「『くりすます』ってなんですか?」
日本人なら…いや、どこに住んでいようとも、まず知っていなくてはおかしい事柄に対してのネムの質問も、この3ヶ月で随分浮世離れをした言動を皆に見せていたおかげで、その場にいた誰もがそれを不思議がる事は無かった。
「クリスマスはね、12月25日。この日はイエス・キリストの誕生日で、それを世界中の人がお祝いするんだ。ケーキとか七面鳥食べて、パーティしたりね。夜の間にサンタクロースっていうおじいさんが子供たちにプレゼント配ったりするんだ。トナカイの引くそりに乗って」
たつきが親切に説明するのを、ネムは真剣に聞いている。その横にはルキアが一緒になって話を聞きながら、恋次お手製の弁当を上品に食べていた。
「何だか楽しそうですね」
「うん、町も綺麗にイルミネーションされるからね。もうそろそろライトアップされるとおもうよ。クリスマスツリーも飾られるし」
「クリスマスツリー?」
「もみの木…本物じゃなくても、それに似せた木に、電飾つけたりして飾るんだ。持ってないんだったら、小さい物買って飾ってみれば?」
「はい、そうします」
にっこりと笑うネムの耳に、「ちちち」と舌打ちが聞こえた。見ればそこには人差し指を立てて左右に振っている千鶴がいる。
「なーにお子様向けの解説してんのよ。違うでしょ、日本のクリスマスは」
「なによ?どこが違うってのよ?」
「いーい?涅さん。クリスマスにはね、男と夜景の綺麗なレストランで豪華な食事をして」
「はい」
「ロマンティックなムードに酔いしれて、男が甘い言葉を囁くのをききながら」
ルキアも真剣な顔で千鶴の話に耳を傾けている。
「ガッツンガッツンやりまくるのよ!」
「がっつんがっつん?」
「そう。でもね、クリスマスシーズンはラブホの料金上がるから注意よ?普段は休憩5,000円の部屋もね、クリスマスには10,000円に跳ね上がるからね。ラブホ側もフル回転したいから延長も出来ないし、2時間でいかに素早く尚且つクリスマスというムードを尊重しつつガッツリやれるかって言うのが腕の見せ所……」
「こらー!!」
「なによ、耳元で叫ばないでよね」
「いい加減な事言うな!」
「あら本当の事じゃない、これが日本のクリスマスでしょ」
「違う!絶対違う!」
「男なんてね、どんな甘い言葉を言ってようと、実際股間は準備万端なんだからね、あんたも変な男の口車に乗せられないようにするのよ?わかった、たつき?」
「だーかーらー、妙な知識を植えつけるような事をするな―――っ!」
というような会話から10日後。
即ち今日はクリスマス・イヴ。
街には讃美歌やクリスマスソングが流れ、緑と赤に彩られ、人々は楽しそうに行き過ぎる。
→朽木ルキア・阿散井恋次
恋次もしっかりと現世の知識を得ていたようで、24日の夕食メニューは「鳥の唐揚げ・ほうれん草とベーコンのサラダ・生ハムとスモークサーモンとテリーヌの前菜・クリームシチュー・卵、ポテトサラダ、トマトときゅうり、チーズとハムのサンドイッチ・シャンパンにストロベリーショートケーキ」という二人で食べるには豪華なものだった。勿論シャンパンとケーキ以外は恋次の手作りである。
おいしそうに食べるルキアを満足そうに見ながら、恋次はシャンパンを飲む。とりあえず酒を飲んでからでないと食事は出来ないのだ、何となく。
今日はクリスマス・イヴ。
同じクラスの浅野啓吾が言うには、現世のクリスマスというイベントは、男女にとっては特別な物らしい。確かに町は美しく飾り付けられ、何となく皆浮き足立っているようにも思える。この日をきっかけに友達同士の男女の関係が深くなる事もあり得ると言っていた。
『頑張るぜっ!』
やはり男は下心満載だった。
「そういえば本匠が言っていた。『くりすます』にはおいしい物を食べて、……なんだったかな?そう、『がっつんがっつんやりまくる』そうだな」
「げほごほげほっ!」
思わず口の中のシャンパンを噴出しそうになって恋次はむせた。ルキアが「大丈夫か!?」とタオルを取って恋次に渡してくれた。
「酒ばかり飲んでいるからだ。少しは控えぬと身体に良くないと思うぞ」
「そ、そうだな」
上の空で返事をしながら、恋次はタオルで顔を拭いた。
ルキアは不思議そうに「何を一体『がっつんがっつんやる』んだろうな?」と口にしたが、妄想に耽っていた恋次にはその声は聞こえていなかった。
ルキアはどういう意味で言ったのだろう?これは暗にOKという事なのだろうか?今日こそ二人は心ばかりか身体まで結ばれると…!
キリスト万歳!
ありがとう!誰だか知らないが、あんたが生まれてくれたおかげでこのイベントがあり、そして俺たちは結ばれるっ!
「それにな、なんだか今日は普段5,000(円)でする所が10,000(円)になるらしいぞ?」
「か、金払うのか?こっちでは!?」
「ん?そうらしいぞ。本匠が言うには」
「や、やるのに金を払うのか!!」
恋次は愕然とした。そりゃ確かに女性の方が大変だという事も判る。初めての痛みは相当な物らしいし、子供が出来た時、女性は10ヶ月間自らの体内で護っていくのだ。大変だ。しかし。
愛する人を抱くのに金を払うのか?それがここでは当然なのか?
「しかも…普段は5,000(環)で今日は10,000(環)!?」
衝撃のあまり恋次は通貨単位を尸魂界のものと勘違いしていた。
かなりな高額だ。その金額は死神二人を喰った虚の追加給金と同等だ(2巻117頁参照)。
「……稼がなくちゃな、もっと……」
「ん?」
「働くぞ、俺は。お前との薔薇色の生活の為に!!虚を狩って狩って狩りまくるっ!!」
「?」
「それまで待っててくれ、もう毎日でもお前とヤれるくらい必ず俺は稼ぎまくる!!」
「何だか良くわからないが、怪我はせぬよう頑張るのだぞ」
知らずに自分の身を護っていたルキアだった。
→浦原商店
「やっぱり似合いますねー、さすが夜一さん!素敵過ぎです」
『天晴』と書かれた扇子を開いて浦原はご機嫌だ。
「そうか?」
これまたご機嫌にポーズをとる夜一。
夜一が身に着けているのは、赤いエナメル素材のボンテージファッション。胸元は大きく開いて、そこは白い紐が交差している。首にも同じエナメルの赤い首輪、肘まである長い手袋も赤いエナメル素材。そして膝上まであるピンヒールのロングブーツも赤いエナメル。
女王様のサンタクロースファッション、といった具合だ。
「夜一様、こんな奴のいかがわしい趣味に付き合うことはありませんっ」
「なんじゃ砕蜂、気に入らぬか、この衣装」
「……夜一様は何を着てもお似合いです。でもっ、私はこんな奴に夜一様のお肌を見せる事は厭なんですっ!」
「そんな事言ってももう手遅れですよ、あたしはもう夜一さんのすべてを見てしまってますから」
「………っ!!」
「あはははは」
「……くそっ!貴様ぁっ!!許さんぞ、絶対許さんっ!!」
「何を熱くなっているのじゃ、砕蜂」
「うううう………っ」
「泣くな、お主はからかわれているだけじゃ。喜助が見たといっておるのは儂の猫の姿じゃよ」
「………」
「あはははは」
「………殺すッ!」
「本当に仲がいいのう、お主ら」
「夜一様っ!私はこんな奴と仲良くしてはおりませんっ」
「まあそう言わずに。砕蜂さんにも衣装を用意しているんで、よかったら着て下さいよ」
「え?」
「はい、これ」
紙袋を渡されて砕蜂は戸惑った。夜一のような服は困るが、普通の現世の人間が着る服は、確かに興味は持っていたのだ。
「着てみたらいい、砕蜂。儂もお主の現世服を見てみたいぞ。さぞ可愛らしいだろうな」
「夜一様……」
ぽ、と頬を赤らめて、砕蜂は隣の部屋に入った。ドキドキしながら袋を開ける。そこにはシックな茶色の毛皮のコートが見えた。
5分経過。
「うーらーはーらー!!!」
ばんっ!と襖が開け放たれたそこには。
「やっぱりその服お似合いですよ、砕蜂さん」
「これは服ではないっ!着ぐるみというのだっ!!」
「おやよくご存知で」
茶色の毛皮のコート……ではなく。
全身を包む茶色の毛皮。空気に触れているのは顔の部分のみ。頭には立派な角。
「おや、これを忘れちゃいけません」
ぴと、と砕蜂の鼻に付けられたのは、赤い、ピエロのような鼻。
「トナカイさんはこれが無くっちゃいけません」
「殺すッ!絶対殺す、今すぐ殺す!完膚なきまでに殺す、ばらばらにして殺すッ!」
「あははははは!!」
「本当に仲がいいのう、お主ら……」
→ 石田雨竜 涅ネム
「な、なんですかっ!?」
時刻は夜10時。昨日はほぼ徹夜で浦原が注文した夜一の衣装を作っていた雨竜は、今日は早めにベッドに入っていたのだが。
小さなノックがして、寝ぼけながら「はい」と返事をする。そして扉が開いて入ってきた姿を見て一気に眠気が吹っ飛んだ。
「あの、失礼します」
「いや入って来るのはいいんですが、いや良くないけど、何で枕持ってるんですか」
「一緒にお休みしようかと思いまして」
「い、一緒?」
「はい」
「どこで?」
「ここで」
「ななな」
「本匠さんが仰っていました。クリスマスイヴには、好きな方と同じ寝床で眠るものだと」
本匠……。一度ならず二度までも……いやこれで何度目だ?三度か四度か……とにかくあいつ、性懲りも無く……っ!!
雨竜は頭の中で千鶴を毒ついている間に、ネムはとことこと雨竜のベッドに来るとするりと布団の中に入り込んだ。
「わっ!」
「では、お休みなさい」
「いや困りますっ」
「え?」
「出て下さい、一緒になんて眠れませんっ」
「……そうですか、申し訳ございません」
しょんぼりとネムは起き上がった。枕を再び手にして立ち上がる。
「雨竜は私を好きではないのですね。それでは一緒に眠れないのは仕方ないです……」
「は?」
「ご迷惑をおかけしました、失礼します」
「いや、ちょっと待って」
思わず腕を掴んでしまう雨竜だった。
「そ、そんな理由じゃないから」
「………」
ネムは悲しそうに俯いている。これはどう考えてもネムの頭の中には「私は雨竜に嫌われている、雨竜は私が好きではない」と渦巻いている状態だ。
「す、好きですから」
「本当ですか?」
ぱあ、と途端に嬉しそうに微笑むネムに、雨竜は眩暈がする。
可愛い。
どうしてこんなに可愛いんだろう。
「じゃあ、あの、一緒にいてもいいですか?」
「いや、それはちょっと」
再びしゅんとなるネムに、ものすごい酷いことをネムにしているような気がしてしまう。
「……わかりました、今夜だけですよ?」
今日一晩ならば何とかなるだろう、自分も昨夜寝てないからすぐに眠る事だろうし。
そう考えた雨竜が甘かった。
……眠れない。
隣のネムが気になって眠れない。それならばネムが眠ってから移動しようと思ったが、ネムは「サンタクロースという方が夜の内に来るらしいですよ!」と闇に目を凝らして寝る気配がない。
「雨竜?起きていますか?」
「はい」
とても眠れません、と心の内で泣いてみる。
「本匠さんが仰るには、なにやら『がっつんがっつんやりまくる』そうなんですけど」
「………」
「私達もがっつんがっつんやりまくりましょう」
「……君にそんな言葉は似合わないですよ……」
「?」
「大体何をするんですか?」
「わからないです」
「それでこそ君ですから」
「?」
「君は今のままでいいんです。だから僕は何もしません」
「……でも、ここでは好きな方とそうするものだと本匠さんが……」
「そんな事しなくても僕は君を好きだし、君は僕を好きでしょう?」
実際には言い馴れない言葉のため「僕は君をすすす好きだし」とどもっていたが、そんなかっこ悪さはネムには問題外だったようで、
「はいっ!」
ぎゅう、と抱きついてネムは嬉しそうに笑った。
「私は雨竜が好きです」
だからその可愛さは犯罪だってば。
男は我慢。
何もわからない彼女に手を出したくはなかった。
ネムがすべてを知るまでは、絶対に我慢。
けれど雨竜はほんの少しだけ、『何もしません』と宣言してしまった事に後悔していた。
次の日。
目覚めると腕の中に寝息をたてているネムがいる。
あとどれだけ我慢できるかな、と不安になりつつ、このあどけない寝顔は、最高のクリスマスプレゼントだな、と雨竜は思った。
急遽思い立って大急ぎで書き上げました(笑)
粗が多くてすみません(汗)
というわけで、メリークリスマス!!(笑)
2004.12.25 司城さくら