「なんだこりゃ」
 呆然と呟いた恋次に「見たまんまだろ」と一角が答えた。
「ぬいぐるみだよ、兎のぬいぐるみ」
「ぬいぐるみってのはもっと小せぇ物を言うんじゃねえのか?」
「動物の形してりゃあみんなぬいぐるみっつーんだよ。全長40センチだろーが140センチだろーが」
 そう、恋次の目の前には全長140センチ以上はありそうな白い巨大なうさぎのぬいぐるみがでんとそびえ立っていた。
「それにしてもデカ過ぎ…」
「うるせえ、さっさとそいつを持って行け。もうこれ以上俺の部屋にそいつがあるのは我慢出来んっ!」
「持って行けって……このままかよ!?」
「俺の部屋にそいつを包むような物はねぇな」
「こりゃ送られて来たんだろーがっ!その包み紙はどうした?!」
 一角は黙って部屋の隅を見た。つられて恋次もそちらに目をやると、そこにはビリビリに破れた包装紙とおぼしき残骸がある。
「……諦めてさっさと持って行け。待ち合わせてんだろーが、二組の女と」
「く、くそ……」



 四方八方からクスクスと笑う声がする。
 140センチの(だらんと垂れた耳を伸ばすとなんと恋次と同じくらいの高さになった)巨大うさぎを抱えている恋次に、通る女生徒達は皆一様に笑いさざめく。指を指されて笑われ、恋次は爆発しそうになった。
 しかも場所が悪い。待ち合わせ場所はよりによって女子寮の前だった。女子寮の入り口で巨大なうさぎのぬいぐるみを持つ巨大な男。最悪である。
 通りすがりの女に目の前で大笑いされ、とうとう恋次もぶち切れた。
「見せ物じゃねぇぞ!あっち行っとけっ」
「は、見せ物以外の何だって言うのよ?馬鹿でかい男が馬鹿でかいぬいぐるみ抱えて女子寮の前で待ち伏せしてりゃあ…、それとも何?見せ物じゃなかったら……あんた変質者ね!?」
「何だとこのアマ……」
 丁度自身のやりきれなさを何かにぶつけたかった恋次は、即座に臨戦体制に入ったが、悲しいかな、両手にしっかりうさぎのぬいぐるみを抱えていたのでまるで迫力という物がない。
「何よ、変質者!今警備員呼ぶからちょっと待ってなさいよ!」
 女生徒が啖苛をきったその時、
「待たせたな、……?!」
 背後からかけられたルキアの声が、恋次には天からの助けの声に聞こえた。「ル、ルキア!!」と返す言葉も感極まって震えていた。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。これでこの苦行の源ともおさらば出来ると、恋次は嬉しさのあまりルキアに抱きつきそうになった。
「どうしたのだ、これは?」
「いや、一角の奴が抽選で当たったんだが、あいつはいらねーって言うもんだからよ」
 ルキアを見るがあまり喜んでいる様子もない。趣味じゃなかったか、と恋次は内心肩を落とした。やはりでか過ぎるか。巨大なうさぎよりも、ちんまりしたうさぎの方がどう考えても可愛いことは否めない。
 今までの苦労は一体何だったと言うのだろう。変質者呼ばわりまでされたのに。
「……そっか、趣味じゃねえか。お前が喜ぶと思って貰ってきたんだが……」
「くれるのか!?」
 途端、ルキアは瞳を輝かせて恋次の腕を掴んだ。期待に目を見開いている。
「……お前なあ、俺がただ見せ開かす為だけにこんなもん担いできたと思うのかよ?大体想像してみろ、俺が部屋でこいつと一緒にいる所をよ」
「……ファンタジーだな」
 くすっと笑うと、ルキアはそっとうさぎを受け取った。そのままぎゅっと抱きしめる。 恋次にはルキアが巨大うさぎに襲われているようにしか見えなかったが、ルキアは至って嬉しそうだ。ふかふかとうさぎの首筋に顔を埋めたりしている。
「……ちょっと待っていてくれ。これを部屋に置いてくる。その後、どこかで食事をしよう。私が奢る」
 大事そうにうさぎを抱えあげると、ルキアはとことこと寮の中に入って行った。
 ふと後ろを見ると、さっき警備員を呼ぶといきまいていた女がつまらなそうに恋次を見ていた。余程恋次を変質者にしたかったのだろう。
 恋次は女に向かい「ざまあみろ」とばかりに鼻で笑う。女は悔しそうな表情を浮かべて「むかつく!」と呟いたが、恋次はしっしっと手で追い払った。


「よー、一角!昨日はありがとよ」
「その顔を見りゃわかるが、二組の女は喜んだんだな」
「おお、滅茶苦茶喜んでたぜ。あんな巨大うさぎでも可愛いと思うなんて凄ぇな」
「……その様子じゃまだ知らねえみてぇだな」
「あ?」
 何をだよ、と聞き返す前に、教室に入ってきた弓親が恋次を見て、
「おはよう、メルヘン」
「あぁ?」
 聞き慣れない単語を耳にして恋次は眉を寄せた。恋次の辞書にはない単語を、弓親は呼びかけたような気がした。
 聞き違いだな、と思った矢先、
「メルヘン。君が」
「……?」
「外の掲示板に出てるよ、君が」
「ま、まさか」
「大きなぬいぐるみ持ってたけど」
 がばっ!と立ち上がって電光石火の勢いで廊下に躍り出る。そのまま掲示板に駆けつけると、周りは結構な人で埋め尽くされていた。
「あ、メルヘン」
「メルヘンが来た!」
「ちょっとどけ!通せ!」
 人垣を掻き分け一番前まで来ると、そこには
『巨大うさぎを抱きしめた、愛すべきメルヘン男』。
 派手な見だしと共に、うさぎを抱えて満面な笑みを浮かべている恋次の写真があった。
「何だこりゃ!」
 断じて俺はこの巨大物体を抱えたままこんな顔はしてねえ!と心中で叫んだ途端、ふと思い出した。
 ……ルキアと話している時は……笑っていたか。
 ならばこの写真を撮った奴は………
 ばっ!と周りを見渡すと、そこには昨日恋次を変質者呼ばわりした女が鼻で笑って立っていた。
「てめえ、ふざけんな!」
 と詰め寄ろうとしたその時、「何の騒ぎだ?」と声がして反射的に振り向いた。恋次の中では、ルキアが何をおいても最優先事項だ。
「お前ではないか。よく撮れてるな」
 邪気無くそう微笑まれて恋次は脱力した。
「俺は嬉しくねえ……」
「いいではないか。うさぎれんじもよく写っておる」
「……………はい?」
 またもや聞きたくないような単語が出てきて恋次は恐る恐る質問してみた。果たしてその応えは、
「うさぎれんじ。ぬいぐるみの名前だ」
「な、なに!?付けるな、そんな名前!」
「しかし、お前がくれたものだし、身長もな、耳を伸ばすとお前ほどになったのだぞ?目の色もお前の赤に似ているし、お前の上着を着せたら丁度良かったのでな、いっその事れんじと呼ぼうかと」
「や、やめてくれ!!」
「うさぎれんじと昨日は一緒に寝たのだ。よく眠れたぞ!」
「そんな事ならうさぎに頼らなくても俺が一緒に寝てやるぞ」
 さり気なく主張してみるが、ルキアは他の事に気を取られていたらしく、「今なにか光ったか?」と首をかしげた。
「いやそんな事より俺が一緒に……」
「ああ、もう授業が始まる時刻だぞ、早く教室に戻らねば」
「だから俺が一緒に……」
「ほら、走れ!」




 次の日の掲示板には、『メルヘン男、“ぼくはうさぎれんじ”』という記事が恋次の写真と共に張り出され、恋次の通り名は本人の意思に関係なく「メルヘン男」「うさぎれんじ」に決定となった。






ルキアの好物はうさぎと言う事で(笑)

2004.10.2   司城さくら