『妹さんを、いえ、お嬢様を俺にください!!』


 …いきなり耳に飛び込んできた言葉に、恋次はその場でもんどり打ちそうになるのを辛うじて堪えた。
 テレビの前のソファにはルキアが陣取り、白玉あんみつをスプーンですくい取りながら瞳は食い入るように画面へと向けられている。恋次はその後のテーブルで、ようやっと気を取り直してそんなルキアの後頭部を見つめた。
「…何見てんだお前」
 それまでテレビの内容なぞにはさして興味もなく、つい今しがた何の気なしにテーブルに着席した途端、先程の台詞がかなりのボリュームで室内に響き渡ったのだ。妙に心臓に悪い。
 そんな恋次の気持ちなど知りようもなく、ルキアは画面の方を向いたまま少し間を空けて答えた。
「……うむ、これがいわゆる『昼ドラ』というものらしい。大財閥の令嬢とその使用人の恋愛ものなのだが」
「…ふーん」
「その財閥の当主は令嬢の兄で、使用人は心密かにその当主を目標に、陰で事業を起こしたりして充分な財力を手に入れて」
「…ほほう」
「そして今回は、ようやく求婚にこぎつけるそれはそれは重要な回なのだ」
「…へーえ」
 画面では、先程の台詞を絶叫した男が床に額をこすり付けんばかりにして土下座をしていた。
 かなり微妙な表情で、恋次はルキアの後頭部を見つめ続ける。
 その時、男の前に立つ件の当主と思しき人物が重々しく口を開いた。

『お前のような下賎な者に幸奈(ゆきな)をやるわけにはいかん』

「なんだとーーー!」
 画面に向かって叫ぶルキアに、びくり、と恋次が身を竦ませる。

『幸奈はすでにしかるべき所へ嫁ぐことが決まっている。お前がごときが如何に成り上がったところで、血の色までは変えられはしまい』

「ふざけるなーーーーー!!!」
「……」
「兄であるならば妹の幸せを願わなくてどうする!!こいつの今までの努力をなんだと思っているのだ!!」
「いや、ルキア、これテレビだし」
「兄様だったら絶対にそんなこと言うものかーーーー!!!」
「いやだからこれドラマだから。落ち着け。現実と混同するな」
「こいつがこれまで、どれほどの苦労を重ねてきたことか…」

 思い余って、涙ぐむルキア。
 画面では、令嬢と思われる少女が現れ、土下座する男に駆け寄り、そのまま寄り添っていた。

『咲耶(さくや)兄様、銑児(せんじ)が今までわたくしにどれほど尽くしてくれたかご存じないわけはないでしょう?』
『……』
『私が跪けと言えば跪き、汚れた靴を舐めろと言われればそれに従い』

「………オイ」

『私が命じさえすれば、衆人の前で犬の真似も馬の真似もして見せてくれた―――』

「…このお嬢様の性格、かなり問題ないか?」
「何を言う!!これはだな、この娘の恥じらいというものなのだ!令嬢と使用人という互いの身分を思えば、迂闊に自分の思いを相手に伝えることも、周囲に気付かせるようなこともできず、自分の心を殺しながら理不尽な命令を重ねては相手の愛情を確かめたいという複雑な乙女心がお前には分からぬのか!!」
「……分かりたくねぇ………」
「だからお前は駄目なのだ。この男はな、娘に命じられては氷の張った湖にスーツのまま潜ったり、燃え盛る家屋に飛び込んだり、高さ20メートルほどのビルから飛び降りたり、己の事業を起こす傍らそれはそれは筆舌に尽くし難い苦労を重ねてきて―――」
「…そこまでされてまだそのお嬢様がいいっつー神経が分からん。…マゾかこいつ」
「馬鹿者ーーーーー!!!」
 振り返り様のルキアの拳が、恋次の顎にクリーンヒットする。
「痛っっってぇじゃねーかっ!何しやがんだよ!!」
「いいか!これは壮大な愛の物語なのだ!!心を鬼にして試練を与えるのも愛なら、それを受け止め誠心誠意応えるのもまた愛!!」

 ルキアが叫んでいる間に、テレビ画面は回想シーンへと移っていた。先程ルキアが説明していたシーンが短いカットで流れ、最後には二人が抱き合い、愛を誓う場面となる。

『お嬢様…いいや、幸奈。俺は永遠にお前の…下僕だ』
『銑児……』

「……ううっ…泣かせる……」
「やっぱりマゾだろこいつーーー!!!!」
「やかましいこの貧困デリカシー男!!」
「俺は嫌だ、絶対こんなの嫌だっっ!!!」
「なに、私の想いに応えられぬというのかお前は!」
「いやそれ違うだろ、絶対そういう問題じゃねぇだろーーーー!!」



「…というわけなのだ。どう思う一護」
「………」
「恋次には元々そういう男女の機微というか人の心の綾というものに無頓着な部分があるのだがな。流石に今回はあまりの物分りの悪さに私も」
「………あーーー。頭痛くなってきたんで、俺もう帰っていいか?」


 ……そして後日。



『お前はもうお嬢様なんかじゃねぇんだよ。そして俺もお前の使用人じゃあない』
『…くっ……』
『ほら、呼んでみろよ「ご主人様」ってな』
『だ…誰が…そんな…』

「何を見ているのだ、恋次」
「いやなんかちょっとつけて見てたら結構面白くてよ」
 ソファの上には恋次が、その後のテーブルにはルキアが今度はそれぞれ腰掛けている。
「元はこの女の方が大金持ちのお嬢様で、男が使用人だったんだけどな。女の両親が死んで、身包み剥がされて路頭に迷おうとしていたところを、使用人の男が手放した財産全部買い戻してやって女を引き取ったんだが」
「…ほう」
「引き取って面倒見てやる代わりに、今度は自分にメイドとして仕えろ、ってわけだ」
「なんという男だ!!無力な娘ひとりに財力をかさに着て―――」
「馬ー鹿、わかってねぇなー。もともと二人は惚れ合ってんだよ。男の方も、相手が大切で大切で、でもちょっといじめてみたいっつーか、相手に憎ませることで自分だけを見ていて欲しいっつーか…」
「理不尽極まる!!それになんだあの破廉恥な服は!!」
「馬鹿野郎、メイド服は男のロマンだろうがっっ!」
「このド変態――――――!!!」


「…っつーわけなんだが。どう思うよ一護」
「………」
「メイド服云々はまあともかくとして、やっぱりあいつは男心ってもんがイマイチわかってねーんだよなー」
「………わかった。お前らがどっちもどっちだってことはよーくわかったから、頼むから俺を帰らせてくれ」










 …えーと。お馬鹿過ぎてる上にキャラもかなりぶっ壊れてて申し訳ありません。ここでの二人は「現世で同棲中」という設定になっております。恋ルキ恋は本当に大好きで、書いてるのは楽しかったんですがまだまだ精進が足りないようです。最後までお付き合いくださってありがとうございました。


Lightning Rod Paradise   雁 若菜