その噂は瞬く間に広がっていたようだ。
噂話に疎い自分の耳にまで入るほどだから、それはほぼ全員が知っていることといっていいだろう、とルキアは思う。
『五番隊に入った新人が、一人で二体の虚を消滅させた』
『その力を見込んで、更木隊長がその新人を十一番隊に引き抜いた』
十一番隊といえば、護廷十三隊の中で最強の隊だ。そこに行ったという事は、危険な任務に付く可能性が高いということだろう。
噂話の中で、恋次がいかに二体の虚と闘ったかという部分も含まれていた。
その話を聞いた瞬間、ルキアは氷水をかけられた様に寒気がし、思わず身体を震わせた。
自分の生命を省みない闘い方。
―――そんな闘い方をする奴ではなかったのに―――いつだって、私を護る為に……
そこでルキアは気がつく。
恋次にはもう護るものが―――ない?
いや……それは自分の思い上がりだ。恋次の中の私の価値は、もうずっと前になくなっているのだから。
「何かあったのか?」
ぽん、と頭に手を乗せられてルキアは我に返った。仕事中に周りを忘れるなど、あってはならない事をしたと気付きルキアは青ざめる。
「申し訳ございません、海燕殿」
「あー?別にかまわねーよ、暇なんだし」
ふわあ、と欠伸をしつつ、海燕は道を逸れて草原の中へ歩いてゆく。
「どちらへ?」
「んー、ちょっと一休み」
「困ります、早く映像庁へ資料を取りに行かないと、浮竹隊長が……」
「いーんだよ、隊長はあんまり仕事すると喀血するからな」
どかっと地面に座り込むと、海燕はルキアを手招きした。躊躇するルキアに、「いいから座れ」と重ねて海燕は言った。
「さ、何があったか言え」
「何が、と言われましても……」
困惑して目を伏せる。目を合わせていると考えが相手に伝わってしまいそうで怖い。
「いつも冷静なお前が、ここ最近明らかにおかしい。心此処に有らずって感じなんだがな」
「………申し訳ございません」
「別に責めちゃいねえよ。ちょっと気になったもんだからよ」
海燕は言葉を一旦切ると、「……男か?」とルキアの顔を覗き込んだ。
「な、何を……」
「そうか、男か!」
「違います、変な誤解はしないで下さい!」
「別にいいじゃねえか、お前もやっと好きな男が出来たか!そうでなくっちゃなあ」
「だから違うと言ってるでしょう!」
「照れるなよ、いいぞ、人を好きになるってのは。現にお前の表情も豊かになっている。今の所悩んだり苦しそうな顔ばっかりだけどな、人形みたいに無表情よりも余程いい」
「人形……?」
「お前は人前で感情を出す事をセーブしてるように俺には見えてたからな。そんな歪んだ事をしていたらいつかはその歪が手に負えない程大きくなるぞ?」
「………海燕殿の誤解です。私は………」
恋なんてしていない。棄てた筈の過去の残滓が纏わりついて、戸惑った。唯それだけの―――それだけの事だ。
「そうか?ま、そーゆうことにしておくか」
海燕は座ったまま、にかっと笑った。不意に手が伸びてきて、ルキアの頭をくしゃくしゃにする。
「何かあったら遠慮なく言え。伊達に結婚はしちゃいねえよ」
「ですから誤解―――」
「あーわかったわかった」
「頭を撫でるのは止めてください!」
少しずつ。
無意識の内に、ルキアの表情が開放されていく。
恋次と逢った、たったそれだけの事で、自ら封じたルキアの心の鍵はルキア自身の知らない内に壊れかけていた。
表情を失くしていく恋次とは、逆に。
「もういい加減にしないと、浮竹隊長が―――」
海燕の後ろを見て、はっと言葉を切ったルキアの表情が強張って行く。不思議に思って振り返った海燕の目に、大柄な赤い髪の男と、その腕に自らの腕を絡めて立っている長い髪の女の姿が映っていた。
「あッ……あぁ……」
きっちりと閉まらないのか、細く開いた窓の隙間からから差し込む光に、女の白い肌に浮かぶ汗が反射していた。
恋次は横になったまま、無表情に黒い天井を見上げている。その恋次の上に女は自らまたがって、自分の快感のままに蠢いている。
長い黒髪が、女の動きに合わせて激しく揺れる。熱を持たない恋次に焦れたのか、女は恋次の唇に自分の唇を重ねると、わざとぴちゃぴちゃと音が出るように舌を絡めた。
(……面倒くせえ……)
冷めた視線で、恋次は自分の上でよがる女を見つめる。今この宿に連れ込んだのは自分だが、既に恋次にはもうどうでもいい事に思えていた。女の動きに合わせて、適当に突き上げる。
声をかけてきたのはこの女の方だった。
噂になっている新入りを興味本位で引っ掛けたのだろう。実際その手の女はかなりの数にのぼった。どいつもこいつも暇な事で、と恋次は思う。しかしその気になっている女にこっちが遠慮する必要も無い。恋次は来る者は拒まずで、自分の性欲処理に使っていた。
本当に抱きたいと思う女はいなかった。ただ溜まっていくソレを吐き出す場所があればいい。
今日も粉をかけてきた女に素気なく頷いて、情事の時にいつも使っている宿へと行く途中、ルキアに会った。
男に頭を撫でられて、困ったように見上げていたルキアの顔。僅かに上気した頬。先日、自分に見せた顔とは明らかに違う、気を許したその顔。
「あぁっ………!!」
一際高く声を上げて、女は恋次の上で果てた。そのままぐったりと恋次の上に倒れこむ。しばらく荒い息をついてから、女は恋次の唇を求めた。
「……ふふ、こんな昼間から、しかも仕事さぼってヤルのは初めてよ。結構癖になりそうだわ……でも後で呼び出し食らっちゃうかも」
「……べつにバレやしねーよ。いちいち隊員の居場所なんて上は把握しちゃいねーだろ」
「何言ってるの、さっき志波副隊長に会ったじゃないの」
「……志波?」
「此処に来る途中会ったでしょう。ま、向こうもさぼってたみたいだけどね」
「お前、所属はどこだっけ?」
「いやだ、最初に言ったじゃない。十三番隊よ」
「……あの男は?」
「だから言ってるじゃない、十三番隊の副隊長、志波海燕よ。なかなかいい男よね。横にいた女は朽木ルキア。あの朽木家のお嬢様よ。いっつも気取っててやな女。そう言えばあの二人、いつも一緒にいるのよね。出来てんのかしら?さっきも結構いい雰囲気だったしねえ。……ふふ、貴族のお嬢ってヤル時も澄ましてんのかしらね?」
脱ぎ捨てた服を引き寄せ、くくく、とあまり趣味の良くない事で女は笑った。着物に袖を通しながら、
「結構取り澄ましてる女ほど好きなのよね、アレが………、っ何よ?!」
ぐい、と腕を引き寄せられて女は声を上げた。
「勝手に服着てんじゃねえよ。誰がこのまま帰すって言った?」
「だ、だって……きゃあっ!」
押し倒されて、着かけた服を剥ぎ取られた。そのままうつぶせに押さえつけられ、背後から挿入され女は仰け反った。
「っつ……!」
乱暴に内部をかき回されて、女の唇から苦命が漏れた。それを無視して恋次は更に突き立てる。
―――ルキアが、誰かに抱かれている?
あの華奢な身体を、誰かに開いたのだろうか?さっきの男に?―――他の誰かに?
「やっ、恋、恋次っ……っ!」
苦しそうな声が、明らかに嬌声へと変わっていく。物欲しそうに腰をくねらせる女とルキアが重なって、恋次の目に凶暴な光が宿った。
今でも。
本当に欲しいものは―――
ルキアなのだと、気がついた。
ルキアの身体を、捻じ伏せ、思うが侭に蹂躙し、己を突きたて―――
想像しただけでイキそうになる。
「あ、ああ、もう……っ!恋次、恋次ぃ……」
髪を振り乱す女の姿はもう恋次の眼には映らない。
彼は今、想像の中でルキアを犯していた。
「……さっきのが噂の新入りか」
海燕は感心したように呟いた。
「ふてぶてしい奴。俺が新入りの頃はもうちょっとなあ、こう、大人しーく……ルキア?」
海燕はルキアの様子に気がついた。またもぼんやりとしているようだ。心此処に非ず、といった態で遠くを見ている。
「あの人……」
「あ?」
「あの女の人……」
「ああ、あれ、うちの隊の女だな」
「……そうなんですか?……知りませんでした……」
「隊は一緒でも班は違うからな。お前が知らないのも無理はない。……?お前、男の方は知ってるのか?」
「え?いえ、……知りません。あれが噂の、と思っただけです」
はっと顔を上げるルキアに、海燕は深く追求する事を避けた。言いたくない物を無理に言わせる必要も無い。
「ただなあ……」
「え?」
「あの女、あまりいい噂は聞かねえんだよなあ……」
ちらりとルキアを見るが、ルキアは表情を動かさなかった。いや、表情に出すまいとしているのが解った。
「そうですか。……まあ、関係のないことです……」
ルキアは手元の書類に目を落としす。
僅かに震える手元を隠し通す事は出来なかった。
next---「背負う傷・癒しの手」
奥様劇場、更新しました!!ぱふぱふ!
やっとえっちシーンが出てきましたが、あまり深く書きませんでした。
それはルキアの時のお楽しみ!(笑)
いや、楽しみにしてるのは私自身で(笑)どうやって書こうかともう今から楽しみだ!!
すっかり恋次がただれてます。すみません。
でも根はルキア一筋なんですー。一途なんですー。
それでは次回、「背負う傷、癒しの手」でお会いしましょう〜。