「白哉さま、おはようございます」
柔らかな声とともに障子が開けられ、目映い朝の光が室内に入り込んでくる。その日差しに目を細め、白哉は「ああ」と身を起こした。
「昨日は遅くまでお疲れ様でした」
「いや……寝過ごした」
「いえ、私が起こさなかっただけです。本当ならばもう少しお休みいただきたかったのですけれど……」
お仕事があるのですもの、と緋真はほんの少しだけ不満そうに言う。勿論、白哉が仕事に行くのが不満なのではなく、仕事詰めで休みが取れない白哉の身体を労わってのことだ。
そんな気遣いが白哉にはとても嬉しく―――自然、顔がほころぶ。緋真以外の誰にも気付かれない表情の変化だが。
「あ―――」
広い部屋の障子を次々に開け放していた緋真が、小さく声を上げた。そのままじっと外の景色を見ている。何があったのかと白哉は立ち上がって緋真の横に立った。
「如何した?」
「お庭の桜の樹が」
見れば、昨日の朝まではまだ咲き誇っていた桜の花が、今ではその殆どが散っている。土の上に降り積もった花弁を見て、緋真は小さく溜息をついた。
「昨日の雨で、みな散ってしまいましたのね。―――残念です」
「残念?」
「桜の花弁が―――舞い散るさまが、とても好きです。儚くて綺麗で、……毎年見惚れていたのですけれど」
今年は見られませんでした、と本当に残念そうに緋真は言う。
「何だ、この霊圧は―――!?」
まだ早朝、夜勤の六番隊隊員が、蒼褪め声を張り上げた。
恐ろしいほどの霊圧、それは紛れもなく六番隊隊長の霊圧。一気に膨れ上がった霊圧に、六番隊隊員は「一体何が―――隊長!?」と血相を変えて走り出す。
「総員、緊急配備!隊長のご自宅に異変!総員出動!!」
声を張り上げ、斬魄刀を片手に走る抜ける。
目指すは朽木邸。
護廷十三隊六番隊隊長がこれだけの霊圧を発しているのだ、何かとてつもない事態が起きたに違いない。この霊圧の大きさは、斬魄刀の解放を意味する。
「隊長―――!!」
総勢89名―――その場に居た全ての六番隊隊員たちは、朽木邸を目指し―――その屋敷に雪崩れ込んだ。
「隊長、一体何が―――!!」
走り込んだ隊員たちが見たものは。
「―――何事だ、兄ら」
「え?―――え?」
桜、桜、桜。
舞い散る桜の花弁。
ひらりひらりと。
幻想的な世界の中―――その国に相応しい佳人が二人。
舞い散る花弁に囲まれ、幸せそうに寄り添う二人の姿に、六番隊隊員たちは戸惑い顔を見合わせる。
「―――如何なさいましたか?」
花のような女性が、言った。
「皆様―――六番隊の?まあ、いらっしゃいませ、どうぞこちらへ―――」
「よい、緋真。すぐに帰る」
不機嫌そうな顔の白哉に、緋真が咎めるような視線を向け、「白哉さま」とたしなめる。
「そんなことを―――みなさまが折角来てくださったのに、そんなことを仰ってはいけません」
「しかし」
「白哉さま」
「いえ、違うんです―――奥方様。本日の会議、我らが不手際にて書類が整わず―――隊長に、会議の開始時間を遅らせていただこうかと、こうして」
「まあ……」
「申し訳ございません隊長、かような次第で本日の会議は3時間程遅らせていただけないでしょうか」
「…………」
「会議の準備が整うまで、ご自宅でお休みを―――この所お忙しくて、お休みも儘ならない状態でございましたし」
少し休んでいくようにと引き止める緋真に、「書類を整えねばなりませんので」と心底申し訳なさそうに詫び、隊員たちは屋敷を辞していった。
後に、花弁と―――誰もが羨む、幸福な夫婦を残して。
三時間後、六番隊隊舎に現れた白哉は、朽木家御用達の和菓子屋の特製桜餅と緑茶を、隊員全員に振舞ったという。