戻る。戻る。
    そして、もう一度――



≪≪Return





 二次受かったこと、アイツに一番最初に伝えてやろう。
 軽い足取りで向かったその先は、――暗く、重たかった。

 二人だけとなり、静まり返った部屋。
 眉をひそかにしかめ、彼女はこう言った。
「……朽木家に、養子に来いと言われた。」
 刹那の間。
 だが、それが長い長い時間に感じた。
 
   アイツに、家族ができる。
   美味しいもんが食えて、綺麗な服が着れて、いい生活が保障される。

 ――だけど。
 もう二度と同じ過ちは、犯したくない。
 もう見失いはしない。

「……行くな!」
「……え?」
 俺はアイツの肩をがっちり掴み、アイツの目を見て。
 あの時本当に伝えたかった言葉をぶつけた。

「養子なんか、行くんじゃねぇ!!ずっと……ずっと俺の傍にいろ。」
 ただでさえ大きい瞳が更に大きく見開かされ、そこからは大粒の涙と……
「ありがとう、恋次。」
 あの時とは違う、悦びを含んだ感謝の言葉。


   やっと、言えた。
   やっと、戻れる。


 俺はルキアの顔をそっと包み、顔を近づけ――


 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!


「あぁんっ!!? うるせーぞ!!!」
 目覚ましを思い切り叩くと、それは静かになった。

 今日は非番。
 目覚ましを掛ける必要などないのに、ついつい癖で掛けてしまったようだ。
「あぁ〜…夢か……。オイシイとこだったのに……って何考えてんだよ俺!!」
 
 朝からやましい考えが浮かんだ己に叱咤する。
「……ったく。いつの頃の夢なんか見てんだよ。」
 
 自分はまだあの時のこと、後悔しているのだろうか。
 ふっと自嘲気味に笑いながら、もう一度寝ようとしたところで。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド


 今度は朝には似つかわしい音に、「なんだ?」と顔をしかめ、戸の方を眺めてみる。
 しかもその音は――
「はぁ!? なんでこっちに向かって……つか、これってまさか……」
 “俺んちに向かってんじゃねーか”、そう言おうとした瞬間。


 バアァァァァァァァン!!!!!


「恋次様、早く起きろピョ―ン!!!」


 戸を蹴り倒し、入ってきたのは想い人……の義骸に入った義魂丸。
 名前はチャッピー……とか名づけられてたっけ。

「テメー、朝っぱらからうるせーんだよ!!戸を壊すな!!つか、起きてるっての!!」
 頭を抱えながら、何とか突っ込むところは突っ込んどいた。
 しかし、相手は一切気にもとめていない様子。それどころか、本当に嫌そうな顔をしながら。
「煩い男は嫌われるピョーン。」
 想い人に似て一言多い。

「余計なお世話だっつの!!!……何しに来たんだよ。俺は今日非番なんだぜ?」
「そうそう!忘れるところだったピョン! ルキア様がお待ちしてるピョン。早くして下さい!」
 
 ……はい? 俺、今日ルキアと約束なんかしてねーぞ……。

「は? なんでルキアが……」
「ごちゃごちゃ煩いピョーン!!着替えろって言ったら着替えるんだピョ―ン!!」
 ……と言いながら、襲ってきやがった。
「痛ぇ!!!何しやがる!!……ってギャ――!!!勝手に脱がすんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」




(しばらくお待ち下さい)




「だいぶ遅かったな。待ちくたびれたぞ。」
 想い人・ルキアの第一声は、愛も何もこもってないそんな言葉だった。
 
 あれから義魂丸と格闘すること1時間。
 結局、普段着を着せられ、髪を無理やり結われ、ルキアが待っているという場所へと連れて行かれた。
 朝から疲れきっている己の姿を見たルキアは、くすくすと笑い「おはよう、面白眉毛殿」と言を発した。

「テメー!!!」
「ん? 貴様が素直にチャッピーの言うことを聞いていれば良かったのだ。」
 相も変わらず、澄ました顔で答える。ほんっっとに可愛くない。
「……ったく。……で? 何の用なわけ?」
「む。用がなくては貴様を呼んじゃいけない法律でもあるのか?」
「こんな朝っぱら呼ぶなんて、なんかあったんかって思ってよ。」

 そうだ。やっぱりなんだかんだ言っても、結局コイツを心配してしまう。
 ルキアは、本音を隠してしまうところがあるから。
「いや。ただ昨晩、兄様から貴様が非番だと聞いたからな。一緒にお昼でも食べようかと、ほれ。お弁当作ってきたぞ。」
 そう言って、目の前には何人分だよ!?……と突っ込みたくなるような重箱が出された。

「……お前、一人で作ったのか?」
「あぁ。朽木家にある弁当箱がこれしかないと言われてな。まぁ、貴様はよく食べるし沢山作ってみたのだ。」
 ふふっといたずらっぽく笑うルキアに、自身も嬉しくなる。
「昼食の前に朝食食べてないんだが……。そんだけあんなら味見させろよ。」
「む? 駄目だ、我慢しろ! 『待て!!』 」
 ルキアは小さな左の手のひらをこちらに向け、右の手で重箱を後ろに隠した。
「ぁあ? 俺は戌かっ!?」
「戌だ。」
「・・・。」
 
 …ルキアにはっきりと言われてしまうと、妙に哀しくなる。
 まぁ、確かにルキアの言うことはなんだかんだ聞き入れてしまうことが多いし。
 確かに、ご主人様と戌? お姫様と下僕??
 悩みあぐねてるそんな俺の様子を、ルキアは楽しそうに見つめていた。


「ふぁ……今朝は早かったから、眠いな……。」
 ふぁっと欠伸をすると、こてん、とこちらに倒れてきた小さな少女。
 自分はというと、その行動に驚き「うぉ!」…なんて叫んでしまったから情けない。
「て、テメー!! 何し…」
 “何してんだ”と言おうと思ったのに、その相手から聞こえてくる可愛い寝息。
 どうやら本当に寝てしまったようだ。
 無防備に眠るルキアに思わず手がうずくが、ここはしっかり止めた。

 なぜなら。

「ルキア様に手を出したら許さないピョーン!!」
 そう、まだ居たのだ。チャッピーが。
 しかも想い人と同じ笑顔で、
「…と、白哉様が仰っておりましたピョン!」
 こう言われてしまうと、元も子もない。
「出さねーよ、馬鹿野郎。そりより、さっさとお前は帰りやがれ!!」
「むぅ、仕方ないですピョン。ルキア様の願いでもあるし…、今日は素直に帰ってあげますピョン!!」
 そう言って、邪魔者はささっと去ってしまった。
 
 あれ? なんか今、気になる一言があったような……
 問い質す前に帰ってしまったので、なんとも言えないが。
「まぁ…、これくらいは早起きのご褒美でいいだろ?」
 己の膝の上で寝ている彼女の頬にそっとキスを落とす。
 柔らかい肌の感触に、愛おしさが増す。

 ―あの時、本当は手放すなんて嫌だった。傍にいて欲しかった。

 ふと、今朝の夢の続きを思い出す。
 本当は小さな唇に落としたかった、キス。
 でも、今はいい。離れていたあの半世紀を考えれば。
 もしあのまま元の関係に戻れなかったら、ルキアの間違った処刑がすんなり行われていたら、
 こんな日を過ごせることもなかったはずだから。


 これからは、ずっと、離れずにいよう。
 昔の様に。
「ありがとう、また俺の元に戻ってくれて…」
 柄でもなく言ってしまった言葉は、今日の夢の所以か、はたまた彼女が寝ている所以か。


 今日の空はどこまでも蒼く澄んでいて。太陽が暖かくて。
「ふぁ。あぁ〜眠ぃ! 結局非番なのに早起きしちゃったからな…。昼になるまで俺も寝よっと。」
 そっと大事に、愛しい人を抱きながら。
 心地よい眠りへと落ちていった。





 
 頭上から聞こえてくる寝息に、そっと目を開ける。
 大事に己を包む大きな手に、嬉しくて自らもきゅっと絡めてみる。
 
 明け方見た夢は、あの時の、朽木家への養子の話を出された日のものだった。
 だから無性に貴様に会いたくなったなんて、恥ずかしくて言える訳がない。

 40余年前に離されたしまった手は、再び私を掴んでくれた。捕まえてくれた。
 なぁ、恋次。 私達は戻れたのだろうか? なら、
 もう、二度と、、、
「…もう、二度と離すなよ?」
 小さな声が蒼い空へと溶けていった。






「…朽木家に 養子に来いと言われた」


 今、朽木の者に言われた言葉を、事実を、伝えると、苦しそうな表情になった恋次。
 きっと貴様は、私の本当の気持ちも知らずに、約束された将来という言葉に惑わされるに違いない。

 そうだ、貴様が言ってしまう前に伝えよう。
 両肩を掴まれ、力がこもった刹那。私もすぅっと大きく息を吸った。
「…やっ……」
「行かぬ!!!」
「!?」
 両の拳を強く握り、恋次に押されてしまわぬよう叫ぶように伝えた。
 案の定、奴はアホの様に呆けている。
 その姿に笑いながら、本当の私の気持ちを伝えた。
「行かぬよ、私は。」 
 両の手で、目の前の逞しくなった腕を取って。
「私は、ずっと恋次と一緒にいたいから」


   やっと、言えた。
   やっと、戻れる。


 その瞬間。
「良かった……」
 あの時とは違う、安堵の声。
 莫迦者。嘘つこうとしてまで賛成しようとするなんて。

 絡めとる腕に、心地よく体を委ねた。
 近づく顔に、目をつぶった。



 恋次、大好きだ。










この度は、ルキ恋祭り開催おめでとうございます!!
そして、なんとか今回も参加できて良かったです(感涙!)
実はこの話、前回の恋ルキ祭りに出展しようと思い書いていたのですが、時間切れになってしまったので途中放置プレイしていたものだったりします。
なので…という言い訳になりませんが、全くルキ恋になっていなくて本当にすみません!!!
とりあえず、ルキアに振り回され気味な恋次君です(笑)そして恋次大好きなルキアさんです。
チャッピーも登場で、中頃はテンポよく書けました♪(あれ、前後は!?)

ルキ恋祭りも残り半分を切ってしまいました。
最後まで盛り上げて行きましょうvv



陽のあたる坂道   佐倉はるの