―――夢を見た。
まだ夢見ていたいと訴える身体と頭を無理矢理目覚めさせ、ルキアは髪をかき上げた。
戌吊の夢など、過去を棄てた時から見る事はなかったのに。
ルキアにはその過去の夢を見た理由が昨日のせいだと解っていた。
昔のままに、何も変わった事などなかったかように「ルキア」と呼んだあの男。
どうしてあいつはあんな声で、私を呼ぶことが出来るのか。
会いたくなかったのに。
逢った途端に乱されるこの心の弱さ。
そんな自分は見たくないのに。
私は―――朽木ルキアだ。
もう昔の私ではない。
「ルキア」
背中に掛けられた声に、心の奥深くでその声を待っていた事に気付いてルキアは内心舌打ちをする。
そんな事はおくびにも出さずに、殊更ゆっくりと振り返ると「阿散井恋次か」と気の無さそうに答えた。
「こんな所で何をしている。お前の所属の5番隊はこことは離れているぞ。新人はそんな出歩く時間はないだろう」
ちらりと一瞥して歩き出す。
ルキアは恋次と言葉を交わすつもりはなかった。心を乱されるのは真平だ。もう会いたくはない。
恋次がいると、孤独の意味を思い出してしまう。
「ちょっと待て、ルキア!」
「私は忙しいんだ―――お前と話す暇はないし、はっきりと言えばお前と話したくはない」
辺りは段々と夕闇に包まれていた。人通りがない道でよかったとルキアは思う。恋次といる所を誰かに見られたら―――それが義兄に伝わるのはルキアとしては避けたい事だった。
今となっては、義兄の望む通りの人間になること、朽木家の人間として相応しい人間になること、それがルキアの心を占めることの全てだった。
「訳を話せ―――お前が俺を避ける理由を」
両肩を掴まれ、覗き込まれた目は昔のままだ。
何を今更、とルキアは思う。
先に避けたのはお前の方だと言うのに。
「おい!聞いてんのかよ!」
「聞いている―――耳元で叫ぶな」
落ち着いた声に、恋次は唇を噛み締める。
何故そんなに冷静でいられるのか。その落ち着きは、決して恋次を側へは寄せ付けない氷の障壁となっている―――あからさまな、拒絶。
「もう、私は昔のルキアではない。―――朽木ルキアだ。それを忘れないで欲しい、阿散井恋次」
淡々と告げる言葉は、その無表情さと同じ温度を持って恋次の胸に突き刺さる。
「―――平民とは口もきけねえってのかよ」
「そう思ってくれて構わない」
すっと恋次の腕に触れて、自分が通れるだけの隙間を作るとルキアは恋次の横を通り過ぎた。動けない恋次に一度だけ視線を送ると、「私は昔の私じゃない」と繰り返した。
恋次の目が細くなった。一瞬にして立ち上る気に、ルキアは思わず息を呑む。気押されるように一歩後ろに下がった腕を掴まれて、ルキアは勢いよく恋次の元に引き戻された。
「―――言ってくれるじゃねえか」
怒りを押し込めた恋次の声に、ルキアは冷静さを装って恋次の目を見る。
「この手を離せ」
「下賎の者には触れられたくないってのか?」
侮蔑の響きを込めて恋次は哂った。ルキアは無言で見つめ返す。
「ああ、お前は変わったよ。悪い方へな。お前にゃもう過去の記憶は必要ないんだろう―――既に頭ん中にはもう無いんだろうな。―――でもよ」
掴まれた腕に容赦なく力が込められて、ルキアは思わず声を漏らした。
「な―――」
全てを言い切る前に、恋次の腕が有無を言わさずルキアの身体を壁に押し付けた。掴まれた腕は易々と恋次の片手で壁に縫い付けられる。
「身体の記憶は、残ってるんじゃねえか?」
次の瞬間、顎を掴まれて無理矢理上向きにされた唇に、恋次の唇が重なった。
戌吊で繰り返した、優しいくちづけとは違う、乱暴な―――噛み切るように暴力的な、それ。
「―――んッ!」
逃れるように身を捩っても、ルキアの力ではびくともしない。呼吸すら困難になるほど、恋次は容赦なかった。傷つけるように舌をルキアの中で蹂躙させる。顔を背けようとしても、顎を掴んだ恋次の手がそれを許さなかった。再び上向きにされ、更に奥へと舌が侵入する。
ルキアが苦しんでも恋次は侵略を止めない。重ねた互いの唇から、銀の雫が蜘蛛の糸を引いて落ちる。
身体が熱くなる―――ルキアはぼんやりとそう思った。
必死の思いで棄てたものが、諦める事に費やした時間が一瞬で無に帰す。
棄てるしかなかった。
諦めるしかなかった。
あの孤独の中で、自らを救うためにはそれしかなかった。
否、最初に棄てたのは恋次の方だ。
私を棄てたのは恋次だ―――いらないと、私との時間を必要ないと棄てたのはあいつだ。
自分の力の上達に、周りを囲む新しい世界に、私は必要なかったのだろう。―――だからあの時、私を棄てた。
だから私も過去を棄てた。
―――棄てたはずなのに。
「下賎の者に無理矢理されるのがお好みですか、お嬢様」
耳元で囁かれて、ルキアは目を見開いた。
「たったこれだけの事で随分大人しくなるじゃねーか」
「―――ッ!!」
渾身の力を込めて恋次を突き飛ばす。それでも本来はびくともしなかっただろうが、恋次の方が戒める力を既に解いていたので、恋次の身体はルキアから離れた。
「―――卑怯者ッ!!」
「その卑怯者に感じてイキそうになったのは何処の誰だ?」
ぱん、と高い音が辺りに響き渡る。恋次はルキアに打たれた頬に触れることなく、―――哂った。
「ルキアはもういないんだな。今ここにいるのは、俺の知らない人間だ」
「お前なんか―――大嫌いだ」
震える拳を握り締め、ルキアは恋次を見上げて呟いた。
「――――大嫌いだ」
ルキアは背中を向けて駆け出した。
意思に反して零れる涙に唇を噛みながら。
連載物です。(笑)
この連載のコンセプトはズバリ「昼ドラ」。
故にこの裏ページの恋次・ルキアは「奥様劇場」と呼ばせていただきます(爆笑)
誤解とすれ違い。心の奥では相手を想いながら傷つけあう二人(笑)
二人は無事結ばれる事が出来るか!?乞ご期待!
この調子じゃあえっちシーンまでだいぶ先だなあ…(苦笑)
よかったらお付き合いくださいませ。
2004.9.17 司城さくら