「という訳であんた達は私に従っていただきます」
「という訳で、ってあんた最初の一言がそれじゃない。何の説明もしてないのに『という訳で』って何よ」
 たつきの突込みに、「あら、ここに集まった時点で周知の事実かと思ったわ」と千鶴はしれっと答えた。
「つまり、満場一致で決まった『空座第一高校文化祭1−3実行委員』、私本匠千鶴に従っていただくわ、という事」
「満場一致じゃないわよ、私あんたに入れてないもの」
 たつきのこの言葉はさらっと無視して、「あなた達は」と千鶴は続ける。
「我がクラスが運営する喫茶店のウェイター・ウェイトレスとなっていただきます」
「ウェイター・ウェイトレスって何ですか?」
 雨竜の耳元に唇をよせてネムはそっと尋ねた。耳にかかる吐息が、僅かに雨竜の頬を赤く上気させる。
「お店でお客にお茶を運んだりする人」
「あと、文化祭って何ですか?」
「お祭り。生徒だけでお店出したりするんだ。で、僕達のクラスは喫茶店をやるんだって」
 解りました、とネムは頷く。その間にも話はどんどん進んでいた。主として千鶴とたつきの掛け合いで話が進み、他の者達は黙って成り行きを見守っている。
「綺麗どころの多い我がクラス、これはかなり受けると思うんだけどっ!」
「あんたの趣味が万人受けすると思うなっ!」
 やはり千鶴に突込みを入れるたつきの言葉に、今度は雨竜が一護に「何が受けるんだ?」と尋ねた。
「……衣装」
「衣装?」
「コンセプトは『召使』だとよ」
 一護の示す机の上に、千鶴が書いたと思しき衣装のラフ画があった。男性用はまあ普通に、白いシャツにネクタイ、黒いベストに黒いズボン。そして、女子用は。
 男子とは逆に黒いシャツ。肩口の部分が大きく膨らんで、腕の部分はぴったりとフィットしている。黒いスカート、そして大きなフリルの付いた白いエプロンドレス。頭には白いヘッドドレス、黒いタイツにショートブーツ。
 伝統的なメイドさんスタイル。
 雨竜は一護としばらく無言で見詰めあった。
 そして二人同時にこの場にいる者の顔を眺める。
 一護は織姫を。
 雨竜はネムを。
 そしてこれまた同時に思う。
(「「いいかもしれない……」」)
 やはりメイドに弱い男の性。
「俺もやんのか?」
 派手な色の髪の男、即ち阿散井恋次が、彼にしては珍しく弱々しい声で千鶴にそう問いかけると、
「勿論」
 とあっさり千鶴は答えた。
「転入してきて間が無いけど、結構女子に人気があるのよ、あなた」
「え?ホントかよ?」
 思わずにひゃ、と笑ってしまった恋次だったが、ルキアの冷たい視線に気が付いて咳払いをした。
「いや、俺にはあんまりそーゆう格好似あわないんじゃないかと思うけどよ」
「大丈夫、あなたがフォーマルも似合うというのは宗さん(総欠片)のイラストで確認済みよ!」
「そ、宗さん?誰だ?」
「another wordsよ。別次元の話だから気にしないで頂戴」
「?」
「とにかく、これは決定事項よ!我がクラスでも人気の、いえ、我が空座第一高校でも人気のあんた達が接客すれば、興行収入高額は間違いなし!多少料金が高くとも客は来る!」
 千鶴は高らかに宣言した。
「ウェイトレスは、有沢たつき、井上織姫、朽木ルキア、国枝鈴、涅ネム。ウェイターは浅野啓吾、阿散井恋次、石田雨竜、黒崎一護、小島水色」
「俺ってそんなに人気あんだー」
 えへへ、と嬉しそうに笑う啓吾に、千鶴は容赦なく「あんただけはただの頭数あわせよ」と切り捨てた。
「人気度で言えば茶渡君だけど、彼の場合衣装が合わないんでね。彼は裏方をしてもらうことにしたの」
「………頭数合わせ……」
 るるる、と泣く啓吾は無視して、千鶴は他の面々を見渡す。そこへ鈴が手を上げた。
「私、この格好するなら降りさせてもらうわ」
「ん?あんたも似合うと思うんだけど」
「私の趣味じゃないの、こういうゴテゴテした物」
「じゃ、ウェイターの格好なら?」
「それなら構わないわ」
「ん、じゃ鈴はそっちね。うん、男物も似合いそうね、あんた。髪は下ろしたままでいいわよ?インテグラ(byヘルシング)みたいでかっこいいかも。……て訳で、浅野、あんたウェイター役はなしね。人数揃わなくなるから」
 袈裟懸けにばっさりと切り捨てると、啓吾は「うわああああん!」と泣きながら教室を飛び出して行った。
「……この服を着る事が出来ますの?」
 ルキアは啓吾のことは既に意識の外で、わくわくと千鶴のラフ画に見入っている。千鶴はふふ、と微笑んだ。
「ええ、きっと朽木さんには似合うと思うわ……美少女は何を着ても似合うものなのよ?一番似合うのは何も着ていない姿なのだけれど」
 耳元で囁く千鶴の姿に、恋次は何か危険なものを感じ取ったのだろう、さっとルキアの身体を千鶴から引き離した。
「ルキアに近付くな!」
「あら、何で?いいじゃない、女の子同士なんだから」
「いーや、何か純粋でないものを感じたぞ?」
「うるさいなあ、いいじゃない減るもんじゃないし」
「減るんだよっ!俺のもんに触んなっ!」
「あんたの物ぉ?どーせ指一本触れてないんでしょう、童貞っ!勝手にあんたの物って決め付けないでよね」
 「あなた」から既に「あんた」扱いになっている恋次だったが、意識はそこではなく「童貞」に向かっていた。
「う、煩ぇっ!俺はルキアが大事なんだっ。だから今、ルキアが痛がるような事はしないだけだっ!」
「ふん、今やろうが10年後にやろうが痛みなんて変わらないわよ。自分の不甲斐なさを女の痛みのせいにしてるだけじゃない」
 千鶴はそこで「ふふん」と鼻で笑うと、
「あんたのモノが千歳飴より細いってんなら話は別だけどね」
「なななな何を言いやがる!」
「違うっての?」
「俺はイツマさん(yassa)に『蛇尾丸』と……ん?何だ、俺は今何を……?」
「それもanother words。気にしない方がいいわ、時々私達の身体を使って管理人が何かを言いたくなるみたいなのよ」
「管理人?」
「だから気にするなっての」
「お話中済みませんが、さっきから一体何の話を?痛いって何が痛いんですの?」
「うふ、大人の女になる為に体験しなくちゃいけない痛みの話よ」
「大人の女性になるには……そんなに痛いのですか」
 ルキアの頭に浮かぶ「大人の女性」は、夜一や乱菊、烈といった素敵な(ルキア視点)女性ばかりだ。落ち着いた物腰、立ち居振る舞いに表れる美しさ。ルキアもはやくそんな大人の女性になりたいという憧れがあった。あったのだが、そこに到達するには何やら痛みを伴うらしい。
 表情が曇るルキアのその不安そうな顔に、恋次はがし!とルキアの両肩に手を置いてじっと熱くその瞳を見詰める。
「大丈夫、安心してくれ。直ぐに済むからよ」
 熱心に、力を込めて、恋次は言い切った。

「自慢じゃねえけど、速いから、俺!」

(「「「「「「本ッ当に自慢にならねえ……!!」」」」」)
 同時に心で突っ込む一護・雨竜・千鶴・たつきだった。
「なんだか良く解りませんけど……とりあえず、まだわたくしは大人の女性にはなれないようですわね」
 にっこりと微笑むルキアに、恋次の肩はがくりと落ちる。
「……って、何そこでいちゃいちゃしてんのよ」
「穢れた話は聞かせたくない」
 きっぱりと言い放つ雨竜は、ネムの両耳を塞いでいた。
 後ろから抱きしめるように、きっちりと耳を塞いでいる。心なしかネムは嬉しそうだ。
「穢れたあ?何言ってんのよ、あんた」
「こんな話を聞かれたら、彼女は絶対に『何が痛いのか』『どうして痛いのか』『何が直ぐに済むのか』『何が速いのか』僕に聞いてくるから」
「…………ふぅぅん」
 千鶴はにやりと笑った。
 とてもとても邪悪な笑みだった。
 雨竜の背筋が寒くなる。
「ま、いいわ。とりあえず採寸。幸い石田とヒメ、手芸部部長・通称メガネミシンと手芸部上級部員が在籍してるから、二人に衣装作ってもらいたいんだけど。いい?ヒメ」
「うん、いいよー」
「ありがと、ヒメv愛してるわーvというわけで女子はヒメに、男子は石田に採寸……」
「僕は何も言ってないだろう!」
「あーん?やらないつもり?」
「そんな暇も義理も僕には無い」
「ふーん、そんな事言うと―――」
 千鶴はつい、と雨竜の耳に唇を寄せた。
「涅さんに色々教えちゃおうかなー」
「……ぐっ!」
「たとえばー、ピーッ!とかー、ピーッ!とかー、ピピーッ!とかあ」
「や、やめろ変態!」
「やるわね?」
「………やればいいんだろ」
「はい?何て?」
「……やらせていただきますっ!」
「最初から素直にそういえばいいのよ、馬っ鹿ねー」
 ほほほ、と高笑いしながら千鶴は雨竜から離れる。がく、と項垂れる雨竜の袖口を、ネムは引張った。
「何?」
「本匠さんと何をお話していたのですか?」
「君は知らなくていいんです」
「………」
 むう、とネムの表情が、僅かに。
 怒りを滲ませた。
「そうですか、解りました」
「ネム?」
「私は『さいすん』をしてもらいに行きますので」
 ぱ、と立ち上がるとネムは織姫の方へとすたすたと向かう。
「ネム……?」
「焼きもちよ、馬鹿ね」
 鈴がすれ違い様にそう言った。
「真逆」
「自分が蚊帳の外で、好きな男が他の女と知らない話で盛り上がっていたら不安になるでしょう、それ位気がつきなさいよ」
「好きな男!?」
「違うの?」
「違う……と思う」
 ―――ネムの自分への好意は、卵の殻を破って出てきた雛鳥が、初めて見たものを親と思い慕うのと同じだ。
 そう、雨竜は思っていた。
 ―――自分の気持ちは、間違いなくネムに向いていると思う……人を特別と思うのは初めての事だから、自信を持っていえないけれど。
    こんな風に誰かを愛しいと、大事だと思ったことは初めてだから、多分……そうなのだろう。
    けれど、ネムの僕への想いは。
 ―――多分、違う……。
「まあ、石田がそう思うならそうなんでしょうね。私には関係のないことだけれど」
 鈴はちらりと、それはそれは冷たい一瞥を雨竜に投げつけ、
「……朴念仁」
 と聞こえるように呟いた。
 夜一には「甲斐性なし」、鈴には「朴念仁」。
 なかなか肩書きの多い雨竜だった。
 

「ネム!」
 採寸も終わり、それぞれが帰路へつく中、ネムはすたすたと前を歩いていく。
 いつになく怒っているようだ。振り向きもせずに歩いていく。
 思わず雨竜は後ろからネムの手を掴んで引き止めた。
 やっと振り向いてくれたネムに、雨竜はしどろもどろに事情を話す。
「さっきの本匠との話は、あまり品のいい物じゃなくて……だから君に知って欲しくなくて、それで君には言わなかっただけで……ええと、本匠の事は……別に僕は……」
 何を言っているのか良く解らなくなってきた雨竜だった。
 ―――ネムが妬くはずないのに、何を言ってるんだ、僕は。国枝の話を真に受けて。
「雨竜が他の方と仲良くお話をしているのを見ると、何故だかとても厭な気持ちになります」
 真面目な顔でネムはそう言った。
「とても自分勝手な事だと思います。少し私は増長しているようです」
「……いや、そんな風に思わなくても」
「いえ、我儘は嫌われてしまいます。気をつけなくてはなりません」
 とりあえずもう怒ってはいないようで、雨竜はほっとする。
「じゃあ、帰ろうか?」
「はい」
 ずっと手を繋いだままだったことに気がついて、雨竜は慌てて手を離……そうとしたが、ネムの手がきゅっと雨竜の手を握り締めて離す事が出来なかった。
 特に意識はないのだろう、もしかしたら手を繋いでいる男女を何処かで見て、それが普通だと思っているのかもしれない。
「何処か寄ります?」
「そうですね、夕飯の買い物をして帰ります」
「わかりました」
 二人で手を繋いで帰る。
 雨竜の頬が赤くなっているのは、幸い夕焼けの色に染まってそんなに目立つ事はなかった。








雨竜ネムですー。
と言いつつ、今回一番書きたかったのは恋次の台詞。「自慢じゃないけど速いから、俺!」(笑)
これはですね、BOOWYのアルバム「INSTANT LOVE」の「MY HONEY」内の歌詞です。ほぼこのまま(笑)
好きな女の子としたい男の子の歌?必死なのが微笑ましい(笑)
BOOWYは昔から聞いていたのですが、ある日ふとこの歌は表恋次の歌だわ、と(笑)
「不安そうな上目遣い やめておくれよ可愛すぎるぜ」とか、いかにも恋次が言いそうで。
そして、「目を閉じてりゃ こわかねえさ まかしといて すぐにすむさ 自慢じゃないけどはやいの俺」という歌詞に「本当に自慢にならねえっ!」と突っ込みたくなりますね(笑)
「もしうまくいくなら 何だって出来るぜ」とか、もう「頑張れっ!」と応援したくなりますよ、ホント(笑)

作中に宗さんとイツマさんのお名前を出してしまいました。ごめんなさい!
お二方とも大好きなんです、うふふふ。

そして、空宮さんより素敵イラストを頂きました!こちら と こちら
召使スタイルの二人が拝めますv
さらにU-kiさんより恋次名シーンイラストを頂きました!! こちら
幸せですvありがとうございます!

次回は学園祭編。
しばらくお待ちください!


2005.2.27  司城 さくら