誰も知らない祭りの影で
二人だけの秘密 頬を寄せて笑った秋の宵
提灯の影で 笑ひ 笑ひ…
俗に、死後の世界は二つの階層に分かれると云ふ。
良き行いをした者が行く所を極楽、悪しき行いをした者が逝く所を地獄ー。
けれど、そんな事を言った者は所詮大嘘つきだったのだろうと恋次は思う。
この巨大な門扉をくぐる度に 否が応でも目につく 流魂街と瀞霊廷 その貧富の差をー
自らもその貧困から逃れる為に死神になったが こうして戻れば郷愁を誘うこの騒ぎ
恋次はその体躯に似合わぬどことなく寂しさを伴った笑みを浮かべた
「祭りとはいえ…ここは何時でも賑やかだな」
「おーい恋次ー!」
呟いた彼に 大きな声が 喜色を隠しきれない声が彼の名を呼んだ
振り返ると 一人の少女が駆け寄って来た 流魂街に似つかぬ高価そうな着物を纏った少女
祭りの華やぎに良く似合い 尚かつ淑やかな上品さがある
提灯の明かりの下で 仄かに銀灰色を混ぜた下地に朱色の華が美しく咲いている 歓びに頬を染めた彼女の顔にも
心底美しいと思った 彼女の所作 立ち居振る舞いから言葉 彼女の全てがー
「どうしたのだ恋次?不意に惚けて?」
「あ…いや何でもねぇよ。ルキア」
普段は滅多に見せない様な悪戯っぽい笑顔を浮かべて恋次の顔を覗き込んだ
ふわっと華の香りが漂う 月明かりの下で普段よりも一層魅力的に見える少女に思わず頬が赤らむ
そんな恋次を ルキアと呼ばれた少女はくすくすと笑った そして恋次の袖を引っ張る
「さて行くぞ恋次!」
「何だよ張り切ってんじゃねぇか、ルキア」
「当たり前であろう!何せ祭り等…殊の外流魂街の祭りは本当に久々だからな」
「だろうな。そもそも瀞霊廷の祭りなんかお前、行った事無ぇんじゃねぇのか?」
「うむ。兄様が『貴族がみだりに下々の者共の群衆の中に行く事等言語道断だ』と仰ってな…」
「あの人らしいな」
「だが今夜は『恋次を護衛につけるのであれば数刻の外出を許す』と仰って下さり、こうして祭り用の晴れ着まで用意して下さったのだ」
どこか誇らしそうに着物の袖を振ってみて歩くルキア そんなルキアの横をまんざらでもなさそうな顔で歩く恋次
彼はほんの数時間前、隊首室で交わされた会話をぼんやりと思い出していた…
* * *
「恋次、今宵西流魂街で祭りがあるのを知っているか?」
「はぁ…まぁ一応」
今まで寡黙に徹して書類整理をしていた六番隊隊長にしてルキアの義兄・朽木白哉が唐突に口を開いた
呼びかけられた当の本人は豆鉄砲を喰らった鳩の様に面食らった その台詞に耳を疑う
しかしそんな恋次に構う事無く白哉は言葉を続ける
「以前ルキアに瀞霊廷の祭りに行ってもいいかと聞かれ、その時は否と答えた…瀞霊廷は広い。迷子にでもなったら困るだろうと思ってな」
「そうなんですか」
「だがお前がついていればそう言う事もあるまい」
「はぁ…」
何だか白哉の思う方向に流されつつある会話の中で恋次は一抹の不安を抱いた そして その不安は次の白哉の台詞によって揺るぎないものとなる
『恋次。今宵西流魂街の祭りにて、ルキアの護衛に任ずる』
「え?いやあの…俺の意見は無視っスか」
「義妹に怪我をさせる様な事があったら…その時は」
そういってじろりと恋次を見やる 白哉は知っているのだ 恋次がこの役目を引き受けない訳が無いと
その証拠に恋次の顔にはまんざらでもない喜色がうかんでいた
* * *
ぼんやりとしていた恋次の袖を不意にルキアが引っ張った
「おい恋次!何だか向こうで人が沢山騒いで居るぞ!行ってみよう!」
「分かったよ。つうかそんなに袖を引っ張るなっつうの!人にぶつかるぞ!」
「何をしている早く…あっ!」
ルキアがみなまで言い終える前に前方からやってきた人にぶつかった 小柄なルキアがつんのめりそうになる
だからいわんこっちゃねぇと呟いた恋次がルキアを受け止めようとすると 華奢なルキアの細く白い手首を誰かが掴んだ
見るからに柄の悪そうな目つきの悪いやくざ者が野卑な笑いを浮かべながらルキアを無理矢理引き起こした
「なんだなんだぁ?人にぶつかって謝りもしねぇのかよ嬢ちゃん?」
「済まない。悪気はなかったのだ」
「んじゃ、謝罪ついでにちょっと俺に付き合ってもらおうかお嬢ちゃん。中々のべっぴんさんじゃねぇか?えぇ?」
そういって嫌がるルキアを強引に引っ張ろうとした瞬間、やくざの腕を物凄い力で掴んだ者がいた
赤髪の目つきの悪い青年がその手を物凄い力で締め上げている その目の奥に宿る光には誰もがすくむ程
「その薄汚ぇ手をルキアから離せ。下衆野郎」
「んだとコラ!?…ってあいててててっ!」
「失せろ。さもねぇとこの腕、へし折るぞ」
最早やくざの手はルキアの腕から離され 骨が軋む音がする 相手が十分歯向かう意思を無くした頃を見計らって腕を放した
やくざ者は転がる様に逃げて行った そしてルキアの手を取る恋次
「ありがとう、恋次」
「怪我ねぇか?ルキア」
「あぁ。お前の御陰でな。…成る程兄様がつけてくれた番犬は優秀だな」
「番犬じゃねぇ!護衛だっ!…ったく折角助けてやったってのに可愛げねぇな」
「おや?主人が困っている時に助けるのは番犬の役目であろう?」
「だから番犬じゃねぇつうの!」
憤慨する恋次を尻目にルキアは声を立てて笑うと 恋次の袖を引っ張って人だかりの方へと進んだ
恋次は溜息をつくと引っ張られるがままになった
人だかりの中心で一人の男か観衆に向って声を張り上げていた
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!古来より伝わる秘伝の妙技!
坊ちゃん嬢ちゃん、お嬢さんお兄さん、爺婆までさぁさ特とご覧あれ!」
「いよっ!待ってました!」
「ヘマすんじゃねぇぞ!」
黒山の人だかりの中、やいのやいのと野次が飛ぶ 小柄なルキアでは後の方に居ては何を行っているのか見えないのだろう
なりふり構わずぴょんぴょん飛んでいるルキアを見て 恋次は苦笑してひょいと肩にのせあげた
「ほら?どうだ、これなら見えんだろ」
「ば、莫迦者!恥ずかしいではないか!!
「そうかぁ?ま、見えないよりはましだろ」
「全く機微に疎い奴め…」
「…お前、ちゃんと飯食ってんだな」
「なんだ出し抜けに?」
「この前抱えた時より重くなった」
「…っ!」
怒りを込めたルキアの手刀が恋次の頭上に当たった 思わず黙る恋次 そして男が両手に握った扇を広げた
それを合図に騒いでいた観衆も口を噤む 男は浪々と響き渡る声で 歌う様に語り出した
「今宵お見せ致しますは…胡蝶の舞にございます。取り出したるは一枚の紙。桜扇でふわり扇げば…胡蝶が羽を広げませう」
男の声に合わせて、右手に握られた扇に描かれた桜が月明かりに照らされた 一枚の紙がまるで蝶の様にふわりふわりと羽をひろげ宙を舞う
その優美な動きに 観客の誰もが魅せられ感嘆の溜息をあげた 続いて男は左手に握った扇をゆるやかに広げ どこからともなくもう一枚の紙を出した
流れる様な所作で梅を描いた扇がもう一羽の胡蝶を空に舞わせ 二匹の蝶が戯れる
「夫婦胡蝶は月夜に出会い、そして何処へ出向くでしょう?月明かりが導いて…」
まるで紙の胡蝶が命を持ったかの様に ふわりふわりと戯れながら観客の頭上を舞う そしてとある観客の頭上に留る
周りの観客が一斉に振り向いた目線の先には 肩車された小さな少女が驚いた様に目を見開いて蝶を大事そうに手で受け止めた
提灯明かりの下 少女の心底嬉しそうな笑顔が輝く
「斯くして蝶は同じく仲良き事は美しき、二人の元に出向きましたとさ…。そこのお嬢さんとお兄さんに!蝶を進呈しませう!」
観客の大喝采のうちに 大道芸の手妻は幕を降ろした 三々五々散って行く人ごみの中で 一際頭の抜きん出た二人が人気の無い方へと歩く
恋次の肩の上でルキアは嬉しそうに貰った蝶を眺めていた
満天の星空の下 二人は家路につく
「恋次、星が綺麗だな」
「そうかよ。そりゃ良かったな」
「全く…お前には風流と言うものは無いのか?」
「へーへー。悪うございましたぁ。ほれ、家に着くぞ」
恋次はそう言ってルキアをそうっと降ろした そして足下についてしまった土埃を軽くはらってやる
ルキアは黙っていたが 恋次の頭を不意に抑えた 立ち上がろうとした恋次を押さえつける様な格好で
計らずとも さながら深窓の姫君に跪く従者の様に 暫く無言だったルキアは口を開いた
「…今日は……付き合ってくれてありがとう恋次」
恋次は俯いたままふっと笑った 照れた顔を見られたく無いのであろう 顔を上げずともルキアの顔が赤らんでいるのが分かった
そしてルキアは小さく白い手をその赤い髪から離した
だが恋次はそのままの姿勢で顔だけを起こし こう聞いた
「今宵は楽しんで頂けましたか?お嬢様」
最初はなんの真似だか分からずきょとんとしていたルキアも 笑いを含んでその芝居にのる
輝く星の下 何処か滑稽で愛らしい 二人の会話が響く
「とても楽しゅうございましたわ。今宵はお努めご苦労様」
「では、ご褒美を頂けるかなお嬢様!」
そういうと恋次はルキアを抱え上げた ルキアは恋次の懐に先程舞い降りた蝶を忍ばせた
恋次がおかしそうに苦笑した
「なんだよ、紙切れか」
「何を期待しておったのだ莫迦もの。さぁ降ろせ、茶番は終わりだ」
「茶番で悪かったな」
まぁお前にしては上出来だったがな。と皮肉っぽくルキアは付け加えた 悪かったなと言い返す恋次
もう朽木家の屋敷まであと数間 篝火の明かりが見えて来た辺りで 先を歩いていたルキアは振り向いた
「この辺でいいぞ、恋次」
「じゃあな、ルキア」
半ば名残惜しさを滲ませつつ 恋次は手を振った するとルキアが不意にしかめっ面をして良く通る声で怒鳴った
「しゃがめうつけ者!」
「は?イキナリ何言い出すんだ?」
「いいからしゃがめ!」
半ば力づくでねじ伏せる様にルキアは再び恋次を跪かせた
何が何だか分からずきょとんとしている恋次の額に 不意に桜色のやわらかな唇をおしつけた
そして 恋次から飛ぶ様に離れる 暗がりに浮かぶ白い着物は仄かに銀色がかり 顔を華の様に赤らめたルキアが見えた
「褒美だ」
それだけいうとルキアは闇の中へ走り去った 呆然とその後ろ姿を見送る恋次
徐々に頬に赤みが帯びるのが分かる 激しく鼓動を打つ胸を抑えようと襟元に手が触れる
かさり…と紙ずれの音がして ルキアが忍ばせた蝶が ふわりと舞った
何処までも 何処までも 高く 高くー
=the end=
2007,1,28 ルキ恋祭り〜お嬢様と下僕及び主催者司城さくら様に捧ぐ
恐れ多くも再び駄作を世に送り出してしまった愚か者の幻灯でございます…。
前作より恋次下僕色を濃くしたら物凄く長くなってしまいました。
いや、こんなベタベタな展開になる予定じゃなかったような気がするのですが自主規制の産物です。(爆
作品中出て来た胡蝶の舞は『手妻』という日本古来のマジックの中の演目だそうです。
本か何かで見つけたのでつかってみました。(ヲイ
兄様がシスコンっぽくなったり若干恋次がヘタレっぽく見えたりと謝罪に億をかけても足らぬ程
ろくでもない作品を出品してしまい、申し訳ございませんでした!(土下座
司城さくら様のルキ恋祭りに参加する事ができて本当に幸せです
これからの益々の繁栄をお祈り申し上げます!
では皆様からの非難の矢が降り注ぐ前にこの辺で逃走させて頂きます…(没
Hide-and-seek of Clomo clown 幻灯寿夜