ざわついた雑踏の中、その二人に意識が向いたのは、二人の内の一人が口にした名前が私のよく知る男の名前だったからだ。
 今私のいるここは、護廷十三隊の各隊員達が利用する食事処だ。今日は小椿殿と清音殿と三人で昼食をとりに来ていたのだが、その喧騒の中「阿散井が…」という話が聞こえて、私はそっと声の主を見遣る。
 そこにいたのは、十一番隊の隊章を付けた私の知らない二人連れだった。十一番隊らしい大きな身体の二人組で、食事を取りながら会話を交わしている。
「あ、でもそりゃ、十三番隊の女じゃねぇの?なんか付き合ってただろ、すっげぇ美人と」
「髪の長い?お前、情報古いなあ。もうあの女とは二ヶ月前に別れたってよ?」
「んだと?もったいねぇ。…で、もう新しい女がいるってのか?生意気な」
「ああ、前の女と別れてすぐに出来たみてえだぜ。二ヶ月前から人が変わったみてーにそりゃあもうにやけっ放し。すっげー幸せそう。女の名前は言わねえけどよ、ありゃ阿散井の方が惚れてるって感じかな。半端じゃねえ惚れ方」
 そこで清音殿に「朽木さん?」と呼びかけられて意識を清音殿に向ける。そこには不思議そうな顔をした小椿殿と清音殿がいた。
「どうしたの?何かいい事あった?」
「え?」
「なんかすごく嬉しそうなんだけど……?」
 言われて私は自分が微笑んでいる事に気がつき、慌てて表情を元に戻した。けれど頬が赤くなるのを止められず、「思い出し笑いかよ!」と小椿殿に笑われてしまった。
 ……恋次の所為だ。
 大体、他人に私生活が解ってしまう様な言動をする恋次が悪い。恋次が悪いぞ!絶対に悪い!
 でも、……そうか。恋次は幸せそうに、他人の目には映っているのか。
 再び微笑んでしまった私の動きが止まったのは、彼らの会話の続きを耳にしたからだ。
「……でよ、毎日飛んで帰るんだぜ」
「へえ、毎日会ってんのかねえ。よく体力続くよなあ」
「一昨日なんかよ、わざと阿散井を飲みに誘ったらよ、案の定断ってきて『あいつが待ってるからな』だとよ」
 …………。
 毎日飛んで帰る?
 一昨日?『待ってるから』?
 ……私はここ二週間ほど、忙しくて恋次に会っていない。偶然すれ違った時に視線を絡め合い―――そこに想いを込めて―――離れただけだ。
 どくん、と鼓動が大きくなる。
「今日なんてよ、阿散井、訓練後に死覇装着替えてたんだけどよ……背中にさ、爪の痕があったんだぜ?」
「おいおい、勿論アレだよなあ?……は、激しいな」
「俺思わず『背中…』って言っちゃったんだよ、そしたらあいつニヤって笑ってよ、『ああ、昨日つけられたんだ……参っちまうよなあ』だってよ!」
「参るのはこっちだっつーの!……?」
 十一番隊の彼らは、突然話を止めた。理由は……恐らく隣に座っていた私が、椅子の音を乱暴にたてながら立ち上がった所為だろう、驚いた顔で私を見ている。
「朽木?」
 小椿殿が、恐る恐ると言った感じで私に声を掛けた。何故小椿殿は……清音殿まで、如何してそんな怯えた表情をして私を見ているのだろう?
 私はにっこりと微笑みながら、
「申し訳ございません、午後一番で隊長にお渡ししなければいけない書類があるのを忘れておりました。……先に隊舎へ戻ってますね」
 と一息に告げて歩き出し、混雑する店から外へと出た。
 そのまま私は、前を見据えて歩いた。脇目もふらず、ただひたすら歩いた。
 昔から私は、怒ると歩調が速くなる。
 ……隊舎へは普段の三分の一程度の時間で着いてしまった。


 業務終了の時間、それを知らせる鐘が十三隊全部の隊舎に鳴り響く。
 その後、残務する者と、帰宅する者とがそれぞれの準備を始めている中、私は浮竹隊長と海燕殿に「今日はこれで失礼させていただきます」と告げた。
「あ、ああ……お疲れ様」
 浮竹隊長は、妙な顔で私に挨拶をする。如何したのだろう、何処か具合でも悪いのだろうか。
「その、なんだ、気をつけて帰れよ?」
 海燕殿も何だか腰が引けているような気がする。今日は二人とも如何したのだろう、午前中は普段通りだったのに、午後から二人の様子が急におかしくなった。
 私は二人に頭を下げると、職場を離れる。早く行かないと間に合わないかもしれない。急いで部屋を出たため、背中で交わされていた「朽木、何があったんだ?」「……物凄く怒ってますね……」「ありゃ『怒っている』なんて簡単な一言で表現できる代物じゃないぞ?」という言葉は私の耳には届いていなかった。


 十三番隊隊舎を出た所で、朽木家の……というより、兄様付きの執事、朽木家の使用人全てを取り仕切っている兄様の「爺」である老人の手足となって動いている六番隊の隊員と出くわした。彼も丁度帰宅する所だったらしい。
 彼の家も朽木家だ。彼は六番隊隊員でありながら、朽木家の使用人でもある。
「ルキア様、どちらへ?」
 慇懃に話す彼の様子は、あの老人にそっくりだ。あの老人直轄の人間なのでまあそれも頷けるのだが。
「今日は寄るところがありますので、遅くなると家に伝えて下さい」
 そう言った私に、彼は予想通りに無表情で首を横に振る。
「何を仰いますか、遅くなるなどとんでもございません、貴女は朽木家の、……っ!」
 ひい、と目の前の男がらしくない声を洩らしたような気がしたが……。真逆、な。
「如何しても行かなければならない場所があるのです。危険な事はありません、本日中には戻ります。……解りましたね?」
 丁寧に言ったつもりなのだが、彼は何故か蒼白になって首を縦に振るだけだった。明らかに様子がおかしいが、私には時間がない。早く行かねば、間に合わない。
 如何してかかたかた震えている彼を置いて、私は急いで十一番隊の隊舎へと向かった。


 小走りに向かった私の目に十一番隊の隊舎が見えた丁度その時、隊舎の扉から恋次が現れた。
 恋次に気付かれないよう、慌てて傍の木の幹に隠れる。恋次は私に気付いた様子もなく、離れた私からも解るほど、楽しそうな雰囲気で歩いていた。
 足早に恋次は道を急ぐ。……どうやら真直ぐ家へと向かっているらしい。大きな歩幅の恋次について行くのは大変だったが、なんとかばれないよう、間を取って後をつけた。恋次は何かに気を取られているのか、まったく私に気付く様子はない。
 しばらくして、恋次の家へと辿り着いた。恋次の家は他の死神たちの家から離れた場所にある。あまり人もいないから、私が普段通うにも気兼ね無く来られるのだが。
「ただいまー」
 誰もいないはずの恋次の家に、恋次は声を掛けて入っていく。
 私の鼓動が速くなる。どくん、どくんと頭まで響く。
 そっと扉まで近づいて、耳を当てた。
「淋しかったか?……そうか、悪かったよ。……ん?仕方ねえなあ、ほら、膝に来いよ」
 聞きなれた、甘い声。
 私を甘やかす時の、私しか聞いたことが無いはずの、恋次の、甘い声。
「……俺だってずっとお前といたいって。ほんとだって……お前を抱きしめていられたら、一日中抱いていられたら、って思うぜ」
 すう、と血の気が引いていくのが解った。

 ……誰、だ。
 そこにいるのは、誰、だ?

 恋次は……私の他に、女が……?
 ずきん、と胸が痛んだ。
 この声を聞くまで全身を支配していた怒りの感情は、今では欠片もない。
 しん、と心と身体が冷える。
 目の前に現実を突きつけられる。
 まさかと思っていたのに。何かの間違いだと思っていた。
 それは、恋次が私以外を好きになる筈はないと、そう思っていたから。そう確信していたから。
 でも、それは―――私の慢心だった、のか。
 なんの根拠もない、勝手な思い込みで、私は安心していたのか―――恋次の心は私だけのものだと。
 けれど、これが現実。
 恋次の膝には、今、私以外の誰かが座っている。
 恋次の瞳には、今、私以外の誰かが映っている。
 恋次の心には、今、私以外の誰かが住んでいる。
 恋次は、もう、私を好きではない、のか?
 胸が痛くて、比喩じゃなくて本当に痛くて……泣きそうだ。
 扉から耳を離して、私はふらっと後に一歩下がる。
 ……帰ろう。
 私には、この扉を開ける勇気はない。
 現実を見つめる強さは、情けない事に私には……ない。
 恋次を失うと、解っていて中には入れない。
 現実逃避だ、解っているけど―――怖い。この扉は開けられない。
 目元を拭って、扉に背中を向けた次の瞬間。
 扉の開く音と共に私の手は大きな手に掴まれていた。
 驚いて振り向いた私に、
「折角来たんだから上がって行けよ」
 何処か楽し気にそう言った恋次の腕の中には――― 





「いや、一週間前かな?帰り道で拾っちまってよ、そのままにしてたら間違いなくやばかったからとりあえず連れて来ちまったんだ」
 恋次の目の前に、黒い毛並みの、小さな仔猫。
 その仔猫は、皿に入れてもらったミルクを小さな尖った舌でぺろぺろと舐めていた。その頭を恋次が撫でると、「にゃあ」と可愛く答えて、恋次の手を舐めた。そしてまた、皿のミルクを舐め始める。そうして皿を綺麗に舐め終わると、仔猫は再び恋次に「にゃん」と短く鳴いた。
「今日はお客さんだからな、あっちで寝てろ、るきあ」
「………は?」
「ふふふ、この猫の名前は『るきあ』という」
「妙な名前を付けるな、莫迦!」
「『るきあ』は俺が大好きなんだよなー、もう俺が帰った途端ににゃあにゃあ纏わりついて離れねーし、淋しがりやだから夜は俺の布団に入ってしがみついてくるし、朝は俺の顔を舐めて起こしてくれるし、俺が仕事行く時は『行かないで』ってにゃんにゃん鳴くしなー」
 恋次は仔猫を抱き上げて顔を寄せると、仔猫はぺろ、と恋次の唇を舐める。
「こっちの『るきあ』は積極的だよなあ」
「言ってろ、莫迦!」
 恋次は「いい子だから、あっちに行ってろよ」と仔猫にもう一度キスをすると、「なああう」と甘えた声を出して、仔猫は素直に隣の部屋に消える。
 それを見送ると、恋次は可愛くてしょうがない、と言うように仔猫の話をし始めた。実際、恋次はその仔猫にかなり心を奪われているようだ。嬉々として、仔猫と恋次の間に起きた出来事を、微に入り細に入り念入りに私に語り始める。
「昨日なんか、風呂上りに背中によじ登られて背中に爪あと残っちまってよ」
「そ、そうか、猫か」
「なんだと思ってたんだよ?」
「いや……」
 言葉を濁す私に、恋次はくくく、と、それこそ猫のように喉を鳴らして笑った。それでは治まらず、その笑いは身体全体に派生して、最後には大笑い、馬鹿笑いと言っていい程の激しい笑いになっていた。
「お、お前が、物凄い怒りの霊圧を発しながら、隊舎から俺の後をつけているのが、もう面白くって面白くって……」
「き、気付いていたのか!?」
「俺がお前の霊圧に気付かない訳ねえだろう、って今まで何回言ったっけ?俺」
 その後もひーひーと身体を震わせて笑っている。「他に女がいると思ってたんだろう、お前」と、息も絶え絶えになりながら、そう私に言って「あの、お前の、誰もがびびって道を避ける程の、あの顔……っ!!」と、また馬鹿笑いをする。
 ………………………………………………頭にきたぞ。
 人をからかって……私がいると解っていて、私が誤解するのがわかっていて、恋次はわざと、他に女がいるような言葉を発して……私がこの家の前で、どんなに悲しかったか、どんなに苦しかったか、それなのにこの男は、よりによって、ば、馬鹿笑い………っ!!!
 許せないぞ。
 絶対絶対許せないぞっっ!!!
 ぎろり、と睨むと、恋次はようやく笑いを収めた。私の半端じゃない怒りが伝わったのだろう、「ル、ルキア?」とご機嫌を伺うように私を覗き込んだ。私は無視してそっぽを向く。焦り始めている恋次に背中を向けて、怒りの大きさを表した。
「ごめん、悪かった!」
 それでも私は振り向かない。すごく怒っているんだからな。
「お前と逢えて凄く嬉しかったから、つい羽目を外しちまったんだ」
 まだ振り向かない私を、背中から恋次はぎゅっ、と抱きしめて……耳元で、「逢いたかったぜ、ルキア」と、そう呟いた。
 ……それだけで。
 許してしまう自分が、本当に情けない……。
 背中から私を包む恋次の腕の中で、心までじんわりと暖かくなる。この腕を失わなくてよかったと、本当に心から安堵する。
 私はくるりと恋次の方へ向き直る。私の機嫌が直ったと安心したのか、恋次はほっとしたように笑った。
 その恋次の笑顔に笑い返すこともなく、私は恋次の首に両腕を回すと膝の上に座った。私の行動に更に嬉しそうに笑う恋次の鼻を、私はぺろっと舐める。
「ル、ルキア?」
 驚く恋次に私は、
「にゃん」
 と言ってやった。
 …………それを耳にした恋次の顔といったら!!!
 写真にとっておきたいくらいだ、こんなに狼狽した恋次は初めて見るぞ!
「お、おい」
「にゃあう?」
 ぺろ、と恋次の頬を舐める。今度は赤くなった。物凄く赤い。恋次の髪の色と同じくらいだ。
 面白い、面白いぞ!!
「ちょっとまて、それは反則……」
 言いかける恋次の唇を舐める。再び「にゃん!」と言ったら、恋次は卒倒しそうになっていた。
 ………さて。
 私は首に回していた両手をそろりそろりと下ろして、恋次の襟元を掴む。焦らすようにゆっくりと襟元を開き、露わになった、既に私の見慣れた、刺青の入った上半身に舌を這わせ。
「……っ!」
 恋次の反応を確認してから。
 私は容赦なく躊躇いなく力一杯渾身の力を込めて思いっきり。
 
 引っかいてやった。

「……痛えっ!!」
「ふん、痛くするために引っかいたのだ。当たり前だぞ、莫迦者」
 血の滲むその箇所をぺろりと舐めて、私は勝ち誇ってそう言うと、恋次の額を人差し指で弾いてやった。 
 







お待たせいたしました、ようやくアップです!
これを書くきっかけは、イツマさんの日記にあった「猫ルキ祭り」という文章を見たことです。
「猫ルキ祭り」。
……っ!!!
猫ルキア……っ!!
その響きの素敵さに、勝手に参加を決意し書き始めました。バカです。
WJ上でも、首輪がとてもお似合いな(違)、皆が我先にと触れたがるルキアのその猫っぷり(違)。
猫おおおおおおお!!!!
鳴かせてみたい―――!!!(止まりません)


と。
今この文を読んで「あれ?日記に書いてあったのと違う」と思われた方、ご安心(安心?)ください!!
この後も話は続きます。
続きますが。


18歳未満の方はここまででお願い致します!
つまりそういった話だ!!


18歳以上の方、性描写があっても大丈夫な方、何を読んでも文句はないわ!という方、どうぞこの先へお進み下さい。
読んだ後の抗議はごめんなさい、聞けません。自己防衛して下さい。



入り方は二通り。

その1。アドレスを推理する。
前回の「お姫様と下僕」で、アンケート答えた後に出るパスワードを知らない方で、パスワードを推理して入られた方がいるんですよ!!私は感動しました!!30分程で解いたという事ですが、すごいですー!
という訳で、今回も推理される方がいるかもしれませんので(笑)

   http://home.u06.itscom.net/moon/○○○○○○.htm

○にアルファベットの小文字を入れて下さい。ヒントはこの話に出てきた動物の別の呼び方。因みに丸の数はアルファベットの数と一緒です。つまりは6文字入るということ。


その2。リンクを探す。
これも範囲が広すぎると大変ですので、絞りますねー。
この行より下にリンクがあります。
そしておまけで2つ、話があります。平たく言えば「はずれ」が2つ(笑)

では、条件の会う方のみ、処かをクリックして続きをお読みくださいませ。


それでは、続きの後書きでまたおいしましょう!