「白哉さま?」
 緋真は居間に現れた白哉を見て、床を掃いていた箒を止めた。驚いて白哉の美しい顔を見つめる。
 時刻は午前の十時―――太陽が頭上に輝く時間。つまりそれは、白哉が起きている筈のない時間なのだ。
 日の光を浴びると灰になる……それは吸血鬼には逃れられない宿命。
 の筈だったのだが。
 白哉は特に変わった様子もなくいつも通りに歩いている。居間のソファに腰を下ろすその姿には、今が吸血鬼にとって致命的な昼だという危機感を全く感じさせない。
 それもその筈、吸血鬼の中でも血の濃い白哉は、日の光の呪縛を断ち切ることができるほどの魔力を持っていた。確かに真夜中の力を100%発揮することはできないが、そんな状態でさえ大抵の魔物よりも魔力は上だ。
 けれどやはり身体を覆う倦怠感は如何しようもない。
 それでも白哉が昼にこうして起きてきたことには訳がある。
 ―――緋真はとても働き者だ。
 この広い屋敷には召使が一人もいない。それは人嫌いな白哉の所為なのだが、その所為で使わない部屋はそのまま放置され、それを見かねた緋真が自分の箒を片手に片っ端から掃除をしているのだ。
 そうして働いた緋真は疲れてしまうのだろう、夜にはくうくうと寝てしまう。
 夜に目覚める白哉と話す暇もなく。
 つまり緋真と言葉を交わすには、白哉が昼に起き出すしかないのだ。
「大丈夫ですか、白哉さま?」
 心配げな緋真の声に頷きながら、超低血圧の身体を宥め透かして白哉は緋真に微笑みかける。


 恋は、より深く惚れた者の負け。