「すぐに来て」という乱菊の伝言を受けて駆けつけた十番隊の副隊長室の前で、失礼します、と声をかけて扉を開きすぐに目に飛び込んだのは、床にふにゃ、と倒れ込んでいるルキアの姿だった。
 元々恋次は何処にいても何をしていてもまず真先に目に入るのはルキアなのだ。その力が今回も発揮されて、恋次は真先に目に入ったルキアのその状態に絶句する。
「な、何だ、どうしたお前」
 慌てて駆け寄る恋次の耳に、
「いやあ、悪い悪い」
「こんな風にするつもりは無かったのよ、ホントごめんね?」
 聞き慣れた男女の声がして、ようやく恋次はこの場にいた別の人間に気が付いた。
「一体……何でルキアが松本サンと先輩と飲んでるんスか?」
 十番隊副隊長松本乱菊と九番隊副隊長檜佐木修兵は、同じ副隊長とはいえ先輩だ。恋次はそういった点、律儀である。十一番隊副隊長とは対極の姿勢だ。
「いやな、俺が松本サンと飲んでたらよ、朽木のお嬢さんが日番谷隊長に挨拶に来てな」
「隊長は雛森んとこ行ってて留守だったんだけどね、折角来てくれたことだし、一緒にお酒でもどうかなー、って思ってね?」
「そしたらよ、いつの間にかこんな状態に」
「気付いたらこんな状態になっちゃったのよね?」
「そんな飲んでないよなあ?」
「ねえ?私達こんなに素面だし」
「あんた達の酒の量は普通じゃないでしょうが!」
 恋次の突っ込みに「え?」「そうかあ?」と惚ける二人へ溜息をついて見せ、恋次は床に寝ているルキアの腕を掴んで起こした。その力に逆らうことなく、ルキアはくたりと恋次に持ち上げられる。
「ルキア、風邪引くぞ」
「んん……?」
 ぼんやりと目を開いたルキアは、しばらく焦点の合わない目で周りを見渡した。恋次の見守る中、徐々にルキアの視線が定まって、ようやく目の前の恋次の姿に気付く。
「あ、変態面白眉毛」
「なんだとコラ」
「あはははは、何度見ても面白いな!間抜けだ!妙だ!趣味を疑うぞ!」
「ここここの女……っ!」
 憤る恋次の腕を修兵と乱菊はそれぞれ掴んで、「まあまあ」「ほら相手は酔っ払ってるんだし、ね?」と宥めた……否、力づくで押さえつけた。
「とにかく後は頼むわ、恋次」
「朽木隊長の家まで送ってってね?」
「はあ?ちょっと待って下さいよ、こんな状態のルキアを見られたら、隊長に何言われるか……」
「大丈夫よ、朽木隊長は残業。だから今の内に送ってきてよ」
「……まあ、いいっスけど」
「まかせたぞー」
「はあ、じゃ、失礼します」
 くたりと床に座り込んでいるルキアを苦もなく背負うと、恋次は頭を下げて副隊長室を出て行く。
 その姿が見えなくなって、修兵と乱菊は目を見合わせた。
「……これで上手く行くかしらね」
「これで何とかしなくちゃ男じゃないですよ」
 「あの時」、命令を無視し、副隊長の座を捨て、命を懸けて恋次が救い出そうとした朽木ルキア。その行為の源は勿論誰もが解っているのに、恋次はルキアに対して何もしない。子供の頃のように他愛無い話をするばかりで、まったくルキアに対して行動を起こさないのだ。
 ここは可愛い後輩のために一肌脱ごう。
 そう考えた故の一芝居……勿論ルキアの泥酔状態は本物だが。
「お嬢さんも意地っ張りっぽいからねえ、お酒の力で言っちゃえばいいのに」
「っつーか、恋次がしっかり言やあいいんですよ、いつまでも愚図愚図してねえで」
「そりゃ誰もがあんたみたいに女の扱いに慣れてなんかいないわよ」
「何のことですか?」
「ふん、あんたが泣かした女の名前、片っ端から言ってやるわよ?」
「やめて下さいよ、酒が不味くなるじゃないですか」
「うわ、あんたって……女の敵よね」
「惚れる方が悪いんじゃないですか?」
「よく言うわよ」
「まあ、とにかくこのまま送り狼にでもなってくれればいいんですけどね、あいつ」
「そうね、その位しちゃってもいいと思うけどね」
 修兵と乱菊は、今は既に姿の見えない幼い恋人未満の二人に向かい、「成功を祈って」と杯を重ねた。





 先輩である二人の荒っぽい応援など知る由もなく、恋次はルキアを背負って夜道を歩いていた。
「何でお前がここに居るのだ?悪趣味な眉毛」
「松本サンに呼ばれたんだよ……って何だその呼び方。ふざけんな」
「仕方ないだろう、お前は悪趣味なんだからな!」
 ルキアは大きな声で笑う。それはルキアにはかなり珍しい事で、やはり酔っているのだと恋次の頭は痛くなる。
 あまり質の良い酔い方ではない。
「大体何故背負っているのだ、私はちゃんと歩けるぞ?」
「そーかそーか、じゃあ歩いてみろ」
 ほら、と背中のルキアを地面に下ろすと、「余裕だ」とルキアは一歩踏み出した途端、
 こけた。
「……ん?」
「ほら見ろ」
「なんだ、地面が揺れているぞ?」
「お前が揺れてんだよ」
「そんな筈無いぞ!」
 む、と立ち上がろうとして再びルキアは転がった。「痛い!」と叫ぶルキアに、恋次は溜息をついて再びルキアを背負う。
「そうだ、蛇尾丸はどうした?蛇尾丸に乗りたい!なんかふわふわしてて楽しそうだ!蛇尾丸を出せ、恋次!」
「お前なあ、蛇尾丸が聞いたら怒るぞ……?」
「じゃあお前馬になれ」
「なんてこと言いやがる!」
 ぎょっと振り返ってルキアを見た恋次は、ルキアの表情からルキアは特に深い意味もなく言ったのだとわかってほっとする。
 つまらんつまらんとブツブツ呟いていたルキアは「そうだそういえば」と声を弾ませ、恋次は「今度は何だよ?」と溜息混じりに聞き返した。
「卍解!お前の卍解が見たい!」
「またとんでもない事を……」
「まだ兄様しか見ていないそうではないか!ずるいぞ、私も見たい!」
「見せもんじゃねえ!」
「見たい見たい見たい見たい見たい見たいみーたーいー!」
「こら暴れんな!あーうるせえ、わかった、わかったよ!今度な、今度!」
「絶対だぞ」
 ぴたりと動きを止めて念を押すルキアに恋次は深い溜息をついて、暴れたためにずり落ちたルキアの身体を背負い直す。
「こら、莫迦恋次!何処触っている、変態!」
「あのなあ、背負ってんだから仕方ねえだろうが!じゃあ何処持てって言うんだ、あぁ?」
「そんな事言って、内心背中に当たる私の胸が嬉しいのだろう?この変態」
「うるせえ、大体喜ぶほど胸なんかねえじゃねえかお前は……ぐえ」
 背後から首を絞められて恋次は仰け反った。
「貴様、今、言ってはならぬ事を言ったな……っ!」
「マジ苦し……し、死ぬ……」
 ようやく手を離したルキアにむかって恋次は「手前……」と凄むが、ルキアはふんとそっぽを向いている。
「余計な事ばかり言う口は必要ない」
「で、口封じかよっ!それがわざわざ迎えに来てやった優しい幼馴染に対する態度か手前ェ!」
「優しい……幼馴染?」
 不意にルキアの声の調子が変わった。
 ん?と振り返る恋次の目に映るルキアの表情は暗い。
「……幼馴染だから迎えに来たのか?」
「あ?」
「それとも松本殿に頼まれたから仕方なく?」
「何言ってんだ、お前」
 先程の明るい声とは一転したその沈んだ声に、恋次が訝しげに問いかけても、ルキアはそれには返事をせず、何かを考え込んでいた。
「私とお前は……何なのだろうな」
「何なのか……って何だよ?」
「…………」
 ルキアは恋次の体温を感じながら、しばらく恋次の肩に顔を埋めてじっとしていた。その触れた額から、恋次の心が伝わらないかと願うように。
「……言葉にしなくては、いつまでも私達は曖昧なままだ。言葉にしてくれなければ、何の確信も私は持てぬ」
 酔いの力もあるのだろう、ルキアはいつもの、恋次にだけ見せる勝気な態度はなりを潜めて、俯いてそう呟いた。
「……このままでは一歩も先に進めない」
 この突然のルキアの変化に、恋次は動揺し、けれどルキアの言う事は解っていた。
 証を見せろ、と。
 言葉にして形を見せろ、と。
 曖昧なままの関係を終わりにしろ、と。
 けれど。
「……察しろよ」
 恋次が口にしたのはそんな言葉で。
 それを聞いて、ルキアは小さく頷いた。
「……そうか、お前が何も言いたくは無いのならば……このままの状態がいいのならば、私はもう何も言わぬ」
 今のは忘れてくれ、と小さく呟いてルキアは恋次の肩に顔を埋めた。
 そのまましばらく、ふたりは無言だった。さくさく、という恋次の足音だけが夜道に響く。すでに道は貴族達の住む高級住宅地に入っていて、恋次たちの他に歩いている人の姿も見えない。
 二人の姿を、ただ大きな月だけが見つめている。
「……ルキア?」
 静かになってしまったルキアに、恋次はそっと声をかける。応えは無く、規則正しい呼吸が、ルキアが眠り込んでいる事を恋次に伝えていた。
「……言葉、か」
 たった二文字の単語。口にするにはたった数文字でいい。
 もう何度も言ってはいるのだ、頭の中で。ルキアの姿を見る度に、ルキアの声を聞く度に、その言葉は恋次の胸で溢れかえるのだから。
 けれど、面と向かって言えない。
 言えない事情の大部分を占める、照れもある。けれどそれだけではなく……恐怖もあるのだ。
 拒絶されたら、と。
 お前はいい友人だ、と。
 そうルキアに言われるのが恋次には怖い。
「……情けねえよな、実際」
 虚もこの先に待っているであろう闘いも怖くはない。
 ただルキアに拒絶されるのが怖い。
 ルキアが大切すぎて、身動きが取れないのだ。
 告げて離れなければならなくなるなら、この曖昧な関係のまま、ルキアの傍にいる方がいい。
 けれど、ルキアを想う気持ちは確かだ。
 それは誰よりも何よりも、強く深く―――激しく。
 背中に感じる体温に、耳元をくすぐるルキアの吐息に、恋次は愛しさを募らせる。
 いつも想っている。
 いつも心で伝えているその二文字。
 ―――朽木邸の門が見えた。
 着いたぜ、と声をかけても、ルキアの寝息は乱れずに、それはルキアの眠りの深さを恋次へと伝える。
「ルキア」
 応えは無い。
「ルキア」
 眠るルキアの耳元に、唇を寄せる。

「……だぜ」

 小さく微かに、初めてそう口にした。
 想っていても口にしたことのないその言葉。
 自分の耳にも届かないほど、それは小さな声だったけれど。
 確かに恋次は口にした。

「……私もだ」
「うおぉぉっ!」
 突然耳元でルキアの声がして、恋次は飛び上がった。危うくルキアを落としそうになって、途端に「莫迦者!」といつものルキアのお決まりの台詞が耳に飛び込んでくる。
 ばっ、と肩越しに振り返れば、そこにはしっかりと目を見開いたルキアの顔があって、恋次はパニック状態に陥った。
「おおおおお前、起きて……っ!」
「うむ、実は起きていた」
「ま、まさか今の……」
「勿論しっかりと聞いていたぞ」
 にこりと微笑むルキアに、恋次の気は遠くなる。
「……嬉しい」
 その恋次の首に回された手が、きゅ、と力を込めて、恋次の意識を繋ぎ止めた。
「私もだ、恋次」
 くすくす笑う声を耳元に聞きながら、羞恥で恋次の顔は赤くなる。
「き、汚ねえぞ、寝た振りしやがって!」
 顔を真赤にして怒る恋次に、ルキアは何処吹く風で平然と、
「お前が言いやすいように、わざわざ寝た振りをしてやった私の好意も素直に受けれぬのか、お前は」
「好意か!?悪意だろうが!大体なんだ『私もだ』っつーのは!手前も言え!はっきりきっちり言ってみろ!!」
「厭だ」
「な、何だと!」
「そんな恥ずかしい事言えるわけ無いだろう、私は言わぬぞ」
「て、手前……っ!!」
「恋次はよく言えたものだな、私には恥ずかしくてとても言えぬ」
 意地悪く笑うルキアを振り落としてやろうか、と半ば本気で考え始めた恋次の頭上で、ルキアが「兄様?」と小さく驚きの声を上げた。
 言い合う二人の声が聞こえたのだろう、大きな屋敷の玄関の前に立つ黒い人影を見て恋次は動揺する。
「残業のはずじゃねえのかよ……」
「何か言ったか、恋次?」
 人影が耳聡く恋次の独り言を聞き取って、静かに声をかけた。「何でもないですっ!」と直立しながら、恋次は背中のルキアが、白哉を見て多少でも酔いが覚めていてくれる様、自分の為に祈る。
「えー、義妹さんを送って参りました」
「……随分普段と様子が違うようだが」
 すう、と細められた目に、恋次の身体には一気に冷や汗が流れ落ちる。
「ちょっと……いや、かなり?酒を飲んでいるようで……」
 白哉の視線の温度が下がったのがルキアにも解ったのだろう、「恋次は迎えに来てくれただけです、一緒に飲んではおりませぬ」と恋次を弁護すると、白哉の瞳は通常の色に戻った。
「そうか、……手数をかけたな」
「いえ」
「ルキア、朽木家の人間は人前で酔う姿を見せてはならん」
 普段ならば萎縮するだろう白哉の言葉にも、ルキアは先ほどの恋次との一件が余程嬉しかったのだろう、「はい、兄様」と軽やかに答えて恋次の背中から地面に降り立った。
「今日はありがとう。……では、またな」
「おう」
 何となく視線を合わせられなくて、恋次は素気なくそう言った。けれど頬が僅かに上気しているのが、ルキアだけにはわかる。ふふ、と楽しそうに微笑むと、ルキアは恋次の胸元をぐい、と掴んで引き寄せた。
 不意を突かれた恋次の首に手を回し、ルキアは引き寄せた恋次の頬に自分の唇を触れさせる。
「おやすみ」
「…………ああ」
 頬を押さえて呆然と応える恋次を見てもう一度ルキアは楽しそうに笑うと、屋敷の奥へと入っていく。
 ルキアが―――キスを。
 
『私もだ』

 悪戯っぽく応えたその言葉。
 曖昧な関係の終焉。
 これから始まる、確かな二人の関係。
 ルキアの後姿を見送る夢見心地の恋次の耳に、
「……折角ルキアを送ってくれたのだ、礼をしなければならぬな」
 絶対零度の声が入って一気に現実へと立ち返った。
 目の前に、白い焔を吹き上げる白哉の姿。
「いえ、明日の仕事もありますし、気にしないで下さい」
 どっと吹き出る汗が目に入る。その歪んだ視界の中で、白哉が一歩恋次に近づくのが見えた。
 じゃり、と白哉に踏みにじられた玉砂利が悲鳴を上げる。
「遠慮するな、なんなら泊まって行け」
「いえ、とんでもないです、いやホントに」
 必死に首を横に振るが、胸元を掴んで引きづられ、否応無く朽木邸の客人となった恋次はそのまま一番奥の部屋へと通された。
 その部屋は、仏間。
 固まる恋次の視線を受けながら白哉は無言で仏壇に近づくと、緋真の遺影を、とん、と恋次の前に置いた。
「さて、先程の一件、私と緋真に説明してもらおうか」
 地の底から響くような声が、白哉の口から漏れる。


 恋次の夜は長くなりそうだった。

 








「MOON AND THE MEMORIES」、サイト開設一周年を迎える事が出来ましたv
初期から来てくださってる皆様、ありがとうございます。途中から来てくださった皆様も、最近来てくださった皆様も、本当にありがとうございます。
皆様のおかげで、一年続けることができました。

そんな感謝の気持ちを込めての、フリー小説です。
あまり甘くないですが、お持ち帰り可ですので、もしご希望の方はどうぞ!
えと、一応書いておきますが、注意点として

1)文章は変えないで下さい。
2)私(司城さくら)が書いたことは明記して下さい。

いや、皆さん解っていらっしゃるとは思いますが、ちょっと恐い記事読んだり聞いたりしたので(笑)
ぶっちゃけ、フリー配布のものを自分の作品としてサイトにアップした人の話とか、聞くとね、やっぱり恐いから。一応書いておきます。すみませんこんな事書いて。
なんて書いて誰も持ち帰ってくれなかったらイタイですよね!(笑)はははは……は……(がく)
期間は8月31日までですー。
持ち帰りのご報告は必須ではないですが、BBSか拍手かメールで、一言でも頂けると嬉しいです。
あ、ちなみにこのあとがき、お持ち帰りした際は削除してくださいね、これも念のため。

えーと、この話は一応単独話とお考え下さい。うちのどの話とも繋がってはおりません。
タイトルは「『好き』という言葉」なのですが、日本語だとあからさまなので(笑)英訳しようと思いまして。勿論私にそんな英語力は無い!(断言)ので、自動翻訳サービス何箇所かで英訳したのですが、それぞれで訳が違う……(笑)
字面で一番気に入ったのにしてみましたが、英語力のある方、これでいいか判断して下さい(笑)


それでは、今後も「MOON AND THE MEMORIES」と司城さくらをよろしくお願い致します!

2005.8.21  司城さくら




総欠片」の宗さまより頂きましたv
ルキアのびしばしが可愛いv
妙な妄想をしている恋次がまた恋次らしくて可愛い(笑)
自分の書いたものを、こうしてイラストにしていただけるなんて、本当に幸せです。

宗さま、ありがとうございました!!