まさか、こいつがこれほど酒に弱いとは。
眠り込んでいる恋次を引きずるようにして寒い夜道を歩きながら、ルキアは嘆息した。それにしても、ぐったりした酔っ払いというのはとても重い。

 その夜、仕事後に居酒屋で一杯どうだ、とルキアを誘ったのは恋次である。
恋次はルキアと酒を飲んだことがない。ルキアが酒を飲めるのかは知らないが、冷え込む夜だし、ちょっと暖まって行くのもいいか、と思ったのだ。酔って潤んだ目をし、頬を赤らめたルキアなんて、想像するだけでも可愛すぎるではないか。
しかし。ルキアは顔色も変えず、結構度数の高い酒を、水を飲むようにすいすいと飲んでいった。恋次も同じペースで付き合っていたら、あっという間に限界を越してしまったのだ。
恋次も決して酒に弱い方ではないのだが、ルキアは半端でなく強かった。

 酔った恋次を自宅まで送り届けようと急ぐルキアの鼻先に、はらりと雪が舞い落ちてきた。風も強さを増している。全くもう。気持ちよさそうな恋次の寝顔を見ていると、腹が立って仕方ない。
やっとの思いで恋次の家に着くと、ルキアは恋次をそのまま寝室まで引きずって、押し入れから布団を引っ張り出した。いくら何でも、この寒い夜に部屋に放置しておくと風邪を引いてしまうだろう。何とか恋次の死覇装を脱がせ、夜着を着せてやろうとしたが、ぐったりとした手足はルキアに重たく絡みつき、うまく着せられない。無理に着せようとすると、ごろりと転がった固い足がルキアの頭をしたたかに蹴飛ばし、痛みで目から火花が飛び散った。
「痛いぞ、この馬鹿。手間ばかり掛けさせおって。お前のような奴は勝手にしろ。」
ルキアは腹立ち紛れに恋次の頭を殴りつけ、夜着をいい加減に着せかけたままで、恋次を布団の中に押し込んだ。

自分も早く帰ろうと、ルキアが恋次の家の玄関を出ると、外は猛吹雪が吹き荒れていた。十三番隊の隊舎に帰るにしても、朽木の屋敷に帰るにしても、これでは冷え切ってびしょ濡れになってしまう。
 今夜はここに泊まり、明日の早朝に帰るしかないか。夜明け前に発てば人目に付くこともあるまい。
 ルキアは諦めて室内に戻り、余分な夜具がなかったので、やむを得ず恋次の寝ている布団の中に潜り込んだ。

布団の隅で丸まって眠ろうとしたルキアに、恋次が腕を伸ばして抱きついてきた。
「貴様、不埒な真似を。」
ルキアがその鳩尾に鉄拳を食らわせようとしたとき。
「ルキア。好きだ。」
恋次が低い声で囁いた。
「お前。何だ、いきなり。」
ルキアは僅かに動揺する。
恋次はこれまで、ルキアに対する感情をはっきり伝えたことはなかった。
それでいて、時にはっとするほどの熱く激しい眼差しを自分に注いでいることを、ルキアは知っている。そしてルキアが物問いたげな視線を向けると、恋次は決まって目を逸らし、誤魔化すように笑うのだった。
「好きだぜ、ルキア。放さねえぞ。」
譫言のように恋次はつぶやいて、迷うことなくルキアの身体を自分の胸に押しつけ、その黒髪に頬を寄せた。
「ルキア。・・・ルキア。・・・愛してる。」
もう一度恋次は繰り返した。
ルキアは暫く身を固くしていたが、やがて恋次の穏やかな寝息しか聞こえなくなった。
「・・・何だ。寝言、か。」
ルキアは少し詰まらなそうに呟いたが、幸せそうな寝顔で自分をしっかりと抱きしめる恋次の腕に抵抗するのをやめて、おとなしくその胸に頭をもたせかけた。

翌朝遅く、恋次は飲み過ぎで痛む頭を押さえながら一人で目を覚ました。
「俺、夕べは・・・。」
昨夜のことを思い出そうとしたがうまく行かない。とても幸せな夢を見た気がするのだけど。
ルキアと酒を飲んでいたことは覚えている。それからどうしたのだっけ。
恋次が立ち上がろうとすると、夜着が絡まって転びそうになった。すっかりはだけ、手足にかろうじて布が引っかかっているような状態である。こんなに寝乱れているなんて、ただ事ではない。不審に思いながら夜着を脱いだ時、ルキアが普段、好んでつけている優しい香りがふわりと漂った。
「俺、まさか。ルキアを酔わせて。ここに連れ込んで、あいつを。」
恋次は青ざめた。
ルキア。その存在。その心と身体。それがどれほど貴重なもので、恋次は長い間、どれほど焦がれ続けてきたことか。
しかし、だからこそ、これまで恋次は迂闊にルキアに触れようとはしなかった。ルキアが自分に瞳を向け、自分の腕を求めるようになるまで待とうと決めていた。
それなのに、事もあろうに酒の勢いに任せて、力ずくでルキアの身体を奪い、その心を踏みにじってしまったというのか、この俺は。

夕方、恋次は仕事もそこそこに、急いで十三番隊に駆け付けた。
「ルキア! 俺、夕べは。」
「静かにしろ。仕事場でするべき話ではあるまい。」
声を押さえるルキアに恋次はその怒りが深いことを知り、わずかに残っていた希望も打ち砕かれる。

 謝って済むことではないが、それでも謝らなければ。
 人に聞かれずに話ができ、ルキアを怖がらせることのない場所と思い、恋次はルキアを六番隊の副官室に連れてきた。
「恋次。昨日のことを覚えているか? お前は自分だけ気持ち良かったかもしれないが、私がどんなに重くて痛い思いをしたか、わかっているのか。お前があんな奴だとは思わなかった。」
 副官室に入った途端、ルキアから容赦のない言葉を浴びせられた。恋次ばかりが気持ち良くて。ルキアは重くて痛くて。体も心も踏みにじられて。容赦のない事実を突きつけられ、恋次は背筋が凍り付き、息が詰まる。
「済まねえ! 詫びる言葉もない。」
 べったりと床に手をついて土下座した。その勢いに、ルキアは些か驚く。

「いや、まあ、土下座するほどのことでもないとは思うが。それにしてもだな、お前だってこれまで随分経験しているだろうに。ちっとも加減というものをわかっていない。」
 自分の酒量ぐらいちゃんと把握しておけ。

「俺が悪かった。でも、随分経験って、それはないぞ。信じてくれ。」
 恋次は慌てた。自分はこれまでどんなに仲間にからかわれようと、愛しい女以外には触れないと誓ってきたんだ。今回のことだって、中途半端な気持ちからしたことではない。言い訳できることではないが、それだけはわかって欲しかった。それにしても、そんなに酷くしちまったのか。

「そんなわけがなかろう。私だってしょっちゅうなのに。」
 飲み会なんて、六番隊でもよくあるだろう? まして恋次はいろんな隊に友達も多いから、ルキアより酒席が少ないなんて考えられない。

「しょっちゅうって、てめえ、その、一体誰と。」
 恋次はうろたえた。ルキアに付き合っている男がいる可能性を、愚かにもこれまで考えてみたこともなかった。自分さえ努力すればいつかルキアに手が届くと、勝手に都合の良い思い込みをしてきたのだ。
 だが冷静になってみると、そんな根拠はどこにもなかった。ルキアに好意を寄せている男はたくさんいるし、第一、ルキアだって誰かに恋をしてもおかしくはない。

「誰って、十三番隊の者だが。」
「十三番隊。まさか、浮竹隊長じゃねえだろな。」
 浮竹隊長がルキアをかわいがり、いつも傍に置いているのは、誰もが知っていることだ。だが恋次は、それはあくまで上司と部下としてのことだと微笑ましくさえ思っていたのに。

「浮竹隊長とはつい一昨日。浮竹隊長は何を言っても聞いて下さらぬ。お体が万全ではないのに、どうしても欲しい、と。」
 ルキアは複雑な表情を浮かべて嘆息した。身体が弱いのに酒を飲みたがっては体調を崩す厄介な上司を介抱するのは、いつもルキアの役目である。

「最近は、兄様とも時折。こんな交わりも良いものだ、と仰る。」
 ルキアは、今度ははにかむような笑みを浮かべた。
 月を眺めて盃を交わしながら、義兄が緋真の思い出をぽつりぽつりと語ってくれることがある。そんな時間を義兄と持てることが、たまらなく嬉しい。

「あ、この前は花太郎が相手だった。あいつは初めてだったけれど。」
 花太郎が随分と研究を重ねて浮竹隊長の新しい薬を調合してくれたので、ルキアはお礼に、洒落た酒を出すと評判の店で花太郎に夕食をご馳走したのだ。ルキアとの食事が初めての花太郎は嬉しそうにはしゃぎ、さらに薬を工夫すると約束してくれた。

「・・・そんな・・・・・・。」
 恋次はただ呆然としていた。
 あの人望のある熱血漢の浮竹隊長が。厳格で清廉潔白な朽木隊長が。誠意の塊のような花太郎が。
 ルキアは断れなかったのだろうか。それともルキアは、自分が思っていたよりずっと、その、何というか奔放な女だったのだろうか。
 もう誰も、信じることなどできやしない。
「てめえ、自分をもっと大切にしやがれ。」
 恋次は精一杯自分を押さえながら、低く掠れた声で言った。


「それはお前だろ。酒は呑んでも呑まれるな、と言うではないか!」
 ルキアは得意満面の笑顔で即答した。


 誤解が解け、ルキアに思い切りからかわれて、恋次は不機嫌な顔でぶつぶつと言い訳を繰り返していた。
 自分が酒の勢いでルキアを無理矢理、という最悪の事態でなかったことに胸を撫で下ろしたが、格好悪いことに変わりはない。
 恋次が黙り込んでしまうと、腹を抱えて笑っていたルキアがふと、真顔になった。
「お前が、布団の中で私に告げた言葉がある。」
「な、何だよ。ほんとに俺は何も覚えてねえんだ。いい加減にしてくれ。」
 困り切って慌てる恋次を見て、ルキアは僅かに淋しげな笑みを浮かべた。
 その表情を見て、恋次の胸はちくりと甘く疼く。
「私はそれを聞いて、とても嬉しかったのだけれど。お前がそれをもう一度、今度は素面で口にしてくれるまで待っていたら、私はきっと老婆になってしまうな。」
 
 ルキアはそっと恋次の耳元に口を寄せた。
 ルキアの黒髪がさらりと恋次の頬を撫で、甘い吐息がふわりと首筋にかかる。
 桜色の柔らかい唇が微かに耳朶に触れ、恋次の体に緊張が走った。

「・・・・・・今度チャッピーグッズの新作が出たら、俺が全部買い占めてきてやるって。お前、私に約束したんだぞ。」
「マジかよ!!」
 頼むから勘弁してくれ、と喚く恋次をそのままに、ルキアは高笑いをしながら、颯爽と六番隊副官室を後にした。




 




ルキア姐さんに振り回される恋次を書きたかったのですが、ちょっと苛め足りませんでした。
 素敵なお祭りの開催、ありがとうございます。



なまぴょん