1
夜九時を回った時間だった。明日は仕事休みの為ルキアは十三番隊の女性達と一緒に観劇誘われその帰り道。歩道の向こう岸に派手な死神の集団を発見。もとい、私服ではあるが長身の筋肉質集団を発見した。
恋次ではないか。こんな所で会うとは偶然な。
声を掛けようと足を向けた直後、後ろの仲間から袖を引っ張られ首がクンとつりそうになった。軽く咳き込む。
「ごめんなさい朽木さん。でも、今阿散井さんに声かけようとしたでしょ?」
「ああ、いかんか?」
「あの・・・・。お節介かもしれないけれど、やめたほうがいいと思うよ。知られたら気まずいと思うの。あの人達の入ったお店はね。」
「どういうことだ?」
「つまり・・・・ね。」
「昨夜はお姉さんのお店に入って楽しんできたか。」
お気に入りの中庭でつかの間の昼寝を楽しむ恋次の後ろから生ぬるい熱のこもった霊圧をたち込めさせた。恋次は気が付いていながら無視するつもりか。
慌てず騒がず片目をゆっくり開ける恋次の仕草にルキアは生ぬるい怒りに弱火を加えた。
「ルキア、お前今日休みじゃなかったのか?」
「お前も健全な男子だったな。いや安心した。」
「・・・・。お袋っぽい科白だな。」
霊圧は嫁さんぽいぞ。恋次はそれを口にはしない。
「いやいや、副隊長ともなれば向かわれるお店は高級でいらっしゃる。きれいな遊び方をしているであろうと推察いたしますぞ。」
ルキアは細目で恋次をみた。表情に変わりがないので霊圧に更に薪がくべられた。
「接待だよ。」
「は?」
「四十六室がいなくなってその次室の連中が業務を取り仕切る事になったんだ。山本総隊長にも出来ることは限られているからな。まあ、いままで疎遠だったから親睦の意味も含めて場を設けたんだ。」
「・・・・。」
空回りした自分の怒りをどこにもって行けばいいのか。燃えていた火はいきなり水を掛けられたように大人しくなってしまった。だが、次の瞬間方向指示器がピントたった。
「私もそのお店に行ってみたい。」
「は!?」
「未開の分野に足を踏み入れることは知識と経験」
「間違ってる!お前が行く所じゃねぇよ。」
「何を言うか。“同伴”という制度があろう。一度訪れてみたい、なあ恋次連れて行ってくれ。」
「駄目だ、朽木家のお嬢様をそんな所に連れて行けない。」
「む・・・ならば其処にアルバイトしてみる一日体験というものがある。」
「およしなさいルキアちゃん。折角来たんだし今日一緒に・・・・ルキア?おーい。」
お昼の終了を知らせる鐘を背にルキアは恋次をおいて死神隊舎を後にした。
辛くないのに息が切れる。一人空回りして恥ずかしい。私の言葉を諭して困惑もしてくれない恋次なんて。・・・・・追いかけても来ない恋次なんて。
2
仕事帰りの一人部屋の恋次の部屋に明かりが灯っていた。霊圧は一瞬で判るルキアが来ている。合鍵を渡しておいたから。昼間の仲直りでもしようか。あの強情者からは絶対言い出せないだろうから。
恋次は近くの茶屋に戻り二人分の笹団子を土産にした。「ただいま」と扉を開けた瞬間、眼が丸くなった。
シャンデリアと花側のアンティークソファ。カーテンは二連に変わり刺繍入りのモスグリーンと蝶模様のレースが掛けられている。ご丁寧に玄関脇に白百合とガーベラを中心にした大きな花束が花瓶に生けられていた。
金のかかった嫌がらせかよ。接待仕様に部屋かえやがったな。台所の奥から現れたルキアに「いいかげんに。」とあけた口が止まった。
「クラブ阿散井へようこそ。」
「なにしてんの!?ルキア?」
目の前に現れたルキア。ピンクのチャイナドレスは長いスリット入り。クリーム色の網タイツと髪に紫陽花の可愛らしいコサージュをつけて爽やかに笑って迎えられた。服の素材が絹の為か、体の線が見えて眼のやり場に困る。ほんと細っいよなこいつは。
「いきなり実践は難しいと思うのでお前が練習台だ。始めの一杯は何にする?」
「ルキア・・・・。俺に何させたいんだ。」
「いらっしゃいませお客様。何になさいます。」
何言わせたいんだよ。我慢大会に強制参加させられた気分と言葉遣いに鳥肌立ちそうだ。
「普通の話し方にしてください。すみません仕事から帰ったのでガッツリ夕飯食べたいのですが。」
「色気のない奴だな。ふふふ・・・だが安心しろ、ちゃんと用意してある。」
恋次の肩をつかみソファに座らせるとルキアは台所へ消えた。もう、したい様にさせてやろう、それで気が済むなら。台所から下手な鼻歌が聞こえる。
結婚したらこんな感じになるのかな。落ち着いて状況を考えれば嬉しい、後のお楽しみがきちんと待っていれば言うことはない。それ無しであのスリットはやばい。歩くたびにちら見えするガータはヤバ過ぎる。
ルキアが運んできた食事は以外に純和風だった。ご飯と油揚げの味噌汁、真鯛の塩焼き、一汁三菜。久しぶりのバランス取れた食事に舌鼓を打った。一口食べるとふわりと柔らかい味がする。
「美味い。ルキアお前料理上手くなったな。」
「ふふん、私も学習しているのだ。どれ食べさせてやろうか。」
箸を持ち真鯛を一切れ恋次の口に持っていく。
「ルキア、お姉さんはそんなことしない。そして始めから密着もしない。」
ルキアは恋次の隣でぴったりとくっついていた。
「そうか、始めは少し離れているのだな。それで相手の膝に手を載せて。」
「どこで憶えてきた?!」
それは接待じゃない。彼氏をその気にさせる方法だろう。嬉しいやらツッコミやらでやたら忙しいぞ。
食事を下げると酒とつまみ、鮭トバと鯛チーズと漬物三種。恋次が土産にした団子を渡すとルキアの目が恋次と笹団子を行き来した。
酒の肴はしょっぱい物と決め込んでたな。
「お前と食べる為に持ってきたんだよ。」
「お酒に甘い物でもよいのか・・・。私に気を使ってはいまいか?」
「好みの問題だよ。隊長は辛い方が好きだろうけどな。」
「そう、そうなのだ!兄様が最近帰り遅いのだ。御仕事で身体を壊されていないか心配で・・・いや兄様の帰りが最近遅いのはもしやお前と同じ接待なのか。」
「それは。・・・・・・・いやなんだろうな。」
話題を振ったのは俺だが、俺の部屋で他の男の心配すんな。理由は知っているがムカついて手の中のカップをあおりお代わり要求した。
「お客の御猪口が空ですよ、姉さん。」
一瞬ピクリととまりルキアはむっと頬を膨らませた。恋次のグラスを持つと目を熊笹のように細めて笑う。
「お客様手ぬぐいが曲がってらっしゃいますわ、直して差し上げます。」
ルキアの手が額の手ぬぐいにかかりそれを首元へ下ろした。
「いてててて!!!こらルキア。あっシメんな!!」
「観念なさいませ。縛道かけて悪戯しますわよ。」
どんな悪戯だよ、それはそれで嬉しいが。いやこいつのする悪戯なんてたかがしれている。
「わかった話すから。・・・・俺が言ったって漏らすなよ。」
恋次はそれを 『緋真さん劇場』 と呼んでいる。
一護たちが現世に戻った後、六番隊で盛大な飲み会を開催した。“隊長回復祝い”企画したのは恋次。それは刃をむけた六番隊の皆に詫びのつもりも兼ねて。
大いに砕けた会話をし、恋次はルキアの事を散々冷やかされもした。会計を全部自分持ちにするつもりでいた恋次に白哉は声を掛けた半分持つと。恐縮し、頭を下げる。酒の勢いなのか白哉は微笑をたたえ。
「もう一軒付き合わぬか?」
「いいですね。」
珍しく饒舌になった白哉に恋次は合いの手をいれる。話は主に緋真さんの事。あの人がどうであったか、どんな言葉を残したか。
以来、節度を保ったノロケは隊舎で始まった。いままで安心して緋真さんの話を出来る話す相手がいなかったのだろう。白哉の勢いは徐々に増していく。
はたから見れば仲の良い隊長と副隊長だ。ほとんど、恋次の業務を停滞させるほど白哉は話し続けた。当然その間白哉の手も疎かになっているわけで・・・・。
「兄様が緋真様の話を恋次に?」
「うん。相当好きだったんだろう。」
話題の途中、少し入るすれ違い続けたルキアへの視点。白哉から見たルキアはなんと幼く頼りなく、そして羨ましいほど健康的に映っていた。いや、これは秘密の話。
「緋真様の事を・・。」
実は逆もある。
「恋次、ルキアが昨日家に立ち寄ったそうだが。」
「はい、一緒に夕飯たべました。」
かい摘んで話すと白哉がオーラを発する。初めは自分を牽制しているのかと思い、逆に口を閉じていた。白哉の物足りずルキアの事を聞きたいオーラがついに具現化した桜花弁に変わった時。
「いいますから!!逐一報告しますよ!」
六番隊の仕事停滞は続く。
ルキアが恋次の首に腕を絡ませてきた。胸に顔を埋めて表情は見えない。恋次は背中を優しく抱いてやった。
「もう酔ったのか?俺も隊長もお前の心配するようなことないから。ルキア?」
予想に反してむっとした顔を見せたルキアは恋次の御猪口を奪った。
カン!と卓上に飲み干された御猪口を叩く威勢のよい音を響かせ。もう一度ルキアは恋次の首に腕を絡ませた。
「ああ!!あー・・・ルキアちゃん?」
「ずるい。」
「ん?」
「私が知らない緋真様の話を沢山知っている。私は饒舌な兄様など見たことがない。なぜお前ばかり好かれるのだ・・・・。」
妹には照れ臭くてこんな話できないのだろう。背中にもう一度手を回し何かぶつぶつ言うルキアをさすってやった。
伝令神機が発信の光をしばらく点滅させ、通話の色に変る。
「夜分遅くにすみません。隊長、ルキアが酔ったんで今からそちらに送ります。」
「うむ、恋次。お前は明日出勤であろう。今宵は朽木家に泊まると良い。」
「いえ、送るだけですから。」
「部屋を用意させておく。」
「は?・・・・はい。」
ルキアを家に送って俺が朽木家に泊まる?どういう具合だ、隊長なんかずれてないか?ルキアの肩をゆすった。
「ん・・・恋次・・。」
ぱちりと眼を覚まし恋次の腰にゴロゴロと頭を擦りよせてきた。駄目だ完全に酔ってる。
「ルキア、ほら家帰るぞ。送ってくから。」
「んん・・・ん。」
ルキアの手が恋次の膝を押す、胸板にそってせりあがり、ルキアはへにゃっと笑い恋次の唇を奪うように合わせ、また沈んだ。
「恋次・・・。」
「こら。お姉さんのほうが先に潰れちゃまずいぞ。」
酒臭い口付け。誘うのは素面の時にしてくれ。そう思いつつ恋次はもう一度だけルキアと酒の匂いを共有した。
受話器を置いた白哉は召使に酒の用意を言いつけていた。時間は11時を回る。白哉も明日出勤だが。
恋次がやってくるのか。少しもてなしてやらねば。
無意識に白哉がもらした鼻歌に家老は重箱をひっくり返しそうになった。
引いちゃった方と恋ルキオンリーではないし、なんか方々にすみません。ルキアのヘタレ攻めです。
恋次とルキアは水を得た魚の状態。その魚を酒の肴にして楽しむ兄様でした。
し〜なの館 し〜な