「今度の土曜日、空いてる?」
そんな遠慮がちな声にアタシは首を傾げた。から頼み事はよくされるし、アタシも割とこの子には色々頼んだりもするもんだからお互い結構捌けていて、アタシたちは何かしらある度に気安く頼み事が出来る間柄だと思っていたんだけど。
「空いてるけど。如何したのさ」
つい感情が言葉に出てしまったようで、は困ったような顔をした。が言い出しかけた言葉が、アタシの態度で形になる前に消える。
「……ああ、悪い。アンタがアタシに気を使ってるってのが不本意でね、気を使う必要はないのにって思っただけさ。空いてるよ、土曜日。何だい、何があるんだ?」
苦笑しながらそう言うと、はやっと笑顔になった。ごめんね、と謝ってアタシの目を見る。
「土曜日にライブがあるの。出来たら一緒に行ってほしいな、って思って」
「ライブ?」
「うん……駄目かな」
「駄目って事ないけど」
アタシの言葉に、はほっとしたように笑った。可愛らしい笑顔。アタシとは正反対の。
「藤堂さんロックって嫌いかな、って思って」
「まあ正直好きって訳じゃないけどね。でも別に構わないよ。今度の土曜?」
「うん、6時半開場なの。オールスタンディングで、ドリンク一杯付き……あ、チケットは私が持ってるから、代金は要らないんだけど」
「ふーん……って、ああ」
「え?」
が差し出したチケットを見てアタシは納得した。チケットに書かれたバンド名には心当たりがある。
「針谷のバンドか」
「うん」
ほんの少し照れたようにが笑う。
の話の中に針谷の名前がよく出てくるようになったのはもう3ヶ月前になるか。
いや、よく……という訳でもないか。頻度ならば佐伯の名前の方がよく出てくる。何故だかはあの王子サマと友人関係にあるらしい。最初は恋人同士なのかと思ったけれど、話に出てくる様子から見るとどうやら本当に唯の友人らしい。
その佐伯の名前を出すときの声とは明らかに違う、針谷の名を呼ぶの声。
その原因をアタシは勿論察したけれど、あえて言葉で確認した事はない。そんな事は無理矢理聞きだすようなことじゃないから。
「でもアタシも一緒に行っていいのかい?これ、針谷がアンタに渡したんだろう?」
チケットには針谷の自筆のサインが入っている。多分、これを見せれば楽屋もフリーパスなんだろう。以前そんな話を西本がしているのを聞いた事がある。
「針谷はアンタだけに来て欲しいんじゃないのかい?」
アタシと針谷に接点はない。お互い顔は知ってるけど言葉を交わすような関係でもない。そんなアタシが混ざっていては、針谷も困惑するだろう。
「いいの……来て欲しいの」
何故か―――声を落としては言う。
「一人じゃ見てるの……辛いから」
最期の言葉は、多分アタシに聞かせるつもりはなかったんだろう。
耳の良いアタシだからこそ、拾えた声だったんだから。
人人人。
小さなライブ会場の前には、アタシたち位の年代の少女ばかりが連なっていた。
服の色は黒が多い。他には差し色で赤。年齢以上に見える大人びた服……はっきり言ってしまえば露出過剰な服を着て、興奮気味の少女達は揃って一方向を見詰めている。
「……すごいね、こりゃ」
思わず呟いた声に、が申し訳なさそうな顔をする。そんなが謝罪の言葉を口にする前に、アタシは「針谷のバンド、思ったより人気があるんだね」と道を作った。
「うん。私も来るようになったのは最近なんだけど、いつもこんな感じ」
も今日はやや大人びて見える服を着て、アタシの横に並んでいる。小柄なは、アタシよりも頭一つ分小さい。
目の前に広がっている少女達の口からは、絶えず「ハリー」という単語が発せられている。ハリーが、ハリーは、ハリーの……これから始まるライブに興奮しているのか、やや声が大きくなってる少女達の話し声はアタシの耳に煩いほどだ。
「ハリー!」
誰かの声が一際大きく響いた。少女達の視線が一斉に一方向へと向かう。小さな地下のライブハウスは入口も一つしかないのだろう、開場前に現れた針谷は皆が並んでいる列の横を通り入口に向かう―――そこに手を伸ばし、黄色い声を上げる少女達。
「すごいね……針谷がこんなに人気あるとは思わなかったよ」
呟いて隣のを見ると、はアタシの声には気付かずに、ただ哀しそうに針谷を見ていた。
針谷はに気付いていない。少女達が差し伸べる手に触れ、礼を言う。―――「頑張ってね!」とかけられる声に応える「おう!」と応える明るい声。
―――この状況を、は一人で見ていたくはなかったんだろう。
人気のある針谷。少女達の声援を浴び、ごく自然に応対をする針谷は、確かに学校で見るいつもの針谷とは違う印象を受けた。身近な同級生ではなくて、何処か違う世界の住人のようだ。それがには辛いのだろう。
大体針谷も針谷だ―――こんなものをに見せて如何するというのだろう。まああの男にはそんな意識はないのだろうけど。ただ単純に、に自分の歌を聴いて欲しかっただけなのだろうが……あまりにも無神経だ。
アタシは目の前でハリーハリーと連呼している女の背中に肘を打ち込んだ。
物凄い形相で振り返るその女に向かってアタシは取って置きの笑みを浮かべて「ごめんな」と肩に手を触れた。驚いたようなその女の瞳を覗き込み「大丈夫か?」と低く囁く。
「はい……」
とろんとなった目を確認してアタシは止めとばかりに微笑んだ。
今日のアタシの格好は、グレイのパンツスーツに白いシャツ。制服を着てても男に間違えられるアタシが、意識して男のような動きをすれば、まあ普通は男に間違えるだろう。しかもアタシの顔は、どうやら女の子に受けがいいのだ。文化祭で行われた「ミスターはね学」に、なぜかアタシは3位入賞したのだから。
アタシの目の前の女の子たち数人が、針谷からアタシに目を移す。その他の少女達とは違う動きは、一方向しか見ていない少女達の中で目立つことだったのだろう。針谷がアタシに―――に気付いた。
針谷の顔に笑みが浮かぶ。満面の笑顔だ、の姿を見つけて嬉しいのだろう。の気も知らずに―――だからアタシはの横に立って肩に手を回して引き寄せた。
「藤堂さん?」
「いや、何か人の数が多いからね。アンタちっさいから巻き込まれたら大変だろ」
わざとの耳元で囁いて針谷を見ると、針谷は呆然とこちらを見ている。
「そうだね、少し下がった方がいいかな?」
「そうしようか―――開場したら入ればいいしね」
の肩をさり気なく抱きながら、針谷を眺めてにやりと笑う。
先程までの笑顔は消え、焦りの表情の針谷を見つけたアタシは更に笑った。
「針谷、気付いてるみたいだ。手振ってやれば?」
「あ、ホントだ」
無邪気に手を振るの横で、アタシも針谷に手を振って見せた。
針谷はの横にいるのが男ではなくてアタシだということは気付いているだろう。
そしてアタシの笑顔の意味も。
はアタシの大切なトモダチだ。
優しくて可愛くて、少し鈍いところもアタシはとても気に入っている。
この子を泣かすような男はアタシが許さない―――それくらいなら、アタシがこの子の傍にいる。
引き摺られる様にライブハウスに消えていく針谷を見送って、アタシたちは再び開場を待つ。
目の前で見せ付けたアタシの行為は、針谷に群がる少女達を見ているの心をきちんと伝えただろうから―――恐らく針谷は反省したはずだ。
開場したのか、少女達がぞろぞろと地下へと消えていく。その列の最後について歩くの元に、「これ」と差し出された紙片。
「ハリーが、君にって」
周りの少女の耳に入らないように囁いたスタッフに、頬を染めながら礼を言い、はそっと紙片を開いた。覗き込んだアタシの視線に、相当慌てているのだろう、走り書きで書かれた「終わったら来い!」という一見居丈高な言葉。その実、針谷の心は不安だらけだろう。
挑発行為はきちんと針谷に伝わった。
ライブ後に顔を出したを、きっと針谷は自分で送っていく。
帰りはアタシ一人だな―――考えながらアタシは笑う。
の恋が叶うといいと、心からそう思ったから。
藤堂さん、レズじゃん!(爆)
いえ、私ね、GS2をプレイしたときにね、説明書殆ど読まないで(登場キャラクターも全く見ないで)プレイしたものですからね、藤堂さんが初登場した時に「ぎゃー好み!この人落とす!攻略する!!」と鼻息荒くしたのですよ……制服スカート姿の藤堂さんを見た時、どれだけ愕然としたか……!
という訳で藤堂さんは私の中ではこんな感じです。デイジーのことが大切で大好きなお姉さんです。デイジーは妹みたいです。
そして全くハリー話ではないところが微妙だ…!!(笑)
ハリーは大好きなのですが、しまった文章にするのは難しい!
…出直してまいります、がっくり。
司城さくら