「何でだよ?」
 憤った声に、自分の発した言葉が相当酷い行為に取れると気付いて、私は慌てて「違う!」と首を振った。
「違う、そうじゃない。お前が思っているような理由と違う」
「どう違うってんだよ」
 相変わらず憤りを隠さない恋次の声に、私は「だから、」と理由を口にしようとして躊躇った。
 察してくれ、というのは無理な話か。自分の性格が一般的な水準に比べて素直ではないことは自覚している。悪く考えすぎる、卑屈になりすぎる、と、この性格の欠点を突いてくれたのは松本殿だったか。
 あんたが朽木隊長とすれ違ってた時間の長さと置かれた立場から考えると仕方がないかもしれないけど、と金の髪をかき上げながらそう言っていたのは……いつだったか。
「だから、私は……」
「俺と付き合ってるってことはそんなに隠したい恥なのかよ?」
「違う!」
 それは誤解されたくなくて、私は大きな声を出してしまった。傍を行き過ぎる幾人かが、驚いたように私たちを振り返る。
 その視線に居たたまれず、恋次の手を取って路地裏に入った。そして思う。
 これすらも、まるで恋次の言葉を肯定しているようではないか。
 自分の行動の拙さに、歯痒くて泣けてくる。
 通りからだいぶ入った路地には、勿論人など誰もいない。その誰もいない暗い路地で、私は恋次と向き合った。
「違うんだ、恥とかではなくて……」
 伝えたいことが多すぎて、上手く言葉に出来ない。
 恥だなんてとんでもない。むしろ自分が恋次に釣り合っているのかどうか不安なくらいだ。
 六番隊副隊長の恋次と自分。
 偉丈夫な恋次と寸足らずな自分。
 誰にでも好かれる恋次と、ひねくれている自分。
 明るい恋次と、暗い自分。
 誰がどう見ても、不釣合いだ。
 むしろ恋次の方が隠した方がいいのかもしれない――私と付き合っていることなど。
 けれど自分が恋次を好きなことは本当だし、とても大切に思っている。
 たった今この時でさえ、恋次に嫌われたのではないかと、泣きそうなくらいなのに。
 そんなたくさんの想いを、上手く言葉に出来るほど私の会話能力は高くない。むしろその能力は壊滅的に低いということは自覚している。
「そんなことではなくて……」
 言葉が出ない。感情ばかりが先走って、ただ恋次の着物の裾を強く握りしめるだけだ。
 ああ、本当にこれでは恋次に誤解されてしまう。――嫌われてしまう。
 けれど焦れば焦るほど言葉はうまく形を作らず、発した途端にシャボン玉のようにすぐに壊れて消えてしまう。
「――悪かった」
 突然、ぽんと頭に手を置かれて私は俯いていた顔を上げた。私の視線に合わせて背を屈めた恋次の顔が目の前にある。
「そうだな。お前がそんなこと考える訳がねえ。――他人の注目を浴びるのが嫌なんだろ?」
 私は恋次が私の言いたいことをきちんと把握してくれたことにほっとして、言葉もなくただ何度も何度もうなずいた。
 私は――出来るならば、ひっそりと過ごしたい。
 誰の目にも触れず、誰の注意も引かず。
 唯でさえ「朽木」の養女になった流魂街出の孤児、ということで好奇の目で見られ続けていたのだ。他人の目というものが酷く苦手だ。
「そうなんだ。恥ずかしいとかじゃない、ただ、私は……」
「ああ、わかった。わかってる。俺が悪かった」
「違う、恋次が悪いんじゃない。私が悪い……」
 言い募る私に、恋次は頭に置いた手をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。その勢いに私は「わあ!」と悲鳴を上げる。
「まあ、あれだ。その内自然に気が付くだろ、周りも。ずっと俺たちを見てりゃあよ」
「うん。そうなってくれればいい。言葉にして皆に報告しなくても、きっと自然に……」
 そう、きっと自然に伝わってしまう。私が恋次をいつでも目で追ってしまうから。恋次の言葉にすぐ顔が赤くなるから。自覚している、自分が恋次に――とてつもなく心を奪われていることを。
「じゃあまあ、行くか。待たせちまうのも悪い」
「うん」
 恋次は私の手を引いて、通りに出るときに自然に手を離した。周囲の目を引かないように。
 その大きな手のぬくもりが離れた瞬間、思わず引き止めそうになった自分に叱咤する。さっきの自分の言葉と、まるで真逆ではないか。
 けれど、残念に思う私が紛れもなく居る。もっと手を繋いでいたかったと。
 本当に私は自分勝手で嫌な奴だ――自己嫌悪に陥りながら、私は恋次の隣を歩く。程なく待ち合わせの場所へと着いた。
「遅ぇぞ恋次! 年が明けちまうだろーが」
「すいません、こんなに人が多いと思わなくて」
 声をかけられ、恋次は頭をかきながら班目殿へと近づいていく。
 広い敷物の上には多くの料理、そしてそれ以上の数の酒瓶。
 私たちが合流する前から宴会は始まっていたようで、もう既に空き瓶が何本も転がっているのが見て取れた。
「何時から飲んでるんですか……」
「んー? 何時からだっけ? 飲み始めて一時間くらいのもんじゃないかなあ」
 自分のペースで盃を運んでいるらしい綾瀬川殿は、気持ちよさそうにゆっくりと杯を傾ける。
 班目殿、綾瀬川殿、檜佐木殿、吉良殿、松本殿、射場殿……錚々たる顔ぶれだ。私たちの横を通り過ぎる人々も皆視線を向けていく。
 やはり私はそれらの視線に居たたまれずに、避けるように視線を足元に向けてしまう。
 あと数分で新しい年を迎える。
 来年はどんな年になるだろうか。
 今年はあまりにも大きなことがありすぎた。否、大きなこと、の一言で終わらせることなどできないほど事件。尸魂界の根底を覆してしまうほどの。
 そしてそれらはまだ解決していない。
 私たちは間違いなくこの先それらに巻き込まれていく。
 相手はあまりにも強大で、生命の保証など何もない。
 だけど、今は。
「もうすぐ明けるぞ!」
「花火上がるんでしょ檜佐木ぃ! ちょっとどの辺よ? どこ見てりゃいいのよ?」
「あー、あの辺り」
「あと30秒!」
 俄かに辺りがざわめきだす。新年になると同時に、ここ一区の外れでは百発の花火を打ち上げる。それを目当てに人々はここに集まり、そしてそれは私たちも同じこと。
「十、九、八、七……」
 誰かが大きな声でカウントダウンする。浮き立つ気持ち。そわそわする心持ち。いつもは朽木の屋敷でひっそりと新年を迎えていたので、こんなお祭り騒ぎが珍しくて仕方ない。
「六、五、四、……」
 年が明けて打ち上げられる花火の美しさを想像して心が沸き立つ。
「三、」
 さすがに周囲の目は忘れて、私は俯いていた顔を上げ、
「!!」
 目の前に――紅い瞳。
 意地悪そうな。
「な、」
「零!!」
 一斉に唱和するその数々の声、その中で。
 私は目を見開いて、恋次に唇をふさがれていた。
 呆然としている頭上で、夜空に大きな花が咲き乱れる。一つ、二つ、三つ、四つ……次から次へと、
 周囲では、班目殿達の口笛と歓声。拍手、囃子声。
「な、な、な……っ!?」
 離れた唇、覗き込む紅い瞳に、私は混乱して何も言えず、口を開けて呆然とするしかない。そんな私を見て、恋次がにやりと笑った。
「周りも自然に気が付いただろ」
 悪びれた風もなく、喉を鳴らして恋次は笑う。
『その内自然に気が付くだろ、周りも。ずっと俺たちを見てりゃあよ』
 ――最初から。
 最初から、そのつもりで。


「……悪党」


 ようやく形になった私の言葉はそんな単語で。
 それを聞いた恋次は、そんなのとうに知ってんだろ、と楽しそうに笑った。