「よう、鉛筆メガネ」
「なんだい刺青眉毛」
 間髪いれずに返した言葉に、阿散井はその刺青ごと眉を跳ね上げた。
「……随分な事言ってくれるじゃねーかお前ェ」
「君が最初に言ってきたんだろ」
「俺は客観的事実を言ったまでだ」
「僕だってそうだ」
 ここでお互いが黙り込んで、普段ならばそのまま右と左だ。
 けれど今日は、阿散井は僕に話があったらしい。僕の前の席の椅子にどかっと腰を下ろして、長い足を投げ出して座っている。
「……なんだよ」
「いや、ちょっとな、さっき涅がルキアんとこに来てだな」
 ……それだけで、大体の話の内容は想像できた。
 黙りこむ僕を気にせずに、阿散井は身を乗り出して僕の顔に自分の顔を寄せる。
「最近のお前が以前と違うとよ。自分は何か嫌われるようなことをしたのでしょうか、だと」
「…………」
「朝の家族の挨拶もしてくれない、雨竜は私と一緒に暮らしたくないのでしょうか……ってな、結構悩んでたぜ」
「…………」
「なんだよ、何でやめちまったんだよ」
 阿散井はじろりと僕を睨んだ。
 付き合い始めて三ヶ月、僕は阿散井が、その一見強面な外見から想像も出来ないほど、人が良いのを知っている。
 面倒見がとてもいいのだ。困っている者や悩んでいる者を見ると、阿散井は放って置けない。勿論誰彼構わず手を貸すのではなく……無差別に手を貸していたらそれはただの親切の押し売りだ。阿散井はたださり気なく困っている者のフォローをしている、そうと相手に悟らせず。
「……別に。嘘を吐いてるのが我慢できなくなっただけだ」
 だから僕は、正直に告げるしかない。
 勿論全てを言う気はない。
 その僕の言葉に、阿散井は少し考え込んだようだった。僕の表情を、ただじっと見極めている。その阿散井の検分を、僕は無表情を保ってやり過ごした。
 どう答えを出したのか、しばらくしてから阿散井は口を開いた。
「じゃあ何か適当な理由を言ってやれよ、何も言わずにいたら涅だって不安になるだろーが」
「……わかったよ」
「まあ、お前ら二人の事だから、俺があまり嘴を突っ込むわけにもいかねえけどよ……あんまり涅を邪険にするなよ。あんなにお前になついてんじゃねえか」
 がた、と机を鳴らして立ち上がった阿散井は、とりあえず今日はこの程度で、と思ったのだろう。席を立って僕の前から離れていった。
 何とはなしにその姿を目で追うと、阿散井は朽木に呼び止められていた。何かを言っている朽木の頭に手を乗せ、それが気に入らなかったのか朽木は阿散井に向かって抗議している。それを笑って流して、阿散井は朽木の髪を更にくしゃくしゃにした。
「やめろと言っている、莫迦恋次!」 
 今度ははっきりと朽木の言葉が聞こえる。そしていつものように、口論……いや、主として怒っているのは朽木の方で、阿散井は笑いながら受け流している。
 阿散井と朽木は、いつも対等だ。
 二人はよく同じことで笑う。些細な事で喧嘩する。阿散井が朽木をからかう、朽木が怒る。
 その二人の姿は、恐らく何よりも二人の絆を強く周りに示している事だろう。
 そんな二人を眺めながら、僕は先程の、最後の阿散井の言葉に、聞こえないのを承知で言葉を返した。
「そう、なついてるんだよ……ネムは」
 懐く。
 子が親にするように。
 捨てられた仔猫が、拾ってくれた人間にするように。
 それは感謝、恩、そういったもので。
 ……決して「愛情」では、ないんだ。