あの人は、いつも彼女を見ている。
私はすぐに気が付いた。
別に隠しているわけでもないから、みんな知っているのだと思うけど。

気が付けば、私はあの人を探している。
特別仲のいいのは、吉良くんと雛森さん。
あの三人は教室でも目立っているし、誰でも注目してしまうのだけど。

試験や実習の前後はみんな予習やレポートでかなり忙しいし、
科目によっては結構ぴりぴりしている人も多い。
でも、彼女を見かければ、あの人が寄せていた眉間の皺は消える。

「ルキア!俺今度の試験、かなりいい成績だったんだぜ!」
「うるさい恋次。廊下で騒ぐな」
「お前はどうだったんだよ?」
「ま…まあまあだっ」
「へー…どれ?」
「覗くな莫迦者!あ!こら返せ!!」
「げっ!!お前鬼道ほぼ満点じゃねえかよッ」

いつもの軽口。
彼女の他に、あの人とここまで軽快に会話をする人はいない。

「返せと言っているのだ!刺青眉毛!!」
「いってぇーーー!!」

彼女は黙っていれば、人の向こう脛を蹴り上げるような人にはとても見えないのに。
あの人だって、普段の授業を見ていれば遊びでだって蹴りなんかくらう人ではないのに。

避けないのをわかってて。
蹴られるのをわかってて。

確かあの人は、流魂街出身だと聞いた。
彼女はその時からの付き合いなのだろうか。
私は、あの人のことを何も知らない。
ただ、同じ組なだけ。

「恋次、貴様は体力ばかり有り余っていて脳みそまで筋肉なのではないのか」
「うるせぇ!俺は剣術が得意でいいんだよ」
「やはり体力馬鹿ではないか。どうでもいいが私の成績表を返せ!」

あの人はみんなから頭ひとつ出るくらい、背が高い。
彼女はとても小柄な人。
彼が持ち上げた成績表にやすやすと手が届くはずもない。

ぴょんぴょんと跳ねる彼女を軽くあしらうあの人のあの顔は、
意地悪そうというよりも、私にはとても優しい顔に見えた。
私の知るあの人ではない、彼女にだけの彼。
多分他の誰も知らない、彼女にだけの彼。

「なぁ、今度の試験前に俺に鬼道教えてくれよ」
「お前の組の方が優秀ではないか。私に聞かずとも、もっと他におるだろう」
「馬鹿野郎。鬼道がお前より良い奴って雛森ぐれぇしかいねえんだよ」
「では雛森殿に頼めばよかろう」
「雛森は吉良のモンなの」
「…そうなのか?」
「気付いてねぇのは本人だけってな」
「そうか…吉良殿も大変だな」

まるで他人事のように言うのね。
あなた、全然わかってないわ。
いつもそうなのよ。
喧嘩してたと思ったらいつの間にかお互いが近くに立っていて、
すごく近くに立っていて、誰も近寄ることができない。

そんなに側で彼を見上げていたら、首が痛くなるんじゃないの?

いくら憎まれ口を叩いたって、私が彼女になれるわけもなく、
もう羨ましいとすら思わない。
だって、あの二人は全然違うんだもの。
組の男子が時々冷やかしてくけど、そんな薄っぺらい関係じゃないのよ。
親友とか恋人とか、そんなありきたりな括りじゃないのよ。
私にだってわからない。わかるはずもない。
ただ二人だけの関係。

「仕方がないな。白玉あんみつで手を打ってやってもよいぞ?」
「なんだ、安いもんじゃねえか」
「一週間分だ」
「…お前一週間もそんなもん食えるのかよ?」
「貴様だってたいやきを飽きもせず毎日食べているではないか」
「あー!たいやきって聞いたら食いたくなった!」
「単純莫迦だな…」
「ルキア、このあと寄って行こうぜ!」
「わかったから、成績表!!」

いつもいつもこんな調子で、誰がこの二人の邪魔ができるというの。
私はただ見ているだけ。
彼女にひとつ勝っているとすれば、組が同じということだけ。
でもそんな些細なこと、あの人にも彼女にも関係あるように思えない。
そんな些細なことでしか優越感を得られない私は、なんて嫌な女だろう。

あの人が窓から顔を出して、まだ教室に残ってるみんなに声を掛ける。

「じゃあな!」
「おー、阿散井またなー」
「阿散井くんバイバイ」

組の中心的な存在の彼に、みんな各々返事をする。
私もそれに便乗して、彼の名前を呼んでみる。
窓から覗いたあの人の顔は、「人気者の阿散井くん」の顔だった。