10月の爽やかな空気は、青い空と穏やかな太陽とあいまって、今日土曜日に開催される文化祭のお祭り気分を更に盛り上げてくれていた。
 「第36回空座第一高校文化祭」と書かれた看板が校門に設置され、文化祭開始の9時まで時間はあと僅か。各クラスや部が運営する展示や出し物の最終チェックがそれぞれ行われている、そんな時間。
 1−3の教室も、最終チェックに余念がなかった。生徒達各々は、自分の受け持ちの確認に忙しい。喫茶店をやる事になったこのクラスは、店内の装飾を担当した者はテーブルクロスや砂糖や一輪挿しの花、付属品を一つずつ確認している。実際に珈琲や紅茶を作る担当の者は、器具のチェックやカップの置き場を頭に入れている。材料をそろえる係の者は、水や珈琲豆、紅茶の葉や砂糖やミルクがきちんと不足なく揃っているかの確認に追われ、教室……いや今日は店内、と言った方がいいだろう。店内はざわざわと騒がしい。
 そして、この喫茶店のメインとも言える内の一人。
 石田雨竜は、自ら作成したその衣装を見下ろして溜息をついた。
「何で僕がこんな事……」
 元々自分は目立つ事は嫌いなのだ。それが何故こんな格好をして給仕をしなくてはいけないんだ、と思うのだが、文化祭1−3実行委員に弱点を握られているのでは仕方ない。
 このまま卒業まで、あいつにいい様に使われそうで怖い。
 その予感は間違いなくその通りになると100%解っている雨竜は、再び深い溜息をつく。
 その哀愁漂う背中に、「雨竜」という不安そうな声がかけられて、雨竜は後ろを振り返った。
「どうでしょう、似合いますか?」
 幾分緊張気味に雨竜を見上げる黒い瞳。
 黒いシャツに黒いスカート、そして大きなフリルの付いた白いエプロン、ヘッドドレス、黒いタイツに黒いショートブーツ。
 長い髪をいつものように一つに編んで、背中へと流しているそのネムの姿に、雨竜は目を奪われた。
 ……可愛い。
 予想以上に可愛い。
 似合いすぎる。何と言うかこう、保護欲をかき立てるというか……。
 ぽー、と見惚れながら雨竜はふと気が付いた。
 このネムの姿を、他の男達も見るのか……
 複雑な思いに気を取られ、目はネムの姿に奪われて、不自然なほど空白の間が開いて「……雨竜?」とネムに呼びかけられて我に返った。
「あ、ええ、その……似合ってますよ」
 不器用に、視線を逸らしてぼそぼそと呟く雨竜に、ネムは嬉しそうに微笑んで「雨竜もとても素敵です」と、こちらは雨竜の目を見詰めてそう言った。
 その真正面からのネムの賛辞に堂々と応えられるほど雨竜は場数を踏んでなく、うろたえて彷徨わせた視線の先に、自分がネムを見ているのと同じように、ルキアを見て赤くなっている恋次の姿が目に入った。
「どうだ、恋次?」
 恋次の前でだけ見せる、素の態度のルキアは、腕を組んで両足を肩幅に開き胸を張り、自分の視線よりもずっと高い恋次を見上げて自信満々にそう尋ねる。それに相対する恋次の頬は赤く染まり、そのせいで彼がどう思っているかは周りの人間には明らかだ。
 メイド姿のルキアに釘付けになりながら、それでも恋次は、
「なんつうかこう、色っぽさが足りねえな、特に胸……」
 ばきっ。
「あら厭だ、阿散井くんの頬に蚊がとまっていましたわ」
「な、何しやがる手前ぇ!いくら事実を言われたからってなぁ……」
「あら?まだ死なないなんてしぶとい蚊ですわ」
 どすっ。
「うぐっ」
 悶絶する恋次を「バカだな」と冷たく見詰め、雨竜は眼鏡を押し上げる。すると、「はい、ちゅうもーく!」とよく通るアルトの声が教室に響き渡った。
「皆、おはよう!」
 朗らかに挨拶をする千鶴は、教室中の意識が自分に向いていることを確認すると頷いた。
「今日の為に準備万端整えてきたわけですが、いよいよ本番です。皆の力のお陰で、我が1−3の喫茶店は、ただの学生の模擬店のレベルを超え、実際の店と評してもなんら
気後れのない物と仕上がりました。ありがとうございます!」
 生徒達の拍手が沸き起こる中、千鶴はにっこりと微笑んだ。
「皆さんの頑張りに私も応えるべく、収益を大幅に上げ、その利益を皆に還元したいと思います。バイトを休んでまで準備活動をしてくれた皆の為に、出来る限りの集客をし、皆にお返ししたいと思います!」
 更なる拍手に千鶴は微笑む。
「と、言う訳で。ヒメ、朽木さん、涅さん、構内を練り歩くわよ!」
「?」
 千鶴の言葉にルキアとネムはきょとんとし、織姫は特に何も考えずに「はーい!」と元気よく返事をした。
「ちょーっと待った――っ!!」
 憤然と千鶴に異を唱える恋次の事は想定済みだったのだろう、千鶴は赤い髪の大男が詰め寄るのにも動じる事無く「何よ童貞」と冷たく言い放った。
「ど…っ!きき貴様何てことを!」
「煩い、急いでんだから言いたいことあるならさっさと言え」
 眼鏡をきらりと光らせて、千鶴は言葉と同じように冷たい視線で恋次を見る。
「ルキアを引き連れる事は反対!とんでもねえ、ゆるさねえぞ!」
「男のやきもちはみっともないわねえ、まあ童貞だからしょうがないわねその余裕の無さは」
「それとこれとは関係ねえ!」
「独占欲持ったってしょうがないわよ、朽木さんはあんたの彼女じゃないんだし」
「お、俺はルキアの……っ!」
「下僕でしょ」
「…………」
 何も言い返せない恋次に高笑いを浴びせかけると、千鶴は「さ、行くわよ、ヒメ、朽木さん、涅さん」と促した。
「たつきは待っててねー、あんたが外歩くとびびってここに来ない男が出るからねー」
「うるさいわね」
 ふん、とそっぽを向くたつきに手を振り、千鶴は「じゃ、皆、開店後はよろしく!」と教室のドアに向かう。
 その千鶴の耳に、鈴はすれ違い様「……たつきを他の男に見られたくないだけでしょう」と囁いた。
 びく、と振り返る千鶴に、鈴は眼鏡を外し、雨竜達と同じ男性用の服に身を包んで、いつものポーカーフェイスで言葉を続ける。
「あんたも独占欲の塊じゃない」
「ううううるさいなあもう」
「大体この企画だって、あんたがたつきのあの姿が見たかっただけでしょう」
 図星を指されて千鶴はたっぷりと15秒の間沈黙してから、
「…………秘密よ?」
「誰に言うってのよ、馬鹿ね」
「うう、聡い友人持つのも善し悪しよね」
 溜息をついて、千鶴は廊下で待っている三人に向かって歩き出す。
 1−3で最強なのは、どうやら国枝鈴という事らしい。




「本当にこれだけでよろしいんですの?」
 不思議そうなルキアの言葉に、「ええ、ただ歩いていてくれればいいのよ」と千鶴は答えた。
「そうすれば男共はあなた達目当てで店に来るから」
「……そうなんですか?」
「自覚が無いって怖いわねえ」
 ふう、と溜息をついて千鶴は辺りを見渡した。
 道行く者たちの視線、特に男達の視線はこちらに全て向いている。
 制服の生徒達の中、黒と白で纏められたメイド服は異様に目立つ。そしてそれ以上に、三人の容姿が非常に人目を引くのだ。
 ぽー、と目を奪われている男子達に、織姫とルキアとネムは全く気付いていない。
「こりゃああいつらも気が気じゃないでしょうねえ」
「え?」
「ううん、なんでもない。さて、もう一周しますか。それで帰らないと、そろそろお客さんも店に来始めるでしょうしね」
 9時も大分過ぎ、正門からはどんどんと人が入ってくる。一般の人も参加できるため、子供をつれた家族連れや恐らく友人同士の中学生達が皆笑いさざめきながら校庭を歩いている。元々、空座第一高校の文化祭は周りにすこぶる評判がいい。
「じゃ、今度はこっちの方を……」
 先に立って歩こうとした千鶴の前に、立ち塞がるように現れた影が五つ。
「……何よあんた達」
 ぎっ、と睨みつける千鶴の視線は意に介さず、他校の制服を着たその男達は「いや、俺達ここ来るの初めてでさあ」と彼らに相応しいにやけた笑顔でそう言った。
「そしたら可愛いメイドさんが歩いてるから、ぜひ案内してもらおうかと思って」
「生憎だけど、そんな暇は無いのよ私達」
「そんな冷たいこと言うなよ」
 な?と笑いながら男達は千鶴たち4人を囲むように近付いてくる。
 ちらりと後ろを振り返れば、織姫たち三人は危険だとわかっていないのだろう、きょとんと目の前の男達を見ている。
 次いで周りを見渡せば、通行人は彼らを避けるように、視線を背けて足早に通り過ぎる。救いの手は現れそうに無い、と悟って千鶴は溜息を吐いた。
 さて、どうしようか。
 出来れば穏便に済ませたい。恐らく見て見ぬ振りは無いと思うから、誰かが教師に連絡をするだろう。しかし今日は教師も決まった場所にはいないだろう、教師を見つけてここに連れて来るまでには相当時間がかかる。この男達もそれまでのんびりと待ってはいないだろうし。
 そう考えた千鶴の頭の中を覗いたかのように、「さ、早く案内してくれよ、出来たら人のいないところにさ」と中の一人が千鶴の腕を取った。それを合図に、他の男達がネムたちの腕を掴んでいる。意図は見え見えだ、それはつまり逃がさないために。
「しょうがないわねえ」
「解ってくれた?」
「ま、あんた達が手を出したくなる程私達が魅力的だということはとうに解っていた事だけどね」
 にこり、と千鶴は笑う。
 お世辞にも純粋とはいえない笑顔で。
「付き合ってもいいわよ?別に」
 その言葉に勢いづく男達の言葉を「でも!」と制した。
「私達、この後クラスの喫茶店に戻らなくちゃいけないの」
 ちらりと舌を覗かせて、千鶴は悪戯っぽく微笑む。
「あなた達がクラスの皆に話を付けてくれたら、今日一日、ずっとだって案内してあげられるんだけど」
 元々かったるくって、やってられないって思ってたのよね、と千鶴は続けた。
「どうかしら?話つけてくれる?」
「おう、任せとけ!話し合いは得意なんだぜ、俺達」
 粗野な笑い声に、ネムは「でも、私は雨竜と一緒に働きたいのですが……」と首を傾げて皆を見渡した。
「私も黒崎君と一緒にいたいなあ」
「私がいないと恋次……阿散井くんが心配ですわ」
 危機的状況を解っていないメイド服の三人は、のんびりとそう言って、織姫は「案内は無くてもすぐわかりますよ、はい、これ」と学園祭パンフレットを手渡した。
 途端、実力行使に出ようとする男達を「ちょっと待って!」と鋭い声で止めさせ、千鶴は五人の中で恐らく中心人物だろうと思われる男を人差し指で呼んで、こそこそと呟いた。
「あの子たちには彼氏がいてね。でも私は、あの子達はあの程度の男に満足する事はないって思う訳よ」
 耳元に吐息を吹きかけながら千鶴は囁く。
「私、あの子達の男、全員嫌いなの。煩い奴らでさ、口ばっかりの最低野郎よ。いい機会だからちょっとやっちゃってくれない?そしたらこの子達も自分の男に愛想尽かすでしょうよ」
 白い手でそっと男の頬を撫で上げながら、千鶴は唆すように囁いて、最後に含み笑いで男の目を覗き込む。
「お前、酷い女だなあ」
「ふふふ、これも女の友情よ、きちんと目を覚まさせてあげなくちゃあ」
 涅さん、と千鶴はネムを呼ぶと、「石田の写真、持ってる?」と尋ねた。
「はい、持ってますけど……?」
 嬉しそうにポケットの中から生徒手帳を取り出して、「はい」と千鶴に手渡した。
 手帳を開けると、そこには雨竜とネムが映っている。
 雨竜はカメラから視線を逸らし、右手の指が眼鏡を押し上げている。照れているのは一目瞭然だ。ネムはといえば、嬉しそうに雨竜の腕に腕を絡めて寄り添っている。
「うわあ、ベタな写真……」
「良く撮れてるねえ!」
「はい、阿散井さんが撮ってくださって……」
 恋次はこの時、雨竜とネムを撮って、「じゃあついでに俺達も……」と全くついでじゃなく思いっきりそれが目的だった言葉を告げて、恋次は念願のルキアと二人のツーショット写真を手に入れたのだった。
「ね?このひょろひょろの眼鏡男と、あとの二人は眼鏡男とよくつるんでる奴ら、この貧弱な男と同類よ。ヘタレもヘタレ。大した事ないでしょ?」
 ネムたちには聞こえないように声を潜めてそう囁くと、「全く問題ねえな、1分でナシつけてやるよ」と男は笑った。
「じゃ、行きましょ?私達の教室へ」
 千鶴も微笑んだ。
 やはり邪悪な笑顔で。 





「ただいまー!」
 先に立って千鶴が教室に戻ってくると、「遅いわよ、まったく!」とたつきの声が飛んできた。
「一体何十分外に……え?何?」
 千鶴の後に入ってきた男達を見て、たつきの目が細くなる。たつきはこういった男達が虫唾が走るほど嫌いなのだ。
「あ、すみませんが、外に出ててもらえます?お代はいりませんので、本当にごめんなさい……」
 千鶴が手際よく中にいた客を追い出すと、「さて」と呟いた。
「ちょっと千鶴、一体何……」
「石田ー、黒崎ー、阿散井ー、ちょっと来てー」
 にやにやと店内を見渡していた男達は、「何だよ?」と言いながら現れた「黒崎阿散井」を目にして笑顔が凍りついた。
「あー?何だよこいつら?この馬鹿面、お前ェの知り合いか?」
「こんな頭悪そうな顔の知り合いはいねえよ、お前以外はな」
 188cmの高さから見下ろす赤い髪の、どう見ても刺青を彫っているとしか思えない模様を顔に持つ男と、オレンジ色の髪に不機嫌そうな表情の男を交互に見遣り、
「なんだよコイツ、本当に高校生か?こんな刺青彫ってる高校生がいていいのか?」
「おい、あれ、馬芝中の黒崎じゃ……!?」
「話が違うぞ、眼鏡のダチだって言ったじゃねえか?」
 ぼそぼそと呟く男達の腰は完全に引けている。
「あら嘘なんか吐いてないわよ?こいつらは確かに石田の友人のヘタレ’Sよ」
「なんだよ、こいつら?」
「ヒメと朽木さんと涅さんと付き合いたいという人達」
「何だとコラ」
 途端、恋次の顔が凶悪になった。
 日頃から虚相手に生命を賭けて闘う男が、虚を相手にしているよりも本気モードで睨みつければ、ただの人間に太刀打ち出来るはずもない。ひい!と悲鳴を上げて、そろそろと後ずさる。
「一遍尸魂界へ行って見るか?今なら直ぐに魂送してやるから一直線だぞ、遠慮すんな」
「何言ってんのかわかんねーよ……」
「危ねえのは外見だけじゃねえ、中身も危ねえぞこいつ」
「関わんない方がいいぞ、行こうぜ」
 最初の勢いは何処へやら、慌てて教室から出て行く男達の後姿を見て、千鶴はほっと息を吐いた。相変わらず織姫たちはきょとんとして、事の次第はわかっていない。
「ああ、あんた達でもたまには役に立つのね……ところで石田は?」
「あ?さっき外出てったけど?」
「…………やばい?もしかして」
 千鶴の呟き声に、ネムは廊下へと飛び出した。




 昨日の内に間に合わなかった紅茶の葉の追加分を受け取りに、正門まで行って戻ってくる間に、雨竜はぐったりと疲れていた。
 通る人々の視線が気になるのだ。
 最初は気のせいかと思ってはいたが、どうも道行く人に見られている。着ている物が着ている物だから、見られるのは仕方がないと無理矢理納得したが、事はそれだけでは収まらなかった。
 そう、見られているだけならばまだいい。
 なぜか「写真、撮らせてください!」という声が多いのだ。
 カメラつき携帯電話の普及で、皆がカメラを携えているようなものだ。雨竜が断れずにいるうちに、後から後から声がかかる。雨竜の性格を知っている同じ学年の生徒達は、最初のうちはただ遠巻きに見ていただけだが、怖い物無しの女子中学生軍団に取り囲まれ写真を撮られている雨竜に、写真をお願いしても断られないと気付いたのだろう、そこからはもう歩く度に「写真を」と声をかけられ辟易した。
 「急いでるから!」と何とかその場を逃げ出して、ようやく校内へと入って雨竜は深く溜息を吐いた。
 本当にこんな事は僕には向いていない。
 胸の内で千鶴への恨み言を呟く雨竜の前で、「お前!」という聞きなれない声がして、反射的に顔を上げた。
 見知らぬ顔の他校生が五人。
 けれど彼らは自分に声をかけたようだ。全員がこちらを見て……いや、睨みつけている。
「手前、石田だな?」
 凄む男を無視して雨竜は通り過ぎようとした。その手を掴まれて、雨竜は相手の目を見る。
「無視すんな、手前」
「生憎、低脳な人間と話す暇はないんだ」
 ざわ、と空気が変わったのが解った。
 男達は恋次たちの前で何も出来ずに逃げ出した自分達に腹が立っていた。完全な格の違いを見せ付けられて、その現実に憤っていた。
 そこへ、雨竜が現れた。
 写真のままに、華奢な身体の、どう見ても肉体派ではなく頭脳派―――喧嘩には疎そうな相手。
 煮えくり返った苛立ちをぶつける格好の相手が。
「―――手前ェっ!」
 雨竜の右手を掴んだまま、男は渾身のスピードで、雨竜の頬めがけ拳を叩きつけ―――ようとした。
「直ぐに暴力を振るうというところが低脳なんだよ」
 左手で相手の拳を受け止め、眼鏡の奥の瞳で冷たく見据えながら、雨竜は平然と告げた。
 ぎりぎりと拳を締め付ける痛みに、男は雨竜の右手を掴んだ手を離し、それと同時に雨竜は相手から離れて間合いを取る。 
「雨竜!」
 聞きなれた声と共に、男達の背後からこちらへ駆け寄るネムに気付いて、「大丈夫ですよ」と雨竜は頷いた。
「こっちに来ないでください、僕がそちらに行きますから。―――ところで、こいつらは誰か知ってますか?」
「はい、先程外で、私達に校内の案内をして欲しいと仰った方達です」
 そのネムの言葉で、雨竜は正確に事態を把握した。
 す、と表情が消えていく。
「ネム、こいつらに何かされませんでしたか?」
「何か?―――何もされてません、ただ手を掴まれた位で」
「そうですか」
 何が起こったのか、男達は永遠にわからないままだろう。
 気付いた時には、全員が身体のどこかに痛みを覚えてうずくまっていた。
 たった一瞬、一呼吸の間に、五人全員が床に座り込んでいる。その男達の間を悠々と歩いて、雨竜は「戻りましょう」と穏やかにネムに告げ、ただ一人、雨竜以外にこの場で何が起こったのか把握しているネムも、何事もなかったように「はい」と頷いて雨竜の後を追った。





「大丈夫?」
 教室に戻った雨竜に千鶴が声をかけると、雨竜は「何が?」と問い返して、それで千鶴は男達に会う事無く済んだものと、ほっと胸を撫で下ろした。
「それより、紅茶」
「あ、悪いわね。―――さて、営業再開よ!」
 今の一件を固唾を呑んで見守っていた級友達は、千鶴の一声に再び元の活気を取り戻す。
「さて、今度はあんた達の出番よ?」
 手招きで呼び寄せられた雨竜と恋次と一護は、「何だよ?」と千鶴の傍へと寄ってくる。
「僕はもう外には出ないからな!こんな格好で外は歩かないぞ」
「外に行かなくていいわよ、あんた達はずっと店にいてもらうから」
 千鶴の手にしたポラロイドカメラに、雨竜の顔は強張った。恋次と一護は話の行方が見えなくて、千鶴と雨竜の顔を見ている。
「写真撮影。一回500円。頼んだわよあんた達」
「―――絶対厭だ!」
「あら?そんな事言っていいわけ?」
 凄む千鶴に、恋次と一護は同時に、
「話が見えねえ」
「何?シャッター押せばいいのか?何撮るんだよ?」
「撮られるのはあんた達。お客さんの希望通りにするのよ?」
「僕は厭だぞ!なんでそんなことしなくちゃいけないんだ!」
「俺だってルキア以外と写真なんざ映らねえぞ」
「俺、写真嫌いなんだよ……」
 三方から降り注ぐ反論の声に、千鶴は笑みを浮かべた。
 先程と同じ、邪悪な笑みを。
「あら、あんた達が嫌がるなら、女の子にお願いするしかないんだけど?」
 その千鶴の言葉に、雨竜たちの口はぴたりと閉じられた。
「そうしたらどうなるかしらねー、写真、何に使われるかしらねー、夜のオカズになっちゃったりするかもねー」
「「「………っ!!!!」」」
「写真撮影。一回500円。お客さんのご希望通りに。OK?」
「………地獄に堕ちろ」
「………いつか見てろよ」
「………月夜の晩ばかりと思うなよ」
「はい?何て?」
「「「………やらせていただきます」」」
 声をそろえて同時に頭を下げる雨竜たちに、千鶴は嬉しそうに頷いた。
「やっぱり話せばわかるのよね、話し合いは大事よね!平和的な解決方法だわ!」
「………」
 雨竜たちの目は虚ろだった。





 写真撮影は大盛況だった。
 一人で何度も撮りに来る女性が多く、最初は緊張しながらただ隣り合って映っていた女性達だったが、一人一歩を踏み出すと、要求は次第にエスカレートしていく。
「手をつないでください!」
「肩に手を回していただけますか?」
「腕を組んでもいいですか?」
「お姫様抱っこ!」
「ちょっと胸をはだけていただけます?服、乱れた感じがいいんですけど……」
「1500円払いますから、私の周りに全員……そう、足元に一人、後ろに一人、横に一人」
「うわ!逆ハーレム?私もあれがいい!」
「ホストクラブみたい!」
「私の足元に膝ま付いてもらえます?」
 恐るべし女子のパワー。
 雨竜たちは黙々と、言われるがままに写真撮影をこなしていく。
 全ては愛しい彼女を護るため。
 けれど、事情を知らない彼女達の視線は冷たかった。

「黒崎君、私に写真くれないくせに!」
「楽しそうだな、恋次?天職かも知れぬぞ、『ほすと』とやらが」
「…………………」
 
 彼女達の怒りの視線を受けながら、男達は涙を飲んで仕事をこなしていった。










 第36回空座高校文化祭、1−3初日売り上げ。
 喫茶店、123,900円。
 写真撮影、58,000円。







「初日から大盛況!このまま明日も頑張ってね、そしたらご褒美が待ってるわよ?」
「……なんだよご褒美ってよ」
「ふっふっふっ、11月の連休に、うちの親戚の経営する温泉旅館にご招待!」
「何!?」
「湯上り、着物姿、ほんのりと上気した肌、濡れた髪」
「………っ!!」
「外に出れば目の前は海、空には満天の星」
「…………」
「お酒なんかも飲んだりして、酔った姿も見てみたいわよねえ」
「…………」
「明日も頑張ってね?」
「「「頑張ります」」」







次回、「湯煙の向こうにあの子の姿!宴会で酔った彼女と危険な夜」お楽しみに!(嘘)

段々甘さから遠のいている気がします。全然雨竜ネムじゃないし。
次回はもうちょっと雨竜ネムにしたいです。温泉だー!(メインは宴会)


2005.12.14  司城さくら