「こら、ルキアてめえ!開けとけって言っただろーが!!」
深夜。
かちゃかちゃと控えめに、だけど激しく鳴らされた窓の騒音を、ルキアは布団をかぶって聞こえない振りをする。
「聞こえてるんだろーが、こらルキア!無視してんじゃねー!!」
しばらく窓の外で気配がしていたが、ようやく諦めたのか、静かになった気配にほっと息を吐きルキアは布団から抜け出した。
夜中に男性を部屋に入れるなんてとんでもない。
例えそれが恋次であっても、出来るわけが無い。
いや、恋次だからこそ出来ないか、と独り頷いていたルキアは、ふと部屋に風を感じて顔を上げた。
部屋の襖が。
音もなく開いた。
「な、な、なん―――っ!!」
「ふふふ、何のために昼間屋敷中の仕事をしたと思っている」
既に屋敷に侵入する手筈は完璧だ、と笑う恋次にルキアは無言で布団へと戻り、頭から布団をかぶって現実を見ることを拒んだ。
「こらこらこら」
「煩い、私はもう寝ているのだ。夜更かしは美容の敵、お前も早く休め―――ってこら!入ってくるな!!」
「いや、早く休めってお前が言ったから」
「私が言ったのは、はやくお前の寝床で休めということだっ」
広い布団の中で暴れていると、「大きな音出したら夜警に聞こえちまうぞ」と囁かれてぴたりとルキアは動きを止めた。
「お嬢さまがこんな夜中に男を引き込んで、やっぱ拙いんじゃないでしょうか」
「そう思うなら出て行け」
「でもわたくし、この屋敷に不案内なので、きっと道に迷って誰かに見つかると思うんですよねえ」
あー寒い寒い、とワザとらしく布団の中で身を縮める恋次を、ルキアは思い切り睨みつける。
「さっきは随分と屋敷の中を探検したような口ぶりだったと思うのだがな、阿散井恋次」
「お前の部屋に入り込むために色々細工をしといただけで、屋敷の構造事態は不案内なんですよねえ」
ルキアの布団は、恋次が入り込んでも全く問題がない程広い。その恋次の体温が随分低いことに気がついて、ルキアはほんの少しだけ申し訳なく思う。
この寒空の中、自分に逢いに来てくれたのは―――確かに、嬉しい。
嬉しいけれども。
それとこれとは別問題。
「ま、安心しろ、こんな所で何かするわけじゃねーから」
「……信じられない」
「大丈夫だって。いくら俺でもこんな場所で何かしようとは思わねえよ」
ここじゃお前を思いっきり啼かせることができないからつまんねー、と呟いた声は、幸いルキアの耳には入らなかった。
ルキアを布団の中で抱きしめながら、恋次は大きな欠伸をする。昼間、あれだけ慣れない仕事をしたのだ、やはり疲労は堪っているのだろう。
「一緒に寝るだけ。いいか?」
「……本当だな?」
「ああ。お前あったかいからな、子供だから」
両手でルキアを抱き寄せる恋次に、「子供ではないぞ!」と決まり文句を言いながら、ルキアは嬉しそうに恋次の腕の中に納まって、ぴったりと身体をくっつける。
戌吊で何度も過ごした夜と同じ体勢。
「……お前と一緒にいるのが一番安心する」
「ほら、それがお子様だって言ってんだよ」
ぐいと胸に顔を押し付けられて、ルキアは「苦しい!」と声を上げた。すぐに緩められた力に、「全く莫迦力め」と悪態をついて、そのまま胸に顔を埋める。
すぐに眠りに落ちそうになるのを、他ならぬ恋次が引き止めた。
「ところでルキア」
「なんだ?」
半分寝惚けた声でそう言ったルキアは、次の恋次の言葉で目が覚める。
「お前、俺の想い人に、俺のことどう思ってるか聞いてくれるんだろ?」
夕食時の約束を持ち出して、恋次は笑う。
「聞きてえんだけど。俺のことどう思ってるか」
思い返せば―――自分から恋次へ、気持ちを伝えたことはなかったとルキアは気がついた。
今更なのかもしれないけれど……あまりにも気がつくのが遅いといわれるかもしれないけれど。
想いを告げたのは恋次の方で、ルキアはただ真赤になって頷いただけだった。
言葉にするなんてとんでもない。
傍にいるだけで、好きすぎて苦しいというのに。
だから以前と変わらないように、憎まれ口と軽口の応酬をしているのが好きだった。
抱きしめられると、如何していいかわからなくなるから。
好きだといわれても、素直に私もと言える性格じゃないから。
「俺のこと、どう思ってんだろうな?」
恋次が自分の瞳を覗き込んでいる。ここで言わなくては、と思うのだけれど、心臓がどきどきするだけで、唇が何かを言おうと開くだけで、言葉としては何も出てこない。暫く何度か試してみたけれど、結局言葉は形になることはなく、ルキアは「……そのうち聞いといてやる」と視線を逸らした。
「そのうちじゃなくて今」
「厭だ」
「さて、そろそろ部屋に帰るか……あれ、客間って何処だっけ?あ、この廊下を突き当たって右に曲がって真直ぐ行って左曲がって最初の部屋が」
「藤井殿の部屋だ、性悪男」
誰かに見つかるということよりも、今包まれている体温がなくなることが惜しくて、ルキアは仕方なく言葉にする。
大きく息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。
まだ足りない。
心臓の鼓動の速さは過去最高。
5分間の格闘の末、ルキアはようやくその言葉を口にする。
「……好きだよ」
「蕗?」
「『好き』!!」
本当に性格が悪いな、と毒づきながら抱きつくルキアに、恋次は―――幸せそうに、笑った。
「お日様みたいな髪の色が好き」
「そりゃあ初耳」
「だから今の黒い髪の色は残念だ」
「ま、この暗闇じゃ見えねえから良しとしてくれ」
「うん、暗くて何も見えないから、私はこんな恥ずかしいことを言えるんだ」
「恥ずかしいってな……」
「多分、二度と言わない。今だけだ」
「……ま、今後お前に言わせることが出来るかどうかは、俺の腕次第ということで」
「じゃ、続けるぞ」
「はいどうぞ」
「奇天烈な模様も、もうそれがお前の一部になってるから、好きになった」
「じゃあ奇天烈って言うなよ」
「紅い瞳がうさぎみたいで、好き」
「……複雑だな」
「口は悪いけど、本当は優しいところが好き」
「言っとくけどな、優しくすんのはお前にだけだぞ?」
「私のことしか、名前で呼ばないところが好き」
「結構見てんだなあ、お前」
「こうして抱き合ってるのが、すごく好き。あったかいから」
「いや、これだけでずっと済ますつもりはないんですけどね、ルキアさん」
「頭を撫でる大きな手が好き」
「よしよし」
「―――恋次が、大好き」
「俺も好きだぜ、ルキア」
目覚めた時は朝だった。
既に横に恋次の姿は無い。夜半に一度目覚めた時には、自分は恋次の腕の中に包まれていたから、すぐに部屋に帰ったわけではなく朝方までいたのだろうとルキアは幸せそうに微笑んだ。
確かに恋次は言葉通り、ルキアが危惧していた意味でルキアに触れる事はなかった。
ただ子供の頃のように抱き合って眠っていただけだ。
鼻歌を歌いながら服を着替え、髪を整え従者が食事の支度が済んだと呼びに来るのを待っていると、「ルキアさま」と藤井の声がする。
「失礼致します」
すらりと開かれた襖には、既に一分の隙もなく居住まいの整えられた藤井の姿。
「おはようございます、ルキアさま」
「おはよう、藤井殿」
丁寧に一礼してから部屋に入る藤井に、ルキアは少し不思議そうな顔をした。部屋に入るという事は、藤井がルキアと話をしたがっていると言うことだ。それは例えば白哉からの伝言だったり、ルキアの身体の調子を尋ねることだったり、朽木の行事や予定の事など、様々な内容がその時々であったが、朝のこの時間に藤井が部屋で話をしようとすることは珍しい。
「早蕨殿は、先程帰られました。本日は仕事があるそうなので、このまま六番隊に出廷されるとのことです」
「……そう、か」
兄様が帰ってくるのは昼頃だから、もうちょっと一緒にいられたんだけどな、と内心がっかりしながらルキアは無関心さを装って鷹揚に頷いた。
「随分思い切ったことをされる方でいらっしゃいますね、阿散井殿は」
「そう、随分思い切っ―――は?」
「阿散井恋次殿でございますよね、早蕨連理殿は」
当然の事のようにさらりと口にした藤井に、ルキアのくちがぽかんと開いた。普段はあまりそういった表情を勤めて見せずにお嬢さま然としているルキアが、被り慣れた表情を忘れるほど、あまりにも衝撃的なその言葉。
「知―――知って!?」
愕然と問いかけると、藤井は着物の袖で口元を隠し、声を上げて笑う。
「はい、最初は全く疑いもしませんでしたが―――ルキアさまのご様子がおかしいと気付きましてから、ですから昼食後でございますね。ルキアさまがああいった表情を浮かべますのは初めて拝見いたしましたので、それから手繰っていけば―――からくりはすぐに」
「そ、それは……」
どう弁解していいか分からずに口篭るルキアに、母親のように優しい視線を向け藤井は言う。
「それからじっくりと阿散井殿を拝見いたしましたが―――いい青年でございますね。あの方でしたら大丈夫でしょう」
「そ、そうか?」
「何しろ、一晩同衾しながら指一本触れないのは相当―――良く言えば紳士、悪く言えば―――」
策士ですね、と藤井は笑った、
「策士?」
「私が様子を窺っていること、気付いていましたから―――阿散井殿は」
「え!?」
「もし阿散井殿がルキアさまに不埒な振る舞いをしましたら、その瞬間に叩き出そうと思っていたのですが―――」
その藤井の思惑を知っていたのか。
ただ、本当にルキアに触れる気はなかったのか。
もしかしたら、その両方。
「とりあえず、阿散井殿は合格いたしました。―――あくまで、私の中では、ですが」
白哉さまはまた別でしょう、と苦笑しながら藤井は立ち上がる。
「白哉さまには内密にしておきましょう。他の者にも口止めいたします。ご安心ください」
立て続けの驚きに口も聞けないルキアを残し、藤井は「では、朝餉までもう少々お待ちください」とにこりと微笑み部屋を出て行った。
結局―――恋次は、その強引なやり方で、藤井という強大な味方を作ったようだ。
まだ、兄という最強の人が待っているけれど。
90年も待っていられたのだから、恋次も待つことにはなれているだろう、と、恋次が聞いたら本気で怒りそうなことをルキアは考えて、敷いてあった布団の上にもう一度横になる。
「しばらく、お前と一緒に眠れそうだな」
布団に残る恋次の香り。
抱きしめるように顔を埋めて、ルキアは笑う。
本当に一緒に眠れる日は当分先だろうけど、その日が必ず来ることを、ルキアは信じて疑わない。
いつか、恋次が自分を迎えに来てくれるその日を信じている。
「結婚するまで、私は清いままでいるのだからな」
この身体もひとつの手段。
だからはやく。
一緒に眠りたいのならば、私の姓を変えてから。
「ルキアさま、ご用意が出来ました」
「今行く」
短く返答して、ルキアは名残惜しそうに布団から離れて立ち上がる。
午後に帰宅した白哉のその眼力で、あっさりと侵入者がばれて大騒動になったその事件は、また別のお話。
大変遅くなって申し訳ございません、50万打アンケートお礼SSです!!!(土下座)
しかも御礼になってるかどうか…思ったよりもいちゃいちゃしたお話ではなくて、予定ではもっと甘いお話だったはずなんですが、あら、あんまり甘くない(笑)
他の話とは繋がってない単独話で、この話の恋次とルキアは兄様に思いっきり邪魔されてなかなかデートも出来ないようです。
現時点のWJの兄様を見ると、このくらいの邪魔をしてもおかしくないような感じですが(笑)
実はこの話は、ルキ恋祭りの表用に考えたものだったのですが、祭り開催中に時間切れで書けなくなってしまい、いつか使おうと思っていたものでした。
恋次の偽名を折角考えたのに使わなくちゃもったいないと!(それだけか!)
日の目を見られて良かったです。はい。
そして改めまして、アンケートにお答えくださってありがとうございました!
たくさんの回答に大喜びです。
コメント欄にたくさん書いて下さった方がすごく多くて、泣きそうになるくらい嬉しかったです。いや実はこっそり泣いたりしたけど。秘密秘密。
本当にありがとうございました。
そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2007.12.1 司城さくら