未来の夢






「綺麗な星空だな」
 俺の隣で空を見上げていたルキアがそう言ったが、俺は「ああ」と素気ない返事を返した。
「なんだ、まだ怒っているのか」
 呆れた口調でそう言うと、ルキアは頭上から俺へと視線を移す。
 いや、俺は怒っているわけじゃねえ。
 困ってんだ。
 そう答えてもよかったが、その後「何を困っているのだ?」と問い返されるのは明白だったので俺は黙っていた。
 何故困っているかというのは、俺達が今、時刻は夜10時を過ぎたこんな時間に並んで星空を見上げている理由に起因する。
 明日は俺達が入学する真央霊術院の入学式だ。俺達は早々に戌吊を発ち、徒歩でここまでやってきた。
 が。
 意気揚々と歩いていたせいか、到着が早すぎたのだ。
 正式に学生となるのは明日。それまでは学院内に入る事は出来ない。勿論寮に入ることも許されず、仕方なく今夜は野宿という事になってしまった。
 いや、野宿に困っているわけじゃねえ。そんなの慣れたもんだし、これでどうにかなる程やわな身体はしちゃいねえ。
「仕方なかろう、決まり事は決まり事だ。幸い今日は暖かい。ここは戌吊と違って安全な所だし、いつまでも拗ねているな」
 諭すようにルキアは言う。それへ、「拗ねちゃいねえよ」と答えると、ルキアは肩をすくめた。
「まあよい。明日ははやいぞ。そろそろ休もう」
 ころん、と草の上に横になったルキアへ、俺はこれ幸いと「じゃ、俺はあっちで寝るからよ」とそそくさと立ち上がって、さっきこれと目星をつけていた木に近付こうと歩き出そうとしたが、右足が動かない。
「何を言っている」
 寝たままの姿勢で俺の脚を掴んで、ルキアはじろりと睨みつけていた。
「だから、木の上で……」
「落ちるだろう、莫迦者」
 お前の寝相の悪さは尸魂界一だぞ、とぶつぶつ呟くとルキアはぱんぱん!と自分の横の地面を叩いた。どうやらそこで寝ろ、という事らしい。
 いや、それはちょっと待て。
 ルキアが全てをわかっていて、その上で隣で寝ろというのならば俺は何の躊躇もしないだろう。大喜びで、ルキアの横どころか上に(自主規制)。
 あー、つまり、だ。
 ルキアは何もわかってないのだ。男と女の事、はっきり言やあ色事ってヤツを。おまけに俺の気持ちも全然解っていないもんだから、今みてえに平気で自分の横で寝ろ、などと言う。
 好きな女の横で寝て、指一本触れる事は出来ない。そりゃ拷問ってヤツだろ?
 いや、出そうと思えば出せるんだが、そうするとこいつは傷つく訳で、俺がルキアを傷つけるなんて事は問題外だ。だから耐えるしかない。俺ってなんていい奴。
 しかし万が一 ―――いや、隣で寝るなんてこんな状況の場合、「十が一」……いや、「三が一」くらいまで確率は下がりそうだな―――俺の理性が吹っ飛ぶ可能性があるわけだ。っつーか、そっちの可能性のほうが高い。って事は、「一が三」か。ああ、もう訳がわからねえ。
「いや、俺はどうしても木の上で寝……」
 全てを言い切る前に、またもや「ぱん!」と地面をルキアは叩いた。無言の迫力に俺は溜息をつく。
「へーへー、わかりましたよ」
 少し距離をおいてルキアの隣の寝転がる。まあルキアが寝た後に木の上に移動すればいい。朝になってルキアが気付いたら怒るだろうが、俺が木から落ちなきゃ済む事だ。
 隣を見ると、ルキアは俺に背中を向けている。吐息は静かで落ち着いたもので、どうやら眠る体制に入っているようだ。
 俺は仰向けになって星空を眺めながら、今後の事を考える。
 明日から新しい生活が始まる。
 安全なねぐらで、暖かい布団の上で眠る事が出来る。食う物も着る物も困らねえ。まだ見習いだから微々たるもんだが、多少の金も支給される。今までの生活に比べたら天国だ。
 ……なのになんで俺はさっきから、いい所ばかりを挙げて自分を納得させようとしてるんだ?
 ああ、こんな事は自問しなくたって解りきってるこった。
 俺は――――――
「うおぉっ!?」
 何気なくルキアに目を向けると、ルキアがこちらを向いていてぱっちりと目を開けて俺を見ている。すっかり寝ていると思っていた俺は思わず叫んでしまった。
「眠れぬのか」
「そりゃ俺の台詞だ。どうしたんだよ、いつもなら横になるとすぐ寝るじゃねーか」
 無様な姿を見られて俺は慌てて言い募る。
「怖がってんのか?今までの生活が変わる事に」
「……ふむ。どうやらそうかもしれん」
 意外な事に、ぽつりと小さくルキアは呟いた。
「今までいつもお前が傍にいた。眠る時もお前の寝息の聞こえる所で寝ていたというのに、明日からは誰もいない静かな部屋で一人で眠るのかと思うと、……ああ、怖いんだ、私は」
 ―――尊大な態度と口調のせいでつい忘れちまうが、ルキアは昔から―――出逢った時から唯一つ、「孤独」…一人になることを極度に恐れている節がある。
「何を辛気臭え事言ってんだよ。ま、寝る場所は離れちまうけどよ、あとはいつだって会えるじゃねーか」
 殊更何でもない事のように俺は笑い飛ばした。
 そう、俺がさっき自分を必死に納得させようとしていた理由はこれだ。
 どんなに安全な場所、暖かい寝床や食い物よりも、俺はルキアと一緒にいた生活の方がいいらしい―――今更気付いても仕方がない事だが。
「……そうだろうか」
「あー、そうだよ。大丈夫だって、心配すんな!」
 有無を言わさぬ迫力で俺がそう言うと、ルキアは子供のように小さく頷いた。そのまま、
 ――――俺にしがみついてきた。
 硬直。
「……ああ、こうすると子供の頃に戻ったようだな。昔はよくこうして寝ていた。―――実を言うと、こうして眠るのが私は一番安心するのだ」
 くすっ、と笑ってルキアは「おやすみ」と俺の腕の中で呟き、安心するというのは本当らしく、すぐに眠りに落ちていった。
 安心しきった寝顔。
 俺を信じきっているその顔に、嬉しくもあり悲しくもある。
 ああ、どうか男の気持ってヤツをわかってくれ……。
 とりあえず俺は、ぎゅっとルキアを抱きしめた。
 明日からの一人寝が寂しいのは、俺も同じなんだからな。



 そんな幸せな時間はあっと言う間に終わってしまった。
 なんてことはない、理性が本能に負けそうになったからだ。
 俺はルキアを起こさないようにそっと離れると、身体の一部が変形しそうになるのを必死に押さえ込みつつ、木の上によじ登り。
 次の日の朝、墓参りに来ていた男の目の前で木の上から滑り落ち、したたかに鳩尾を打ち付けて悶絶する事となる。



 新しい生活が始まる。
 けれど、いつか。
 また、ルキアと一緒に生活をしようと、―――まあ、あれだ。家族ってヤツに、はっきり言っちまえば夫婦ってヤツに俺達はなるんじゃないかと俺は思ってるんだけどな。
 だから、少しの我慢だぜ。
 待ってろよ、ルキア!!
  












甘い二人を狙ったのですが、なかなかうまく行かず…(苦笑)
これは「ジャンプインジャンプ」の番外編を読んで思いついたネタです。
ああ、恋次はルキアと一緒に眠る事が出来なかったのね、と微笑ましく(笑)
口は悪くてもとにかく何が何でもルキアが一番、なのが当サイトの恋次です。

2004.8.20  司城さくら