私の幼馴染は口が悪い。
「うわ、何でそこでそう来るんだお前ェは!そう来たらこうするに決まってんだろーが!」
その言葉が耳に届いた途端、私の喉元に木刀の切先がぴたりと当てられて、私は身動きが全く取れなくなる。
「お前、弱すぎ……」
「う、うるさいっ、今のはちょっと動きを間違えただけだ!もう一度だ、次は見ていろ……っ!」
飛び退って、私は木刀を正眼に構える。対して恋次は全く気負った様子もなく、自然に……悪く言えばだらーっと立っている。その姿にむっとしながら私は小さく息を吸い込むと、一気に間合いを詰めた。
恋次に向かい様、振りかぶった木刀を、容赦なく恋次の眉間めがけて振り下ろす。遠慮は一切無い本気の気合を込めた私の刀身は、唸りを上げて恋次に襲い掛かった。
「もらった!」
声を上げた次の瞬間、恋次の姿が不意に掻き消えた。目を見張る私の前に、やはり恋次の姿はない。振り下ろした木刀は空を切り、ざり、と音をたてて地面をかすった。
「手前ェの負け」
耳元で声がして、私は振り返るよりも咄嗟に地面を蹴り、倒れこむように前へと移動した。地面に左手を付き、その片手を軸に一回転する。その僅か一秒後、恋次の木刀が私の居た場所の空を切り、「へー」と恋次は感心したような声を出す。
「動きは速えーな、やっぱ」
「手加減するなと言っただろう、莫迦!」
「あー?手加減しなけりゃお前ェなんて一秒もたねーぞ?」
「うううるさいっ、頭来る奴だなお前は!その口、私の実力で閉じさせてもらうぞ……っ!」
私は言い捨て様、木刀の柄を握り直し、恋次に向かって一気に襲い掛かった!
……筈だったが。
「おいおい、閉じるどころか開いたまま塞がらねーぞ?」
「……うるさい」
派手に転んだ私は、べちゃ、と地面に張り付いたまま、呆れる恋次へ唸るように返事を返した。
……無様だ。
「あー、少し休むか」
「まだだ、まだ続けるぞ!」
「俺が休みてーんだよ、もう一時間ぶっ通しじゃねーか」
明らかに疲れていないくせに、恐らく意地っ張りな私を気遣って恋次はそう言う。
恋次の座る気配がして、私はうつ伏せに倒れた身体を回転させ、空を見上げた。
―――空が青い。
まるで透き通るほど青く高く。
汗に濡れた身体の下の、緑の草が気持ちいい。
吹き抜けていくやわらかな風が心地いい。
両手を広げて寝転がりながら、私は遠い空を見上げる。
あの日と同じ、青い空。
―――あの空の向こうに消えたもの。
いや、この空は透明なんかじゃない。
あの日あの男を呑み込んだのは、今見上げているのと同じ、この空なのだから。
「どうしたんだよ、急に」
突然声を掛けられて、私は我に返る。
「何がだ?」
「特訓してーとか言い出してよ」
「別に……暫く実戦を離れていたからな、勘を取り戻したかっただけだ」
そう言った私に、恋次は「そーか」と気のない返事をして、やはり青い空を見上げている。
恋次も、あの空の向こうに消えた者達を思い出しているのだろうか。
横たわっていた身体をそっと起こして、私は恋次をこっそりと窺い見る。
空を見上げている恋次のその表情は、いつもよりも厳しい……そんな風に私が思うのは錯覚だろうか。
いや……それは錯覚ではないだろう。
忘れられる訳が無いのだ。
何も解決していない。
今のこの穏やかな時間は、嵐の前の静けさだとわかっている。
前以上の嵐がまた、ここ尸魂界に吹き荒れる。そしてその嵐は、今度は現世をも巻き込んで荒れ狂うだろう。
そして恋次は、間違いなくその嵐に立ち向かう。恐らく自ら率先して。
それは六番隊副隊長という立場からではなく―――相手が、私を傷つけた男だからだ。
だから、……私は強くなりたいのだ。
ただ護られるだけの存在は厭だった。私を護り傷付いた、あの赤く染まった恋次の姿をもう二度と見たくはなかった。
ただの足手纏いにはなりたくない。
嵐の外で、安全な場所で、恋次の無事を祈っているのも厭だった。
一緒に居たかった。
それが例え、嵐の中心であったとしても。
だから、強くならなければ。
一緒に、共に歩けるように。
置いていかれないように。
……離れないように。
「やっぱ向いてねーよ、お前には」
空を見上げながら、恋次が突然そう言った。
「お前、力ねーし。斬魄刀振り回すには、ちょっと……いやかなり無理があるぜ」
無理。
……一緒には、行けないと。
そう言われたようで、私は思わず目を閉じた。
置いていかれてしまう。
……離れてしまう。
「だからいい加減諦めて、お前はお前の道を極めりゃいいだろ」
「……え?」
「詠唱破棄ぐらい出来ねーとな。俺はお前ならその位余裕で出来ると思ってるぜ」
見上げる私に、恋次は言う。
私の想いを、すべて見透かしたような目で。
「わ、私は……」
「ホント言うと、あんまりお前には来て欲しくねーんだけどな、危険な場所に近づいて欲しくねーんだけど」
「厭だ、待ってるなんて冗談じゃないぞっ!」
思わず叫ぶ私に、恋次は、
「そう言うと思ったぜ……」
はああ、と溜息をついて恋次は頭を掻いた。しょうがねえな、という呟きと共に。
「まあ、お前は俺が護るから」
恋次は立ち上がってそう言った。私を見下ろす恋次の表情は逆光で見えない。
「だから、お前も俺を護ってくれ」
……それは、私を必要としてくれている、という事だろうか。
私を認めてくれると。
共に歩いて行けると。
私の憧れだった―――海燕殿と奥様と、あの二人のように。
互いを支え信頼し、共に歩んだあの二人のように。
恋次の手が、私に向かって差し伸べられる。
「一緒に行くんだろ?ずっと」
ずっと。
一緒に。
「……当たり前だ!」
目の前の恋次の手を取り立ち上がる。
その手はとても大きくて暖かかった。
私の幼馴染は口が悪い。
態度も悪いし柄も悪い。センスも悪いし眼つきも悪いし性格も悪い。
けれど、私の本当に欲しいものは必ず私にくれる。
阿散井恋次は、そんな男なのだ。
私は恋ルキよー、という主張のために急遽書いた(笑)
たまには表恋次もかっこよく……え?かっこよくない?(笑)
2007.7.31 司城さくら