眩しい朝の光に目を細め、それでも恋次が身動ぎをしなかったのは、自分の腕を枕にしているルキアの眠りを覚まさないように配慮したからだ。
 腕の中のルキアは規則正しい寝息をたてて、眠りの世界に在住している。
 その白い肌に無数に咲く、赤い花弁に似た痕跡に恋次は苦笑した―――昨夜は少し激しすぎたかと反省しながら、腕の中のルキアをもう一度見つめる。
 子供の頃から見詰め続けてきたルキア。
 ルキアの幸せの為にと身を引き、逢えなくなった時間の長さ―――何度後悔したことだろう。何度己を呪ったことだろう。
 無間地獄に陥ったようなあの責め苦―――一日とて後悔しなかったことはなく、遠くルキアの姿を見るだけの現状に唇を噛み締め、胸を走る痛みを罰として受けたあの―――日々。
 その時の苦しみを振り切るように恋次は首を振った。あれは過去……今は違う。
 こうしてルキアは自分の腕の中に居る。
 恋次は起こさないようにルキアの唇に軽く口付けると、そっと寝台から降りて風呂場へと向かう。
 昨夜は―――というよりもいつもの事だが、行為の後ルキアは意識を失うように眠りに堕ちるため、風呂に入る余裕はなかった。余裕はあったとしても、行為後の満足感と幸福感を感じ、ルキアを抱きしめたまま幸せな眠りに付くその時間を乱すような事はしないだろうと解っていたけれども。
 今朝を見越して洗ってあった湯船に湯を張る。自分が横になれるほどの広い湯船はルキアと一緒に暮らすようになって新しく備え付けたものだ。そこに浅く湯をため、恋次は寝室に戻る。
 ルキアは変わらずに眠っている。そのルキアを静かに抱き上げ、風呂場へと連れて行く。歩き始めて数歩、ルキアの白い足から伝い落ちる昨夜の名残―――ルキアの中に何度も放った己の精が伝い落ちるのを目にして、ぞくりと身を震わせた。
 朝の清廉な光とはそぐわないその光景―――背徳的な光景。淫らな夜のその名残。
 再びルキアの中に身を沈めたいという欲望を何とか抑え、恋次は風呂場に辿り着く。抱えたルキアの身体をそっと湯船に下ろし、ルキアの身体に静かに湯をかけ、昨夜の行為の痕跡を流していく。
 昨夜、自分の激しい動きを受け止めた白い肌はしっとりと汗を滲ませていた。夜目に輝くその白い肌の総てに自分は舌を這わせ、何度も突き射れ達し白い精を放ち、それはルキアの愛液と混ざり合い、ルキアの白い肌を伝い―――その痕跡を愛おしく眺めながら、恋次は丁寧にルキアの身体を洗い清める。
 その間もルキアは目覚めることなく、恋次は総てを洗い終えると白いタオルを取り出してルキアを包みこんだ。優しく水滴を拭き、一度居間の長椅子の上に横たえてから、恋次は一人寝室に戻り手早く寝台のシーツを取り替えた。そして居間に戻り、眠るルキアを再び寝室へと運ぶ。
 その寝顔に口付け、恋次は朝食を作るために台所へと向かった。



 

 二人分の朝食を整えると、丁度ルキアが目覚める時間になっていた。
 寝室に入ると、ルキアの身体は目覚めの時間に気付いているのか、先程恋次が寝台に下ろした時とは違う向きになっている。寝返りを打ち始めるのは、目が覚める間際の行為だ。
「ルキア」
 声をかけてもルキアは目覚めない。僅かに身動ぎしただけだ。
「ルキア―――朝だぞ。起きろ」
 やはり目覚めないルキアに、恋次は「ルキア、もう朝だ。起きる時間だ」と囁いて唇を重ねる。自分が朝目覚めた時にルキアに口付けたような軽く触れ合うものではなく、舌を差し入れた濃厚なもの―――朝の眩しい光よりも夜の暗闇で似合うような深い口付けをルキアに施すと、ようやくルキアの意識は眠りの世界からこちらの世界に戻ってきたようだ。舌に煽られ、ルキアが「ん……っ」と声を上げる。
「恋……次」
 呼吸すらも絡め取るような激しい口付けに苦しそうに息をつくルキアをようやく解放し、恋次は微笑むと「朝だぜ」とルキアを抱き上げる。小さく悲鳴を上げ逃れようとするルキアを落とさないように抱きしめ、恋次は朝食の用意されたダイニングまで運んでいった。
 椅子に座らせ、「何、食う?」と尋ね、恋次は匙を手に取った。ルキアは俯いたままだ。
「しっかり食わなきゃ痩せるだけだろうが。唯でさえお前最近食が落ちてるんだからよ」
 食べないと身体が持たないだろう、と重ねて子供に言い聞かせるように言うと、ルキアは「自分で食べる……から」と俯いたまま小さく言った。
「自分で食べられる……から」
 その声は聞こえない振りをして、恋次はスープの皿から匙で一掬いすると、ルキアの口元に差し出した。「ほら」と微笑むと、ルキアは観念したように匙を受け入れる為に小さく口を開ける。
 鳥の雛の世話をするように、恋次は自分の食事よりルキアの食事を優先する。すべて恋次の手ずからルキアの口元に運んでいく。甲斐甲斐しくルキアの世話をし朝食を済ませた後、恋次はルキアを抱き上げた。
 再び小さく悲鳴を上げるルキアが、恋次の腕の中で「自分で歩ける……!」と身を捩る。そのルキアに恋次は「何言ってんだ、歩ける訳がないだろう」と笑う。
「昨日の影響がまだ残ってるって言うのによ。足腰立たねえだろうが。いいから大人しくしてろっての」
 ルキアを両手で抱え、恋次はルキアの頬に口付ける。
 家のいたる場所も朝の光が差し込んできらきらと光る。
 爽やかな朝。ルキアを腕に抱き、今日も一日が始まる。
 幸福な毎日。
 夢に見た幸せ。
 その夢のような毎日を手に入れ、己の幸せに眩暈がする。 
「今日は1日寝てていいぞ。家の事は俺がやっておくからな。お前は何もしなくていい」
 寝室の扉を開ける。朝の眩しい光が満ちるその部屋の寝台に再びルキアを横たえ、寝台の脚に固定してある銀の鎖を手に取り、いつものようにルキアの両手にかけられた手錠に繋げて鍵をかける。
 絶望を浮かべるルキアの瞳を見下ろして、恋次は微笑む。
「お前の世話の総てを俺がやってやるから。お前は何もしなくていい」
 銀の鎖が悲鳴を上げる。ルキアの心を映すように。
 自分に伸ばされる恋次の手から逃れるように、ルキアは寝台の上で後ずさる。けれどそれは銀の鎖と、昨夜の内に飲まされた薬―――恋次よりも先に目が覚めることのないように、夜毎無理矢理飲まされる薬、その所為で身体が自由に動かない。
 手錠をつかまれ、ルキアの身体は力任せに引き寄せられた。
 目の前に恋次の顔―――甘く、愛おしそうにルキアを見詰める恋次の瞳。
「―――だからお前は、ここから外に出ることはないんだ」
 微笑を浮かべ優しく囁き―――恋次は震えるルキアの身体を抑え付け唇を重ねる。
「ずっと此処に―――俺の傍に」
 愛しい気持ちが溢れる―――愛する想いに限りはなく、この手の中にあるルキアという幸福に感謝し、この夢のような現実が現実であることを確かめる為に―――恋次はルキアに覆い被さった。










……ヤンデレです(笑)
サイトのお客様からメールで「ヤンデレ」という単語を教わり、「ヤンデレのヤンって何?」と聞きましたところ「病んでる」のヤンだと知り、ああなんて素敵!と(笑)
愛しすぎて病んでる恋次……vって私そんなのばっかり書いてますけど、そうかこういうのは「ヤンデレ」っていうんですね。「幽蘭」の恋次もヤンデレですね。やっほう。
それで、実は甘々かと思いきやヤンデレ恋次でした、というのを書きたくて書いてみました。
本当は背景も黒なんですけど、そうするとばれちゃうので白です。
……皆さん騙されてくださったでしょうか(笑)

2008.9.19  司城さくら