「おぅ、ルキア。変わりねぇか?」
「何だ。一昨日会ったばかりではないか。変わりないに決まっているだろう。」
恋次は時々、不意に私の顔を見に来る。そしてほんの短い会話を交わしては、ほっとしたような顔をして仕事に戻って行く。
どうかしたのかと尋ねても、お前は「いや、別に。何でもねぇよ。」と笑うだけだ。
私にはわかってるんだ。お前、またあの時の夢を見たのだろう?
・・・・・・私の手を離したときの夢を。
お前に手を離された時、私も辛かった。
でも、義兄となった人は冷淡ではあったけれど、憧れと尊敬に値する人だった。間もなく入隊した十三番隊では、浮竹隊長をはじめ上位席官達にかわいがられ、次第に居場所を見つけることができた。
幸せだったといえば嘘になる。
赤毛の幼馴染みを思い出すことがなかったと言えば嘘になる。
それでも、私の道とお前の道はもはや離れたと思い、お互い自分の進むべき道を歩まねばならないと、その影を心から閉め出す努力をしたんだ。
けれどお前は。自分から私の手を離したお前は。私よりもっと辛くて、その上深く後悔していたんだな。そして離れた道がまた交わるように、四十年以上も一人で努力を続けてくれたんだ。
おかげで今、私たちはごく気軽に会い、親しく話をすることができる間柄に戻ることができたのだけれど。
しばらく前のことだった。
非番の日に二人して木陰で昼寝をしていると、お前の声がした。目を開けると、お前は酷く辛そうな顔をして、うなされているようだった。起こそうとすると、お前が「行くな・・・ルキア・・・。」と呟くのが聞こえたんだ。
それから間もなく目を覚ましたお前は、不安げな瞳をして私の姿を求め、物も言わずに強く抱きしめて。呼吸が苦しいから放せ、と言うまで離そうとしなかった。
私を抱くお前の腕が、微かに震えているのを感じた。
引くことを知らない剛毅で不遜な副隊長が、一体どうしたことだ?
お前は昔から、馬鹿が付くほど正直で、裏表がなくて、さっぱりしていて。何者も懼れず、どんな状況にあっても陽の差す方向へ歩いていこうとする、真っ直ぐで陰りのない男だったのに。
あの時、初めてお前の傷の深さを知ったんだ。
そして、お前が今でも不安を抱いているからこそ、あんなふうに昔の傷を思い出してしまうんだということも。
ああ、お前にあんな顔をさせないために、私には何ができるだろう。
非番の日はいつもお前を訪ねて行こうか。
それとも「好きだ」と繰り返し囁こうか。
それとも合わせた唇から、私の想いを伝えようか。
それとも身体を重ねれば、お前の痛みは癒される?
「恋次。」
部屋を訪ねていけば、お前はぱぁっと太陽のような笑みを満面に浮かべ、嬉しそうに私を迎え入れる。
「お前が好きだよ。」
首に手を回してお前の耳元で囁けば、頬を朱に染め、横を向いてもじもじと照れている。
「こちらを向け。」
顎に手を添えて顔をこちらに向けさせ、そっと口付けると、やがてお前の舌が私に熱く優しい挨拶を贈りに来る。
「・・・・・・今夜、ここに泊まっても良いか?」
さすがに私も気恥ずかしくて、お前の胸に顔を埋めたままで問いかけると、途端にお前の鼓動が跳ね上がり、体中を緊張が走って、私を囲う腕にぎゅうっと力が籠もるのがわかった。
互いの名前だけを何度も呼び合い、素肌の温もりを分かち合う、甘く激しい行為の後で。
私の身体を包み込むように抱いたお前は、幸せそうな寝顔を見せている。その長い髪を指で梳いても、全く起きる気配はない。安心しきった、穏やかで深い眠りだ。
お前が二度と私の手を離さないと言ってくれたように、私も二度とお前を置いて何処かに行くつもりはない。
だからもう、お前が不安に思う必要なんてないんだ。
昔の傷を思い出して自分を苛むことはないんだ。
私は傍にいるから。
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「恋次。」
お前に名を呼ばれるだけで、俺の鼓動は高鳴る。
その綺麗な紫紺の瞳で見つめられ、微笑みかけられるだけで、俺は嬉しくて仕方なくなるんだ。
流魂街のゴミ溜めのような地区で暮らしていた時、お前の存在だけが、明日も生きていたいと願う唯一の理由だった。
お前を朽木家に奪われ、遠くから横顔を見つめることしかできなかった長い日々も、いつかはお前を取り戻すという目標が俺を支えた。
崩玉の一件以来、再びお前の隣にいられるようになったことは、どんな過酷な戦いと引き替えだとしても幸せだと断言できる。
何よりも大切で、ひたすらに心惹かれる。いつでも、何処にあっても。
この燃え上がるように激しい感情は、今更恋などという名前で言い表しきれるものではない。
普段見かけるお前は凛として、俺の前では偉そうに振る舞って。
でもお前は、あまりに華奢で、綺麗すぎて。ひどく儚げで、空に溶けて行ってしまいそうに思えることがある。
そんな時、お前がまた俺の目の前からいなくなってしまいそうな気がして、俺はどうしようもなく不安になるんだ。
不安は古い傷口をこじ開ける。
俺に向かって差し伸べられていた、お前の小さな手を振りほどいた時に感じた痛みを。それから長い長い間続いた、鈍色の後悔の時間を。
繰り返し、夢で辿る。
そんな夢を見た日は居ても立ってもいられなくなり、仕事中だろうが何だろうが、お前の顔を見に行かずにはいられない。
お前がそこに存在することを、この目で確かめずにはいられなくなるんだ。
「恋次、どうかしたのか。」
いきなり職場に姿を見せた俺に向かって、お前は少し心配そうな表情を浮かべ、俺の顔を覗き込む。
「いや、別に。何でもねぇよ。」
そんな風にしか返事の仕様がないけれど。こんな訳のわからない不安をお前に打ち明けるわけには行かないから。
ある日、ルキアが珍しく俺の部屋を訪ねてきた。
大喜びで迎え入れると、お前は俺に抱きつき、「好きだよ。」と告げた。
そして俺に暖く甘やかな唇を与える。
すっかり頭に血が上った俺がぼうっとしていると、お前はそうっと小さな白い手を俺の胸元に滑り込ませて着物を僅かにはだけ、裸の胸に滑らかな頬を押しつけてきた。
「・・・・・・今夜、ここに泊まっても良いか?」
お前はほんの一瞬逡巡してから、小さな声で尋ねた。
どうしてお前が突然こんなことを言い出すのかわからなくて、俺は混乱する。
でもお前の、艶やかに色めいた振舞いの中に、何故だか俺に対する深い労りと慈しみが溢れているのを感じて。
思わず零れ落ちた涙を長い髪で隠して、お前を抱き締めた。
月の光が微かに差し込む暗闇の中で、白い身体を夢中で抱いた。俺とお前とが繋がっているってことだけを、ただ感じていたかったんだ。その、痺れるほどの幸福を。
今、お前は俺の腕の中で、子供のようにあどけない寝顔を見せている。身に纏うものは何もなく、無防備に、俺に全てを委ねて。
お前はずっと、こんな風に俺の腕の中にいてくれるのか?
不安に喘ぐ俺の心を、お前を求めて尽きることのないこの飢えと乾きを、いつも傍にいて満たしてくれるのか?
・・・・・・それとも、またいつか。お前は遠くに行ってしまうのだろうか。
ルキア。俺の喜びと苦しみと。全ての想いの源。
拙いくせに、しつこくて申し訳ありません(思い切り土下座っっ)。
お祭り、ほんとに楽しませていただきました。主催してくださった司城様、読んでいただいた皆様、ありがとうございました。そして度々のお目汚しをお許し下さい。
最初はルキアサイドのみだったのですが、恋次サイドもくっつけてみたところ、バランスが悪くなっただけのような。あうう。
なまぴょん