恋次の目の前には流魂街の甘味処、三橋屋名物「栗ぜんざい」。ルキアには「白玉ぜんざい」が運ばれてきた。
 ルキアは嬉々として、早速目当ての白玉に取りかかっている。
 それに対し恋次は、憮然とした表情で小豆をつついていた。
「お前さ、何で全部断るわけ?」
 恋次の問いかけに、ルキアは口の中にあった一つ目の白玉を食べ終えてから言った。
「なぜって、別に……あれだ。今日は気が乗らないだけだ」
 ルキアは朽木家のお嬢様として、一部ではよく知られた存在だ。それが高級着物店なら尚更で、買い物の為に中に入れば、ルキアの目の前にはさまざまな品物が並べられる。しかしルキアは、一通り品物は見るものの、いざとなると「今日は止めておこう」などと言い出し結局何も欲しがらないのだ。
 「私は高い物しか買わぬぞ。覚悟して置け」とか言ってたクセに。
 そんなわけで、今日買ったものといえば、このひと休みの為に頼んだ甘味だけ。
 コイツが何、考えてんだかわかんねぇ。
 恋次は考えるのもだんだん面倒になり、目の前の栗ぜんざいにやつあたりするように、勢いよく食べ始めた。

 ルキアが朽木家の養子となってからというものの、二人が一緒に出かけることはなかった。貴族のお嬢さんがそう簡単に外出できるわけもなく、その上流魂街育ちの男と一緒に歩くなんて事は、有り得ないことだった。
 けれど双極での戦いの後、これまでのわだかまりから打ち解けた二人は、周りの目を気にすることなく普通に話すことができるようになった。そして、長い間断絶していたとは思えぬほど急速に、昔の関係に戻っていった。
 昔と違って隊所属となった今。あの頃は出来なかったこと「自分できちんと稼いだ金で何か買ってやりたい」恋次はそう思いたち、一緒に出かけるきっかけをつかんだのだが──
 ルキアは何一つ欲しがらない。
 だったら高い物を買えといわれた方が、よっぽど分かりやすくて簡単だ。
 そう思いながら、恋次は栗ぜんざいの器をやや乱暴に置いた。
「何だ、もう食べ終えたのか」
 ルキアが呆れた顔で言う。
「もっと味わって食べねば、この店の主に対して失礼という──」
「ルキア、俺ちょっと出る」
「は?」
「俺にも、買い物があんだよ。今のとこ休みなんてそう取れねぇし」
「そう、か」
「それ食べ終わったら、なんか別なのでも頼んでろ」
「お前のおごりでな」
「んなの、わかってるよ」
 赤い髪は店の暖簾をくぐり抜けていった。 
 ルキアと一緒に残されたのは、空になった栗ぜんざいの器だけだった。 


……


 買い物のきっかけは、恋次がルキアの着物に対して口を出してきたことだ。
「お前さ、曲がりなりにも貴族なんだろ。それにしては、質素過ぎるというか、地味過ぎるというか」
「なんだと、そんな悪趣味な刺青をしている者に言われたくなどないわ」
「てめぇ、悪趣味って」
「そんな貴様に、私の着物のけちをつけられる筋合いはない」
 恋次はそれほど着物に詳しいわけじゃない。どちらかと言えば、関心がないほうだ。
 しかし、ルキアの普段着ている物がそう上等じゃないものだとはわかる。尸魂界の四大貴族である朽木家の、一応お嬢の着る物としてはあまりにも質素だ。
 まさか穴が開いていたり、裾がほつれているわけではないが、この辺でも簡単に手に入る生地。地味な色合い、飾り気のまったくない帯。
 いつもならばそのまま他愛のない口喧嘩が続くのだが、この日の恋次はルキアをなだめる様に言った。
「い、いや、別にそういう訳じゃねえんだけどさ。俺も派手なのとかよりはそっちのがいいと思うけどよ」
 ルキア自身にもたしかに似合ってはいる。
「だけど、たまにはこう、それなりのを着ててもいいだろ」
 何だか回りくどい言い方の恋次に、ルキアは眉を寄せた。
「結局貴様は、何が言いたいのだ」
「だから、俺が何か買ってやろうかと」
「お前が?」
「給料入ったばっかだし」
 なんとなく言い訳のようなことを恋次は言う。
「自分の給料なら自分のために使え。……大体、貴族の買い物はお前のようなものに払いきれん。止めておけ」
 ルキアは顔を背け、あっさりとそう言い放った。
 副隊長の給料が高いのは、その分危険で厳しい仕事だからだ。そうやって、稼いだ金ならば稼いだ自身で使うべきで「他人である自分の為になど使わせたくはない」とルキアは思った。生活に困っているのなら別だが、今は貴族の容姿として何不自由のない生活を送っている。それになにより、ルキア自身だって働いて給料を貰っているのだ。
「んだよそれ」
「貴族というものは、高級店のそれも高級品しか買わぬのだからな」
「副隊長の給料を舐めんじゃねぇ」
「私だって、それなりの給料をきちんと貰っているのだ」
「お前なんかが貰ってんのとは格が違げえんだよ」
 憎まれ口を叩く恋次に、ルキアもむっとしてくる。恋次はさらに追い討ちをかける。
「ヒラと席官の差じゃねぇ。ヒラと副隊長。道ばたの棒切れと斬魄刀の差だっ」
 貴様、とルキアは冷笑を浮かべた。
「なるほど、そこまで言うのならば、覚悟しておけっ」

 と言うことで、穏やかではないが一応二人の間で買い物に行くいう約束が結ばれ、今に至るのだが──


……


 店を出てしばらくして、戻ってきた恋次はそう荷物が増えた様子もなく席についた。
「何だ。早かったな」
「そうか? ほらよ、土産だ」
 恋次は手のひらに収まるくらいの何かを取り出し、ルキアに押し付けた。何だというように見やげると「空けてみろ」と言う。
 綺麗に包装された小箱。ルキアは今日寄った店の包みだなと、訝しげに思いながら開けた。
 小箱の中で薄紙に包まれていた物。手に取ると大きさのわりに、重みがある。つるりとした白い楕円の基盤。その上に、黒い兎が振り返るように座っている。その目だけがぽちりと赤かった。
 ルキアは驚き、恋次を見上げた。
「これ、高いんだぞ」
 それは今日寄った店にあった品物で、ルキアが密かに見つめていた兎の帯留だった。
「んなの、わかってるよ」
「鯛焼き何百個も買えると思うぞ」
「だな。でも、欲しかったんだろ」
「……そんなことは」
 そう言いながらもルキアの視線は、兎に止まったまま。
 ルキアは自分に必要なものは自分の手で、つまり自分で働いた給金で手に入れなければそれは身の丈に合わないものなのだと考えていた。だからこの帯留めも自分の給料をためていつか購入したいなと、店で見かけたとき密かに決意していたのだが……。
 熱い視線を送っていたとはいえ、これを欲していると恋次はよくわかったな。
 ルキアがそんなことを思い感心していると、
「なんだ、いらねぇのかよ。だったら別の奴にやるよ」
「なっ! い、いる」
 恋次の取り上げようとする仕草に、思わずそう答えてしまう。
「じゃ、貰っとけ」
 どうせ店に返すのは面倒だから貰っといてやるとか、ルキアの頭には言い訳も浮かんだが、結局口から出たのは素直な言葉だった。
「あ、ありがとう。感謝する」
 いつまでも帯留めを見つめ続けるルキアをうながし「じゃ、続きいくか?」と恋次は立ち上がった。しかし、ルキアは首を振った。
「いや、今日はもう帰ろう。甘味と帯留め、買ってもらっただろ」



 店を出て喧騒な流魂街の町を抜けた後、瀞霊廷への帰り道を二人はゆっくりと歩いていた。
「それだけでよかったのかよ」
「十分だ」
 ルキアの答えに、ふうんと恋次が納得しないような相槌を打つ。
 その横顔を見て「ただし今日のところはだ」とルキアは付け加えた。
「お前が隊長にでもなったら、そのときには遠慮なく買ってもらおう。まあ、成れるかどうかは分からぬがな」
 皮肉な口を利くルキアに、恋次も負けずに言い返す。
「だったら、すげえの買ってやる。そうだな、そん時は、屋敷が買えるような高っけぇ着物を買ってやる」
「それならばむしろ、屋敷を買った方がいいだろ」
「じゃ、朽木家よりデカイ屋敷買ってやるよ」
 ルキアは無謀なことを言うなと鼻をならした。
「そんな金があるなら、屋敷と同じぐらいの大きな鯛焼きを作ってもらったらどうだ」
「んなの、食べつくす前に、腐り始めんだろ」
「お前なら喰える」
 ルキアは笑った。そしてそのまま、さり気なくうつむいた。なんだかおかしい。涙が出そうだ。
 
 帯留めその物も、もちろん嬉しかった。けど、同じぐらい嬉しいのは帯留めを欲しいと思っていた自分の気持ちを察してくれたこと、そしてこんな他愛もない会話。
 そうだ。本当に欲しかったのはそんなお前の時間だったのだ。

 これから先、幸せかどうかはわからない。こんなことを言っていたら、甘いといわれるかもしれない。
 だけど今は、優しい未来を語ってほしい。

 本当に欲しいのは、そんな時間なんだ。

「あれか。日頃世話になってる人たちみんな呼べばいいか」
「かなりの馬鹿だと思われるだろうな。そんなデカい鯛焼きなんて作るのは、貴様しかいないぞ」
「作れっていったのはテメーだろうが」
「ん、ああ、そうだったな。是非とも作ってくれ、その時が楽しみだ」
 ありがとうと、幸せな気持ちを込めてルキアは静かに微笑んだ。











時期としてはルキアが尸魂界に残ると決めた後かと。
自サイトではあまり書くことがなかったのですが、大好きな二人なのでこの機会に書き上げました。
話のまとまりと、ルキ恋かどうかは、ちょっとあれれ?な感じなのですが。
ここまで読んでくださってありがとうございました。


空言テリトリー   森沢ゆば