恋人は化粧をしない。
朝の心地良い気だるさの中で、行為の余韻を断ち切るように紅を引く姿を眺めるのもなかなか艶っぽいものだろうとも思うが、この恋人はいつまで経ってもまるで少女のようで、自身を飾ることに無頓着であるらしい。
それでもその肌は抜けるように白く、顔立ちは、中性的な精悍さも相まって人形の様に整っているから、わざわざ装飾する必要は無いのかも知れない。
だったら。
自分だけが知っている顔というのも良いものかもしれないと、水屋の奥から紅を引っ張り出した。
いつか贈ろうと買い求めたものの、誕生日でもない日に贈り物をするというのは想像以上に強靭な精神力を要するというか、まあつまりは―――照れ臭く、結局すっかり埃を被っていたのだ。
「長い付き合いだが知らなかったよ、お前に女装趣味があったとは」
そう言って僅かに口の端を上げた女の細い顎を、くい、と人差し指と親指で持ち上げ、色素の薄い小さな唇を紅筆でなぞる。
こそばゆいのか、女はくすりと唇を震わした。
「おい動くな、ずれるだろうが」
「・・・また、無駄なことを」
「偶にはいいじゃねぇか・・・出来た」
「愉しいか?」
「割と」
深紅に染まった唇が、呆れる程白い顔に映える。
熟れた柘榴の色に唇を染めながら、こんなにも清廉に微笑むことのできる女を他には知らない。
手鏡を渡してやると、彼女はちらりと虚像に目を落とした。
「矢っ張り私には必要ない」
素気ない口調とは裏腹に、その表情はどこか愉しげだ。
「いや、なかなかいい眺めだぜ」
やや控え目にそう言うと、彼女は鏡越しに悪戯っぽい視線をひとつ寄越し、
「どうせお前がすぐに拭い取ってしまうのだろう?」
と口の形だけで囁いて、もう一度白い喉を鳴らした。
全く。
この女には、敵わない。
彼女にかかれば、自分のささやかな自制心など、雨に降られた角砂糖よりも脆く崩れ去ってしまうのだ。
仰るとおり、と負けを素直に認めると、良く動く朱い唇を呑み込むように塞いだ。
すっかり紅の剥げてしまった唇は、もう何色でも構わない。
素敵お祭り開催おめでとうございます!
激短な上に趣旨に沿っているか不安なところですが、メンタル面でのイニシアティブはルキアさん、ということでお願いします。
あつこ