高く細く、低くやわらかく―――優しく、透明な声で歌われるその歌を聴くのは初めてで、恋次は動きを止めてその歌に聞き入った。
それには気付いていないのだろう、ルキアは目を閉じ、大きくはなく小さくもない声で、その歌を歌っている。
何かを願う歌なのだろうか、何かを祈る歌なのだろうか。何処か切なく哀しく、歌は空気を震わせ空へと還る。
Angels we have heard on high
Sweetly singing p'er the plains,
And the mountains in reply
Echo back their joyous strains.
Gloria in excelsis Deo
Gloria in excelsis Deo …
「…何の歌だ、それ」
歌い終わったルキアにそう尋ねてみると、ルキアは恋次が聞き入っていた事にようやく気付き赤くなる。
「いや、その」
何故かばつが悪そうに言葉を濁すルキアに、「綺麗な歌だな」と思ったままを口にすると、ルキアは嬉しそうに微笑んだ。
「そう思うか?私もそう思う」
「現世の歌か?」
「ああ。…現世の、神を讃える歌だ」
それで恋次には、ルキアのばつの悪そうな顔の原因がわかった。恋次が何かを言う前にルキアは慌てたように、
「死神が歌うなんて可笑しな話だな」
「いいんじゃね?関係ないだろう、そんなん」
恋次が手招きすると、ルキアは立ち上がって恋次の前まで来た。細い手首を掴むと、抵抗せずにすんなりと恋次の膝上に腰を下ろした。そのまま背後から包むように恋次はルキアを抱きしめる。
「神様なんて、いないのに。人が死んで辿り着く世界はこの尸魂界だ…天国も神様も天使も、すべて現世の人間が作り出した絵空事に過ぎない、けど。でも、私はこの歌が好きなんだ。綺麗だ、とても」
あら野のはてに、夕日は落ちて
「神様がいねぇとは限らないだろ。俺達が知らないだけで、俺達に見えないだけで、実際にはちゃんといるかも知れねえじゃねーか」
恋次の言葉に、ルキアは笑う。
「そうかも知れぬな。では天使たちは私たちと同じように、現世に下りては仕事をしているのかも知れぬ」
「そうそう、俺たちみてえに給料もらってよ、神様に使われてんだぜ。護廷十三隊みてえな組織があってよ、一番隊、二番隊、ってあるんだぜきっと」
「そうしたら隊長はきっと、ミカエル、ラファエル、ガブリエル、ウリエル…」
「何だよそれ?」
「有名な天使の名だぞ。知らぬのか」
「ふーん」
妙なる調べ 天より響く
「では、天使の仕事はなんだろう」
「俺達の逆の仕事だろ。つまり魂を、転生を導くんじゃねえのか」
「…受胎告知か」
Gloria in excelsis Deo
「そうやって循環してんだよ。現世で死んで、尸魂界へ来て、尸魂界で死んで、天界へ。そうして現世へ」
その壮大な空間を想いルキアは恋次の胸に身体を預けた。
どの世界も時は膨大で果てしなく、気が遠くなる。
ひとつの世界を終え、次の世界へ。
輪廻。
サイクル。
永遠の輪。
生きて、死んで、生きて……
繰り返されるそのメビウスの輪の中で望むものは唯ひとつ。
永遠に思える時の流れの中でも、それさえあれば迷う事はない。
二人は意識せずに同じ言葉を口にする。
「どの世界でも、ずっと一緒にいよう」
いと高き場所に、神の栄光がありますように。
地には平和、
愛するあなたと共に。