もう何度目ともわからない無限ループの中で、それでもたつきは諦めることなく目の前にあるものに全神経を集中させている。
 その集中力はと言えばさすがインターハイ準優勝を誇るだけあって、騒がしい程の雑音もたつきの耳には届いていなかった。視界にも余計なものは映らない。目の前だけに神経を集中し意識を尖らせる。
 その、鋭いと言っていい視線でたつきが見据えるものは――
「……これはちょっとあたしの柄じゃないし、これはちょっと子供っぽいし、……これはあんまり美味しそうじゃないし、……5粒で3,000円!? ちょっ、あり得ない……っ! ええと、これは安っぽいし、これはあいつの柄じゃないし、これはお酒入ってるし、これは……」
 目の前のハートの形のチョコレートにたつきは無言になる。
 そう、チョコレート。
 たつきはもう2時間もバレンタイン特設会場でぐるぐるぐるぐる回り続けている。



 想いが通じ合って、幼馴染から恋人に呼び名が変わって初めての2月14日。
 今まで全く自分に無縁だったイベントが、今年からは大きな意味を持っている。
 大好きな人にあげるチョコレート。
 まさか自分が製菓会社の思惑通りに踊るとは思わなかったが、気付けばその笛の音に合わせて盛大に踊っている。こうして大きなデパートの特設売り場でチョコレートを選んでいるのだ。一護にチョコレートをあげる為だけに。
 けれど、どれを選んでいいのかわからない。
 あまりにも仰々しいものは引かれるんじゃないかとか。
 女の子っぽいものをあげたら笑われるんじゃないかとか。
 元々このイベント自体が自分の柄じゃないのだ。今まで鼻で笑って来たバレンタインというイベントを、まさか自分が体験するとは思わなかった。
 けれど、でも、だって。
 一護が好きなのだ。
 柄じゃないのは解ってるけど。
 こんな姿を級友たちに見られたら絶対笑われるだろうけど。



 そのチョコレートを前にたつきはしばらく立ち尽くす。
 好き、という形のないものを形にしたもの。
 ハートの形のチョコレート。
 好き、という形のチョコレート。
 ……笑われるかな。
 引かれるかな。
 こんな女の子っぽいイベントも女の子っぽい行動も、自分らしくないのはわかってるから、だから迷って迷って決断できない。
 たかがチョコレートを選ぶという事に何時間もかけている。
「……本当に、柄じゃないよな……」
 自分に呆れながら盛大に溜息をつく。
 ――でも、だって、それでも。
 心の中でたつきは呟いた。
 一護が好きなんだ。





「あ、たつき姉」
「あー、夏梨。一護居る?」
「いるよ。たつき姉待ってるよ、ずっと。もうずっとずっとず―――っと。うざいくらい」
「う……っ」
 学校で渡すなんてもってのほか。帰り道で渡すのは某事情で出来なかった。あとで行くから、と家の前で別れて1時間。そんなに掛かったのは、今更ながら照れくさい所為もあった。
 自分の選択が正解かわからない。一護が喜んでくれるかわからないし、もしかしたらがっかりさせるかも。
 気が重い所為で足取りも重く、ぐずぐずとようやく辿り着いた一護の家の前でやはりそれから逡巡して、ようやく一護の家に入る。そして直ぐに目に入った夏梨の「ウザいくらいずっと待ってる」という言葉に更なるプレッシャーを感じてぐっと詰まった。
「……ちょっとお邪魔します」
「うん。お茶入れないからごゆっくり」
 邪魔しないから、と暗に伝えて、夏梨は一階の居間へと去っていく。その背中を見送って、たつきは2階に上がる階段に向かって歩き出そうとしたその時、「そうそう、たつき姉」と夏梨が引き止めた声に「え?」と振り向いた。
 意識は一護に向いていた。これから渡すチョコレートに緊張していた。
 だから全く油断していた、そのたつきに向かって夏梨は何でもないことのように、至極当然のように言う。
「うちはいつでも嫁に来てもらってOKだよ?」
 がん、と派手に額を壁にぶつけたたつきに夏梨は悪戯気味に笑って、「がんばれー」とひらひらと手を振り居間へと消えた。





 一護は机に向かって参考書を開いている。
 今日は何の日か勿論知っていたし、知っていたからこそあえてそれを口にしない。たつきの性格は解っているし、たつきなら今日のイベントを無視することも十分あり得た。その可能性は51%。だから何も言わずに、49%の可能性にかけてずっとそわそわしていたのだ。
 階下の声にようやく来たと心を浮き立たせ、それでも僅かばかりのプライドで机に向かっていた一護の目の前を、突然小さな色とりどりの硬い何かが落ちて行く。
 意表を突かれ呆気にとられている一護のノートの上、ノートだけに収まらず机一杯に広がったそれを一つ手に取る。
 小さな四角形の。
「チロルチョコ?」
 振り向いてみると、頬を染めてそっぽを向いたたつきが、空になった紙袋を手に立っていた。
 帰り道で渡す事が出来なかった某事情。
 あまりにも量が多い為に、学校に持っていく事が出来なかったのだ。
 ひとつひとつは小さなチョコも、365個集まればかなりの量になる。
 埋め尽くされたチョコレートに驚いている一護から視線を外し、たつきは怒ったように念を押した。
「食べるのは1日1個だからね」

 そうして1年後にまた。
 その時にはハートのチョコレートを上げられるかもしれない。今よりもっと

素直になれたら。今よりもっと、素直に好きを形に出来たら。
 今よりもっと、間違いなく一護を好きになってるから。

「大切に頂きます。」
 嬉しそうに早速一つ、愛しそうに口に放り込む一護を横目で見ながら、たつきはそんなことを考えていた。 






賞味期限切れても気にしないー