扉を叩く音に時計へと目を向ければ、時刻は真夜中、12時を過ぎたところだった。
 こんな時間に客もねえだろう、と読んでいた本へと視線を戻すと、やはりコンコンと扉を叩く音がする。風の音でもないようだ。まさか天下の六番隊副隊長の家に悪戯って訳じゃねえだろうな、と扉に付いたレンズ越しに外を見て、俺は驚きのあまり息を呑んだ。慌てて鍵を外し扉を開ける。
「な、何やってんだお前、こんな時間に」
「中に入れてはくれぬのか」
 俺よりだいぶ下にあるその声の持ち主は、俺の返事を待たずにさっさと俺を押し退けて部屋の中へと入ってきた。そのまま、勝手に居間の真中、俺がたった今まで本を読んでいた部屋の真中にちょこんと座り、珍しそうに部屋の中を見回している。
「これがお前の部屋か」
「いや、だからお前こんな時間に……」
 ルキアの家は、こんな時間にふらふら出来るような家じゃない。一体何があったんだ、と焦る俺に、ルキアはにこりと笑った。
「お誕生日おめでとう、恋次」
 不意打ち。
 まさか覚えてるとは思わなかった。俺もその話題は出さなかったし、ルキアも何も言わなかったから、俺はすっかりルキアは忘れているもんだと思っていたが、どうやらそれはルキアの演技だったらしい。
 首を傾げて俺を見上げ、ルキアはもう一度「おめでとう」と言った。
「あ、いや」
「一番最初に言いたかったんだ。誰よりも最初に、お前におめでとうを。それに、誰よりも最初に、お前にプレゼントを渡したかった」
 ちょっと赤くなりながらそんなことをルキアは言う。
 その可愛らしさに目を奪われながら、でも、と俺は思う。
 プレゼントを、と言いながらルキアは何も荷物を持っていない。
 着物の袂にでも隠してあるのかな、と思った俺の目の前で、ルキアは突然、するりと帯をほどき始めた。
「な、な、なに、おま……っ」
 狼狽する俺の目の前で、ルキアはしゅるしゅると帯をほどいていく。うろたえつつも視線はルキアに釘付けな俺の目の前で、襦袢だけの姿になると、ルキアは頬を赤く染めたまま、視線を落として言った。
「……お前が喜ぶプレゼント。何が良いか、考えて……それで」
 く、と胸元を恥ずかしそうに広げて、ルキアは白い肌を俺に見せた。
 肌蹴た胸元に、赤いリボン。
 白い肌を際立たせる、くるりと幾重にもルキアの身体に巻きついている赤いリボンに、俺は思わず息を呑む。
「ルキア……」
「私が……プレゼントだ。―――貰ってくれるか、恋次……?」







「なんだそりゃー!!」
 腹を抱えて大爆笑する檜佐木先輩を俺は憮然と睨み付けた。勿論先輩はその程度での事は全く意に介さず笑い続けている。机に突っ伏し机を叩き、涙さえ浮かべて本気で笑い倒していた。
「そんな女が現実にいたら引くぞ絶対。そんな女いねーよ、童貞男の妄想の中にしか存在しねぇ生き物だ!」
 笑いすぎてひーひーと引き攣るような空気の音をさせてから先輩はむせた。
「そんなに笑うことないでしょうが!」
「いや、お前があまりにもバカでバカで…」
 俺は無言でここまでの飲み代を机の上に叩きつけて立ち上がった。そのまま店を出ようとして「まあ待てって」と背後から腕を掴まれる。
「悪かった、悪かったって!怒んなよ、謝るから、な?」
 先輩に頭を下げられて、俺はとりあえず席に戻った。仏頂面なのは相変わらずの俺に先輩はもう一度「悪かったよ童貞君」とにやにやと笑う。全く反省はしていない。くそう。
「いや、でもよ、そんな女世の中にはいねえぞ?ってか、そんなことを日々お前が妄想してるのかと思うと俺はしょっぱい気持ちになってくるぞ」
 ああ、この人に言うんじゃなかった。ついつい「お前が一番欲しいプレゼントって何なんだよ?」という先輩の言葉に乗せられて、俺の壮大な夢を話してしまった。大事な俺の夢が、一瞬でこの69にぶっ壊された。
 いいじゃねえか、男の夢だぜ。
 自分の身体にリボンを巻いて「プレゼントは、わ・た・しv」ってやつ。
「だからそんな女はこの世の何処にもいやしねえよ。そんな夢は捨てちまえ、阿呆」
「夢を見るのは自由だろうが!」
 目の前の杯の酒を一気に飲み干して、俺は憮然と言った。
「まあそれはおいといてだな、どうなんだよ実際」
「何がですか」
「嬢ちゃんだよ、そんな展開になりそうなのか?」
「…………………」
「……当分右手のお世話になりそうだな」
「右手言うな!」
「ひとり上手だな」
「ひとりが好きなわけじゃねえ!」
 くっくっくっ、と笑う先輩を無視して俺は更に酒を飲み干した。
 ずっと離れていたルキア、ずっとすれ違っていたルキアにめでたく想いが伝わったのは最近のこと。
 ルキアの拘束から始まって、旅渦騒動、そして最大の事件藍染の反乱、破面の来襲―――そして、その波乱の中で俺はルキアと心を通じ合わせた。
 詳しく言うと照れるから言わねえが、まあ、何だ、色々あって、お互いの想いを確かめ合って、それで―――
「キスぐらいはしてんだろ?」
「ぶ」
「何だよ、してねえのか!?」
「いや、その―――まあ、いくらなんでも」
 答えなくても、へらりと笑った俺の顔を見て先輩は察したようだ。
 ルキアとのキス。
 女の唇があんなに柔らかくて甘いなんて知らなかったぜ。
 俺の腕の中で目を閉じて、初めて交わした口付け―――小さく震えるルキアが、愛しくて愛しくてたまらなかった。
 で。
 その先に進みたいと思うのは―――当然のことだよな?
 ところが、ルキアのガードは意外と固い―――いい雰囲気になっても、さり気なくなのか本気で知らないのか、あっさりとその雰囲気をぶち壊す。
 だけど、もうすぐ俺の誕生日。
 「週間・男の遊艶地」によると、初体験のきっかけはカップルのどちらかの誕生日が多いとの統計も乗ってたことだしな。
「ま、がんばれよ、童貞」
「ふふふ、9月には一皮向けた俺を先輩にお見せしましょう」
「なんだよお前包茎なのか?」
「ちげーよ!!!!!!!!」
 何はともあれ、勝負は8月31日。
 あと、3日。





 
 そして勝負日、8月31日。
 俺はぽつんと一人、家にいる。
 俺とルキアが付き合っているのは既に知られていることだから、誰も今日の俺に誘いをかける奴はいず、まあ俺もルキアと一緒に居るつもりだったから皆の気遣いを面映く思いつつ、ルキアの姿を捜していた。
 が。 
 朝、ルキアの姿を見かけることは無かった。
 普段ならば、隊長と一緒に毎朝同じ時間に同じ道を通ってルキアは隊舎へとやってくる。本当ならば一緒に来たいものだが、どこぞの妹大事な兄上が毎朝くっついていてその夢は叶わずにいる。話が反れたが、つまり俺は毎朝十三番隊の前でさり気なくルキア(と隊長)に逢うように時間を調節し、ルキアが照れたようにそっぽを向いて「おはよう」と声をかけてくれるのを密かな楽しみにしているのだ。
 ところが、今日に限って、俺の誕生日の今日に限ってルキアの姿が無い。
 隊長だけが歩いて隊舎に向かっている。あれ、と道の向こうを覗いて見るがルキアの姿は無い。いくらルキアが小さいからと言ってさすがに見落とす訳も無く、どうしたんだろうかと考え込む俺の横で隊長は足を止めた。
「何をしている。早く隊舎へ向かえ」
「あ、いや、その」
「何だ」
「ルキアは今日は―――」
「忘れ物をしたと言って屋敷に戻っている」
 珍しい事もあるもんだな、と俺は少し驚いた。仕事に関しては目の前のお兄様の指導の所為か、いつもきちんと用意しているルキアが忘れ物をするというのは珍しい。
「当分来ぬ故、さっさと仕事に入れ」
 待ってるか、との俺の考えを見抜いたのか、有無を言わせずという見本のような口調で隊長はそう言うと、俺の前を歩き出した。さすがにこのままここに留まることはできず、まあ昼に会えるからいいかと俺は隊長の後に従って六番隊の隊舎へと向かった。
 ところが―――だ。
 昼休み、俺たちがいつも待ち合わせている一番隊の隊舎の裏の丘の上、そこにルキアは現れなかった。
 ぎりぎりまで丘の上で待って、俺は何かあったのかと十三番隊の隊舎へと向かった。ルキアが俺に連絡を取れなくなるような突発な大事件があったのならば、俺の耳に必ず入るはずだ。そんな事実は無いし、あとは理由として考えられるのは―――例えば浮竹体調の具合が急に悪くなって、ルキアが綜合救護詰所に行ってるか、とかだろうか。これはまあよくあることなので、これが一番可能性としては高いかもしれない。
 と考えながら歩く俺の前方から、当の浮竹隊長が歩いてきた。しっかりとした足取りは具合が悪いようには見えない。
「よう、阿散井!」
 にこにこと人柄の良さを滲ませながら、十三番隊隊長は俺に挨拶をする。浮竹隊長の愛想の良さの半分、いや十分の一でも我が六番隊隊長がお持ちでいらっしゃれば。
「どうした、こんなところで」
「いや……ルキア、どうしてますか」
 俺のその問いかけに、浮竹隊長は「ああ」と思い出したように声を上げた。そして何故かばつの悪そうな顔で「朽木は今、流魂街に行ってるんだ」と頭をかく。
「流魂街?何しに行ったんスか」
「ん、まあ、その……用があってな」
「用?何の」
「ええと……何だっけな……ああ、あれだ、志波の家に行ってもらってる」
「志波……志波空鶴の?」
「そう、空鶴に渡す物があってな。それで朽木に」
「……何でルキアが?」
「それは、びゃく―――じゃなかった、ええと、朽木がな、空鶴と岩鷲に会いたいと言ってだな」
 すまんな、と浮竹隊長は頭を下げた。
「いや、別に浮竹隊長が謝ることじゃ―――」
「朽木と昼飯の約束をしていたんだろ?本当に悪かった」
「あ、いや、別に約束してるわけじゃなくて、―――だから別に構わないっスけど」
 あと一時間もしたら帰ってくると思うのだが、と浮竹隊長は本当に申し訳なさそうに言って、何度も俺を振り返り何度も俺に頭を下げながら去っていった。
 ……何なんだ。
 まあ、ルキアに何かあった訳じゃなくてよかった。
 とりあえずあと一時間で帰ってくるということだし、帰宅時間に捕まえて夕飯に誘えばいい。ルキアは今日が何の日か知らないらしいし―――もし知っていたのなら、こんなにすれ違うことはないだろう。誕生日に恋人に会わない奴なんているはずないからな。
 恋人の誕生日を知らない奴、というのも稀有だとは思うが。
 ……いかん、凹んできた。
「私をあvげvるv」パターンはどうやら期待できないようだ。残念だが、そうなったらそうなったでもう一つ考えはあるしな。





「何?今日はお前の誕生日だったのか?」
「ああ、実はな」
「ああ……私は何て酷い恋人なのだろう。すまない、恋次。今からプレゼントを捜してくるからちょっと待っていてくれないか」
「いや、いいって別に」
「駄目だ、私が納得できない。お前に、大好きなお前に、誕生日に何もしてあげられないなんて……!」
「じゃあよ、欲しいものがあるんだけどよ。それ、くれねーか?」
「ん?なんだ、言ってみろ。もちろんそれを手に入れてこよう」
「売ってるもんじゃねえんだよ」
「何?」
「今日一日、お前を独占してえんだ」
「恋次……」
「お前が欲しい」
「…………」
「駄目か?」
「……今日は、お前の言うことなら……何でも……お前の望むことなら、何でも……」
「ルキア……!」




 みたいな!!



 こうして二人はめくるめく愛の世界に足を踏み入れる訳だぜ!
 完璧。
 これ以上ないくらい完璧。
 パーフェクト。
「何をにやけている」
 俺の桃色妄想を氷の声が掻き消した。顔を上げれば、これ以上ないくらい冷たい視線の上司が俺を眺めている。
 仕事中に思わず自分の世界に入っていたようだ。
 時計を見れば、午後の5時。
「いや別に。あ、そろそろ終業時間ですね、すみませんが今日はこれで。……あ、今日はルキアをちょっとお借りしますので」
 さり気なくそう言うと、俺はそそくさと机の上を片付けた。隊長が何か言い出す前に帰っちまおうと立ち上がったところを、「無理だな」と氷柱のような声がする。
「無理?」
「ルキアは今現世に行っている。今日は帰って来ぬ故、それは無理だと言っている」
「現世ええっ!?」
「ではまた明日」
「いやいやいや!何スか、現世って!だってさっきは流魂街に……ってまさか!!」
「……何だ」
「あんたかっ!!あんたなんだな!!!」
「当たり前だ、莫迦め」
 ちろりと俺を冷たい視線で眺めた後、ふい、と隊長は視線を逸らした。すまし顔だ。つまりはしてやったり面だ!
「な、な、なんてことをしやがるこのシスコン……っ!」
「一年で一番危険な日に、一番危険な男の傍にいさせるわけには行かぬ」
「一番危険な日、って」
「『週間・男の遊艶地』によると、誕生日が一番危険らしい」
「ってあんた読んでんのかよ!!!」
 俺の突っ込みに、隊長は更に視線の温度を下げて俺を見た。その視線に凍りつきそうだ。寒い……寒すぎる……!!
「見る訳が無いだろう、あんな低級な雑誌など。屋敷の者が私に進言したのだ」
 ……読んでないと言う割に雑誌の内容知ってんだな。
「ルキアは現世の夜一に、私の遣いで行っている。尸魂界へ帰ると時刻が遅くなる故そのまま浦原の家に泊まるよう申し付けた」
「な、何てことをしやがる……!」
 誕生日おめでとう、恋次。
 無表情でそう言うと、朽木隊長は部屋を出て行った。
 後に残されたのは、―――茫然と佇む、俺一人。






 そんな理由で、俺は一人で部屋にいる。
 一人で外をうろついていれば「振られたのかよ?」と四方八方から言われることは目に見えていたので、俺は人目につかないよう真直ぐに家へと帰ってきた。
 ……空しい。
 誕生日に、恋人が出来て初めて迎える誕生日が、こんな日だとは……!!
 一人空しく手酌酒。
 空は既に夜仕様。
「しかしルキアもルキアじゃねーか……俺の誕生日くらい覚えてろっての……」
 ぶつぶつと呟きながら、俺は酒を流し込む。こんな惨めな誕生日は、酒で酔いつぶれて記憶から消した方がましだ。
 ぷるるる、と伝令神機が電子音を発して、俺はがばっと伝令神機を掴み着信名を確認する。

『檜佐木修兵』

 落胆しながら、それでも先輩を無視することは出来ずに通話ボタンを押した。
「はい、なんスか」
『楽しい誕生日の夜を送ってるようだな、恋次』
 何処で聞きつけたのか、あからさまに笑ってる先輩の声に、俺は無言で通話を打ち切ろうとボタンに手をかけた―――途端、『誕生日プレゼント送っといたからよ。もうそろそろ着く頃だ』と先輩の声がした。
「プレゼント?」
『お前が喜ぶもんだよ―――まあそれで色々勉強するんだな』
 くくく、という何か含んだような笑い声を上げて、先輩からの電話は切れた。
 俺が喜ぶ、色々勉強になるもの?
 ラブドール(旧名:ダッ〇ワイフ。親切な俺。)か。
 ……空しい。空しすぎる。何で誕生日にそんなことしなくちゃなんねーんだ、と思いつつ。
 タイミングよく叩かれた扉に、いそいそと立ち上がってしまった。
 いやほら、何か興味あるし。
「おう」
 と扉を開けた俺の目の前に、やたらバカでかい包みを持った配達員が―――じゃなくて。
「ルキア!?」
 目の前に、現世に行ってるはずのルキアがいた。
「な、何やってんだお前、こんな時間に」
「中に入れてはくれぬのか」
 俺よりだいぶ下にあるその声の持ち主は、俺の返事を待たずにさっさと俺を押し退けて部屋の中へと入ってきた。そのまま、勝手に居間の真中、俺がたった今まで酒を飲んでいた部屋の真中にちょこんと座り、珍しそうに部屋の中を見回している。
「これがお前の部屋か」
「いや、だからお前こんな時間に……」
 ルキアは今、現世に行ってるはずなのに。一体何があったんだ、と焦る俺に、ルキアはにこりと笑った。
「お誕生日おめでとう、恋次」
 不意打ち。
 まさか覚えてるとは思わなかった。
 俺もその話題は出さなかったし、ルキアも何も言わなかったから、俺はすっかりルキアは忘れているもんだと思っていたが、どうやらそれはルキアの演技だったらしい。
 首を傾げて俺を見上げ、ルキアはもう一度「おめでとう」と言った。
 ……あれ?
 この展開って、俺が想像した通りの展開じゃねえか?
 ほら、この話の一番最初に戻って確かめてみろ。
 台詞と状況が一緒だろう?  
 ってことは、この後、ルキアは……!!
「プレゼントだ」
 ルキアははい、と俺に小さな包みを渡した。
「……ん?嬉しくないのか」
「そんなことございません!嬉しいです!!」
「?」
 そうだよなあ、そう上手く行くはずはねえよなあ。
 包みを開けると、見慣れた銀蜻蛉の包装紙。
「おい、これ、ちょっと待て」
「開けてみろ」
 くすくす笑うルキアの声に、慌てて包装紙を開けるとそこには、
「おいこれ……新作じゃねえか!ん?いや、こんなデザイン、見たことねえぞ……あれ?」
 俺は銀蜻蛉の新作チェックは欠かさない。ついこないだも行ったばかりだし、その時の秋の新作にこんなデザインはなかった。っていうか、今まで発売されたものの中で一番かっこいいじゃねえかこの形!
「おい、これ……」
「尸魂界でたった一つしかないモデルだぞ」
 悪戯そうにルキアは笑った。面食らってる俺の顔を見られて楽しくて仕方ないらしい。そんなルキアの思惑は解ったが、俺は驚きの表情を消すことは出来なかった。 
「ひとつ……?」
「そう、たった一つ。銀銀次郎殿の作品だ。お前の為だけに作ってもらった」
「な、何ぃっ!?」
 ここのゴーグルは滅茶苦茶高いんだぞ!?それが一点ものの特注!?一体どんだけ金かけてんだこいつは!?
「いや、それが、『朽木隊長の妹からは代金は取れない』と仰って……さすがにそれは申し訳ないので代金は受け取ってもらったが、それでも普通に販売されているゴーグルの十分の一の金額だったよ」
 ぺろりと小さな舌を出してルキアは笑った。
 銀蜻蛉の銀銀次郎は、俺の前任、六番隊の副隊長だった人だ。
 世話になった上司の妹から、金を取れないということだったのだろう。
「気に入ったか?」
「すっっっっげえ気に入ったぜ!!ありがとな、ルキア!最高だぜ!!」
 早速かけてみる。サイズも俺に合わせて作られている。勿論デザインも俺に合うよう吟味されているようだ。俺はあの店の常連だし、銀次郎さんも俺が六番隊副隊長、つまり銀次郎さんの後任だと知ってるから頻繁に話すし、俺の好みも完璧に知ってるというわけで。
「最高のプレゼントだぜ!!ありがとな、ルキア!!」
 手放しで喜ぶ俺に、ルキアは「子供みたいだぞ、恋次!」と笑った。そんなルキアに、ようやく俺はルキアが何故ここにいるのかと思い至った。
「そうだ、何でお前がここに?隊長は現世に行ってるって言ってたけどよ」
「うむ」
 ルキアはちょっと困ったような顔をした。
「まず、謝らねば。誕生日だというのに、朝も昼もお前に会えなくてすまなかった」
「いや……」
「朝は、お珍しいことに、兄様が忘れ物をされてな……今朝は朝一番に会議があるというので、遅れていくわけにも行かず、私が代わって取りに戻っていたのだ」
 ……何?
「昼は、兄様が至急志波家にご連絡したいことがあるということで―――浮竹隊長伝いに遣いを頼まれてな。志波家の場所を知っているのは私だけだった故、私が行くことになった。連絡する暇もなくて―――すまなかったな」
 つまり、朝の忘れ物も昼の流魂街への外出も、すべてシスコン兄の仕業というわけか……!
 成程、浮竹隊長があれほど謝る訳だ。
 うちの隊長に脅され仕方なくルキアを流魂街へと出したのだろう。
「夜、お前と会うつもりだったから、なるべく兄様のご機嫌を損ねないよう……等と言っては兄様に失礼だな。お前と逢うのをすんなり許可していただきたくて、一生懸命お役に立とうとしたのだが……私のいない間に、お前、重大事故をしでかしたそうだな?」
「あ?」
「兄様から聞いている、だから惚けなくとも良い。お前が四楓院家の宝具を損傷させたと―――至急夜一殿に連絡をしなくてはならない事態になったのだな?それで、兄様が私に―――浦原商店におられる夜一様にご伝言をと。お前の落ち度にならぬよう、内々に事を済ませたいのだと仰っていたぞ。兄様は本当にお優しい」
 

 そ ん な 話 は 全 く ね え ! ! ! 


 あの男、全くとんでもない野郎だ。
「俺のため」と言われれば、ルキアが断るはずがないのだ。
「それで、今日中にはここに帰れそうになかったので、途中行き合った檜佐木殿に、このプレゼントをお前に届けて欲しいと頼んだのだ。そうしたら、事情を私に聞かれて―――全て話したら、檜佐木殿は『二番隊に行ってみな』と仰って。砕蜂隊長に会って、夜一殿に合わなくてはいけない用事が出来たので、夜一殿に何か伝言があればお伝えします、と言ってみろと檜佐木殿に言われてそうしたら、砕蜂隊長が『私が現世に行ってこよう』と」
 ルキアはちょっと言葉を切って、またすぐに話し出す。
「檜佐木殿は砕蜂隊長がそう仰ることを予想していたみたいで、もし砕蜂隊長にそう言われたらこう言え、と言われた通りに『いえ、兄にそのまま現世で泊まってくるよう言われてますので。このまま家に帰ったら、兄の命に従わず人に用事を押し付けたと思われてしまいます』とお答えしたら、『では、お主は今夜一晩友人の家にでも泊まるがよい。私はこの件については誰にも口外せぬ故、朽木にばれることもないだろう』と、私から兄様の手紙を取り上げて、嬉々として精霊門まで一瞬で行かれてしまった」
 
『誕生日プレゼント送っといたからよ。もうそろそろ着く頃だ』
『お前が喜ぶもんだよ―――まあそれで色々勉強するんだな』

 ありがとう檜佐木先輩!!!!!(号泣)
 エロ魔人だなんて思っててすみませんでしたああ!!!
 一生ついていきます。
「あ?つまり、その、お前、今夜―――」
「泊めてくれぬか?お前がよければ、だが」
 かすかに頬を染めて―――ルキアは言った。
 この世に神は居る!!!!!
 ああ、ありがとうございますロマンスの神様!!
「もももももも勿論!!」
 上擦った俺の声に、ルキアは「ありがとう」と小さく言った。








 浴室から、湯の流れる音がする。
 俺はそわそわと部屋の中をうろうろと歩き回っている。
 誕生日。
 お泊り。
 そう来たらもう、二人の行きつく先は―――!!


「―――初めてなんだ、優しく……して」
「ルキア……」
 触れた指に、ルキアは小さく「あ」と声を上げた。ぴくんと身体が震える。
「……やっぱり止め―――」
「いや!」
 思いがけなく強い声だった。今まで震えていた身体が、俺の身体に縋りつく。触れ合った肌は、酷く、熱い。
「いや、やめないで……!」
 震える声に俺は躊躇する。やはりまだ、ルキアには早い―――俺は、ルキアを泣かせる気はない。
「今日は止めよう。俺はいつだって待ってるから」
 その俺の言葉に、ルキアは激しく首を振った。黒い髪がルキアの頬に纏わりつく。
「―――本当を言うと、ちょっと怖い。……でも、私はお前が好きだから」
「……ルキア」
「愛してる、恋次……私を愛して。お願い、私の全てをお前のものに―――」


「何してるんだ?」
「うわあああ!!!!」
 背後から突然掛けられた不思議そうな声に俺は飛び上がった。
「いや別に何でも」と取り繕って振り返ったそこには。
「―――!!」
 湯上りで上気した白い肌。
 俺の死覇装の上だけを着ただけの姿。
 すんなりした足は、その大部分が露出している。
 恥ずかしそうに顔を伏せ、ルキアは固まる俺の横を通り過ぎ、するりと俺の布団に潜り込んだ。
「寝るぞ」
 俺に背を向けて、ルキアは小さな声で言う。
 ばくばくする心臓を押さえながら、俺は部屋の電気を消した。
 緊張しながら、ルキアの横に入り込む。すると、背中を向けていたルキアが、俺の方へと向き直った。
 いよいよだ。
 さようなら童貞。
 よろしく大人な俺!
「ルキア……!!」
 起き上がり、がっ、とルキアの両肩を抑え、俺は想いの丈を込めて名前を呼ぶ―――。
「何だ?」
 きょとんと見上げるルキア。
 ……あれ?
「どうしたんだ、急に」
 ああ、ものすごく嫌な予感がする。
 空前絶後の嫌な予感が、する。
「―――つかぬ事を聞くけどよ」
「ん?」
「子供って、どうやったら出来るか知ってるか?」
 何を突然、と言うような視線で俺を睨み、ルキアは―――言った。
「当然だ。愛し合う男女の元に、コウノトリが赤ちゃんを連れてきてくれるのだぞ」
 そんなことも知らぬのか、とルキアは呆れたように。
「どうした、恋次?何を泣いている?」
「いや、なんでもないです……」
 酷い。
 神なんてこの世にいやしねえ。
 今ここが崖の上だったら、俺は迷わずこの身を投げ出していただろうよ、畜生!!!
「さあ寝るぞ恋次」
「……オヤスミナサイ」
 脱力したまま、俺は枕に顔を埋めた。
 酷い。
 何て誕生日だ。
 生殺しじゃねえか!!
「……何てな」
 くす、と笑い声がした。
 あ?と顔を上げた目の前に小悪魔。
「縛道の一、塞!」
 ぱきん、と身体が硬直した―――拘束された!
「な、何しやがる!!」
 指一本動かせない。慌てる俺に、くすくす笑いながら小悪魔は言った。
「知らぬ筈がないだろう、莫迦者」
「そうだよなあ!」
 しらねえ筈ねえよなあ、子供じゃねえんだからよ!
「なので拘束させてもらうぞ、恋次」
「こら手前離せふざけんな!!」
「―――解放したら、何もしないと誓えるか?」
 いや、誓えねえけど。
 ってか、何でそんな事誓わなくちゃいけねーんだ、恋人同士なのに!
「―――私は、その……まだ、怖くて」
 小悪魔の顔は消え―――少女の顔が、現れる。
「お前には申し訳ないのだが―――まだ、怖くて。覚悟が、出来ない……。お前が好きなのは本当だ。大好きだ。その、は、初めては、お前だと決めている……お前じゃなきゃ、いやだ。でも、まだ……怖くて。今日の事は、突然だったから……まだ、整理が出来なくて」
 小さく、ルキアは言う。
「勝手だとわかっている。でも、他の人の家に泊まりたくないし。お前と一緒にいたいし……出来たら、一緒の布団で、子供の頃みたく、色んな話をしたくて……勝手だな、私は。お前を信じてないんだ、私は……酷い女だ。お前が私の気持ちを無視して、そ、そういうことをするのではないか、と……お前を信じてないんだ、私は」
 すまない、とルキアは術を解こうとした。
「いいよ、このまんまで」
「え?」
「確かに、術がなけりゃ俺はお前の気持ちを無視して襲っちまいそうだ。このままでいいよ」
「……恋次」
「子供の頃みてえに話したいんだな?いいぜ、お前の望むことならなんだって叶えてやる」
「恋次……」
 きゅ、とルキアが抱きついてきた。石鹸の香り。洗いたての髪。甘い吐息。
「…………硬いのだが」
「まあ、それぐらいは」
 ルキアに反応して変形するくらいは許してもらえんだろ?





 並んで横になりながら、俺たちは他愛無いことを話す。
 子供の頃の事。
 友人の事。
 仕事の事。
 家族の事。
 自分の夢。
 昨日見た夢。
 今朝見た風景。
 とり止めなく、あてどなく、果てしなく。
 笑い、怒り、困り、喜び―――俺たちは話し続ける。
「ルキア?」
「―――ん……」
 眠そうな声に時計を見れば、時刻は夜中の12時になる手前。
 随分とまあしゃべったもんだ。
「もう寝ろ。―――お休み」
「ん。おやすみ……」
 ことん、とルキアの言葉が切れた途端、俺の身体の拘束が消えた。
 まあ、術をかけた当人が意識を失えば、術の効力が消えるのは当然だ。
 くうくう眠るルキアを起こさないよう、俺は上体を起こした。そのままルキアの横に両手を付き、ルキアを上から眺め下ろす。
 無邪気に、ルキアは眠る―――起きる様子もない。
 このまま、抱いてしまおうか。
 抵抗するのは最初の内―――抱きしめて口付けて、愛撫をすればすぐに抵抗が止むことを俺は確信している。
 愛している二人ならば、当然の行為。
 俺はルキアの唇に、唇を重ねようと近付け―――
 頬に、触れた。
「おやすみ」
 まあこんな誕生日もいいよな、と俺は目を閉じた。
  


















 眩しい朝日に目を瞬かせて、俺はゆっくりと上体を起こした。
「おはよう」
 優しく微笑むルキアが、いる。
 窓辺にたって、朝日をうけて微笑む姿は、とても綺麗だ。
「はよ」
「いい朝だな。よく眠れたか?」
「ああ、ぐっすりとな」
 うーんと伸びをする。そんな俺に、ルキアは言った。
「ありがとう、恋次」
「あ?」
「術が解けた後、私を抱かないでくれて―――私の気持ちを大事にしてくれて」
 嬉しそうに、ルキアは言った。
 はにかむように、幸せそうに。
「―――え?」
「起きていたんだ、あの時。術を解いたのは眠ったからじゃなくて、私の意思で解いた。あの時―――お前に抱かれてもいいと思ったから」
「―――は?」
「でも、お前は何もしないでいてくれて―――ちょっと残念だったけど。でも、私を大事にしてくれてるって知って、とても嬉し―――きゃああああああ!!!!」
「紛らわしいことすんじゃねえよ!!ああもう今からヤってやる!!!」
 「恋次!?」と驚愕の声を上げるルキアを無視して、小さな身体を押し倒す。
 衝撃でルキアの着ていた俺の死覇装が乱れ、その小さな、可愛らしい胸が俺の目に飛び込んで、俺の理性は一瞬で吹っ飛んだ。
「な、何をする莫迦恋次!!」
「愛してるぜ、ルキア!!!」
「きゃーっ!きゃーっ!いやあああ!」
 目の前に夢にまで見たルキアの胸。乱れた死覇装、剥き出しになった細い足。
 細い身体を組み敷いて、やわらかく暖かいルキアの白い胸に顔を埋め、俺は天国へと―――






「よう恋次、昨日はどうだった―――」
 先輩の言葉が切れた。
 言葉を捜しているようだ。
 ああ、そんな哀れんだ目で俺を見るな……見ないでくれ……。
「……ま。次回がんばれよ。……次回があるならな」
 俺の顔に走る幾つもの引っかき傷を見て、先輩はそう言った。
 次回はあるのだろうか。
 ―――男心を弄ぶんじゃねえよ、ルキア。
 あと、仮にも恋人のそこを蹴り上げるんじゃねえ。使い物にならなくなったらどうすんだ。
 肩を落とす俺にかける言葉もないのだろう、檜佐木先輩は何も言わずにこの場を去った。
 ……こんな誕生日があってもいいのか。
 ってか、ルキアは俺を許してくれるのか。
 いや、最初に酷いことをしたのはルキアの方だし。
 ヤっていいなら最初からそう言って欲しい。
 口きいてもらえんのかな、俺。
 いつ俺は大人の階段を上れんのかな。
 もしかしてあと364日待たなくちゃいけねーのかよ。
 悩みは尽きず。
 解決の糸口さえつかめない。
 俺はルキアにもらったゴーグルで顔の傷を隠し、とぼとぼと仕事場に向かって歩いていった。







 




はっぴーばーすでい、恋次!!


いや、しかし私「包茎」なんて打ち込んだの初めてだよ…(笑)
結構、衝撃。



思いのほか長くなりました。
久しぶりに真性ヘタレ恋次が書けて楽しかったです!


2007.8.31   司城さくら