僕らは今日も迷いながら、途を進むけれど。
傍らにはキミがいる。
僕の手は、互いに迷子にならぬよう、キミの手をしっかり握っている。
僕らの瞳が映す、迷いなく伸びるあの飛行機雲をしるべにして。
僕らは並んで歩く。果てない旅路を、いつまでも。
Sky line
蒼過ぎる空の彼方に浮かぶ。
一本のくっきりとした白線。
あぁ、今日も世界は平和だった。
──箒の柄にもたれかかって空を見上げてぼんやりと網膜に世界を映す。
日常がゆるやかに耳に響いた。
「あー……暇だ。雨ー、なんか一発芸でもやれよ」
「そんな…イキナリ言われても無理だよジン太くん。それにお店が暇なのはいつものことじゃ…
いたたたたたたたっ!おさげをひっぱらないでよージン太くん」
「つーかガキんちょ共、人に掃除押し付けといて暇とか言ってるんじゃねーよ」
こん、と箒の柄で騒ぎ回るチビ共の頭を恋次は小突いた。
居候なら掃除の一つぐらいでもしろ、と言われて箒を押し付けられたのだが
正直言って自分には向いていないと恋次は思う。
そもそも自分が現世に出向して来ているのも、純粋に戦力として派遣されたからなのに。
何故こんな安穏と竹箒を持って掃除なんてしているのだろう……?
(理吉とかが見たらぜってー幻滅するよなあ……)
などとよしなしごとを考えてみて。
護廷十三隊の六番隊副隊長ともあろうものが駄菓子屋で雑用──
笑えない冗談だ、とくすぶる恋次のシャツの袖を雨が引っ張った。
「あの…居候さん、掃除の手が止まってますよ?その……テッサイさんが帰ってきたら
怒られるんで早くしてくださいね」
遠慮がちに言われる分、恋次も思わず反論できなくなるがかなり理不尽な話ではある。
落ち着け相手は子供だと必死に自分に言い聞かせ、箒を握りしめる恋次に追い打ちをかけたのは
ジン太だった。
「そーだぞイレズミ赤パイン、おめーがマトモに出来るのは掃除ぐれえしかねえんだから
真面目にやれよー」
「うるせーぞクソガキ!大体さっきから黙って訊いてりゃ言いたい放題言いやがって!
ガキとは言えもう容赦しねー!一発拳骨かましてやらあ!そこになおれっ!」
だがジン太は小憎たらしくあかんべーと赤い舌を出すだけでちょこまかと逃げ回る。
箒を振り回して、さながら子供の頃よくやった鬼事に興じるように追いかけ回していると
呆れたような声が、店の空き地に響いた。
「なにをしておるのだ!たわけ!」
びっくりして振り上げた箒をそのまま宙に留めて、声の主を見た。
晴れ渡る爽やかな青空の下、白いワンピースが美しく映えている。
鮮やかなその白は。彼女にとても似合うと思う。
一瞬見蕩れてしまったのを慌てて取り繕うように、恋次はどもりながら口を開いた。
「ル、ルルルルルルキアっ!お、おま、お前なんで此処にいるんだよ!」
「…ん?何を焦って居るのだ、恋次。浦原に用事があったのだが…おい、チビ共。
浦原はいるか?」
「店長なら今、テッサイさんと一緒に出かけてるぜ。
どーせもう直ぐ帰ってくるだろ、上がって待ってな」
「む、そうか。ならお言葉に甘えてそうさせて貰うとしよう」
そういってルキアはジン太に連れられて店内に入る。
その後姿ををぼんやりと見送っていた恋次の手の中の箒を、雨が取った。
驚いて下を見ると、雨はいつもと変わらぬ表情で
「あの……お掃除は私がやりますから……朽木さんにお茶でも出してきて下さい」
「あ、あぁ?オレが、お茶出してくるのか?」
突然の話に泡をくった恋次の背中を雨はぐいぐいと押して店内に戻した。
呆気に取られる恋次の横を、ルキアを案内したジン太がすれ違い様にやりと笑みを残して去る。
ますます訳が分からなくなった恋次に、ルキアの声がだめ押しをした。
「恋次ー、済まぬが茶を貰えぬか?」
「お、おう!今出す!」
慌てて台所に駆け込み、適当に茶と煎餅を見繕うと恋次は声のするほうへ向った。
縁側にちょこんと腰掛けていたルキアは、何とはなしにぼんやりと空を見上げている。
恋次が来た事にさえ気付かないまま、ただぼんやりと。
「ほらよ。持ってきたぜ」
「ありがとう」
隣に腰を下ろすと零れるような笑みが返ってきった。
湯のみを渡す手が震えないよう、必死で取り繕う。
視線を眩しい笑顔から無理矢理逸らして青空へと向ける。
一本の線状の雲が、蒼い空を横切って悠々と漂うのが瞳の端に映った。
ルキアもその雲を眺めて、ぽつりと漏らす。
「飛行機雲か…。よく映えるな」
「ああ、そうだな」
「尸魂界でも様々な雲を見たが、あのような直線状の雲を見た事はない。
初めて現世に来て、見た時は驚いたものだ」
「あっちにゃ飛行機はねえからな」
ふふっと小さな笑い声を漏らすルキアの横顔はとても穏やかだった。
その表情は。
尸魂界では見られない表情だった。
二人の間に流れる空気は、静かでとても和やかな空気だった。
頭上を、一本の白線が空を区切るようにたゆたっていく。
「あっち…か。向こうに居た頃は、現世にこう度々来るとは思ってもみなかったが
まさか長期滞在までするとは……分からないものだな、先の事等」
「つーか今の状況が異常なんだ。護廷十三隊の隊長・副隊長が現世に長い事出張るなんて
本来ならあっちゃいけねーんだ。そもそも、瀞霊廷を守護するのが仕事なんだからな」
「あぁ、そうだな…。世の中、おかしいことづくめだ」
そういったルキアはどこかぼーっとしていた。
恋次は、妙な気持ちを覚えつつふと浮かんだ事を訊いてみた。
「そういや、お前。浦原さんに何の用だったんだよ?」
「…あ、いや大したことじゃない。浦原なら知っておろうかと思っていたのだが
もしかしたら彼奴も知らぬかもしれぬ」
分からないことだらけだ、と小さく呟いたルキアの横顔は寂しげで。
何となく恋次も声を掛けづらいほどだった。
そんな二人の頭上を、迷いなく蒼穹を貫く一本の飛行機雲。
恋次は、その雲を眺めて──
「いーんじゃねえの?分からないことだらけでも。
俺達は、出来る事しか出来ねえんだからよ。だったら、迷わないで突っ走ったほうが気楽だろ?」
あの飛行機雲の様に、迷いなく、限りなく、突き進め──
その言葉を聞いたルキアは、驚いたように目を見開いて恋次の横顔を見遣る。
恋次は目を合わせるのが気恥ずかしく、空を見上げたまま。
数瞬、無言の時が続いて──
「ぷっ…あははははははっ!」
「な、何笑ってんだよ!?」
「あの恋次からこんな言葉を聞くとはな……似合わないにもほどがある台詞だ」
目に涙が滲むほどルキアは一頻り笑った。
青空に響き渡るほどに。爽快に。快活に。
対して笑われた恋次は憮然とした表情で頬を紅く染めていたが、それでもルキアは笑った。
そして笑い終えた後、ルキアは優しい笑顔を恋次に向ける。
うんざりした恋次は投げやりに尋ねた。
「……今度は何だよ、ルキア?」
「ありがとう」
小さく、温かい手が恋次の無骨な手を握る。
明白な言葉は一片の迷いなく向けられて。やわらかな混じりけなしの微笑が
恋次が、今度は目を見開く番だった。
ともにあるくときめたとき。
てをつないでいたことを、おもいだしたんだ。
いつもいつでもいつまでも。
ぼくはきみのとなりに、きみはぼくのとなりに。
こうしてぼくらはならんであるく。
驚かせたもの。
間近に香る、やんわりとした君のぬくもり。
それは頬に触れた、やわらかであまやかな、君の、──
《The story ends, and travel continues……》
Clown syndrome―道化師症候群―の色筆乃朝さまより、50万打記念で頂きました恋ルキ小説です!
あたたかく幸せな恋ルキ、ありがとうございます!