ときめきとぅないと☆ 〜ルキアの唇をシスコン兄から奪え!〜
神凪翠 ・ 司城さくら
リレー小説



第壱回  (司城)
「マジかよ?」
 その同僚の声に、恋次は「何だとコラ」と杯を床に叩きつけながら言い返した。
 仕事をする身とあれば、―――しかもそれが自らの生命の危険を伴う仕事であれば、受けるストレスは相当なものだ。そして古来よりそういったストレスを安易に、また効果的に発散させる方法は決まっている。―――酒、である。
「在り得ねえ!!」
「それは間違いなく嘘だろ」
「嘘じゃねえっ!!」
 と、がばっ!と立ち上がった恋次は、つまり立派に酔っていた訳で。
「俺とルキアはなあ、ずっと昔っから、愛し愛されて生きてきてんだっ!」
「ほー、じゃあキスなんてとうに済ませていると」
「ももも勿論」
「賭けるな?違っていたらこの先1年間、俺たちに酒を奢り続けると?明日、朽木さんに事の真相を聞くからな」
「おう、聞け聞け。そしてノロケられて悔しがるがいいっ!」
「よっしゃ、ここにいる皆が証人だぞ?」
「悪ぃな、恋次」
「一年ただ酒だぜ!」
「って、てめえら何で俺の嘘だって決め付けやがる!!」
 恋次の叫びは、同期の笑い声にかき消された。

 ピンチ、である。
 勿論恋次とルキアはそういった関係ではないし、ましてやキスを交わす仲である筈も無い。ただ恋次が一方的に想っているだけなのだ。
「こうなったら」
 酔った頭を押さえつつ、恋次は解決策を導き出す。
 つまり、
「キスしちまえばいいんだ。明日までに」
 これで嘘ではなくなる。一年間奢り続けるなんて真っ平だ。
 恋次は意気揚々と歩き出した。
 行く先は――――

「………」
 目の前の屋敷には、『朽木』とある。
 達筆だ。
 さすが貴族。
「ここにルキアがいる」
 怖気つきそうな自分を奮い立たせるために、恋次はわざと声に出してそう呟くと同時に、
―――あの人もいるけどな。
 思わず意気消沈する事実も思い出して、激しく後悔した。
 しかし、ここで退いたら一年間の苦行が待っている。
「――――行くぜ!待ってろ、ルキア!!」
 
 目指すは、朽木ルキアの唇。
 恋次は半ば自棄になって一歩を踏み出した。






第弐回 (神凪)
さて、そんな恋次が腹を括って朽木家への潜入算段を考えあぐねていた頃――。


「…………」
白哉は一人、漆塗りの文机へと向かい、何やら一心に毛筆を滑らせていた。
さらさらと流れるような筆の動きは、軽やかに達筆な文字をその紙面へと残して行く。
少し書いては何事かを反芻するかのようにして、遠くを見つめる白哉。
その様を第三者が見れば恐らくは、『流石、隊長とあられるだけある。今日の部隊での反省点でも書かれているのだろうな』と思い、密かに感心するやも知れぬが。

――が、しかし。
が、しかしである。
その日誌に密やかに記された題名が、見事に余人の想像を裏切っていた。
それもそのはず。彼が記していたのは唯一人。
目の中に入れても痛くないどころか、むしろ目の中に入るものならばずっと入れておいて、悪い虫などが一切つかないようにしたいと思う程……例え表面上には出さずとも、内心では既にどうしようもない程までのシスコンとなった白哉が愛して止まない愛義妹、ルキアの事であったのだから。
先程までの朽木家定例報告会(とは言ってもルキアと白哉の二人きりだが)でのルキアの報告を反芻しては、己が昼間ルキアへと行っていたストーカー紛いな愛情追跡と照合し、齟齬が無いか書き留めていた。
また、もう何度ともなく筆の先に止まったある人物の名に目を留めては、どうしたものかと白哉は思案に耽っていた。
いつも唯一人だけ、ルキアが珍しくその日の報告の際に楽しそうに語る人物。


――阿散井 恋次


「『悪い虫は早い内から息の根を止めて置いた方が良い』とはよく言い古されたものだが……」
ぽつりと白哉は、物騒な事を呟くと、暫しその筆を止めた。
「手元に置いておれば監視も兼ねる事が出来ると引き抜いたはずであったのだがな……」
気付けば、穴が空く程に墨で黒く塗り潰された阿散井恋次の文字。
さて、如何したものかと再び思案に浸ろうかと思ったその矢先――。


「……これで悩みの種が、消えるやも知れぬな」
微かに、あるかないかの笑みをその口端に浮かべると、白哉はそっとその筆を置き、大事そうに『ルキア成長記録日誌』を黒檀の中へと仕舞い込んだ。
そして、斬魄刀を帯刀すると、気配も立てずにその場を後にした。
目指すは不埒で目障りで酷く厄介な悪い虫=B
「……しかし、このような夜更けに、何用なのであろうか?」
もしかしたら、定例会などでよく居眠りをしている自分へと、明日に行われる事についての言付に来たのかもしれないが……。
こんな夜更けにそれは無いだろうと、常人レベルの感覚を持った者であればそう思うのが普通であるが、しかし、白哉に関してのみはそれが通用しない。
何時如何なる時でも自己中、唯我独尊を貫き通す非常に厄介で非常識で泣きたくなって来る六番隊の隊長様には、通常の時間の概念と言うものなども通用しなく、それ故、常に恋次はあの青い空の彼方遠くへと行けたらな〜と、現実逃避を何度か試みては、世の不条理に嘆いていたものである。


白哉は一度、ルキアが深い眠りについている事を確認すると、すっとその身を静かな闇の中へと沈めたのであった。






第参回 (司城)
朽木家の敷地内に入り込むと、恋次はじっと植え込みの陰に隠れ、あたりの様子を窺った。
 これが普通の、貴族というだけの家だったのならば、恋次はここまで慎重…いや、恐怖を感じはしなかっただろう。
 しかしこの屋敷は普通の貴族の屋敷ではない。いや、屋敷自体は普通だが、ここの当主が普通ではないのだ。
 朽木白哉。
 ルキアを朽木家へ引き取った張本人。
 この当主の、ルキアに対する想いは―――その冷静な、泉の水面のような冴え冴えとした雰囲気からは想像する事も出来ないほど―――はっきり言って『ルキア命』『ルキアしか見えない』『ルキアmy love』といっためろめろ状態なのであった。
 隊舎でルキアと話している時に、何度不意に現れた白哉にルキアを掻っ攫われたかわからない。しかも連れ去る時に、必ず恋次を振り返り、じっと無言で凝視するのだ。
 最初は、戌吊出身の自分が、今では大貴族の一員になったルキアに近付く事を白哉は好まないせいだと思っていたのだが、ある日ルキアが、『毎夜、白哉兄さまは私の一日の行動を尋ねるのだ』とぽつりと呟いた。
『毎日ィ?』
『ああ。朝起きた時間から始まって、一日の終わりまでの事を。誰と何をしたか事細かく』
 そう言った後、ルキアは『私はまだ兄さまに信用されていないのだろうか』と悲しそうに笑った。
 違うだろ、と内心恋次は突っ込みを入れたが、本当の事をルキアに教える気にはならなかった。
 その行動は、白哉がルキアを可愛がっている故のものだろう。
 そんな白哉の棲む(注:「住む」に非ず)この朽木家で、白哉に見つからぬようルキアの唇を奪わなくてはならない。
 出来るだろうか。
 恋次は再び怖気つく。
 こんな恋次を「臆病者」と謗ってはいけない。もしそんな事を言う者がいたら、恋次はこう言うだろう。
『一度、あの人の目の前でルキアと話して、あの視線に晒されてみろ。一気にマイナス40℃の、バナナで釘が打てる気温を体感できるぞ』
 植え込みの影から恐る恐る覗いてみたが、中はしんと静まり返り、明かりひとつ漏れては来ない。午前2時を回っているのだ、当然といえば当然か。恋次は少し安心して、それでも慎重に、音を立てないように朽木家の綺麗に整えられた庭園に一歩足を踏み入れた。
 
 その姿を闇に紛れて見つめる、シスコン兄貴の姿に気付かずに。






第肆回 (神凪)
――パキリと、恋次の足元で小枝が小さな音を立てた。
咄嗟に外堀にぴったりと背を張り付かせ、暫しの時を待つ恋次。
一分。二分。三分……何も起こらない。
それに安堵した恋次が一息吐くと、今度は一気に音も無く渡り廊下まで駆け抜けた。
名門貴族であり、かつあの白哉が棲む屋敷の庭である。いったい何が潜んでいるか解らない。
己も身を隠さねばならなぬ事は必定とは言え、相手もどこに潜んでいるのか解らない。それならばいっそのこと、一気に中心部まで駆け抜け、視野を広げておいた方が良いであろうとの判断からであった。


一気に中庭を突っ切り、渡り廊下まで来た恋次は、規則正しく間を置いて廊下に面して植えられている木々の影に身を隠し、再び周囲を窺った。
だが、何も起こらない。
「……おかしいな。あの隊長の事だ、もうとっくに俺の侵入に気付いていてもいいくらいなんだがな……っ!!」
いぶかしんで呟いた瞬間、背筋に走った悪寒にばっと勢いよく背後を振り返った。
――だが、誰もいない。
首筋を刺し貫いた冷やかな視線は、確かにかの隊長の放つものと酷似していたはず。
「……やっぱり……どこかから見てるのかよ、朽木隊長!」
いったい、どこからだっ!?と必死になって探ろうとするが、そこはやはりと言うべきか、そう易々とは見つける事は出来ない。
しかし、確かにたった今現在、己が白哉に観察されている事は確かな事実である。
「くそっ……!これじゃ、動けねえじゃねえかよっ!!」
背中を嫌な汗が伝う。
恋次は見えない白哉が時折、威嚇の如く放つ殺気に、次の行動への算段を決めかねていた。

一方、白哉はと言えば。
庭に面した廊下の一角から、闇に紛れてじっと恋次の様子を窺っていた。
そして、さて、どうしたものかと白哉は考える。
邪魔者を廃するのはいいが、わざわざ己が手を下すのは面倒である。だが、やはり邪魔者にはどこかへと消えて欲しい。
いったい何用で恋次が朽木家へとこのような夜更けに訪れているのかは(これは立派な不法侵入なのだが、白哉の常識とはちょっとばかり違った認識では、そうは問われないらしい)皆目検討もつかないが、恋次のことだ、きっと白哉への用事だとしても、何か理由をつけてルキアに会いに行こうとするはず。
そうなれば。
「ルキアの安眠が妨害される……」
そのような事は許されざる事であり、万死に値する行為である。
となれば、やはり恋次は排除されるべき存在であろう。
「ならば……」
何事か妙案が閃いたのか、白哉は意識を恋次から逸らすと、どこかへと去って行ってしまった。
未だ石像のように凍りついたまま、動けぬ恋次を残して――






第伍回 (司城)
 自分に注がれていた殺気が不意に消え去って、恋次はへなへなとその場に座り込んだ。
 シスコン兄貴といえど、流石は隊長クラス。その霊圧は凄まじく、視線だけで身動き取れなくするとは…腐っても鯛、亀の甲より年の功。
(ん?何か違うか?…ま、いいか)
 とりあえず呪縛は解けた。しかし朽木邸に侵入した事は既にあの恐怖のお兄様にはばれているようだ。
 豪華な造りのこの屋敷が、一瞬にしてお化け屋敷へと変わる。明かりの無い闇の中、完全に霊圧を消した化け物――じゃない、白哉の攻撃をかわし、ルキアの唇が奪えるのか。
(奪ってやろうじゃねえか!恋は障害があればあるほど燃え上がるってなもんだ!)
 ルキアの唇。あの可憐な唇、それを最初に塞ぐのはこの俺だっ!!
 恐怖のあまり逆にハイテンションになった恋次は、傍から見れば痛々しくてそっと目頭を押さえてしまう様を呈していたが、勿論恋次はそうとは気付かない。

 一方、恋次の前から立ち去った白哉はといえば、恋次を排除すべくその準備を進めていた。
 目標は、阿散井恋次の捕獲、もしくは排除。
 その際、ルキアの安眠を阻害されぬよう配慮。
 義妹を思い、瞬歩で屋敷内を高速で移動する様は、麗しい兄妹愛とも取れる――人は少数だろう。
 やっぱ、この人、変。
 
(こうなりゃ短期決戦だ!ばれてんならもう突っ込んでいくぜ!)
 人はそれを無謀という。
 しかし恋次は若いのだ!というより考えるより身体が動く、まるっきりの猪タイプに分類される性格だ!
 恋次はルキアの気を求めて走る走る。
 その恋次の目の前に、不意に、唐突にそれは現れた。

      「 ルキアの部屋  → 」

 あからさまに胡散臭いその張り紙に、恋次は「こっちか!」と叫ぶと、その張り紙の指示通り、屋敷の奥へと――否、白哉の罠へと自ら飛び込んでいった。






第陸回 神凪
――莫迦め。と、白哉はあるかないかの笑みを浮かべると、次の罠≠フ用意に取り掛かるべく、闇へと溶け込んだ。

恋次の行動など、手に取るように理解している。伊達に数多の死線を共に乗り越えて来た訳ではない。それでなくとも、猪突猛進。よく言えば、豪放磊落な男である。その思考回路は泣けてくる程に読み易い男なのだ。況してや――ルキアに関すると、途端に対虫除けセンサーが働き出す白哉である。そんな恋次がこれから取る行動など、解らない筈などは無い。恋次にもう少し、隠忍自重な心構えがあれば良かったのだが、朽木家へ夜に侵入しようなどという考えを抱いた時点で、それは決して望めない事なのであった。

しかし、それでも恋次だって罷り成りにも六番隊の副隊長である。変にハイテンションな勢いのまま、部屋の中へと突入しそうになった己にハッと気がつき、慌てて周囲と部屋の中の様子を窺いだした。そして、誰も居ない事を確認すると、意を決して中へと突入した。
すると。
「…………は?『正しきは、どちらだ?』だ〜〜!?」
部屋のど真ん中には、これ見よがしに机のみが置かれ、その上には見間違う事など悲しい事に無い。否、寧ろ、見慣れるのが苦痛になる程に見慣れてしまった、白哉の達筆な書置きと、どう見ても胡散臭さ大爆発な警報ブザーらしきものが二つ。
これをいったいどうしろってんだ!?いや、そもそも、何故に書置き!?しかも、隊長直々の!?いや、そうじゃないだろ、俺!それよりもだな!と、いったい何に突っ込めばいいのやら、暫し呆然と恋次はしていた。

「と、取り敢えず!このボタンのどっちかを押せばいいってんだろ!?」
仕方無い、あの隊長なんだからと思い直す事で、どうにか浮上出来た恋次は改めて気合を入れ直した。そして、
「うおらっ!!!!こっちだっ……!!!!!!!」
鬼気迫る勢いで左のボタンを力一杯、叩いた。





第漆回 (司城)
「はずれだ」
 何処からか声が響いた途端、目の前に火花が散って恋次は真白になった。
 ―――何だ?何が起こった?
 くらくらと揺れる頭を右手で押さえて赤や青の光が明滅する視界に必死で目を凝らすと、目の前の机に、大きな銀色の回転する物体ががらんがらんと大きな音を立て―――
「―――って、何だこりゃあ!?」
 大きな銀色のたらいが目の前で派手な音を立てている。恋次が唖然と見ている前でそれの回転は止まった。
 どうやらこれが恋次の頭めがけて落下したらしい。
 ドリフだ。
「次の部屋へ進め」
 再び頭上から声がする。恋次はよろよろと導かれるままに次の間へと向かった。
 そこには同じような部屋があり、同じように机のみが置かれ、達筆な書置きと警報ブザーらしき物が二つ。
『正しきはどちらだ?』
「―――こっちだッ!!!」
 気合と共に右のボタンに拳を叩きつける。
「―――はずれだ」
「何をぅっ!?」
 何かの襲来に避ける暇も無く、バシャーンッという音と共に恋次は頭の先から足の爪先までぐっしょりと濡れそぼった。
「お前のような運の悪い奴といたらルキアの運まで悪くなる。さっさと帰れ」
「―――んな訳行くか!」
 腹立ち紛れに左のボタンを叩きつければ、ばさばさばさっという音と共に白い粉が恋次に襲い掛かった。
「―――って、どっちもはずれじゃねえか!!」
 吼える恋次の耳に、「ちっ」という小さな舌打ちが聞こえ、すうと気配が再び消える。
「あの根性最悪兄貴め……くそ、粉だらけじゃねえか!」
 このままではルキアにキスは出来ない。やっぱり好きな女とのはじめてのキスは、それなりの雰囲気の中で行いたい。恋次は顔に似合わずロマンチストであった。
 洗面所を探し出して顔や手を洗った。肌は水で洗い流せたが、いかんせん服はそうもいかない。水と粉でどろどろになった死覇装を脱ぎ捨てると、手近にあった障子をからりと開けてみた。
「お?箪笥があるじゃねえか」
 らっきー、と箪笥の取っ手に手をかける。何か着る物が入っていれば尚ラッキーだ。
 恋次は扉を開いた。






第捌回 (神凪)
その頃、密かに白哉は焦っていた。
「や、やばいぞ……!!」
恋次が入り込んだ、あの部屋。
あの箪笥の中には……

「なっ……んだ〜!?これはっ!?」

案の定と言うべきか。恋次の素っ頓狂な声が聞こえる。
そして。
「…………」
突端、静かになる恋次。
「くっ……!!やはり、見つけおったか!!!!」
あんな所に隠しておくのでは無かった。今更後悔しても、もう後の祭。恐らく、恋次の事だ。ちゃっかりとこれ幸いとばかりにしっけいするつもりであろう。
だが……
「ふっ……。誰がそのような事を許すか」
握り拳に力を入れて、白哉は離れた場所からその様子を窺うと、次の仕掛けをすべく、その場を後にした。

そして。
棚からぼた餅的に、とあるブツを発見してしまった恋次はと言えば。
「……あ、の。シスコン上等兄貴が……っ!!!!こ、これは……怒るべきなのか!?それとも……喜ぶべき、なのか……!?けど……何はともあれ……やるじゃねぇかよ……!!!!!」
グッと、見つけたブツを片手に握り締め、暫し、至福の時を満喫していた。
発見したブツ。それは、白哉がルキアに、これも貴族の嗜みだと大嘘を吐いて、色んな格好をさせては写真に納めていた、『ラヴラヴルキア写真集』の一つだった。
色んな格好……それは、まぁ、わざわざ説明をするまでも無い事であろうが、しかし犯罪の域は出ないまでも、それなりの格好を、『貴族は何かと公式の場から、茶会等と言った宴席にも出ねばならぬものだ。だから、ルキア。お前も私の義妹であれば、様々な格好を着こなしておかねばならぬ』とそれらしい嘘偽りを述べてルキアに色々と用意させた衣装を着させ、その都度、記念撮影だとかそれこそ訳の解らぬ言い訳をして写真に撮っていた。
「ふっ……。ざまぁ見さらせ!!これは俺がルキアの為に、もらって行くからなっ!!!」
誤魔化しの為にか、『ルキアの為』と言う所を嫌に強調すると、恋次はそれを、嬉しそうに懐へと忍ばせたのであった。
「で、俺の変えの着替えはっと……」
そうである。当初の目的を忘れてしまいそうになってはいたが、恋次は己の着替えを探す為に箪笥を開けたのである。何も、ルキアの着せ替え写真集を探す為では断じてない。
「……何だ〜?これは……?」
探っていると、手が黒い服を掴んだ。ずるずると出して行く内に、恋次が見た事も無い衣装が姿を現した。
誰の趣味かは解らない。否。予想出来そうだが、余りしたくは無い。
恋次が引っ張り出した衣装。それは、タキシードであった。
だが、普通にタキシードだけであれば、まぁ、ここは貴族の、しかもあの朽木家のお屋敷である。だから、お呼ばれの時にでも着て行く衣装の一つなのだろうなと想像もつくのであるが。
あるが……。それと共に、セットで出て来た付属品に問題があった。
どこかで見たかの如くな、目元だけの仮面≠ノ、裏地が深紅のマント≠ノ、ステッキ=Bそして、極めつけは、
「……何で、薔薇の花≠ェ付いてんだよ……??」
恋次にはサッパリ解らない。
だが、現世ではお馴染みの格好。どうして白哉がこれ≠知っていたかは解りはしないが。そしてまた、如何してそんなものを大事に桐箪笥の中にとしまっていたのかは余り想像もしたくはないが。
所謂それは、俗に言う『タキ○ード仮面』とか言う代物であった。






第玖回 (司城)
とりあえず発見した衣装を身に付ける。白哉のサイズでは合わないかと危惧したが、それはなんと恋次にぴったりだった。
「お?なかなか似合うじゃねぇか?俺」
 巨大な姿見の前でマントを翻しつつ、恋次は悦に入った。後ろで縛っていた髪もほどいて仮面を付ける。…ノリノリである。
 次の瞬間、辺りにオドロオドロしい音が何処からともなく鳴り響いたかと思うと、恋次に異変が起こった!!

「これで我が愛しき花嫁を迎える準備は整った!さあ、今こそこの赤い薔薇の様に美しいお前の唇に我が永遠の愛を刻みつけよう…今行くぞ、マイスウィートラヴァー」

 恋次は呪われた!

 そう、そのタキシードは呪いのタキシードであった!
 恋次の素早さが10下がった!
 恋次の力が30下がった!
 恋次の運が…それは元々無かったので下がりようがなかった!!

 「愛のメモリー」(by松崎しげる)を歌いながら恋次は次々に襖を開け放して行く。
 呪われても、普段の行動とあまり大差ない恋次だった。


「…呪いのタキシードだったか…危ない所であった。しかし恋次の奴、本当に運のない奴め。やはりあ奴の近くにルキアを置く事は出来ぬな…ルキアまで不運になってしまう」
 白哉は呟くと、自室の巨大な金庫の奥深く、誰の目にも触れさせた事のない「それ」を取り出した。これを人目に触れさせる気はなかったが、秘蔵の「ラヴラヴルキア写真集」まで恋次の手に渡ってしまった今、躊躇している時間はなかった。
 金庫の中、白哉が取り出したのは、ルキアと寸分違わぬ義骸だった。
「目を覚ませ、ルキア2号!」
 ルキア2号はゆっくりと目を開く。じっと白哉を見つめた後、己の姿を見下ろした。
「げ。またこんなゴスロリな服着せやがって」
 …義骸の中に入っているのは改造魂魄であった。
「どーでもいいけど、兄ちゃんあたしが寝てる時あたしの身体いたずらしてじゃないの?」
「ば、ばかな事を言うな!」
 疑いの目を向けるルキア2号に、白哉は告げた。
「お前の仕事は恋次に奪われた写真集の奪取、ルキアの安眠の確保。そして恋次の抹殺だ。行け!」





第壱拾回 (神凪)
恋次が呪われ、普段以上に箍の外れてしまった行動を行い、白哉が少々変態的な一面を垣間見せている頃、とある一部屋でもぞもぞと動く気配があった。


渋々ながらも『ルキア2号』が、白哉の命令に従い、恋次を向かい打つべく用意を始めた。その傍らでは、白哉が色々と衣服等の準備を手伝っている。中には、どこでそんな服を調達して来るんだ!?等と、思わず突っ込みたくなるような衣服等も多々あったが、きっと恐らくは、そのようなモノも便利な――『お貴族様の趣味だから』、と。『高貴な方々の趣味は凡人には解らない物なんだろう』、等と言う一言で万事許されるのであろう。
着々と、対恋次への準備が整う中、恋次はと言えば。
本能に赴くままに、ただひたすらルキアを求めて走り回っていたのであった……。


そして、とある問題の一部屋では、
「……む……?何、だ……?何か……騒々しい……??」
その部屋で眠っていたルキアが、流石の騒々しさに遂に目を覚ました。
白哉の落ち度であろうか、或いは、ルキアの身を慮ってであろうか。鬼道でルキアを眠らせておかなかった為、ルキアは眠い目を擦りながらも、急に増えた賑やかな気配に眉を顰めた。
「……これは……まさか……れん、じ……??」
このような時間帯にいるはずなど到底有り得ない、幼馴染の気配にルキアが疑問の声を上げる。
「……何故だ……?何故あやつがここにいるのだ……?」
それは、決して間違うはずの無い、慣れ親しんだ気配。だが、今この朽木家にいる理由が解らない。また、それだけではなく、よくよく気配を凝らしてみれば、もう一つ、こちらは身に覚えの無い気配が感じ取れた。
「これは……何だ……?」
何とはなしに、自分と似ているような感じがしないでもない。だが、その気配に覚えは無く、朽木家に住むようになってこの方、一度も感じた事の無い気配である。
「いや。一度……どこかで、これに似た気配を感じた事があった……?」
だが、そのような事を悶々と考えていても仕方が無い。
「取り敢えずは、何故いるのか、恋次に訊いてみるか。或いは、兄様ならば何か知っておられるかもしれない……」
ルキアはそう呟くと、一度むんっとばかりに伸びをした。そして、壁に掛けてあった内掛けを羽織ると、その部屋を後にしたのであった。


目指すは、何やら賑やかな音を奏でている恋次のいる場所。
見当違いの場所を、訳の分からない独り言をそれなりのボリュームで叫びながら探し回る恋次。それは、とても居場所が解り易く、ルキアは恋次の気配をわざわざ探し回る必要無く、恋次の元へと向った。
この時、ルキアが白哉の気配を掴めなかったのは、白哉が巧妙に己の気配を隠していたからであったのは言うまでも無かった。


そして、準備の手伝いをしていた白哉が突然、ピタリとその手を止めて、
「……まずい……」

ボソリと呟いた。





第拾壱回 (司城)

 ルキアが目覚めた。
 第一の目標、『ルキアの安眠を確保する』はこれで台無しである。
 勿論ルキアが悪い訳ではない。そんな事はこの世にある訳がない。何をしても許される存在、それがルキアだ。…白哉にとって。
 そう、悪いのはあの赤男。あいつが乱入し騒いだせいだ。しかも大切なルキアコスプレ写真集を持ち去ったのだ。
 ジャッジメント・タイム。
 チキチキチキチキチキ。
 ぶぶー。
 デリート許可。
 解る人には解る特捜戦隊デカレンジャーネタで(解る人は少ないと思われる)白哉は判決を下すと、「ルキア2号、出撃!」と命じた。
「へーい」
 かったるいなあ、と呟きながらルキア2号は出撃した。

 「愛のメモリー」から今は「君だけに、嗚呼君だけに巡り逢うために、俺は淋しさと共に生まれてきたんだー!」と叫びながら屋敷を走り回っていた恋次だったが、求め続けた愛しい気配が凄い勢いで迫って来るのに気付き、足を止めた。
「ルキア…。マイ・スウィートハート!」
 ルキアが走って来る。現世風の…ひらひらした黒い膝丈のエプロンドレス。裾からは白いレースが覗いている。白いブラウス、襟元に黒いベルベットのリボン。頭に同じ素材のヘッドドレス。その白哉曰く「メイドさん」の衣服を纏い、スカートを翻し、美しい足を惜し気もなくさらし、ルキアは恋次に駆け寄って来る。
 恋次は爽やかな笑みを浮かべ、両手を広げる。全てを受け止めるように。全てを捧げるように。
 さあ、俺の胸にカモーン、マイベターハーフ、我が良き片羽よ。
「………らあああああっ!」
 飛び蹴り炸裂。
 吹っ飛ばされなが、恋次はちらりと目に入った神秘の場所に「白…v」と呟いた。
「ほう、あたしの蹴りを受けても倒れないとは、あんたもなかなかのものだね」
「って誰だ、お前」
「あら酷い、幼馴染みを忘れるなんて」
「こらこら、この愛の戦士阿散井恋次を甘く見てもらっちゃ困る。例えどんなに似ていようとも、ルキアと紛い物を間違える訳がない。まあ最初はちょっと間違えたがそれはご愛嬌」
「随分鼻が利くワンちゃんねえ。まあ私も飼い犬みたいなもんなのよ、それでご主人様があんたの身の破滅をお望みなの。という訳で4649と書いてよろしく」
「やる気か?言っとくが俺は強ぇぞ?」
「あたしも強いけど、頭もいいのよね!」
 ルキア2号は恋次につ、と近付くと、ぴと、と恋次に抱きついた。
「うわあああ!」
「うりゃうりゃ。因みにあたしの身体はオリジナルと全く同じサイズよ?」
「やめろ、離れろ、くっつくな!」
「え?いいの?」
「いややっぱもうちょっと…」
 純情青年恋次は、目の前のルキアそっくりさんのウハウハ攻撃に、つい周りへの注意を怠ってしまった。しかし、誰がそれを責める事が出来るというのだろう、彼は彼なりにアレなのだ!って良くわかんねえよ!
「恋次…?」
 廊下に佇むその影は、探し続けていた、けれど今の状態では一番会いたくない、
「ル、ルキア…!」
 ルキア2号に抱きつかれたままの姿勢で、タキシード恋次は凍りついた。





第拾弐回 (神凪)

「む?誰か居るのか……?」
「!?い、いや!!これは、違うっ!その……」
漸く逢えた想い人であったが、如何せん、状況が著しく悪い。
慌てて言い訳を考えようとした恋次であったが、しかし、何が幸運となるか解らない。
幸いにも、声は背後から掛かった。しかも、恋次とルキア(=ルキア2号)の体格は犯罪程に差があり、恋次の姿はタ○シード仮面。
咄嗟に恋次は己の羽織ったマントでルキア2号を、抱き付かれた体勢のままサッと隠すと、奇妙な笑みをその顔に張り付かせてルキアへと向き直ろうとした。


――だが、しかし。


「――っ!?」
「ちょっと!!いきなり何してくれるのよ!?」
「……ルキアが消えた……」
「……は?」
恋次が振り向くよりも早く消えたルキアの気配。
もぞもぞと、マントの下から自力で出て来たルキア2号が文句を言ったが、恋次はそれには答えずに、
「……隊長の仕業か……」
今更ながらに周囲を注意深く探ってみるも、既にその気配は微塵も無かった。


――恐るべし、朽木白哉。


ルキアの事になると神速をも超える判断力と実行力を成す、シスコン根性。
「何よ?兄ちゃんってば、やっぱりあたしとオリジナルを逢わせたくなかったっての?な〜んか腹が立つわね」
未だその身体をピタリと恋次にくっ付けながら、ルキア2号が不服を述べると、
「お前!いい加減、離れろ!!!!」
離れたいけど離れたくない。
その、物凄く複雑な葛藤を抱きながらも、ルキアへと立てた操の為に、涙ながらに根性を入れて、恋次は自らルキア2号を身体から離した。
「あら?良いの?」
ニヤリと小悪魔が笑うが、
「俺はルキアだけで十分なんだ!!て言うか、ルキアが一番!ルキアさえいれば他は要らねぇ!!」
半ば、不覚にもウハウハときてしまった己へと言い聞かせるようにして、恋次はそう叫ぶと、
「ちっ!隊長も、嬉しい事…じゃなくて!……うおっほん!!訳の解らねぇ事をしてくれるぜ!」
わざとらしく言い直し、改めてルキア2号へと向き直った。






第拾肆回(司城)

「はい、邪魔者が消えた所で競技再開」
「邪魔者たあ誰の事だよ!どっちかっつーとお前が邪魔者だろーが。大体競技って何だよ」
「ん?私があんたを何秒で仕留める事が出来るかっていう競技」
「馬鹿にするんじゃねーぞ、数年後には隊長になる(予定の)俺に向かって」
「あんたが本当に只の馬鹿かどうか、確かめさせて貰うわよ」
 次の瞬間、今までからかい半分だったルキア(2号)の表情から全ての感情が消えた。人形の様に無機質に……否、元々の存在、造られたその本質へと立ち返る。
 気付いた時には、その黒いメイド服に包まれた小柄な身体は恋次の懐深くに飛び込んでいた。1秒の10分の1の時間、二人の視線がぶつかって、恋次は呼吸を止めて身を反らせた。その眼前を、ルキア(2号)の拳が空気を切り裂いて行く。
 無駄な言葉を発さず、恋次はルキア(2号)の足を払う。それをばく転でかわしながら、振り上げた足で攻撃するルキア(2号)から一歩後退してその蹴りをかわす。胸に挿した赤い薔薇の花片が、ぱっと血のように飛び散った。
 二人は間合いを取って暫し見つめ合う。互いに相手の力量を認識し、片手間では片付ける事が出来ないと悟っていた。
 ルキア(2号)の唇の両端がくっと上がる。その笑みは、本物のルキアが決して浮かべる事のない不敵な微笑みだった。
「やるじゃない。――唯の莫迦ではないようね」
「当たり前ぇだ、俺は阿散井恋次だぞ」
「うぅん、唯の莫迦にしか見えないんだけどなあ」
 とっ、とルキア(2号)は軽く床を蹴った。ただそれだけでトップスピードに乗る。間合いは瞬時に無効となり、ルキア(2号)の射程距離に恋次は入る。
 しかし恋次もただ黙って立っているわけではなく、ルキア(2号)が目の前に現れるのは想定していた。迎え打つ形で拳を繰り出す。その恋次の動きの速さは予想していなかったのだろう、ルキア(2号)は一瞬目を見開いて床に膝まづいた。そのまま両手を床に付き、その反動で後方へと飛び退り恋次の攻撃範囲から離れる。
 一呼吸も置かずに、ルキア(2号)はくるりと回転して白い足を惜し気もなく晒し、恋次のこめかみを狙って回し蹴りを叩き込む。どうやらルキア(2号)は、脚力強化型の改造魂魄のようだった。
 がっ、と音を立てて恋次の右手がルキア(2号)の足首を掴んだ。ルキア(2号)はニヤリと笑うと、恋次の手の中に自分の右足を預けたまま、地に付いた左足を蹴り飛び上がる。
 ルキア(2号)の身体が床と平行になり――その振り上げた左足は恋次の右腕を強く打ちつけた。
 しかしそのルキア(2号)も無事では済まず、恋次はルキア(2号)の強烈な蹴りを受けた瞬間、ルキア(2号)が空中で体制を整える前にその身体を思いきり放り投げた。流石のルキア(2号)も避けきれず、それでも投げ出される力を弱める為に恋次のタキシードの胸元へと手を伸ばし、掴み――ルキア(2号)が宙に投げ出されるその瞬間、恋次のタキシードは音をたてて破れた。
「!!」
 ぴろりろりーん。 
 恋次の呪いは解けた!
 素早さが10戻った!
 恋次の力が30戻った!
 恋次の運が……これは無いので戻りようがなかった!
「……負けだわ、私の」
 ルキア(2号)はあっさりとそう呟いて倒れた床から立ち上がった。そこに既に闘気はなく、肩を竦めて恋次を見遣る。
「呪われてる状況であの力。あの時で五分、それが解呪されて素早さと力が戻ったって言うなら―――勝ち目は無いわね」
 唯の莫迦だと思ったんだけどなあ、とルキア(2号)は溜息をついた。
「―――で?どうする?負けたからには好きにしていいわよ、文句は無いわ」
「別にどーもこーもしねーよ。俺はルキアに逢いたいだけだ」
「そうそう、一体あんたどうして此処に侵入してきたわけ?理由は何なの?」
 恋次はそこで、ルキア(2号)に来訪の理由を告げた。
 曰く、ルキアとキスをする仲だと同期の連中に言ってしまった事。それを信じてもらえなかった事。それでも本当だと言い張ってしまった事。ならば、明日ルキアに確かめるぞ、といわれた事。そしてそれが嘘だと解った場合、一年間奴らに奢り続けなくてはいけなくなる事―――
「という訳で、俺は今日中にルキアとキスをしなくてはならないのだ!!」
「―――やっぱり唯の莫迦だったわ」
「何をぅ!?」
「まあ、その莫迦に負けちゃったんだからしょうがない。―――一つ、言う事を聞いてあげるわ。私が明日、皆の前で言ってあげましょうか?『私と恋次はキスをする仲です』……私の姿なら、誰もが本物の朽木ルキアと思うでしょう、なんなら皆の目の前で実際にしてあげてもいい。―――それとも、あくまで本当のルキアを探す?ルキアは今、兄様といるわ、その場所まで連れってってあげてもいい。まあ、ルキアとキスするために兄様と戦うというのなら手助けしてあげてもいいけど―――兄様は強いわよ?半端なシスコンじゃないわ、現世の中の誰よりも、尸魂界の中の誰よりも、虚界の中の誰よりも、って虚にシスコンがいるのかどうかは謎だけど―――とにかく史上最強のシスコンよ?」
 腕を組んでルキア(2号)は恋次に選択を促す。

「さあ、恋次。貴方は一体どうしたい?」





これはサイト開設当初、「蒼月夜」の神凪さんと交互に書いてたリレー小説です!
そして…すみません未完です!(笑)
結構ルキア2号の設定、私好きだったんですよね。書いててえらい楽しかったのを覚えています。

これを書いていたのは日記帳だったのかな?書くのに字数制限があって、毎回書いたものを削除してました…地の文があっさりしてたり、展開が急なのはそのせいです。
リレー小説…楽しかったです。
誰かまたやってくれませんかねえ…(笑)