何気なく見遣った教室の入り口の扉に、雛森桃は普段見かけないその姿を目にしてて軽く目を見張った。
昼休みのざわめく一組の教室の扉から、緊張した顔で教室内に視線を彷徨わせているのは、隣の級のルキアだった。小柄な身体で精一杯背伸びしながら、一組の教室中を見渡している。
ルキアと桃は直接の接点はない。授業も今現在では合同でやる事もなく、本来ならば知り合うきっかけはない。その、交流のあまりない一組の桃と二組のルキアを結びつけたもの――それは阿散井恋次、という存在だった。
恋次とルキアは幼馴染で、この真央霊術院に共に入学したそうだ。それまでもずっと一緒に生活していたと聞く。
だからだろうか、彼らは級が分かれても共に居る事が多い。大抵恋次がルキアに会いに行く、という形をとっているようだが、廊下や下校時でも、とにかく恋次はよくルキアの姿を見つけては声をかけている。それは恐らく、いつも恋次がルキアの姿を無意識に探しているからだろう、と桃は微笑ましく思う。
桃はその性格から誰にでも好かれ、級中の生徒たちと仲はいいが、特に話をするのが吉良イヅルと阿散井恋次だった。この二人はよく桃に話しかけ――実際には、吉良が桃に話しかけたいのだがそれが出来ずに恋次に話しかけてもらっている、というのが事実なのだが――桃と吉良と恋次は、一組の中では行動を共にする事が多い。そしてその恋次を通して桃はルキアと知り合い、言葉を交わすようになっている。
言葉を交わす、と言っても、最初の内は、話すのは主に桃だけだった。桃に対してあまり話をしないルキアに、桃は自分が嫌われているのかな、と思ったこともあったが、今ではそれは単に彼女が人見知りなだけだと知っている。
その人見知りな性格故に、あまり知らない人間の集まる場所を好まないルキアが、今、ここ真央霊術院の一組に一人で来ているということは……恋次を探しているのだろう。そう考えながらルキアに声をかけると、ルキアは見知った顔を見つけてかすかに安堵の表情を浮かべて会釈をした。
「阿散井君?」
桃がそう尋ねるとルキアの頬はうっすらと赤く染まる。
「ちょっと奴に用があるのだが――どうやら居ないみたいだな」
「そうだね、さっきまで居たんだけど――何処に行っちゃったのかなあ」
きょろきょろと見回して、桃は「阿散井君に用があるなら伝えておくよ?」と笑顔を受けると、ルキアは「いや、そんな大した用ではないのだ」と慌てて首を横に振った。
「その――最近、あいつの姿が見えないから――風邪でも引いているのではないかと思っただけなんだ。元気なら別にそれでかまわない」
では、と立ち去ろうとするルキアに、桃は「ちょっと待って」と声をかけた。
「あなたの前に、姿を見せない?」
「……?ああ、そうだが」
何故か真剣みを帯びたその声に、ルキアは戸惑いつつ頷く。桃は考え込むように視線を下に落とし、しばらくしてから顔を上げルキアを見詰めた。
「私、ここ最近、いつも阿散井君の姿が見えないのは、あなたの所へ行ってるせいだと思ってた」
「いや、もう……一週間かな、私はあいつの姿を見ていない」
「一週間……」
不意に桃は黙り込んだ。その態度に、ルキアは不安を感じてじっと桃を見詰める。
「……最近、阿散井君、変なんだ」
ゆっくりと、確かめるように桃は言う。
「何処が――って言ったら、そうだなあ……あまり喋らなくなったし、何か考え込んでるし、笑わなくなったし――いつも、姿が見えないんだ。今みたいに」
「……いつから?」
「一週間前」
その答えは話の流れから予想は出来たが、その原因までは想像がつかない。
「何かあったのだろうか、一週間前に」
「……特に、思いつかないな……変わった事、何かあったっけ?」