのお祭りの最後には空鶴さんの打ち上げ花火が夜空を彩ったと思われ(笑)
恋次とルキアが並んで見上げてるといいですね!
しかしアナウンスで(そんなのあるのか?)「ただいまの花火は志波空鶴さんの〜」と言って、ルキアが「海燕殿と同じ苗字だな!」と言ったがために恋次焼きもち勃発。
ケンカしながら帰宅、最後には「私が好きなのはお前だ」とかルキアに言わせて恋次のご機嫌は治ったり。
そんな感じです(笑)
では、読んでくださってありがとうございました!
2005.3.21 司城 さくら