仕事が終わったら夕飯食いに行こうぜ、と言った俺の言葉に、ルキアは残念そうに首を傾げ、「今日は先約が在るのだ……すまない」と申し訳なさそうに言った。そして「また別の日に誘ってくれないか?」と上目遣いで不安そうに俺を見る。
……可愛い。
俺に嫌われるんじゃないかと、不安で仕方ないのだろう。
「わかった、じゃあまた今度な」
そんなルキアを見ると、逆にルキアが俺に首ったけ(言葉が古い?うるせえな)なのが認識できて満更でもない。一緒に食事が出来ないのは残念だが、また別の日に誘えばいいのだ。恋に余裕のある男は一味違うぜ。
その先約とやらに向かうルキアへ手を振って見送ると、俺はさてと腕を組んだ。
時間が出来てしまった。
今日は珍しく早く仕事が終わった。それもこれも理吉がやけに急いで仕事を切り上げた所為なのだが……このまま一人で家に帰っても仕方がない。理吉でも呼んで一緒に食事でもしようか、と俺は思いついた。ルキアに想いを告げ、ルキアもそれを頬を染めて受け入れたときから(本当にあの時のルキアは可愛かったぜちくしょう!ぱあっと顔を赤くして俯いて、「好きだ」と言った俺の言葉に「わ、私もだ」と小さく答えたルキア。このときの場面は何度も俺の頭の中でリピートされ細部まで詳細に明瞭に思い出せる。ルキアの頬に手を触れる俺。赤くなって俺を見上げるルキア。「好きだ」合わさった視線はルキアが俯いて途切れる。不安に立ち尽くし頬に触れた手を離そうとした俺の手を引き止めるように上から重ね、ルキアは小さく「わ、私もだ」と小さく呟いた。意地っ張りなルキアの、精一杯の素直な言葉。ああ本当に可愛い。もうずっと抱きしめていたいくらい可愛い、出来るなら誰にも見せないで閉じ込めておきたいくらい可愛い。っと、話がそれた)ええと、なんだっけか、そうそうルキアに想いを告げ、ルキアもそれを受け入れたときから、すっかり理吉を放りだしちまった。今まであんなに頻繁に一緒に飲みに行っていたというのに、あまりにもあからさま過ぎたと自分で反省。故に、
「っしゃ、今日は理吉と飲みに行くか」
俺は元来た道を引き返し、六番隊隊舎に向かって歩き出した。
六番隊に戻って理吉を探したが、理吉の姿はない。またも振られたとやや気落ちしながら、それでも一人で家に帰る気もせず、俺は中央通りに足を向けた。
中央通りは色んな店……服や雑貨、本、飲食店、宝飾店、とにかくあらゆる店がある通りだ。そこでルキアへのプレゼントでも買おうと足を向けた俺の前に、なんとルキアの後姿があった。
「ルキ……」
呼びかけようとした声が止まった。
ルキアの隣を歩く男………それは。
理吉!?
反射的に路地に飛び込んで、顔だけ出してこっそりと二人の後姿を見つめた。二人は並んで歩いている。その距離は近い。肩が触れ合うほどの近さだ。小柄なふたりは、時折視線を合わせて笑い合っている。理吉が何かをルキアに言って、ルキアは楽しそうに笑い転げた。そんなルキアの姿は、俺しか見ていないと思っていたのに。
「見て見て、あのふたり。可愛い!」
通り過ぎる女の二人連れが、ルキアと理吉を指して微笑んだ。
「ほんと、なんかいいわねえ、初々しくて。応援したくなるわねえ、それに何て言うか……お似合い?」
「うん、お似合い。可愛い」
……ざけんな。
ぎろりと睨む俺に、女達は「何この人」と不審そうな目で俺を睨みつけて離れていく。
憮然と二人に視線を戻すと、いつの間にかふたりの姿は消えていた。
それから俺は、中央通りを必死でふたりの姿を求めて探し回ったが、ルキアと理吉の行方をすっかり見失ってしまった。ただ時間だけが過ぎていく。時計を見ると、一時間も過ぎていた。
……まさか、あのふたり。
厭な考えが頭に広がって、俺はその考えを振り払うように頭を振った。
それでもその暗雲は晴れない。
そう、不安はあったのだ……初めてルキアを連れて行った六番隊の飲み会の席で、ルキアは理吉と知らない間に言葉を交わしていた。あれが二人の初対面だったと思う。それなのにふたりは妙に意気投合して、俺を無視して盛り上がっていたのだ。「僕達は好きなものが一緒みたいです」とか理吉が言っていたのを覚えている。その後ふたりで目を見交わし微笑み合っていた。その時俺は、ちらりと不安が心をよぎったのを覚えている。それは確かに―――ルキアと理吉が、認めたくはないが「似合い」であったとその場で気付いたからだ。背も、俺とルキアのように激しい差はない。二人とも同じような黒髪で、小さな身体。まるで初等部の恋人同士のような初々しさ。
暗くその時の予感を思い出していると、突然斜め前の店からルキアと理吉が姿を現した。再び俺は反射的に二人の視界から身を隠す。
「―――ありがとう」
ルキアが手にした小さな包みを嬉しそうに目の高さに持ち上げる。
「気に入ってくれました?」
「ああ、とても素敵なプレゼントだ」
にこにことルキアは笑う。そして、大事そうにその包みを胸に抱きしめた。
愛しげに。
そしてもう一度理吉を見上げ、「ありがとう」と微笑む。
―――どう考えても、理吉がルキアへプレゼントをしたと―――そんな状況。
嬉しそうに受け取ったルキアの心は、つまり……。
「恋次!?」
呆然と立ち尽くしている俺の耳に、ルキアの驚きの声が響いた。ついで、「あ」と呟く理吉の声。しまった、と続きそうなその響き。
「見られてしまったか……」
沈痛なルキアの声に、俺は蒼ざめる。
「見られてしまったのならば……仕方ない。本当の事を……」
「恋次さん、僕らは……」
「いいんだ理吉殿、私から話す」
「でも、僕は恋次さんを……騙してしまって。ルキアさんとの事、隠してしまって」
「それは私も同じことだ。私達は同罪なのだから。いや、理吉殿を誘ったのは私。責められるのは私だ」
「いえ、責めるなら僕を……恋次さん」
「大丈夫だ、恋次も話せばわかってくれる。だから理吉殿、今日のところは私と恋次のふたりだけで……」
目の前で繰り広げられる絶望的なその会話を、俺は呆然と無表情で聞いていた。
『騙して』。
『隠して』。
ずっと俺に隠れて二人は……?
「……お前に知られたくなかった……まだ。そのときが来るまで秘密にしておきたかったのに」
ルキアが俯きながら言う。
「でも、仕方ない……見られてしまったのなら」
「私は理吉殿と付き合っている。お前にはすまないと思っている……でも、好きになる気持ちを止められなかったんだ」
という言葉を覚悟して視線を落とし拳を握り締める俺の耳に入ったのは、
「お誕生日おめでとう、恋次」
という、少しはにかんだルキアの声だった。
「は?」
「少し早いんだけど、見られてしまったら仕方ない。まあ、早く渡せばそれだけ早く使えるし。そのほうがお前は嬉しいかも知れぬな」
そう言いながらルキアが手渡したのは、先ほど胸に大事に抱きしめていた小さな包み。
「何だ?」
「ん?眼鏡。お前、現世に来たとき一護に壊されてただろう?理吉殿から、その眼鏡を大事にしてたって聞いたから。まあ、それが壊れてしまった責任の一端は私にもあるし」
照れているのかいつもより言葉が多くて早口なルキアの手から呆然と俺はそれを受け取って、「じゃ、理吉とはなんとも?」と莫迦みたいに呆けて呟いた。
「理吉殿?」
ルキアは怪訝な顔で首を傾げると、ようやく俺がルキアと理吉の仲を疑っていたと気付いたのだろう、呆れたような表情を浮かべた。
「理吉殿は、お前の好みの型を教えてくれただけだよ。わざわざ私に付き合ってお前が喜ぶものを教えてくれたんだ」
誤解するにも程がある、とルキアは憮然と腕を組んだ。疑われたのが心外のようだ。
「大体、私が誰を好きかなんて……お前が一番知っているはずだろう」
ぽそっと呟かれた言葉に、おれは俄然元気が出てきた。
そうとも、そうだろーとも。
ルキアが理吉に惚れるなんて事はありえねーんだ、そんな珍事はありえねえ!!
「わかんねーなあ、俺」
素知らぬ顔で俺は言う。
「お前が、誰を一番好きかなんて全くわからねー」
ルキアは俺を見上げて睨みつけた。
「で、誰なんだよ?」
ルキアの顔を覗きこむように、俺は屈みこむ。
すると、
「大莫迦者!!」
勢いの乗った見事な拳が、俺の腹にめりこんだ。
「誰より恋次が大好きだ」
その言葉は心ばかりか身体に叩き込まれて、俺はその愛の強さに悶絶した。