「何?お嬢さん、全然来てないのかよ?全く?」
「確かに来てねえけどそれが何だよ?」
 唖然としたその声に、返す恋次の声は憮然。
 そして次の瞬間、病室内に響き渡ったのは「うわははははは!」という、恋次以外の、その場にいた男達全員の大爆笑だった。
「なんだそりゃ!お前もしかして全くなんとも思われてないんじゃねえのか?」
「全部お前の一人相撲なんだろ?」
「お前はただの幼馴染なんだよ。うわー、生命賭けたのになあ、なんて哀れな奴」
 口々に発せられる、慰めの言葉を装いつつただ単に面白がってるだけの、飲み友達である元同僚・十一番隊の面々の台詞に恋次は「うるせえっ!」と怒鳴りつけて、隣で大笑いしていた一角の手から酒瓶を奪い取った。
「ルキアはなあ、すげえ義理堅ぇんだよ。血は繋がってねえとはいえ、今まで育ててくれた自分の兄貴の面倒を見るのは当然だろーが!」
 力強くそう言い切る恋次だったが、その姿は自分の言葉に無理矢理納得しようとしている様子が見え見えで、一角たちは更に腹を抱えて笑い出す。
「なんて可哀想な奴なんだ、お前はっ!」
 ばんばん、と背中を叩かれて、恋次は凶悪な顔をしながら、杯を放り投げると瓶に直接口を付けて中の酒を飲み干した。
「おお!いい飲みっぷり!」
「いけいけ、自棄酒だ!ふられて乾杯だ!」
「ふられてねえっての!」
「まあまあ、いいから飲め!飲んで忘れろ!女は星の数ほど居るからな!」
「だから勝手にふられた事にするんじゃねえ!」




 あの、とても長かった一日が終わり―――ここ尸魂界に、太陽は既に二度昇っていた。
 重症だった恋次の傷も、四番隊の隊長・卯ノ花烈直々の治療を受け、今ではほぼ元の身体に戻っている。恋次としてはいつ退院してもいいのだが、やはり怪我の度合いが大きかった所為で、念の為あと二日様子を見ます、と烈に言われてまだここに閉じ込められている。
 その恋次を見舞いに―――というよりからかいに来た十一番隊の連中は、集まれば必ずそこには酒がある、という程の酒飲みの集団だ。案の定恋次の病室へも、こっそりと酒瓶を持ち込んでいた。それも一本二本の話ではなく、一人が一升瓶二本は持ち込んでいるから始末が悪い。
 しかし暇を持て余していた恋次は喜んで元同僚たちを自分の病室に招き入れ、そして昼日中の大宴会が開催される運びとなり、酒を酌み交わすにつれ、話題は先の尸魂界を巻き込んだ大騒動へと流れていき、そしてその時の恋次の行動が話の種になり―――
「で、あの朽木隊長の妹とはもうヤッたのかよ?」
 突然そう聞かれて恋次は勢いよく酒を噴出した。
「ああ?何言ってやがる、手前ぇは」
「照れんなよ、男が照れても気持ち悪いだけだっつーの」
「幸いこの部屋にはベッドしかねえじゃねえか。もうする事っていったらただそれしかねえだろ」
「そんな訳あるか!」
「またまた、阿散井君はもう」
 ひひひ、と品のよくない笑い方でベッドを見やると、「なあ?」と顔を見合わせて笑う十一番隊の面々に、恋次はぼそりと「ルキアとはあれから会ってねえ」と呟いた。
「は?」
「え?まじで?」
「何?お嬢さん全然来てないのかよ?全く?」 
 一瞬の沈黙。
 次いで、爆笑。
 その後散々「ふられた」「一人相撲」「脈なし」「哀れ」「悲惨」「最悪」と皆に言われ、どんなに否定しても彼らは飽きることなく「お前はふられたんだ!」と現実を恋次に突きつけ、内心そうなのではないかと暗く考えていた恋次は、哀しみと友人達への腹立ち紛れに次から次へと酒を喉へと流し込んだ。
 そしてその結果、それは火を見るよりも明らかだが。
 ……恋次は酔っていた。
 完璧に、これ以上ないほど。
 久しぶりに飲んだ酒は身体の隅々に染み渡り、普段よりも酔いが早く激しく回っている。段々とふらつきだしている恋次を、周りの友人たちは止めるどころか「飲め飲め!飲んで全てを忘れ去れ!」とけしかける。
 そんな狂乱の病室の扉が小さく二度叩かれた。