月夜の夜空を恋しい人と二人で飛ぶ。
それは魔女にとって憧れのシチュエーション。
だから緋真は夜に白哉を誘って外へと出、それを白哉に伝えたのだが、白哉から返ってきたのは緋真の予想に反して「無言」、それだけだった。
「……飛べるのか?」
しばらくして尋ねられた白哉のその言葉に緋真は頬を膨らませた。傍らの箒に目を向け、「出来ます」ときっぱりと言う。
「飛べます。私だって魔女ですよ?」
頬を膨らまして緋真は箒に跨った。小さく息を吸う。意識を集中、たんっと地面を蹴って夜の空へ舞い上がる―――筈の箒は、見守る白哉の腰の辺りまで浮かんだだけだった。
緋真を乗せた箒は、ゆっくり白哉の前を通過する。
人が歩くよりもゆっくりと。
人の視線よりも低い位置を。
「…………」
白哉はつと緋真から視線をそらした。その顔を緋真の視線から隠し、緋真に背を向ける。小刻みに震える身体、抑えるように口元に当てた手。
「―――我慢は身体に毒です」
緋真の感情を抑えたその言葉に、耐えかねたように白哉は小さく声を上げて笑い出した。くくくと喉を鳴らして笑う。
「そ、そんなに笑わなくたって!」
普段笑うことのない白哉が笑う姿に、緋真は真赤になって怒り出した。仕方ないではないか、飛行術は不得意なのだから。これでも以前よりは上達しているのだ。以前は膝の位置までしか浮かばなかった。
「……不得意なのは飛行術だけか?」
いまだ声を震わせ笑っている白哉にもう何も言わず、緋真は背中を向け屋敷に向かって歩き出した。
その身体が突然空中に舞い上がる。
身体を包む甘い香りと強い腕に抱かれて、緋真の身体はふわりと空に浮かんでいた。
「悪かった。―――機嫌を直せ」
白哉に抱きかかえられ、自分が夜空を飛んでいる事に気付いた緋真は、驚きの声を上げて地面を見下ろした。足元に白哉の屋敷が見える。ずっと見てみたかった空からの景色。頬に当たる心地よい夜風。
途端に機嫌の直った緋真を腕に抱えて白哉は笑う。
こうして月夜のデートは叶えられたのだった。