「やだ」
「何でだよ」
「厭だから」
「別におかしくねえって、似合うって」
「似合わねえよ! ってかこれ着たあたしを想像すんな!」
ばんとたつきは机を叩いた。丁寧に畳まれた黒い生地がその衝撃でびくんと震える。
「やだっって言ったら厭だからね。絶対着ない!」
「何でだよ」
しつこく一護は食いさがる。その衣装を着たたつきが見たくて仕方がないのだからしょうがない。
「お前、クリスマスの時にサンタ服着てたじゃねえか! それ着て登校したくせに!(BLEACH OFFICIAL CHARACTER BOOK [SOULs] P92参照)あれが着られて何でこれが着られねえんだ!!」
「あ……っれはあれ! これはこれ! とにかく着ないからな、厭だったら厭だっ」
喧嘩腰でそう怒鳴るたつきと、喧嘩腰で詰め寄る一護と、睨み合う二人の耳に突然扉が開く音がした。ノックも何もなかったのは恐らく確信犯と思われるその相手は、「やっほー久し振り!」という明るい声ですぐに知れる。
「ってあれ? まだ着てないのたつきちゃん?」
お久しぶりです、と行儀よく返そうとしたたつきは息を飲んだ。その所為で言葉は何も出なくなる。
一護はと言えば、目の前にある大人の女性の身体に釘付で――それも仕方のないことだったろう、乱菊の身に付けているものと言えば、黒に橙色の縁取りのついた、殆ど水着のような面積しかない際どい衣装だ。胸の谷間は全く隠す意思がないのか、細い紐で交差しているだけの煽情的な代物。膝より上のロングブーツはピンヒールだ。豊かな金髪の上に黒いとんがり帽子を乗せた、それは少年少女にはあまりにもセクシーな魔女姿だった。
「ん? サイズ合わなかった? いやそんな筈ないと思うけどなあ、私の特技って見ただけでスリーサイズ当てる事なの。今まで外れたことないし、あ、もしかして最近急に胸大きくなったりした? 黒崎やるわねえ」
絶句していたたつきは乱菊の最後の一言で一瞬で我に返った。「そそそそんなことしてないっ! する予定もないししたくもないしっ」と敬語を忘れて怒鳴り返す。一護もその一言で正気に返り、慌てて視線を乱菊の胸の谷間から反らした。
そんな若い反応には慣れたものなのか、特に反応する訳でもなく乱菊はたつきに「じゃあ問題ないわよね?」とニッコリと微笑んだ。
「急いでねー、もうすぐ撮影だから」
「って私関係ないじゃないですか!」
詳しい事を告げられないまま、既に馴染みとなった浦原商店からここ尸魂界、瀞霊廷まで乱菊に連れて来られた。何が何だか分からないままでいるたつきに、乱菊は「じゃあこれ、たつきちゃんの分の衣装だからv」と問答無用で受け取らされた。
聞けば、女性死神協会が発売する写真集の広告らしい。
写真集としては各個人のものが出るらしいが、まず掴み的な意味合いを含めてこの集合仮装写真を撮るらしい。
確かに時期はハロウィンだ。現世の街を仮装した人々と南瓜と黒とオレンジ色が埋め尽くす。
この尸魂界でもハロウィンがあるとは知らなかったが、それは現世通になった乱菊が中心となって瀞霊廷内に広めたらしい。そして今回のこの広告も、そのイベントを瀞霊廷内に広める狙いもあるらしい。
だからと言って、たつきには全く何の関係もないことは間違いない。
それなのに乱菊はたつきの衣装も用意していたのだ。
「女性死神協会ですよね!? この瀞霊廷内で私を知ってる人ってほんの少ししかいないんですけどっ! 写真集には全く関係ないですよね!? 何で私まで仮装しなくちゃいけないんですか!?」
「だって黒崎がたつきちゃんがこれ着るなら撮影OKって……うぐ」
言い終える前に一護が慌てて乱菊の口を塞ぐ。が、すぐに乱菊のダイナマイトボディに居たたまれず飛び退った。
「今なんて……?」
「え? 私何か言った?」
とぼける乱菊からたつきは視線を一護に向けた。一護はたつきからも目を反らす。
「一護……?」
「あ? 何だよ?」
視線を反らしたまま、一護はさり気なさを装って別の机の前へと移動――しようとした。それを許さずたつきは一護の襟首をむんずと掴んで引き寄せる。
「あんたが何だって? あんたが、あたしがこれを着るなら撮影をOKしたって聞こえたんだけど?」
「はあ? 俺には聞こえなかったけど?」
たつきが怒声を上げようとしたその瞬間、再び扉が開かれた。今度は普通の死覇装の、乱菊と同じくたつきもよく知る死神が現れる。
「遅えよ一護さっさと着替えろ! お前の言う通り有沢の衣装用意したんだ、ぐだぐだ言うな!」
「ばっ……黙れ恋次!」
「黙れたあ何だ、しかも最初に『莫迦』って言おうとしただろお前!」
怒鳴り返す恋次の声も一護は聞いていなかった。聞こえるのは、指をぽきぽきと鳴らすたつきの姿のみ。
「……ふうん、あんたが選んだんだ、これ」
たつきの黒い瞳に険呑な光が浮かんでいるのを見て、一護は後退りしながら制止するように手を上げた。逃げ道を探すように視線を彷徨わせる。
「いや、その――でも、お前が去年クリスマスに着てた服と変わんねえじゃねえか! 何で厭がんだよ!?」
「お前の動機が不純だからだ馬鹿一護!!」
助平変態親爺趣味、と続く怒涛のたつきの言葉に一護もこれが助平で変態で親爺趣味なら去年来ていたお前も助平で変態で親爺趣味だと応戦する。
何処をどう見ても犬も食わない何とやらなことは明白だったので、乱菊と恋次は肩を竦めてその部屋から無言で出て行った。
彼らも馬に蹴られたくはなかっただろう。
結局その騒動を治めたのは、一緒に現世から尸魂界に来ていた織姫の「たつきちゃん、私たつきちゃんがそれ着たところ見たいなあ」という長閑な一言だった。その一言でたつきは剣を治め織姫の言葉に従ったのだ。
織姫はと言えば既に着替えを済ませている。こちらはすっぽりと茶色い布を被っただけの衣装で、そのだぶだぶ感が織姫には気に入っているらしい。楽しそうにばたばたと手を動かして、空気を布にはらませて喜んでいる。
「……織姫の方が似合うのに」
気後れしながら溜息を吐きつつ着替えるたつきの姿を、織姫は「そんなことないよう」とにこにこと見詰めている。やがて着替え終わったたつきの姿に、わあと織姫は歓声を上げた。
「たつきちゃん、やっぱり似合う!」
「――誉め言葉じゃないよ、それ。あたしにとっては」
たつきがぼそぼそと声を小さくしたのは、あまりにも不相応な格好をさせられている自分が恥ずかしい所為だった。
ふわふわのモヘア生地で作られたチューブトップのセパレーツ。引きしまったお腹はむき出しで、同じモヘア生地の超ミニスカートへと続き、細い脚をぴったりと包んだロングブーツへと到達する。
そして、首には金の鈴の付いた同じ生地で出来た首輪と、――頭に黒い三角の耳、長く垂れ下がった細い尻尾。
それはスレンダーなたつきによく似合う、黒猫の衣装だった。
「黒崎君やるなあ」
「変態野郎……」
ぼそっと呟いたたつきの言葉に織姫はくすくすと笑う。
「よっぽど見たかったんだね、たつきちゃんのそのカッコ」
「え?」
「だって黒崎君、今まで女性死神協会から写真撮影頼まれても絶対断ってたもん。恥ずかしいからやだって。でもそれ受けちゃうくらい、たつきちゃんの猫さん見たかったんだねえ」
「…………猫さんとか言われるとやっぱりどう考えても変態としか思えないわ……」
確かに素でこれを着てくれと言われたらどん引きだろう。それは一護にも解っていた故の今回の、恐らく乱菊とのこの取引なのだろう。自分もダメージを負うが、それ以上にメリットがあると判断した上での取引。
――これが?
たつきは自分の姿を見下ろす。自分のこの姿を、一護はどうしても見たかった?
「――やっぱ変態……」
「黒崎君も普通の男の子なんだね」
ふふっと悪戯っぽく笑う織姫のその笑顔は、以前は抱いていた一護への想いも今では完全に断ち切ったのがわかる、それは混じり気のない笑顔だった。
自分の着ている衣装の気恥ずかしさから、こっそりとスタジオに入ったたつきは、西洋風の城のセットの前で恋次と話している一護の姿を見付けた。
一護は上半身裸で、その顔と肌に荒い縫い目が施されている。首と肩には数本の太い螺子。縫い合わされた肌の色は所々違っている。
どうやらフランケンシュタイン博士の人造人間役らしい。
一護が乱菊に撮影を打診されるという事は、この瀞霊廷内にその需要があるという事なのだろう。確かに、ルキアや恋次に時々聞く話では、一護は何度か瀞霊廷新聞に特集されているらしい。つまりそれだけ、特集を組まれるほどに人気はあるという訳で。
何となく――ムカつくんだけど。
自分の知らないところで人気がある一護に苛々する。しかも自分の知らない、一護に関心を寄せる女性の為に一護の上半身裸の写真を提供するのだ。
何でそんな事承諾すんのよ、この馬鹿。
心中で悪態を吐きながら睨んでいると、その視線に気付いたのか一護が顔を上げた。
「――――」
一護が自分を見たのが解る。
言葉も出せずに、此処が何処だとか周りに誰が居るかとか、そういう事を全て忘れて、ただ自分に目を奪われているのが解る。
解るだけに――たつきは先程までの苛々を忘れて俯いた。
一護が近付くのが解る。それに連れて、鼓動が速くなるのが解った。自分の格好に恥ずかしさが募る。何でこんな恰好をして一護の前にのこのこ出てきてしまったのか。似合う筈ないのに。
一護が目の前にいる。何も言わずに見ている。この無言はどういった意味だろう。あまりの似合わなさに絶句している? だからあたしが最初に言ったのに、厭だって。こんな風に一護ががっかりする事が解っているから。
「あんまり見るな、馬鹿」
あまりのいたたまれなさにそう口にしたたつきにはっと一護が我に返った。
「ぅ、あ」
意味不明の言葉に身を竦めるたつきの前に、一護が変わらず立っている。剥き出しの肌に走る縫い目のリアルさに意識して注意を向けているたつきの耳に、早口の「似合ってる」という声が聞こえた。
誉め言葉じゃねえよ、と口にしようとして結局たつきが口にしなかったのは、一護のその顔が今まで見たこともないくらい真赤になって――つい先刻、乱菊を前にした時よりも赤い顔でたつきを見ていたからだ。
「やっぱヤメだ――駄目だ、お前写真に写っちゃ」
「……はあ?」
「不特定多数の奴になんか見せてやるもんかよ」
隅の椅子にたつきを連れて行き、一護はたつきを座らせた。椅子の背にかけてあった自分のジャケットをたつきの肩に掛け羽織らせる。
「お前は映んな」
「――超勝手」
「うるせー、俺は俺だけ見れりゃあ満足なんだよ」
一護、と乱菊が一護を呼んでいる。どうやら撮影が始まるらしい。おう、と返して一護はたつきの耳に唇を寄せた。
――超可愛い。
たつきにだけ聞こえるように囁いた声は、かすれて甘く。
聞き慣れない言葉、言われ慣れない言葉。
それでも一護がそう言ってくれた事、そう見てくれた事に、やはり嬉しくなってしまう自分が居る事に気付いてたつきの顔も赤くなる。
あとでもっと見るから着替えんなよ、と念押しして一護は乱菊に呼ばれてセットの前に走っていく。らしくないと自分でもわかっているのだろう、一護はたつきを振り返らずに一直線に走っていく。たつきはたつきで、早すぎる鼓動に眩暈がして俯いた。らしくないのは自分も同じと内心頭を抱える。
ああ、もう本当に――馬鹿みたいにめろめろだ。
奇しくも同時に心の中で呟いた一護とたつきだった。
WJ扉絵を見て突発的に書いたもの。タイトル考えてる時間がない…
恋ルキばーじょんも書きたい…。
2009.10.28 司城さくら