毎月、定期的に病人状態になるのは、仕方のないことなのだ。
ひとりで部屋に寝ているのが辛くて、ピークの時は必ず恋次の部屋に行く。
生理休暇を取り、朝から押しかけて居座る。
理不尽だとは知っているが、些細なことで八つ当たりするのにも丁度いい。
「ルキアー、昼飯持ってきたぜ」
奴の部屋にいる私は、一日奴の布団にくるまってひたすら唸っているだけだ。
引き換え、この部屋の主は通常通りの勤務のため、こうして私の世話をしに休憩時間を使って戻ってくる。
奴の持ってきた昼食に、私は眉をしかめた。
「たわけ、竜田揚げなど見たくもない。いらぬ」
「食わねえと調子余計悪くなるだろーが、テメーは」
奴も慣れたもので、私の悪態に動じることなく竜田揚げ定食を卓に置いた。
そして、布団から動かない私を迎えにくる。
動かないでいれば、律儀に迎えに来てくれるから。
きっと動けないのだと思っているのだろう。
そんな事はないのだけれど。
抱き起こしてくれる奴の首に腕を回せば、ひょいと抱えて卓のある所まで運ぶ。
そして私を座布団の上に座らせて、肩から羽織り物を掛けてくれる。
お膳を見れば、これでもかと山盛りの竜田揚げ。
「今日は随分大盛りなのだな…」
「ん?ああ、面倒だから二人分を一緒に盛ってもらったんだよ」
「見栄えが悪くて余計に食欲をなくすな」
「腹に入りゃ同じだろうが」
ほれ、と私に箸を持たして、奴は自分も箸を口に運び始めた。
こちとら、腹の痛みに加えて腰から全身から軋むように痛いのだ。
なのに奴は私の横で、さも美味そうに食べているではないか。
なんだか無性に腹が立ってきた。
しかも私は、こういう時には暖かい汁物がいいと言ってあるのに!
「私はうどんかそばが食べたかった!」
「ああ悪ぃ。今日冷えるだろ?食堂行ったのが遅くて売り切れちまってた」
「貴様がとっとと昼休みを取らないから、私が竜田揚げなぞ食べさせられる羽目になったのだ!」
「へいへい、仰る通りっすねえ」
「そもそも私がこういう時に竜田揚げを食べるとでも思ったか!」
「あーそうっすねえ」
聞いているのかいないのか、奴はぱくぱくと竜田揚げを口に運んでいる。
その何ともやる気のない返答に、貴様は浦原か!と突っ込もうとした途端、
奴は私の後ろに回って、私を抱えるようにどっかりと腰を下ろした。
「じゃあ口に運んでやるから、とりあえず食っとけ」
「……」
脂っぽいものは嫌だとわかってるのか、副菜のおひたしと味噌汁、ご飯を交互に食べさせてくれる。
でも、なんだかそれでは「竜田揚げ定食」ではないではないか。
「恋次、私が食べているのは竜田揚げ定食ではないのか?」
「あ?」
「莫迦者。竜田揚げを食べずして、竜田揚げ定食とは言わぬではないか」
「…てーか、食うのか?」
「食べる」
「……」
私の口に竜田揚げを運んで、私が一口かじった残りを自分の口へ。
私にご飯を食べさせたら、その箸で自分もご飯を食べる。
私に味噌汁を飲ませたら、そのまま同じところに口をつけ味噌汁を飲む。
まったくもって理不尽だとは思うが、いいではないか、こんな時くらい。
いつもいつも肩肘張ってばかりで、素直になれない自分がもどかしい。
昼休みは時間が少ないのに、そうしてまで私に食事を取らせると、
お膳を持って奴はまた慌しく部屋を出て行った。
「おい、辛かったら薬飲んどけよ!」
扉が閉まる直前、奴の声が飛び込んでくる。
騒がしい奴め。
…薬など飲まぬわ、もったいない。
**********
大人しく布団に包まって、止むことのない鈍痛と気だるさをやり過ごす。
恋次はああ見えて気を使う奴だから、自分は使わないだろうに四番隊から
しっかり鎮痛剤をもらってきてくれてある。
でも、私は薬なんか飲まない。
具合が悪いと言って布団に包まっていれば、病気じゃないとわかっていても
大層心配して世話を焼いてくれる。
何より、早く帰ってきてくれる。
それが、それだけのことが嬉しくて私は病人になる。
だから、薬は飲まない。
痛みも、気だるさも、不機嫌も、薬を飲んだら消えてしまう。
全てにかまけて、私は恋次に甘える。
私が元気になってしまったら、こうしてお前を独占できないだろう?
自我に邪魔されて、わがままを言えないだろう?
風邪じゃだめなんだ。
いつ風邪を引くのかわからないじゃないか。
それに、お前に風邪が移って迷惑がかかると、私が居た堪れなくなるから。
ある程度眠っていれば、自然に意識は浮上してくる。
気が付けばもう外は日が暮れて、うっすらと部屋の中が見える程度だった。
時計を見ようと軋む身体を起したとき、すいっと寝室の襖が開いた。
「なんだ、起きてたのかよ」
「…眩しい」
隣の部屋の明かりが開けられた襖から差し込んできて、思わず顔をしかめる。
そのまま時計を見れば、終業時間を一時間ほど過ぎていた。
普段なら絶対まだ仕事をしている時間だというのに。
「早かったな」
「まあな。たまには残業しなくてもいいだろ?」
寝室の明かりが点けば、奴は言葉とは違い書類を抱えていた。
部屋に仕事を持ち帰ってきたのか…。
でも、それもいつものこと。
そして、その仕事をさせない私も、いつものこと。
「身体が気持ち悪い、風呂に入りたい」
「しょうがねえなぁ。じゃあ今入れるから、そこで待ってろ」
「喉も渇いた」
「あー…茶でいいか?」
「現世で飲んだ ほっとれもん がいい」
「…テメーは…」
まあいいや、と言い残して奴はお茶を淹れに流しへ向かった。
困ったような呆れたような、それでいて最後には口角が上がるその表情は、
全てお見通しなのだろうな。
「そうだ、夕飯にうどん持って来てやったからな」
食べ物の恨みは恐ろしいことを、奴はよくわかっている。
「先、風呂にするんだろ?」
「莫迦か貴様は。伸びたうどんを私に食べさせる気か?先に食事だ」
これは理不尽でも何でもなく、至極真っ当な主張だろう。
**********
一日来ていた寝巻きを変えて風呂から上がれば、奴は書類に向かっていた。
仕上がったものは、適当に周りに広げられている。
湯上りで身体は温かかったが、お腹の痛みと全身の軋みはかわらない。
「恋次」
書類を踏まないように、私は背中に近づくとそのまま奴の首へ抱きついた。
「おい…っ!あッ、テメー!これ書き直しじゃねえか…」
「腹が痛い…」
「あー?薬飲んどけよ」
「…飲んだ。でも痛い」
ウソをついた。
バレないように、一つずつ捨てることも忘れてない。
いいではないか、それくらい。
痛くて辛いのはウソじゃないのだから。
−−−今は書類より私だろう?
そう言えたら楽だろうな。
でも言えない。そこまで言葉に表せない。
「腹も腰も、頭も痛い」
「…じゃあ寝てろ。湯冷めしねえうちに布団に入っちまえ」
「布団が冷たいから、嫌だ」
最大限の甘え。
−−−一緒に寝て?
と、言いたい。
でもこれは恥ずかしくて言えない。
言ったら、奴は喜ぶのだろうけど。
「おい、放せよ」
恋次が私の腕を解こうとする。
まだ…仕事がしたいのか?
こんな時じゃないと甘えられないのに、そんなにこの報告書が大事か?
もっと普段から素直に甘えられれば、こんな思いをしなくて済むのか?
邪魔をしているという意識が沸々と湧いてきて、罪悪感に駆られる。
こんな罪悪感、感じたくないから病人の立場を使って甘えているのに。
理不尽だとわかっていても、私といてほしくて必死なのに。
こんな時じゃないと…。
「俺も風呂入らねえと、一緒に寝れねえだろうが」
てか、首絞まってるっつーの、と無意識のうちに力が入っていた私の腕を恋次が優しく叩いた。
腕を緩めて顔を上げれば、机の上を片付けている様子が目に入る。
「恋次…」
「ちょっと待ってろ、な?ちゃんと暖かくしてろよ」
私の頭を一撫ですると、散らかしてあった書類をざっとまとめて風呂場へと行ってしまった。
やっぱりお見通しなんだ。
風呂から上がった恋次に、「遅い」と文句を言って腕を伸ばせば、
そのまま抱きかかえて寝室へ連れて行ってくれる。
一緒に布団に入ると、奴は後ろから腕枕をして抱きしめるのがお約束。
もう一方の手は、私の腹を暖める。
よく温まった奴の身体が、痛みに軋む私の身体になじんでほっとする。
「恋次、朝までこのままだぞ」
「ああ」
「このときばかりはお前と寝ても安眠できるからな」
「…ルキア、それって暗に…ぅぐッ!」
貴様の考えることなど、私だってお見通しだ。
わき腹に肘鉄を打ち込む。
最後まで言わせてなるものか。
毎月の身体の痛みも、理不尽なイライラも、女にだけ与えられたもの。
だったらそれを逆手にとって、思い切り甘えてしまえばいい。
そうすれば、こんなに幸せな時間に変わる。
素直になれない私の、甘えるための大切な言い訳。
やっぱりもったいなくて、薬なんか飲めない。
私は、心地よい眠気にそのまま身を委ねた。
明日は出廷しなければいけないから、朝薬を飲まなければいけないな、
と考えながら。
ハタチくらいまで、五十嵐の生理痛は「全身筋肉痛」でした。爆
なんだそれって思うけど、本当に全身が軋むんですよ^^;
二人をイチャコラさせたかったのに、今一歩どころか今千歩なんですがどうにもならず。
山なし、オチなし、意味なしの本当のヤオイですみません。。。
皆様の秀作に、五十嵐は毎日感嘆のため息を漏らしておりますっ!
主催の司城さん、参加の皆様の素晴らしい創作意欲に脱帽です!!
参加することに意義があるっ!ってことで。。。
五十嵐