眩しい朝の光に目を細め、それでも恋次が身動ぎをしなかったのは、自分の腕を枕にしているルキアの眠りを覚まさないように配慮したからだ。
腕の中のルキアは規則正しい寝息をたてて、眠りの世界に在住している。
その白い肌に無数に咲く、赤い花弁に似た痕跡に恋次は苦笑した―――昨夜は少し激しすぎたかと反省しながら、腕の中のルキアをもう一度見つめる。
その無防備な、子供のような寝顔を愛しげに眺め、恋次はルキアの頬をそっと撫でる。その恋次の指の暖かさに瞼を微かに振るわせ、「ん……」と小さく声を上げたルキアは、目を瞑ったまま「朝……?」と呟いた。
「悪ぃ、起こしちまったな。まだ寝てていいぞ」
「ん……」
眠そうな声でそう呟くと、やはり昨夜の疲れが残っているのだろう、ルキアは再びすうと眠りに落ちた。そのルキアの眠りを乱さないようにそっと身を起こすと、恋次は寝室を出る。
逞しい裸身を朝の光にさらし、恋次は居間を通り風呂場へと向かう。
昨夜の汗を洗い流し、昨日の内に洗ってあった湯船に浅く湯を張る。慎重に湯加減と深さを測ると、恋次は湯に入ることなく再び裸身のまま風呂場を出て寝室に向かった。寝台の上のルキアは先程と同じ姿勢で無邪気に眠っている。
「……恋次……?」
そっと抱き起こすと、ルキアは瞼をこすり恋次を呼んだ。その頬に軽く口付けて、恋次は「風呂、入るか?」と子供に尋ねるように甘やかす声で言う。
「入る……」
まだ夢心地のまま、ルキアはそう呟いた。わかった、と返事を返しルキアを抱き上げ風呂場へと向かう。
家の窓の至る所から差し込む朝の陽射しに、ようやく意識が覚醒してきたのだろう。恋次の腕の中でぼうっとしていたルキアはふと自分が恋次に抱きかかえられていること、自分も恋次も何も身に纏っていないことに気付き「うわぁっ」と声を上げた。
「お、下ろせっ!っていうか見るな!きゃー、きゃー、きゃーっ!」
「何を今更……」
呆れる恋次の腕の中で、ルキアは身を丸めて悲鳴を上げ続けている。確かに今更なのだけれども―――昨夜だけでなく、何度も身体を重ね、何度も理性を飛ばし恋次の望むままに総てを曝しているのだ、確かに今更と言われて仕方がないけれども―――こうして朝の光の中で恋次の裸身を見、自分の裸身を見られるのはルキアにとってとてつもなく恥ずかしいことなのだ。
「きゃー!きゃー!きゃー!」
「暴れんなって、落ちるだろーが!」
「じじじ自分で歩く!下ろせ莫迦っ!」
「足腰立たねー癖に何言ってやがる」
「誰の所為だと思ってる!」
「愛の所為?」
「お前の莫迦みたいな性欲の所為だ!」
「何だとコラ!聖なる愛の営みに対して何てこと言いやがる!」
暴れるルキアを抱きかかえて、言葉の乱暴さとは裏腹に恋次はルキアをそっと湯船に下ろす。小さな身体は浅く張られた湯の中にすっぽりと収まって、ルキアは膝を抱えて己の裸身を恋次の視線から隠した。
「見るな莫迦!」
「はいはい」
軽くいなして、恋次は「目ぇ瞑ってろよ」と注意をしルキアの頭からそっと湯をかける。黒い絹のような滑らかな髪を、恋次は大きな手で丁寧に洗い、再び静かに湯をかけ泡を洗い流した。
髪を洗い終えると、次はルキアの手を取ってその身体を泡で埋めていく。昨夜、余すところなく舌で辿った白い肌を今は泡で覆い隠し、二人の汗を、痕跡を消していく。
既に観念したのか、ルキアは恋次の動きに逆らうことなくじっとしていた。けれどやはり恥ずかしさは消えないのか、ぎゅっと目を閉じて恋次の裸体を見ないようにしている。
そんなルキアの姿に声を忍ばせて笑い、恋次の指はすいっとルキアの両足の間を割り、ルキアの中に分け入って行く。
「ひゃあっ!」
驚いて目を開けたルキアの目の前で、恋次はルキアのその部分に視線を落とし、ルキアの中に指を侵入させている。慌てて身を起こそうとするルキアの肩を押さえ、恋次は「中も洗わなくっちゃな」とにやりと笑った。
「何たって昨日は散々此処に―――」
くい、と指を中で曲げられ、ルキアは悲鳴を……喘ぎ声を噛み殺す。
「……たからな」
指を伝い、落ちてくる暖かい液体の感触。
自分のだけではなく、受け止めたルキアの液体と混ざり合ったふたりの体液。
恋次の指は優しくゆっくりとルキアの中を洗浄していく。その動きに、いつしかルキアの手は湯船の縁に縋るように掴み、肺に空気が足りないようにその呼吸は荒く浅く、身を強張らせて震えている。
「如何した?まさか、感じてる訳じゃねえよな?」
く、と指を曲げ内壁を撫で上げる。あ、と小さな声を上げてルキアは膝を抱えるように身を丸めた。何かを堪えるように硬く目を閉じる。
指を沈めるその場所は、時間が経つほど暖かな滑りが増えていく。その現象に、意地の悪さを覗かせて恋次が「おかしいな、何時まで経っても―――」と顔を上げた途端、ルキアの白く長い足が優雅な曲線を描き―――
「調子に乗るな莫迦者!」
恋次の顎を蹴り上げた。
白いタオルにルキアを包み、やはりまだしっかり立つことが出来ないルキアを抱きかかえて、恋次は一度居間の長椅子にルキアを横たえてから寝台のシーツを新しいものに換えた。それからルキアを迎えに居間へと戻り、寝台の上にそっと置く。
「朝食の用意をしてくるから、それまで休んでいろ」
「ん」
火照った身体に冷たいシーツが心地好く、ルキアはころころと寝台の上を転がりながら、扉の向こうの音を聞いていた。かちゃかちゃと食器の触れ合う音、鍋を火にかける音、まな板の上で何かを切る包丁のリズミカルな音。
恋次はその外見に似ず手先はとても器用で、家事全般をよくこなす。料理も全く苦もなくこなし、ともすればルキアよりも上手いかもしれない……ということは、密かにルキアが気にしていることだ。
程なく寝室の扉が開いて、「出来たぞ」と恋次が中へと入ってきた。ルキアが選んだ紺地の着物に濃紺の帯を締め、少し着崩したその姿は、この家でよく見かける恋次の寛いだ姿だ。
寝台から足を下ろす前にさっと抱き上げられ、ルキアは「もう大丈夫だ」と口を尖らせた。恋次に着せてもらった着物の色は薄い紫。裾には蝶の絵が染め上げられている。
そんなルキアの声は聞こえない振りをして、恋次は食卓までルキアを運び椅子に座らせる。着物さえ着ていればルキアも恋次に抱かれることに異存はなく、むしろ甘えるように恋次の首に両手を回し、その手を離す時はやや名残惜しそうな顔をして見せた。
朝は―――特に昨夜のように一晩中愛し合った後の朝は、ルキアはあまり食欲がない。そんなルキアでも無理なく食べられるように、恋次がいつも用意するのは軽く焼いたパンとフルーツジュース、チーズオムレツにサラダ、コーンスープに最後はミルクティという現世で覚えた献立だ。
「ほら」
匙でスープを掬い、恋次はルキアの口元に差し出す。暫く無言で匙と恋次を眺めた後、ルキアはくすりと笑ってぱくっと匙を口にした。
「美味しい」
「そうだろう、俺が作ったんだからな!」
返事の代わりにあーんと口を開くと、恋次は楽しそうにルキアの口へと匙を運ぶ。そうしてパン、オムレツ、サラダとすべて恋次に食べさせてもらうと、ルキアは紅茶を口にした。
ゆっくりと味わう紅茶は現世で購入した取って置きのアッサム。それを味わい飲むルキアに、恋次は「今日は家の事はみんな俺がするから、お前はゆっくり休んでろ」と同じように紅茶を口にしながら言う。
「まだ身体だるいだろ」
「まあ……その通りだが」
恋次一人を働かせて、自分だけがゆっくりする事は抵抗がある。休むのならば二人一緒に、と提案すると恋次は苦笑して言った。
「俺がお前と一緒にこの後寝台で横になったとして……お前、自分が休めると思うか?」
その光景を思い浮かべる。恋次がルキアの隣で横になる―――そうするとほぼ必ず辿る道は、つまり昨夜に至る道。
「……無理だな」
「そういうことだ。お前は気にしないでゆっくり休んでろ。俺はお前と身体の出来が違う」
「確かにお前の底なしの体力にはいつも呆れる……」
その体力の所為で、今現在こうして足腰が立たないのだ。
ルキアの言葉に恋次は笑い―――飲み終わったカップを皿に戻したルキアを抱き上げ、休ませるために寝室へと送り届ける。
もう一度シーツを整え、広い寝台の真中にルキアを置き、布団を肩までかけ、恋次はルキアの頬に軽く口付けた。
くすぐったそうにそれを受け入れ、くすくすと笑いながらルキアはお返しと恋次の頬に口付けを返す。
「夜までに体力戻しておけよ?」
「…………は?」
「俺の一番のご馳走が並ぶ食卓はこの寝台だからな」
ぺろりと頬を舐められルキアは飛び上がった。じんと疼く下腹部に赤面しながら、うろたえたように恋次を見上げる。
「お前……昨日あれだけしといて、今夜もするつもりなのか?」
「勿論」
当然のように頷く恋次に、枕に顔を埋め「だからお前と一緒の休暇は嫌なんだ……!」とルキアは溜め息を吐く。
「この性欲魔人!」
「それだけお前を愛してるってことだよ。愛しても愛しても―――まだ足りねえ」
耳元に、吐息と共に甘く囁く恋次の口にしたその言葉に、ルキアは―――赤くなって布団に潜り込むことしかできなかった。
そしてその夜、愛妻家は公言通り、その食卓で何より美味しい―――とろけるように甘くて時々スパイシーな、この世にたった一つの至高の品を口にする。
そして口にされた妻はといえば、やはり同じ程に夫を愛している訳だから―――結局、翌日の朝も起き上がることが出来ずに、1日寝室で過ごす事となる。
ヤンデレ恋次を書いている内に、本当のらぶらぶ新婚さんも書きたくなってしまい急遽書き足しましたスウィートバージョンです(笑)
黒恋次と白恋次。どちらが皆さんはお好みなのでしょうか。
私はどっちも好きです(笑)
2008.9.19 司城さくら