その時のことは今でも鮮明に覚えている。
両親を事故で亡くしたばかりだった私は、引き取られた伯父――父の兄の家の、自分用にと宛がわれた暗い部屋で一人泣いていた。
伯父の妻である女性は、突然面倒を見なくてはならなくなった私という厄介者に対して抱く感情を、ストレートに表す人だった。言葉は冷たく、きつい。浴びせられる言葉の端々から「何故私がこんな子の面倒を見なくちゃいけないの」という思いが汲みとれて、子供だった私はそれが酷く哀しく辛かった。
その母親の感情を素直に受け取ったのか、一つ年上の従兄の、私に対する態度もとても意地悪なものだった。物を隠されたり壊されたり、従兄がした失敗を私の所為にされたり、ということは日常茶飯事のことで、その日も従兄が壊したガラスの置物を、私が壊したことにされ――自分ではないと何度も繰り返したのだけれど、伯父の妻、私の義母は、私が壊したという従兄の言い分だけを信じ、私を嘘吐きだと罵った。その後ろで私に向かい、従兄が舌を出して笑っていたというのに。
悲しくて、哀しくて――一人ベッドの中で枕に顔を埋めて泣いていた私は、どれだけ時が過ぎたのかわからない。
その暗闇の中、私は優しく頭を撫でる誰かの手に気付き顔を上げた。
電気は点いていなくて、部屋の中は真っ暗だった。カーテンを閉めていたので月の光も入らない。完全な闇の中、部屋の扉が開いた音はしなかった。それなのに誰かがこの部屋にいる。
普通ならば恐怖を感じる事態だというのに、その時の私は怖いとは全く感じなかった。私の頭を撫でる手が、とても優しく感じたからかもしれない。
その手の持主を見ようとしたけれど、暗闇で全く見えなかった。わかったのは背の高い人、ということだけ。
誰、と問いかけようとしたけれど、優しく撫でる手の心地よさに、抗いがたい睡魔の波にのまれていく。
眠りに落ちる寸前、あなたは誰、と小さく呟いた私に対するその人は――その指でそっと私の頬を撫でた。涙を拭うように、そっと――静かに、優しく。
その指が頬に触れるのを感じながら、私は完全に眠りに落ちた。
気が付いた時には部屋の中は明るくなっていて、私はベッドの中だった。
頭を撫でてくれた手、頬に触れた指――記憶の中であまりにも鮮明なそれは、けれども夢でしかあり得ない。この家にあんな優しい手を持つ人はいなかったし、夜更けに音もなく部屋に入って来ることは出来ないのだから。
けれど、目覚めた私の手の中に――眠りに落ちる時までなかった筈の、見覚えのない銀の輪――薄紫の石が填め込まれた指輪があったことで、あれは夢ではないと、そう思った。
夢ではないと思いたかったのかもしれない。両親は居らず、誰も私を想ってくれることのないこの世界で、私を大切に想ってくれる誰かが居る――夢に縋るように私は信じたかったのかもしれない。
私のたったひとつの、心の支え。
その指輪は銀の鎖に通して、片時も離さず身に付けている。