あくびを噛み殺して、一護は自分の席についた。
昨夜は遅くまでラジオを聴いてしまった。たいして面白くもなかったが、惰性で最後まで聞いてしまい、その結果の睡眠不足である。なんだか「負けた」と思ってしまう一護だった。何に対して負けたのかはよくわからないが。
いつもと同じ朝、同じ友人達。井上はたつきと話し、その二人に本匠がちょっかいをかけている。啓吾と水色は漫画を見ながら何か話している。チャドは席に座って眼を閉じている。これらもいつもの事。
そこへ、石田が教室に入ってきた。これはいつもと違う風景だ。石田はいつも、もっと早くに教室にいる。それに今日の石田は何処か疲れているようだ。何となく眠そうに見える。まあ、たまにはそんな事もあるだろう。昨日は尸魂界から珍しい客も来ていたようだし。
8時45分になるチャイム、同時に教室の扉が開く音。
「チャイム鳴ってんでしょ、さっさと席につく!」
担任の越智の言葉もいつも通り。
いつもと同じ、平和な時間が始まる。
と、一護は信じていた。この瞬間まで。
「えー、今日は転入生を紹介するわ。突然だけど―――あれ?言ってたっけ?書類は前から私貰ってたみたいなんだけど、今朝まで忘れてたみたいなのよね。おかしいなあ……まあいいわ、入って!」
ぞろぞろと入ってきた人間に、一護の口がぱかっと開いた。
最初に、赤い髪。大きな身体。
次いで、黒い髪。小さな身体。
最後に、長い髪。すらりとした身体。
「阿散井恋次」
名前だけぶっきら棒に告げて、赤い髪の男は横を向いた。
「朽木ルキアです。よろしくお願いいたしますわ」
スカートの両端をつまんで、黒い髪の女はにこやかに微笑んで優雅にお辞儀をした。
「涅ネムと申します。あの……よろしくお願い致します」
戸惑ったような小さな声で、長い髪の女が深々と頭を下げた。
………なんだ、こりゃ。
一体何の冗談だ。
一護は織姫を見た。織姫も同じように口を両手で押さえて驚いている。チャドを見る。傍目には表情は変わっていないが、長い付き合いの一護には、チャドが驚いているのがわかった。雨竜を見る。
「あ?」
雨竜は驚いてはいないようだった。眼鏡を押さえて、小さく溜息をついている。
「えーと、席は……とりあえず、三人とも一番後ろでいいかしら?後で席順考えるわ。今日は後ろで我慢して、ね?」
何となく越智は腰が引けてるようだ。そりゃそうだ、あんな赤い髪ででかくて変な眉毛をしてたら誰だってびびる。
「ってか、なんでお前がここに居るんだよ!」
思わず立ち上がってしまった一護だった。
「うるせー。俺だって来る気なんぞなかったわ!」
恋次はそう毒つくと、視線をルキアに送った。それで一護は全てを悟る。
「お久しぶり、黒崎君」
にこり、と笑うルキアに、『おめーが来たがったから恋次がくっ付いて来たのか…』と溜息をつく。
「あらあら、あんたたち知り合い?」
「あー、まあ……」
「じゃあ、転入生の面倒はあんたが見て頂戴ね、任せたわよ」
「嫌だ」
「何言ってんの、言う事聞かないと評価落とすわよv」
「何さらりと問題発言してんだ!」
「じゃ、頼むわよ。はい、ホームルーム終わりー!また後でねー!!」
「って、コラ!勝手に纏めるな!」
休み時間になって、一護はぶすっとした大男の席に近付いた。一応越智に押し付けられた「面倒」を見なくてはならない。なんだかんだ言って、結局世話好きな一護である。いやただ単に苦労性なのか。
「あのなあ、お前今は義骸だろ?刺青まで忠実に複製する事ないだろーが」
「この良さがわからねー奴とは話さん」
「お前一生誰とも喋れねーぞ」
恋次の傍によって来るのは一護のみ。誰もが恋次を怖がっているのは明らかだ。ただでさえでかいし髪は赤いし変な眉毛だし、それに加えて只今恋次の機嫌は最悪で、その怒りのオーラは四方八方に放射されているのだ、当然である。それというのも、
「何処から来たの?」
「何処に住んでるの?」
「誕生日は?」
「彼氏いる?」
休み時間になった途端、クラスの男たちはわらわらとルキアとネムに寄ってきた。その人垣に二人の姿は埋もれて見えなるほどだ。
「朽木さん、よかったら学校を案内するけど?いやこの町内だって案内するよ、放課後一緒に帰らない?」
中でも一際熱心にルキアを口説いている男に気がついて、一護は制止しようと立ち上がった。そんな、飢えたライオンの前で素っ裸で踊ってるような危険な行為をしたら命が危ない。しかもその男は自分の命が危険だとこれっぱかしも気付いていないのだ。
が。
ぶち。
「ぶち?」
「かーっ!!てめーら気安くルキアに話しかけんじゃね―――っ!!!」
「ぶちって、切れた音かよ?ベタな奴め」
「黒崎君、冷静に解説しないでよ、大変だよう!」
織姫があわあわとする目の前で、恋次は周りの男を薙ぎ倒している。
「俺が真央霊術院でルキアと一緒に帰るまで何日かかったと思ってんだ!10日だぞ、10日!!誘おうとしては言い出せず、言い出そうとしてはチャンスがなく、悶々としてやっと10日目にして一緒に帰れたのに、お前は会って45分でそれをするか!!」
「何言ってんだ、こいつ?!」
「やべえ、危ない奴だぞ、こいつ!」
「とにかくルキアに話しかけるな!近付くな!見るな!声を聞くな!そんな事は135年はやいっ!」
「いい加減にしろ、莫迦者!」
べし、と頭をはたかれて恋次は「だってよぉ……」とルキアを見るが、「煩い」と一言で切り捨てられ、それだけで大人しくなった。
「皆さん、失礼いたしました。この者は放っておいて下さい。害はありませんので」
にこ、と微笑まれ、つられて男共もにひゃ、と笑う。
「朽木さん、この男と知り合いなの?」
「ええ、まあ……何と申しますか、……下僕ですわ」
ほほほほ、とルキアは上品に笑った。
この瞬間、恋次のこのクラスでの立場は決定した。
『朽木さんの下僕』
当たらずとも遠からずである。
一方、ネムの方はといえば。
昨晩、雨竜に「初対面の人間には挨拶が肝心だから、丁寧に挨拶するように」と教えてもらっていたので、まず「涅ネムです、よろしくお願い致します」と頭を下げる事から始まる。そこから質疑応答が始まるのだが、
「好きな食べ物は?」
「まだよく解りません」
「休みの日は家で何してるの?」
「今までお休みというものがなかったので……」
「趣味は何?」
「特にございません」
「今まで何処に住んでたの?」
「マユリ様の家……12番隊の宿舎です」
何ひとつ解らないギャラリー達だった。
「じゃあ、好きなタイプは?」
「タイプ?タイプとは何でしょう?」
「好きな…何だ?性格?好きな男の性質、かな?」
「ああ」
ぽん、とネムは手を叩いた。ネムが変な事を言い出しはしないか、何かまずいことを言った時はフォローしなければ、と思いさり気なく耳をそばだてていた雨竜は、その瞬間嫌な予感に襲われた。
「雨竜です」
にこ、と無邪気に微笑むネムの言葉に、一斉に刺さる級友たちの視線が痛い。
「………石田?」
「はい、雨竜です。私は雨竜が好きです……雨竜?何処へ行くのですか?」
雨竜は堪らず逃げ出していた。
赤くなった顔を冷やすため、雨竜は屋上へと向かった。次の授業が始まりそうだが、今あの教室に帰ったら男共に何をされるかわからない。とりあえずチャイムが鳴ってから戻ろう、と心に決めて屋上の扉を開ける。
もわ。
白い煙が雨竜の顔を叩いた。まるで雲の中にいるような、そして雲にはありえない独特の臭気。
「……なんだよ?学年一位の秀才クンが何のようだァ?コラ」
「未成年の喫煙は禁じられているが」
その場にいたのは、同じ学年の、いわゆる不良。6人ほどが円になって煙草をふかしている。
雨竜には、彼らが何故わざわざ集団で、校内で煙草を吸うのかが解らない。彼らが煙草を吸おうが吸うまいが、雨竜は実はどちらでも構わない。健康を害するのは彼ら自身なのだし、それを承知で自らの意思で吸っているのだから、他人がとやかく言う必要もないだろう。
ただ、ここは学校の人間が使う場所だ。他の生徒が気軽に使えない屋上というのは問題だ。
「俺の勝手だろーが、うるせえよ!」
うんざりするほど低俗なありふれた返答に、雨竜は溜息をつく。馬鹿とはあまり話していたくない。感染したら困る。
「なんだ?何か文句あるのかよ?」
胸倉を掴まれて引き寄せられる。どうするかな、と雨竜は考えた。見かけは弱そうな雨竜だが、それ相応の訓練はしているので、一般人よりは確実に強い。恐らくこの男ならば捻じ伏せることは可能だろう。ただその場合、後々まで付きまとわれる可能性はある。それも面倒だ、と考えた雨竜は、一発ぐらい殴られればこの場は収まるか、とあまり建設的でない考えを巡らせてそうしようと決めたとき。
「雨竜から手を離しなさい!」
「ネム!?」
普段あまり表情を見せないネムが、怒りを表して立っている。突然現れた美少女に、男達の眼つきは明らかに変わった。
「なんだよ、ねえちゃん」
ニヤニヤと笑う男達の前で、ネムは突然、
「初めまして、涅ネムです。よろしくお願い致します」
と、深々と頭を下げた。
「お……おう」
戸惑う男達に一気に近付くと、ネムは雨竜の胸を掴んでいる男の鳩尾に拳を叩き込んだ。
「雨竜に乱暴する者は許しません」
「ぐ……」
身体をくの字に曲げて、声も出せずに悶絶する男にはもう一顧だにせず、ネムは「授業というものが始まりますよ」とにこりと笑って雨竜の手を取る。
呆然とする不良達の事など既に眼中にないネムは、雨竜の手を引張って出口へと向かっていく。なしくずしに雨竜も、何事もなかったように屋上を後にしていた。
「私、きちんと挨拶できていましたか?」
教室へと向かう道すがら、ネムは雨竜に心配そうに問いかける。
「………うん、ちゃんと丁寧に出来てたよ」
しなくてもいい奴にまで。
「そうですか、よかったです」
嬉しそうなネムを見ながら、挨拶していい人間としなくていい人間の区別を教えた方がいいかな、と雨竜は考えていた。
これで説明(?)は終わったので、今後は甘い話が書けると思います。
私が好きなカップルが今後もちらほら出てくるかもしれません。
皆がいっせいに学校で生活してたら、と思うと楽しいですねえ。
この話は勢いだけで書いてるので、あまり文章を深く考えて書いてません(苦笑)
練ってないので、単純な文章だなあと我ながら思う(笑)
設定が勝手なので、好き嫌いがあると思います。
嫌いな方ごめんなさい。
2004.11.26 司城さくら