「あの男の子がいい」
孤児達の様子をしばらく眺めていた壮年の男が、
赤い髪のまだ10歳に満たなそうな子供を指さした。
「小さすぎやしませんか、阿散井家を継ぐ為には未だ20年はかかる」
「だから良い。じっくり教育が出来る」
男はその子供から視線を外さずに側近に応えると
瞳だけで密やかに微笑した。
赤い髪の子供が、男の慇懃な視線に気付いて
不快そうにギロリと睨み返してきたからだ。
面白い、と男は思った。
「恋次くん、キミにお父さんが出来るのよ。
ただ、ちょっと…大きな家だから…お作法とか、
お勉強とかがね、“普通のオウチ”より大変だと思うの。
イヤだと思うなら、今ならお断り出来るわ。
ね、無理しなくていいの、ずっと此処にいていいのよ。
ここの人達みんな、キミの家族だからね。
今なら、お断り出来るわ」
なにか哀しそうに、逼迫した声音で職員が恋次に問いかける。
「別にいい。どこに行ったって同じだ」
ルキアはもう此処にはいない。
半年前、泣きながら里親の下へ引き取られて行った少女の面影を
恋次は思い返した。
あの時も、ここの職員達は複雑な表情を浮かべていた。
『先生、ルキアを引き取った人の名前、教えてくれよ。
俺、会いに行く。あいつ絶対、泣いてると思うんだ。
俺がいないと、あいつ…』
『恋次くん、ルキちゃんはね、
もう私達の事は忘れてしまったのよ』
『何言ってんだよ、先生、ルキアは、』
『ルキちゃんの新しいお義兄様になる方が…
彼女が過去に引き摺られて面倒な事にならないようにって、
心のお医者様に…お願いするって言ってたから…』
『先生、何、それ』
『催眠術って解る?恋次くん…』
半年前にいなくなった、
恋次の唯一人の、かけがえのない少女は
その姿だけでなく、
心までも彼から奪われていった。
ルキア。
この世界の何処かに
必ず俺達が、もう一度出会える時と場所があると
俺は信じてる。
必ず取り戻しに行くから、お前を。
恋次は面白そうに自分を眺める男を睨み上げたまま
投げやりに聞いた。
「俺を育ててくれんの、おっさん」
「ああ、それだけじゃない、俺の息子になるなら
この施設にも沢山、寄付金をやる。いい話だろう」
「そうだね」
恋次は
俺の家族はこの世に一人しかいねぇんだよ。と心で吐き捨てながら
阿散井家の養子になることを承諾した。