「何故だ!」
 自分の声が怒りのあまり僅かに震えているのがルキアには解った。勿論それは、目の前で怒声を浴びせられた恋次にも解っていることだろう。
 怒りのあまり、我慢の限界が来てこうして声を荒げるまで、ルキアは何度も何度も恋次に尋ねたのだ。このあまりにも理不尽な状況の理由と説明を求め、話し合おうと努力はしたのだ。
 けれど、恋次から得られる答えは同じ。 
「ダメだっつったらダメなんだよ。聞き分けろ、餓鬼じゃねーんだから」
「だから私はその理由を聞いている!」
 何度も繰り返される恋次のその答えに、ルキアは一歩も退かない。既に自分よりも大分背の高い恋次を見上げ、その恋次の目を鋭い視線で射抜く。
 対して恋次は、苦虫を噛み潰したような顔でルキアから視線を逸らし、腕を組んでルキアの詰問に答えようとはしない。
 その二人の周りには、家族である少年三人が、おろおろと成り行きを見守っている。
 何も言わない恋次に焦れて、ルキアは恋次の胸元をぐいと掴んで引き寄せた。
 力任せのその行為に、ようやく恋次はルキアへと視線を向ける。
「もう一月も私は街に出ていない。私だけ何もせず、与えられたものを食べるだけで!お前の言う通り私は子供じゃない!だから私だって食料の調達は出来る、野で果実を採る事だって、川で魚を獲る事だって、街で間抜けな大人から奪い取る事だって!今までそうしてきたのに、何故私だけ……っ」
 そう、今まではずっとそうしてきたのだ。
 五人全員がそれぞれの役割で互いの食料を手に入れてきた。
 等しく同じように危険を冒し、故に立場は等しく同じだった。
 助け、助けられ。
 護り、護られ。
 共に笑い、怒り、哀しみ、すべてを共有して生きてきた。
 子供だけで生きていくのが難しいこの戌吊で、こうして五人、助け合って生きてきた。
 ―――それなのに。
 ルキアは拳を握り締めた。
 一月ほど前、いつものようにそろって街へと出かけようとしたルキアに、恋次は「今日はお前は留守番だ」と突然告げた。
 何故だ、と驚いて尋ねると「あいつの具合が悪ぃんだよ、診ててやってくれねえか」と、少年の一人に視線を向けそう言った恋次に、「わかった」と何の疑問を持たずにそう頷いて。
 二日後も、そう告げられた。
 その時も、まだ少年の調子が戻らないのだな、と思い頷いた。
 五日後も、そう告げられた。
 十日後は、今日はあまり大勢で行かない方が安全だから、と言われた。
 その二日後は、女が居ると目立つ場所に行くからお前は待っていろ、と言われた。
 そして家にはルキアの他にもう一人―――恋次以外の少年の三人の内の誰かが、必ずルキアと共に残った。
 どう考えてもおかしい。
 食料を手に入れるには、人手は多い方がいいのだ。楽して手に入るわけではない、生命の危険は常に付き纏う。
 それなのに恋次は、ルキアを家に留めたがっている。
 ルキアたち五人の中で、一番力の強いのが恋次だった。霊力もあり、一見粗暴だが思慮深い。一番食料を手に入れてくるのは恋次だったし、皆が危険な状況に陥らないよう、さり気なく目を配っているのも恋次だった。
 その恋次が、ルキアを家から出したがらない。
 そうしてルキアは悟った。認めたくはなかったが―――認めざるをえない。
 つまり恋次は―――ルキアの力を、当てにしていない。
 ルキアが居なくてもいいと……いや、居ない方がいいと、恋次は思っている。
 そう思い至って、ルキアは悔しさに眩暈がした。
 自分が恋次たちに劣っているとは思わなかった。確かに、敵わない事はある。けれどそれはお互い様だ。自分が足りないものを相手が持っている。けれど相手が持っていないものを、自分は持っているのだ。ずっとそうして補い合って助け合ってここまで来たというのに。
 興奮して息を荒げるルキアに対して、恋次は冷静だった。
 そろそろルキアの怒りが爆発するだろうと予想していたのだろう、狼狽する事もなく、ルキアの怒りに対して恋次自身も熱くなる事はなく、いたって冷静に、平静にルキアの怒りを受け流していた。
 その落ち着き払った恋次の態度にも、ルキアは怒りが込み上げる。
「何とか言え、恋次!」
 胸元を掴んだまま、紫色の瞳を怒りの炎でくるめかせ、ぎっ、ときつく睨みつけた。