「何だ、ソレ」
ルキアの手の中で転がる赤い玉と青い玉。どちらも透明なセロファンで包装され、両端を捻られ、その中に囚われていた。一見して飴玉のような形をしている。というか、まず飴玉にしか見えない。が、しかし、その玉が食べ物として口に運ぶ事を誘うどころか、躊躇わせるような目に優しくない色をしていたのと。それを掌に載せるルキアが随分と憂鬱な顔をしていたのが、俺にその正体を問わせた。
そして憂鬱な顔をしたまま「おかえり」と言ったルキアは、憂鬱な声で答える。
「飴…だそうだぞ」
「…何で疑問系?」
「今日、松本殿から頂いたのだ。今、女性死神の中で流行っているから、と」
「そんな風には見えねぇけどな」
「だろう?色は毒々しいし、包装が綺麗なわけでもないし…。後は味なんだが、いくら美味しいからと言って松本殿や他の女性死神が飴にそう興味を持つとは思えぬ」
確かに。ため息をついているルキアの言うとおりに思える。乱菊さんは新しいものや流行のものは好きは好きなんだろうが、駄菓子に興味を持つとは思えないし。他の女性死神だってそうだろう。飴が流行るなんてそうそう考えられない。唯一、思いつくのは老舗の限定品なんかだが、それならこんなに見かけが大雑把な筈はない。つまり、まぁ、味もそう期待できないといった感じだ。流行る理由は深まるばかり…だが、何となくルキアが躊躇っている理由だけは分かった。
「失礼だけど、食ったフリしちまうってのは?」
「食べなかったら、絶対に分かるらしい」
はい、決定。
「………食うのか?」
「………………………食べなければならぬのだろうな」
ろくな結果が待っていないであろう事が分かっていても、それを回避する術がないというのは………虚しい。俺はルキアの手から赤いほうを取るとパクと口に入れた。驚いた顔をした後、吐き出せとばかりにルキアが俺に掴みかかる。
「恋次!」
「………見かけよりもマシな味」
濃すぎる気がしなくもない林檎の甘い味は口内にすぐに広がった。舌の上で転がせど、転がせど中々無くなりはしないその味に不快感は無い。乱菊さんが薦めてくるくらいだから、めちゃくちゃ酷い味だとか、辛いのだとか、予想外の味がするとか、何かそういった変わりものなのかと覚悟していたのに肩透かしを食らった気分のまま俺は完食した。
だから、気が付かなかったのかもしれない。
ルキアの反応を見るまで。
「恋次…」
まるで未知のものと遭遇しているかのような表情でルキアが俺を見ている。大きな目を丸々と見開き、いつもはキュと横に結んだ唇否もぽっかり開いている。そして、恐る恐るといった様子で手を伸ばしてきた。
そこでようやく気が付く。ルキアが見ているのは俺ではない。正確には俺の頭上だ。
「!?いだだだだだだだだ!」
「生えているのかっ!」
「当たり前だろっ!俺ははげてねぇ!」
「違うっ!耳だ!」
「耳!?意味わかんねぇっつうか、痛ぇ!痛ぇって!髪引っ張るんじゃねぇ!!」
「だから耳だと言っているだろう!」
「いや、痛い!マジ痛いですから…抜けるっ!!!!!勘弁してルキアさん!!」
必死の説得も虚しく、興奮状態にあるルキアを宥めるのに俺はかなりの努力を要した。しかし、やっと落ち着いた後も未だ外れないルキアの視線。さすがに疑問を感じて頭上に手をやってみる。最初に触れたのは、当たり前だが束ねる時に毎朝触れる馴染みの感触。そして、少し場所を変えればフワフワとしたものが手に触れた。
一瞬、すべてが止まる。
「ルキア。鏡持ってこい」
それから手を外すことが出来ないまま、俺はルキアが鏡を持ってくるのを待った。そして、無言のまま差し出された鏡に映る赤い髪の間から覗く三角形のソレ。非常によく見知ったそれがはっきりと姿を現していた。手を外すとピクと僅かに揺れ、その感覚が自分の脳に届いたの事に眩暈が襲う。そして僅かな期待をかけて軽く引っ張ってみたが………。非常に認めたくないことに痛みがあった。
「何だコレっ!?」
「知らぬ!」
「ありえねぇだろ!マジでありえなくないですか!?何で飴食ったら、犬の耳が生えるんだよ!!」
「だから、知らぬと言っているだろう!松本殿に頂いたのだから!」
「あの人は何考えてんだよ!?」
「分かったら、誰も苦労せぬわ!」
お互い息が切れるまで怒鳴りあって、ようやくどうするかという話になった。乱菊サンは食べなかったら分かると言っていたらしい。それならば、効果が明日までに消えるのは望み薄だろう。朝一で効果が消えるものを貰ってくるしかない。………持っていればだが。
「やっぱりろくでもなかったな…」
「………すまぬ」
ルキアの責任ではないのに、自分の責任のような顔をして謝るアホの頭を撫でる。
「お前のせいじゃねーし」
「でも、私が貰わなければ…」
「どうせ有無を言わさず渡されたんだろ。悪いのは乱菊サンなんだから、俺らはあの人に腹たててればいーんだよ」
「うむ」
その時だ。
甘い香りがフワリと鼻腔に広がったのは。
(…あれ?)
ルキアが甘える時によくやる仕草の一つ。ネコが擦り寄るように頭の重さを預けられた瞬間、抗いがたい香を感じ取った。それがルキアの香だと気が付くのにそう時間はかからなかったが。いつもより濃厚に。そして甘い香に思わず咽が鳴った。
「恋次」
そっと見上げてくる表情が可愛いくて、口付けると僅かに開いた唇に招き入れられた。
ゆっくりと口内を辿り、溶かし、犯し。舌を熱く奪い、絡め、喰らうと。ルキアの瞳から涙が流れたのでそれも舐めとる。それがいつも以上に甘くて。唇を離した際に漏れたくぐもった声が艶やかにな音で耳に反響した。
化けたのは耳だけじゃないらしい。
いつもよりも更に近くルキアを感じながら肌を辿っている途中で、床に転がる青い玉がチラリと視界に入った。だんだんと熱に犯されていた頭は欲望に忠実で、躊躇う事無く手に取ると口の中に再び入れた。
「んんっ!!」
「……ちゃんと飲んだか?」
「何をするんだっ!」
抗議の言葉は時遅く。細かく砕いた青い玉は、すでにルキアの頭に黒い耳をはやしていた。涙目になって慌てて頭に触れたルキアは蒼白な表情を作り出す。
「どうするんだ…明日から」
「どうにかなるんじゃねぇの?」
その姿に満足した俺がそう答えると、キッと睨みつけてきたルキアが「もうしない!」と起き上がろうとするので慌てて制す。こんなチャンスを逃すなんて勿体なくてできるわけがない。。「馬鹿!変態!」と罵る言葉に「はいはい」と言葉で答えて、体には実力行使で聞いてみると答えは良好で、言葉も次第に弱まる。次第に乱れていくルキアの姿を順調に堪能していると、とある異変に気付いた。初めて触れるルキアにはないはずのそれ。
「何で、私にだけ尻尾が生えるんだっっっ!?」
着物の下から顔を覗かせたのは黒くてしなやかな長い尻尾。それがフワリと俺の顎を撫でる。
「何だ誘うなんてやる気あるんじゃねぇか」
「違う!違うぞ!さっきのは私の意志じゃない!!近づくな、めくるな!!ばかーーーー!!!」
そんな言葉に負けるわけが無く。俺は心行くまでネコを可愛がった翌日に、意外な事に一晩で効果が切れてしまったその飴の在庫の有無を乱菊サンに尋ねたのだった。
かぞえ唄 ぜろわんさま